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クチビル

 
 サザンビークとの盟約は破ってしまったけれど。
 トロデーンの血を受け継ぐ自分は、家系史では批判されるかもしれないけれど。
 
 
 
 
 
 トロデ王の御する馬車に揺られながら、ミーティアは隣に座るエイトを見つめた。駆けてきて弾んだ呼吸も今はお互いに収まり、握られた手と手だけがまだ温かい。エイトもその視線に応えるように見つめ返す。彼の顔が晴れ晴れしいので、ミーティアも笑顔になる。
……大変な事をしてしまいました」
 サザンビークとトロデーンの両大国が交わした盟約であるチャゴス王子とミーティア姫の結婚式は、花嫁が式から逃げ出すという大騒動となった。
 しかし騒動の張本人である彼女はと言えば、いたずらっ子のような可愛らしい笑顔を見せている。
「エイトにも無理をさせてしまいましたね」
 エイトはミーティアに笑顔が戻ったことに安心していた。式に向かう彼女といえば、死人か罪人かのような暗く哀しい表情をしていたものだから可哀相で仕方なかった。彼女は笑っている時が最も美しい。
「君に笑顔が戻ったから……それで」
 彼女の労いの言葉に首を振りながら、良かった、とエイトが言った。嬉しさを隠すような苦笑。そのはにかんだような照れ顔に思わず引き込まれそうになる。
 聞いたミーティアは忽ち頬を赤く染めた。それを見たエイトも気付いたように頬を赤くさせる。
 前までの二人なら、恥ずかしさで俯いていたかもしれない。しかし自分の想いを解き放った今日は違う。ミーティアは恋する瞳で真っ直ぐにエイトを見つめ、エイトもまたその一途な視線をゆったりと受け止めていた。
 見えるものはお互いの深い色をした瞳の色。感じるものは手から伝わる優しい熱。窓から覗く風景は遥か彼方に浮いていて、土を踏む車輪の振動も遠い。
 馬車の中には二人きり。今しがた騒動を起こしてきた若々しい恋人達。
「空気が桃色じゃのぅ」
 トロデ王は御者台からチラリと二人の様子を覗った。体をぴとりと触れることもなく、ただ手は繋がれたままで。
「これは時間がかかりそうじゃ」
 トロデ王はいつの間にか同じく御者台に居たトーポに話し掛けるようにそう言って微笑んだ。長閑で穏やかなその笑顔は、顔に皺を深く刻む。
 馬車の中で恥らいながらも見つめ合う二人を背に、トロデ王は自国への帰路を進めた。
 
 
 
 
 
