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連続ギャグ小説 特別講座
第3講「ゲルダ教授の応用恋愛学」

 
 ゼシカがそうして連絡を取ったのは、パルミドの女盗賊・ゲルダ様でした。ゼシカは彼女に事情を話して、億劫そうにも了承を得たそうです。
「なっ、なんでゲルダなんかに…っ!」
 慌てるヤンガスを落ち着かせて、ゼシカは彼に彼女を呼ばせました。もはやヤンガスはエイトの舎弟だけでなく、ゼシカの下僕にも成り下がっているようです。ゼシカの睨みに歯向かうことなど到底出来る筈もなく、彼は渋々ゲルダ様の所へ向かいました。
 キメラの翼を使って、早々とゲルダ様の屋敷を訪ねてみれば。
「…アタシがそっちへ行くって?」
「そりゃ先生になるなら、そうだろ」
 気の知れたヤンガスの前では、いつにも増して感情の起伏など気遣う必要はありません。揺り椅子にナイズバディを預けて、ゲルダ様はやや苛立ちながら「馬鹿を言いな」と叱咤しました。
「姫様の授業なんだろ?向こうから来な!」
 呼び出しされたら「お前が来い」と言い返す。それはまるで70年代の不良女子学生のようです。一国のお姫様相手でも「ヤンキーの鉄則」を行使するあたりは流石です。
 そうして揺り椅子から怒涛の如く立ち上がって放たれた啖呵に、ヤンガスは何の反論も(常識も)言えませんでした。

 …ということで、今回は課外授業です。

 ゲルダ様が授業の場として指定したのは「剣士像の洞窟」でした。
 つまりは呼び出しをくらったミーティア姫でしたが、そんな事など気にしない(気付かない)性格です。ミーティア姫はまるで遠足にでも来たかのように軽い足取りで泥濘を歩き回ります。
「あら、お水が紫色ですわ」
「あっ、姫!そこは毒沼です!!!」
 ルーラで彼女を連れてきたエイトが慌ててそれを制止します。
 馬姿だったとはいえ、エイト達と長い旅を共にして、それなりの冒険の知識を身につけたと思っていたのはとんだ間違いでした。紫色のフロアはダメージを受けるというドラクエ法は知らないようです。
 毒沼には、嘗てバトルロードで活躍した「地獄のベテラン選手」ことスミス(くさった死体)が居ました。彼は沼に入ろうとするミーティア姫を丁寧に陸地に戻し、エイトに紳士的な挨拶をしました。
 エイトとミーティア姫が洞窟の前にやってくると、ゲルダ様は待ちくたびれたかのように片足立ちをして腕を組んでいました。「遅い!」と叱られると、二人は慌てて駆け足になります。
「お久しぶりです、ゲルダさん」
 ミーティア姫はドレスの裾をつまんで、王族らしく挨拶をしました。
 一方、着ている服に裾などなさそうなゲルダ様は、そんな挨拶をすることなどなく、腕組みをしたままで返事をします。
「…アタシは初対面だと思うけど」
 怪訝な顔がミーティア姫を見つめます。
 おおっと、そうでした。
 ミーティア姫がパルミドで誘拐(買収)されたときは馬姿だったので、ゲルダ様が彼女を知る筈はありません。彼女が拉致られた馬小屋でも丁寧な扱いを受けていたことは、ここでは秘密の事でした。
「え、ええと。そう言えばそうでしたわ!はじめまして、ゲルダさん」
 ミーティア姫は咄嗟に言いつくろいました。
 しかしゲルダ様は相変わらずミーティア姫をジロリと見つめたままです。
「いや、でもこの感じ…どこかで…?」
 全身を見回したゲルダ様がミーティア姫のオーラを感じて、過去の記憶を呼び戻そうとしています。ミーティア姫は更に慌てました。
「は、はじめまして!」
「…まぁいいけどね」
 細かい事や曖昧な事はどうでも良い性格のようです。ゲルダ様は、その後彼女との面識について触れることはありませんでした。
 剣士像の洞窟は、エイト一行に荒らされた後はゲルダ様専用の宝物倉庫へと改築されていました。パルミドのゲルダ様FANクラブ会員がその主な担い手です。ゲルダ様の宝物展示室がある中枢に行くには、更に意地悪で面倒くさくなったトラップを抜けていかなくてはなりませんでした。
「応用恋愛学を頼まれていたんだっけ」
 ゲルダ様は一息ついて腰に手を当てると、洞窟に入ってすぐに見える宝箱を指差しました。今やゲルダコレクション随一のアイテムが入っている宝箱です。
立派な盗賊になれるよう、アタシがみっちり仕込んでやるよ」
 実戦形式でダンジョンの攻略を教えてくれるのでしょうか。指差した向こうの宝箱を開けて来いと言わんばかりです。
「宜しくお願いしますっ!」
 ミーティア姫はペコリと頭を下げました。
 
 …え?
 
