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CANDY
木漏れ日が眩しい。
聖堂のステンドグラスより差す陽の光に、クリフトは目を細めた。
穏やかな午後の日差し。昼の強い光で暖められた聖壇は、暖かいオレンジ色に輝いている。クリフトはホスチアを聖櫃に閉まった。
振り返って聖堂を見渡す。静謐とした空気に包まれたここは、やはり神の御座。聖餐式を終えた今は人も去り、厳かな光だけがこの空間を満たしている。
なんという穏やかな光。柔らかな温もり。
王宮内の教会とはいえ、ここは迷い果てたどの羊をも温かく、優しく抱いてくれる。
「……」
平和になった、クリフトは改めて思った。
ここサントハイム城が魔物の棲む荒城と化した時、教会もまた踏み荒らされ、蹂躙された。かつてこの聖堂は、その神聖が彼らによって辱められ、汚穢した邪気に蝕まれていた。今は元通りに神父が立ち、主を迎えるこの聖壇にまで、邪まなる者が居たのだ。あの時ばかりは普段は激情を面に出さない自分も我を失って魔物に剣を向けていた。
(まさか聖堂で剣を抜くとは)
感情のままに身体を突き動かしていた懐かしい思い出が蘇って、思わずクリフトは失笑する。
若かった。
あの頃は、眼前に聳える抗えない闇に真っ直ぐに剣を翳し疾走していた。その大いなる存在に立ち竦むことなく虚空を見据えていた。愛する主君の傍らに居て、守らねばならぬと自らの使命を誇張豪語していた節もある。それは今となっては少々に自嘲してしまう青さであって。
そう、あの頃の自分は若かった。
「……クリフト殿?」
呼ばれて我に返る。
同じく神職に就く青年が顔を覗かせた。
「あ、はい」
クリフトが返事をすると、彼は山のように積んだ書物を抱えながら話しかけてきた。
「聖歌隊の楽譜についてですが、今度はヘブライ譜で歌うらしいのです。それで編曲についてですが」
「えぇ、伺っております」
彼の抱えた書物の半分を担い、クリフトは聖堂を出た。
取り立てて事件の起こらない日常。何事もない日々。
これがどんなに素晴らしい事であるかを彼は知っている。
とめどない憎悪が、底のない闇がこの地上を覆い尽くそうとした時、不安に呑まれた人々の苦痛に歪んだ顔は今でも心に焼きついている。
(もう、あんな事は)
長閑で平穏な毎日。かけがえのない平和。クリフトは感謝した。
「今度の発表会にアリーナ姫は?」
サントハイム城に軽やかな靴音を響かせて、隣を歩く青年はクリフトに声を掛けた。
「お忙しいでしょうから、ご出席は無理かと思いますが」
丁度階段に差し掛かる。クリフトは執政の行われる階上を長閑な瞳で見つめた。
「……」
きっとアリーナ姫は、父王の隣に凛々しく座っているだろう。その姿を想像したクリフトの口元が緩んだ。
しかし微笑するクリフトの顔が何故かしら少し翳ったように見えて、青年は何となく口を閉ざした。
「あの、」
「……姫様も頑張っていらっしゃいますから、」
クリフトがその様子を見て微笑んだので、青年は更に困惑してしまった。
導かれた8人によって齎された平和は、結果的にクリフトとアリーナを引き裂いた。
旅をしていた頃は、仲間達はまるで家族のように一つの馬車の中で生活を共有していた。その中でクリフトとアリーナも両者の間にある主従の関係は片隅に追いやられ、血の通った兄弟のように寄り添って馬車に揺られていた。
旅を始めてからは、クリフトはアリーナの従者として常に彼女を守ってきた。時には従者以上の存在としてアリーナを支えてきた。導かれし者の一人として、互いに運命を共有する仲間として固く結ばれていたと思うのは自分だけではないと思っている。
しかし今はといえば、アリーナは王女として父王の執政を熱心に輔弼するようになり、クリフトもまた神職に仕える身としての教養に励み、互いの道を歩んでいる。