 城に帰ってからというもの、エイトは常に背中がむず痒い思いに晒される。暗黒神を倒して城の呪いが解けた当初は勇者として褒め称えられたし、大聖堂からミーティア姫を連れ出してからは喝采と冷やかしを浴びた。今までは城の一構成員だったエイトが、まるで切り出されたように特別扱いされ英雄のように接されることは、控えめの彼にとってはやや窮屈を感じる。
 仲間の兵士からは慣れない尊敬と羨望の眼差しを、城に奉公するメイドや女中からは甘い視線を。嬉しいとは思う。しかし何ともくすぐったい。
 もどかしさと戸惑いの日々から解放されるのはいつだろう、エイトがそう思っている一方で、ミーティアもまた複雑な心境に立っていた。
 好きな人の輝きが皆に認められるのは我が事のように嬉しい。今までは大人しい性格ゆえに目立たなかった彼がもてはやされ、その扱いに困惑している謙虚な彼にまた惹かれていく。
 そこはいい。
 しかし自分だけが彼の魅力に当初から気付いていたという独占欲が、彼が表に立つことを正直に喜べないでいる。この小さな不満を自分でも醜いとは自覚している。しかしエイトを見かけては蕩けるような視線を送る城の女性を見かける時などは、特にこの感情が顕著に表れてしまう。
(今のミーティア、とっても醜いわ)
 ミーティアは窓越しに映る自分の不機嫌な顔を見ては自己嫌悪に陥った。窓に身を預けて、曇った溜息を漏らす。窓からの景色は自分の沈んだ気持ちとは正反対の青空。気分と合わない天気が余計に心を乱させる。
 ふと、ミーティアは出窓から庭を歩くエイトを見かけた。
(あら、エイト)
 午後は休みなのだろうか、彼はポケットから出たトーポの走るままにそのあとをついていく。庭の整えられた芝を心地よさそうに転げ回るトーポを眺める瞳は少年のままで、ここ3階からでも彼の優しい笑顔が読み取れる。
(エイト、ごきげんよう)
 その笑顔につられて晴れたような微笑みを見せたミーティアは、そう声をかけようと思った、その時。
「あの、あの」
 1階の正面から、おずおずと小間使いがエイトに駆け寄ってくる。
「あ、えっと、君は……
「あの、先月から奉公しております小間使いです」
 ミーティアは声をかける機会を逸したと思った。そのまま彼と小間使いを眺め見る。
「あー、うん。まだ名前を覚えてなくて、ごめんね」
「いっいいえ! 私なんて」
 3階から見ても、エイトに駆け寄った小間使いの顔が赤いのが見てとれる。
 ミーティアには分かる。彼女はエイトが近衛隊長だから緊張しているのではないと。彼女の瞳がエイトに対する慕情を秘めていることを。
 このまま3階で眺め見ることは、何となく二人に失礼だと思った。しかし目が離せない。窓際から去る勇気が出ない。
「あの、エイト様、……これ、」
 その小間使いは耳まで真っ赤にさせて、小さな包みをエイトに差し出した。反射的にエイトは手を出してそれを受け取る。
「? これは?」
「あっあの……チーズですっ、そちらのネズミさんにと思って」
 聞いたエイトはほがらかな笑顔になる。少年のような、無垢な眼差しで。
「ありがとう。トーポも喜ぶよ」
 エイトは彼女がくれた包みにどんな想いが込められているか気付いていない。それ故にか見せる無防備な笑顔。それが彼女にとってどんなに魅力的で心を惑わせるかは知らずに。
……あ、はい……
 案の定、小間使いはエイトの微笑に魅了された。夢現の表情で、ぼうっとエイトを見ている。
「あっ、“トーポ”て言うんですね。ネズミさんの名前」
「うん」
 少し間を置いて、彼女は頬を火照らせながら慌てて会話を繋げる。少しでもエイトと時間を共有したいという限りなく少女らしい小さな願望。
(あの子もエイトが大好きなのね)
 きっと彼女は、憧れのエイトに勇気を振り絞って声をかけたのだろう。ミーティアには彼女の気持ちがよく分かる。彼女が本当にプレゼントしたかったのはトーポ自身ではなくて、その主人のエイトであったことも。
………………
 あの小間使いだけでなく、エイトが女性から色々な物を貰ったりすることは最近多くなった。ミーティアが今のように直接その様子を見ることもあったし、食事のときに持ち出されるトロデ王との会話の中でも聞いた。自分の身辺に使える侍女こそ浮かれはしないものの、女中達からはエイトに対する黄色い声をしばしば耳にする。
(私だけじゃないのね、エイトが大好きなのは)
 ミーティアはサヴェッラ大聖堂から二人で逃げ出した日の事を思い出す。
 結婚式の前からエイトに対する想いは隠しようのないものになっていたが、思えばエイトは自分をどう思って連れ出してくれたのだろう?
(ミーティアが特別だったわけじゃなくて、)
 あの時自分は「ここから連れ出して」と言った。エイトはコクンと頷いてくれた。
 今更ながらに思う。
 あれはエイトにとって、命令を聞いただけの事だったのかもしれないと。
(そうなのかしら。ミーティア、一人で勘違いしてたのかしら)
 窓の外では暫く二人の会話が続いたようだが、ミーティアは考え込んでしまって、彼等の会話は耳に入らなかった。
 ただ小間使いに親しげな笑顔で返事をするエイトだけが映って、その笑顔が胸の奥でズキンと痛んだ。
(エイトは誰にでも優しくて。私だけのエイトだと思っていたのは、ミーティアの思い込みだったのかしら)
 家臣が主君の命令を聞くのは当然の事。ミーティアは時折エイトに盲信して二人の立場を忘れる時があったが、これほどまでに強い隔たりを感じたの初めてかもしれない。
 今も彼は小間使いに爽やかな笑顔で応えている。それは誰の命令でもない、エイト自身の感情からであって。小間使いの言葉に照れる、その困ったような微笑は、エイトの心そのもの。
 胸が苦しい。
……ミーティア、どうしたのかしら)
 自分でも分からない消極的な思考。これまでエイトをこのように思ったことはなかった。彼が命令だけを鵜呑みに聞く家臣ではないことなど昔から承知の筈。それなのに自分は彼の人柄の良さを知っていて疑うというのか。
 果てしない自己嫌悪。
 あの小間使いのように、純真にエイトを愛せないかしら。
(こんなミーティア、最低ね。エイトには見合わないわ)
 ミーティアは窓際で空ろな視線を宙に投げ続けた。
 