 …えぇ?
 
 後ろに控えて会話を聞いていたエイトはびっくりしました。
 そもそも『応用恋愛学』などを既婚者のミーティア姫に教えることは、旦那のエイトにとっては大きなお世話もいいとこです。
 いや、そんなことよりも。
 何故に『応用恋愛学』から「立派な盗賊になる授業」になるのでしょうか。
 流石はヤンガスが惚れた女というべきか、ヤンガスと同業の女というか、ヤンガスと同郷の女というか、ヤンガスに鉄球を与えた女というか、ヤンガスが(以下略)
「まずはこの洞窟のお宝の匂いをかぎ分けてみな」
 エイトがツッコミに入るまえに、ゲルダ様は早速講義を始めているようです。ミーティア姫も既に学習モードへと突入し、完全に入り込む余地はありません。
「おたから?」
「…あんた、お宝が何か分かってるかい?」
「いいえ」
 ミーティア姫は可愛らしく首を左右に振りました。一国の姫君には何が高価で貴重かという観点はありません。身に着けるもの全てが金額不明の高級品ばかりです。西洋アンティーク鑑定士の岩崎☆昌(なんでも鑑☆団)も値段をつけることはできません。
 ゲルダ様は「やっぱりね」と溜息をつくと、ミーティア姫の全身を指差し始めました。
「あんたの首につけてるそれとか、耳につけてるこれとか、指につけてるやつとかだよ」
 ミーティア姫は彼女に指を指される度にその箇所をキョロキョロと見つめました。ゲルダ様が最後に言った左手の薬指のアルゴンリングは、「特にレアものだよ」と言われました。
「分かりました」
 アクセサリーのことね、とミーティア姫は納得し、目を閉じます。ゲルダ様の言うその「におい」とやらを感じる為に、くんくんと鼻に意識を集中させました。
 くんくん。くんくん。
「…」
 どうやら数えているようです。流石は一時期獣だった(以下自主規制)
「108ですわ」
ムダに多いな!とエイトは心の中でツッコミました)
「…第一段階はクリアだね」
 しかし大正解。
 ゲルダ様がニヤリと笑いました。それを見たミーティア姫も嬉しそうに微笑みます。
「次は敵に見つからないように動くしのびばしりを覚えてもらうよ」
「はいっ!」
 そうしてゲルダ様はミーティア姫を連れて颯爽と洞窟の奥へと消えていきました。
 
 
 
 一時間後。
 
 洞窟の入口付近で待ちぼうけを食っていたエイトは、意気揚々と戻ってくるミーティア姫を見つけました。
「あ、姫、…って…えぇええ!?」
「講義は終わりだそうです。戻りましょう」
「なんでゲルダコスになってるんですか!?」
 長いドレスで踝まで隠れていたミーティア姫の脚は今や露になって、なんだかハードな衣装になってます。
 頭部は唐草模様の風呂敷…もといバンダナで覆い、鼻の下で先を結ぶその格好は、まるで江戸時代のドロボウです。なんてミスマッチ!
卒業の証ですわ」
「そんなアバン先生みたいな心遣いは必要ありませんよ!!!」
 エイトは自分とは似て非なるバンダナを真っ先に取り外しましたが、コスチュームに関しては対処しませんでした。どうやらまんざらでもない様子です。
「…って、姫?」
 はっと気付いてエイトがミーティア姫の全身を見つめると、衣装が変わっただけではなく、首や耳につけていた装飾品がまったくありません。
「あら?」
 おかしいわ、とミーティア姫は首を傾げました。頬に当てられた左手を見れば、なんと、アルゴンリングさえ無くなっています。流石は宝石類に精通してらっしゃるゲルダ様。エイトの両親の思い出の指輪、大事な結婚指輪さえ容赦なく盗んだようです。
 愕然とするエイト。
「やられた!」
「あら? エイトも」
 そう言ってミーティア姫はエイトの手を指差しました。
「あ!」
 気付けば、自分の指にはめていたゴスペルリングさえありません。
「いつの間に!!!」
 流石はゲルダ様です。手練れのエイトに気配を悟られることなく、その指から超プレミアアイテムをもぎ取っていったようです。恐るべし。
……
 ミーティア姫は再びくんくんと辺りの匂いを嗅ぎました。
「これでこの洞窟のお宝は115になりましたわ」
「っ!!!」
 ニッコリと微笑み、学習の成果を見せるミーティア姫に、エイトは何も言えなくなりました。
 
 ゲルダ様は以後、トロデーン王国の重要参考人として指名手配されることになります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】  次回は最終回!
 パッフィーちゃんの『実践恋愛学』です。
 お楽しみに☆ (いや、あんまり)  
 
 
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