特にアリーナの成長は喜ばしい。
サントハイム城が無人の廃墟と化した「あの事件」が起きてからというもの、アリーナは真剣に自らの立場を考えるようになった。そして世界を救う冒険を通して、彼女は更に人の上に立つ者としての責務を担う覚悟を強くさせた。
自国の主君として贔屓せずとも、彼女は十分に素晴らしい人となった。
クリフトもまた自らの成長を実感できた。神に従い、世の信仰を担い支える身としても、十分にその素質が磨かれた。今は彼の聖術が評価を得、神官として重役を務めている。
サントハイム王国としては、将来を担う二人の成長は非常に心強く、互いがその道を全うすることを皆が望んでいた。
しかし。
「……」
我が心は此処に在らず、であった。
クリフトは階段を見つめたままだった。
王宮内の教会で奉職に励むことになって以来、彼はアリーナの虜になった。旅に出る前は、王女のアリーナはクリフトにとって憧れの「遠い存在」だった。
城中を駆け回る彼女とすれ違い、弾けるような笑顔で「おはよう」と言われた朝は、天にも昇る程に舞い上がっていた。踊る心を抑え、会話をした時は心臓がもたなかった。
アリーナが「旅に出たい」と城を抜け出すようになってからは、気が気ではなかった。少々に迷惑と思われても、自分が目をつけていなければと自らを鼓舞し城を出た記憶が蘇る。
以前は「貴女をお守りするのが私の役目です」と、その白い手に触れ、胸の昂揚を抑えながら傷を塞いだものだった。今となれば、彼女の傍にいる理由をつけていただけなのだと失笑が零れる。
(しかし、それももう)
彼女を癒し守る己の法術は、今の彼女には必要のないもの。
(旅は終わった)
そう思ってクリフトは息を吐く。
淋しいとは思う。
しかし、もうこんな感情に繋がれていてはならない。
優しい思い出に浸かっても、生み出すものは何も無い。寧ろこれからの自分は、信仰を深めて宗教の側からサントハイム王室を助け、主君に貢献せねばならない。自らの生命の全てを彼女に役立てられるならば、今はこれが一番妥当であろう。
そして今は、あまり何も考えずに仕事をするべきかもしれない。
「編曲に関しては、文献をあたることにします。譜面をお貸し願えますか?」
「えぇ。では私はテンペに戻ります」
少々の雑談をして、彼は青年より書類の一式を受け取ると、一人、部屋に戻った。
気付けば陽は既に落ちていた。
昼の熱は抜けきって、簡素な部屋にひっそりとした黙(しじま)が訪れる。
クリフトは周囲を見回して一息つくと、今は冷えた石床に跪き、胸に下がる十字架を手に取った。項垂れて呟く。
「主よ。今日も平和に一日を終えることが出来ましたことを、深く感謝いたします」
神に傅く彼の日課。
旅をしていた頃より変わらない、夜の祈り。
「人々の平和をお守り下さい。皆に安らかなる眠りをお与え下さい」
紡ぐ言葉さえ昔のままで、クリフトの口からは自然と次の言葉が漏れる。
「……明日も、どうか姫様をお守りください」
深く跪く。
今は己の手元より離れ、闊達に日々を過ごしているであろう彼女を想い。
その時、扉が敲かれた。
「ねぇ、クリフト……居る?」
鈴の鳴るような美しい声。この声は。
「姫様、」
クリフトは立ち上がって扉を開けた。
まさかアリーナが、こんな夜更けに此処に来るなんて。
少々に驚いた顔をしていると、アリーナはニッコリと笑って「入ってもいい?」と言った。クリフトは部屋を確認して、「散らかっておりますが」と椅子を差し出す。
彼女は何時から扉の前に居たのだろう。昔はパタパタと駆けてきて、ノックもせずに用件を言って飛び込んできたのに。
(聞かれてしまっただろうか)
先程の祈りの言葉を思い出す。ニコニコと笑みを崩さず椅子にかけ、届かない脚をブラブラと遊ばせているアリーナを見る。クリフトは苦笑した。