 
 
 
 
 緋色の太陽が西に沈み、漸く紫の夕闇から星空が見えはじめた頃、エイトはトロデ王に召集された。夜勤の前に召集があるとは何事かと思ったが、その不安は的中する。
 玉座に片肘をつきながら、トロデ王は目の前に控えるエイトにポツリと言った。
「ミーティアが居なくなった」
「え!」
 抜けたような声でエイトが驚くと、大臣が付け足すように口を開く。
「異性魅了学の講義を前に姫君が姿を消されたそうじゃ。女中が目を離した隙に忽然とな。……パッフィー先生が困っておる」
 言葉の流れに任せて、ふと大臣が愚痴を溢す。
「姫君に逃走癖がついては困りますな」
 彼の言わんとすることは分かる。サヴェッラ大聖堂でミーティアが結婚を拒否し、トロデ王と一緒に式から脱走したことを指しているのであろう。大臣である彼は、独り大聖堂に取り残され、周囲から刺すような批難の視線を浴びた苦い経験がある。
 その言葉にエイトは「うーん」と苦い返事をした。かつての脱走を助けたのは自分である。その自分に対して少しの愚痴でも言いたい大臣の気持ちはよく判る。
 一方でトロデ王は、そのように驚き唸るエイトをジロリと見た。
………………
 彼女の年齢から言えば、幼稚的な我儘さを持つ愛娘だとは思っているが、日々の義務から逃げ出す程に弁えていない筈はない。彼女がそんな行動に走る時は、そう、エイト絡みの事以外にはないと理解している。
「エイトよ。儂らに行けてお前に行けぬ所はない。お前がミーティアを探すのじゃ」
 困り顔で口を開くトロデ王に、エイトは「はい」と頷いた。
 そう言えばそうだ。ミーティアに行けて自分に行けない所はない。
「キメラの翼を使えば、ミーティアも世界中の何処へでも行くことが出来るからの」
 今、玉座に座るこの方は、紛れもない我が主君であるが、旅を伴にした仲間でもある。自分はこの王と伴に城を出たことで全てが始まったのだ、と、久しぶりに旅をした感覚が戻ってきた。
「早速お探して参ります」
 言うや否や、エイトは自室に駆けた。久しぶりに旅装束に着替え、昔の装備を整えるのであろう。トロデ王は走るエイトの背中を見送った。
「エイトの夜勤は大臣が代わるように」
「えっ?」
「代わるように」
 
 
 
 
 