「このような時間に、いかがなされましたか?」
紅茶を差し出すと、アリーナは両手で包むようにカップを取り、口を小さくして風を送った。
「クリフトの声が聞きたくなって」
自然とそう言うアリーナに、クリフトはドキリとした。
今や視線は差し出された紅茶に注がれていて、自分の事など蚊帳の外だと思っていれば、突然と心騒がせる言葉をサラリと呟かれる。慣れたとはいえ、久しぶりの状況にクリフトは困憊した。
「最近は顔を合わせる機会も減ったね」
カップを見ながらアリーナが言った。
「そうですね」
「同じお城に居るのに、顔を見ない日があるもんね」
「姫様には沢山のご公務がお有りだと聞いております。お忙しいでしょう」
アリーナはクリフトの丁寧な言葉使いに反応した。
暫く黙っていたが、再び口を開く。
「クリフトも忙しいんでしょ?」
「いえ、姫様ほどではありませんよ。姫様のご活躍・ご苦労ぶりは、こちらまで聞こえてまいります」
「……」
クリフトは穏やかな笑みで言ったが、アリーナはそれに苦笑した。
「旅をしていた頃は、毎日クリフトと居たのにね」
少し寂しそうな瞳で、アリーナは言った。
今の二人が話題を共有できるものは、過去の旅の記憶になっている。
「及ばずながらお供をさせて頂きましたこと、私の良き思い出となっております」
すぐさま、アリーナの声がクリフトの返事を遮った。
「ねぇ、どうしたの?」
「どうしました?」
アリーナの表情が曇った。
「以前は、そんな他人行儀に喋ったりしなかったじゃない」
伏し目がちだったアリーナの顔が上がって、クリフトと目が合う。その姿に少々驚いたクリフトは、笑顔を解いて閉口してしまった。
上目に詰る。そんな女性らしい姿など、以前は欠片も見当たらなかったのに。
「私が少しハメを外すと、ブライと一緒になって、真っ赤になってお説教してたじゃない」
クリフトは戸惑った。
以前、アリーナは軽い気持ちで露出の多い服を着たことがあった。その時の臣下二人は、お互いに顔を真っ赤にさせて「いけません」と言った。しかし、「王女という身分をお忘れなきよう」とブライ様が血脈を露にして怒るのと、自分がする赤面とは意味が違う。クリフトはアリーナの雪のような白肌が晒されて、困惑して言っていたのだから。
「あ、あれはその、失礼だったと思っていますよ……教育係のブライ様はともかく、私などが姫様にお小言など」
「そうじゃないよ、クリフト」
アリーナはクリフトに向き直り、彼の僧衣の裾をキュッと掴んだ。
「失礼とかじゃなくって、今だってあの時みたいに怒って欲しいよ」
旅の頃によく見た、彼女が自分に甘える時の仕草。
懐かしい、あの頃のままの彼女。
「昔みたいに、喋ってよ……」
クリフトは困惑の表情を見せながらも、目尻を緩めて微笑んだ。
「……そうですね。では、そうさせて頂きましょう」
彼女の目線に合わせるように、少し膝を折って屈む。彼女の瞳を柔らかに受け止めて微笑するそれは、旅をしていた頃によく見たクリフトだ。
「今日はまた、どうなさいました?」
低く優しい声。
アリーナはかつてのクリフトに安心すると、途端、その笑顔に照れ出した。
「うん……あのね、」
瞳を泳がせて、クリフトの胸の辺りをチラチラと見ている。
ゆっくりと切り出すアリーナを待つクリフト。
言いたいことだけが先走る彼女の会話を、彼は笑顔で聞く。言葉に詰まれば、クリフトはその亜麻色の髪を撫でて落ち着かせ、適当な言葉が見つかるのを手伝ってくれるのだ。
「疲れちゃったの」
アリーナは溜息をついた。
「私もね、お城の皆が居なくなって気付いたの。私、ずっとお転婆のままじゃダメなんだって。お父様みたいに、これから確りお城の皆を守っていかなくちゃならないって。だから、いっぱい頑張っているのよ」