 懐かしい旅の服に着替える。腰の豪奢な近衛用の剣を置き、かつて旅を供にした剣を背負う。
(袋も持っていこう)
 袋の中身は旅の頃よりそのままだった。乱雑に入った道具の中から世界地図を見つける。紐を解いて、エイトは地図を机に広げた。
 羊皮紙に書かれた、かつて歩んだ世界。エイトは腕組みした。
……見当がつかないな)
 手当たり次第にルーラするしかない、そう思って袋の中に地図をしまおうとした瞬間、
「エイト」
 背を向けていたベッドの中からミーティアが現れた。
「うわっ!」
 自分のベッドが微かに膨らんでいたことなど、部屋に入るときは全く気付かなかった。
 しかし、そのこんもりとした膨らみの中からパッと出てきたのは紛れもないミーティアの姿であって、彼女はエイトが来るのをここで潜り込んで待っていたのである。
 正直、エイトはあまりに驚いて言葉が出なかった。
「エイト」
 ミーティアは肩を強張らせたエイトを見ながら言った。
「あの、部屋に入っていきなりエイトが着替えるので、ミーティア……中々出れませんでした。驚かせてしまったなら、ごめんなさい」
「う、ううん」
 エイトは激動する心臓を落ち着かせながら彼女に向き直る。
「でも、どうしてこんな所に?」
 冷静になって考えれば、ミーティアが自分の部屋に居て、しかも自分のベッドに身を預けているのだ。何故。
 考えてみるとそれだけで胸が高まる。冷静になど考えなければ良かったかもしれない。
「エイトに聞きたくて、待っていました……
 彼女には何となく悪い事をしているという自覚はあるらしい。しかし何処まで理解しているのだろう。ミーティアは男の部屋の、かつベッドに潜む事の意味を知ってか知らずか、俯いたまま口を開く。
「あの、ね……
 ミーティアは哀しそうに言った。
「あの時、大聖堂から私を連れ出してくれたのも、一緒に走ってくれたのも、全ては私が命令したから……?」
 突然の質問であったが、エイトには分かった。
 彼女はサヴェッラ大聖堂で式を逃げ出そうとしたあの時、自分の気持ちがどうであったのか知りたいのだ。
「エイトが手を取ってくれた時は、とても嬉しかったのです」
 瞳を潤ませて訴えるように見つめるその視線は逃れようもなく、エイトの心の深い所に突き刺さる。震える瞳は一生懸命にその想いを伝えようと差し込む。
「でも、もしそれが命令でそうしたのだったら、ミーティア……
 ミーティアはエイトのベッドのシーツをギュッと握った。
 これ以上を言うのは自分自身辛いような気がした。何を言ってもそれが「命令」になるようならば、寧ろ言わないほうが良い。エイトを困らせて自分も苦しむだけだから。
 しかし溢れる想いは留まることを知らず、唇は震えていた。
 暫くしてミーティアが消え入るようなか細い声を出す。
「エイトは家臣であって欲しくないの。どうか対等に、昔のようにミーティアを見て欲しいの」
 小間使いの彼女に見せるあの笑顔のように。正直に自分を見て欲しい。たとえ自分に向けられるものが笑顔でなかったとしても。恋する自分にとっては、彼の被る「家臣」という仮面こそが一番恐れるものであって。
「ねぇミーティア、」
 堪りかねたエイトが堰を切ったように口を開いた。
「僕があの時そうしたのは、命令されたからじゃないよ」
 自分の記憶を辿り、確認するようにエイトは言った。
 あの時ククールには、「チャゴス王子の人格を知っていて結婚を認めるのか?」と聞かれた。そして不幸を覚悟で古い盟約を守るミーティアに、近衛隊長として納得しているのかを問われた。
 近衛隊長として姫の幸せを守る、それは建前だ。本当は家臣としてではなく、自分自身が男として彼女の結婚を認めたくなかったのだ。それは彼女の結婚相手がチャゴス王子だったからではない。誰であっても同じことだった。
「僕は僕の意思で大聖堂へ踏み込んだ。……君はもう逃げていたけれど」
 旅をしていた頃、いつの間にかエイトは彼女を守るのは自分だと思っていた。自らが走るままにその後を追い、獣ならぬ長閑な瞳で癒し、労い、励ましてくれた呪われし姫を、守るのは、救うのは。
 自分以外の誰であろうとも、それは耐え難い苦痛であって。これだけは譲れない。
「僕は君が離れていくことが我慢できなかった」
 恥ずかしい独占欲。身分などそこには一欠けらも感じていない不謹慎。この思いを打ち明けるには、言いしれようのない不安があった。
 でも、今のミーティアには言うべきだと思った。今なら言っても良いだろうと。
 命令で自分を縛っているかもしれないという不安から、彼女を解き放ちたい。あの時の行動は真実であったと安心させたい。つまらない独占欲に占められた自らの弱さを晒したい。そして叶うことならば……魂の全てで貴女を愛していると伝えたい。
 目の前のベッドに座るミーティアに近づき、エイトはその下に跪いた。膝をついて、上目にミーティアを眺め見る。
 ゆっくりと、静かに。エイトはシーツを掴んでいたミーティアの手を取った。
 両手でその小さな手を包み込む。彼女の手は少し震えていた。
「命令だけで動けるほど僕は良い兵士じゃないよ」
 手を繋いだ。馬車の中でのあの時のように。
「ミーティア。君を此処から離したくなかった」
………………
 此処から? 否。僕から、と言いたかった。
 エイトは、このまま全てを曝け出したいと思った。溢れる思いに喉を詰まらせることなく、吐き出すように愛を叫びたいと。
 しかし、咄嗟の言葉でも、唇は狡猾に仮面を被る。それは家臣としてではなく、男として保つ理性。
 そうでもしないと、想いが溢れて彼女を抱き締めてしまいそうで。
「エイト」
 聞いたミーティアは心の震えが止まらなかった。
 なんということ。身分に囚われていたのは自分の方で、エイトはこんなにも自分を思ってくれていたのか。
「ごめんなさい……
 他愛ない独占欲が身を支配して。禍々しい思いがこんなにも勝手な衝動に走らせて。それなのに貴方は確りと自分を見てくれて。喩えようのない思いが胸を詰まらせる。
「どうして謝るの?」
 ミーティアはただただ首を左右に振った。繋いだ手と手の温かさを感じながら、しきりに頭を振っている。
「私、なんて愚かで、」
 この優しさを前にしてミーティアは気付く。思えば自分はあの小間使いに嫉妬していたのだ。善意から微笑むエイトを自分も欲しかったのだ。その所有欲に立場という隔たりが介すると、それは厄介なものになって。
 命令で手に入れる容易さは虚しさを生む。その恐怖に怯えていたのだと。
「ううん」
 今にも泣き出しそうなミーティアに、エイトは諭すように言った。
「こんな風に僕の所に居てくれる君が、今はとても嬉しい」
「エイト」
 両手の中にすっぽりと隠れたミーティアの手を撫でる。滑らかな白い肌を何度も撫でる。ゆっくりと、丁寧に。
 彼女は暫く首を振り続けていたが、エイトが包んだ手を見つめると、それも次第に収まってきた。
 暫く手を繋いだままの二人に沈黙が流れる。時間が経てば、いつの間にか二人は見つめ合っていて、互いの深い瞳の色を確かめていた。
 
 
 
「さぁ、どうしよっか」
 エイトが静寂を破った。
「? どう、とは?」
「君が居なくなったって王様と大臣が心配してるんだ。僕が探しに行くことになってたんだけど、まさか城中に居るとはね」
 エイトが頭を掻いて苦笑した。
「まぁ。どうしましょう」
 ミーティアは両手を頬に当てて戸惑った。きっとお父様に叱られてしまうわ。キョロキョロと周囲を見回し、どんな言い訳を言おうか、いや、どう謝ろうかと慌てている。
 そんなミーティアにゆったりと微笑んで、エイトが口を開く。
「じゃあさ。今から逃げ出そう」
「え?」
 彼の唇をすり抜ける言葉は、予想できないものだった。
「君が本当に抜け出して、僕が連れ戻したことにするんだ。そしたら、」
 今から外に逃げ出し、ミーティアは最初から此処に居なかったことにする。そうすれば二人は何処かで二人きりを堪能できるのだ。少し時間を隔てて戻れば、大臣は別として、トロデ王はそれほど文句も言うまい。
………………
 エイトの言葉の意味を理解したミーティアは、みるみるうちに顔が綻んだ。エイトが自分と少々の悪戯をしようと薦めている。少々の罪悪感とともに、好奇心と期待で胸が締められる。
「ね?」
……はい」
 彼の瞳を見つめながら、暫くしてミーティアが恥ずかしそうにコクンと頷いた。
 エイトがその姿に優しく微笑する。
「よっ、と」
 エイトはベッドに座っていたミーティアの膝を抱き、そのまま窓に足をかけた。
「何処に逃げようか?」
 世界中にルーラできるよ、とエイトは笑った。そう、彼女が望む所で行けない所はない。
 お望みの場所をと微笑む彼は、まるで悪戯好きな少年のようで。その瞳に深く深く吸い込まれる。
「エイトが行く所なら、何処へでも」
 ミーティアはエイトの首に回した細い腕を強くして微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 きっとこの後は、けっこう遅くに二人が戻って、
大臣はそのまま夜勤を完遂するんですよ。
てか何で大臣がエイトの夜勤を代わるのかは聞かないで下さい。
……考えてないんで(単に大臣で遊びたいだけ)
ポッフィー小説では常に大臣が酷い扱い。
 
投票してくださった皆様にお捧げします☆
ありがとうございましたっ!!!  
 
 
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