「えぇ」
「クリフトだって、知ってるでしょ?」
「はい」
痛い程に理解っていた。
決戦前、彼女のサントハイムに対する思いを己に打ち明けてくれた時には、胸が張り裂けそうになった。この身が千切れそうになった。
少女が背負うにしては、あまりに大きな運命。
その後、父王の隣に座るようになった彼女を見て、クリフトは更に息が詰まった。
「姫様はよく頑張っておいでですよ。本当に」
褒められたような気になって、アリーナがはにかむ。
「今や何処の王国にも負けない、立派な姫君です」
しかし次の瞬間、アリーナの微笑は俯いてかき消された。
「でも、ちょっと今日は疲れちゃった」
憂いたような苦笑。
弱音を言う事に躊躇して、笑みで誤魔化している。心の弱さを曝け出すことに、怯えている。
「姫様」
「大臣もブライも本当に褒めてくれるのよ。お父様も、とても変わった、いい子になったって。だから凄く嬉しくなって、頑張るんだけど、頑張って頑張って……頑張って、なんだか息苦しくなっちゃった」
「姫様」
クリフトは彼女の頭に手を置いて、髪を梳きながら言った。
「頑張ることは、素晴らしい事だと思います。サントハイム領の民も、父王も喜んでいらっしゃるでしょう」
「うん」
「でも、貴女がそんなになるまで頑張らなくとも良いのです。姫様がどんなに頑張ったか、そして今も頑張っていらっしゃるか……姫様がどんなにサントハイムを愛していらっしゃるか、皆が知っております。皆が感謝しております。どうかご自身を大切になさって」
「うん……」
消え入るような相槌。クリフトは優しく続けた。
「少し休んだからといって、誰も姫様を咎めはしません」
「うん」
「ちょっと立ち止まって、羽を伸ばされたらいかがでしょう」
「……そうかも」
返事が少し明るくなった。
「私は以前のようなお転婆姫も、たまには良いかと思いますよ?」
クリフトが微笑んだ。
「もう、クリフトってば!」
彼の冗談めいた嫌味を聞いて、アリーナは頬を膨らませて彼の胸を叩いた。穏やかな笑みが零れる。
「もう……」
笑いながら彼女の拳を受け止めようとした時。クリフトは気付いた。
アリーナの瞳からは涙が出ていた。
大きな緋色の瞳が潤んで、一粒、輝くように美しい雫が落ちた。
「……姫様、」
涙をとらえた瞬間、クリフトの身体は動いていた。昔のように、手が伸びていた。
人前で涙を見せることを恥じるアリーナは、健気にも一人、胸中より湧き上がる感情を押し殺していた。クリフトはそれを思って、彼女が泣きたい時は、心のままに己の胸で泣かせていた。
「姫様」
「クリフト……ッ」
己の目の前で、小さな身体を更に小さく震わせて泣く少女を、彼は勢いのままにかき抱いていた。その胸に包み込み、両の腕で確りと包んでいた。
全てを包容されたアリーナは、溢れる涙をそのままクリフトの胸に滲ませていた。隠すことなく震えるままに声を出し、溢れるままに涙を流し、身を埋めていた。
「クリフトだって忙しいのは分かってるの。もう、前みたいに甘えてばっかりじゃダメだっていうのも、解ってる。でもね、でも」
クリフトは胸の中から届く声に黙って耳を澄ます。
「淋しいのよぅ」
掠れたように小刻みに震える声。気丈な彼女が、こんな声を出すなんて。
「アリーナ様、」
クリフトは抱く腕を更に強くした。
「心のままに涙を流してください。泣くことは恥ずべきことではありません」
以前もこう言った記憶がある。
涙は心を癒す為のもの。正直に自分の感情を表すことは恥でも恐怖でもない。最も怖れるべきは、心が固まり、麻痺して涙さえ出せなくなることだと。
彼女を胸に抱いて、昔の記憶が鮮明に蘇る。
辛くも美しかった、あの仲間との旅を。
切なくも甘かった、彼女への想いを。
「クリフト」
か細い声で名前を呼ぶ。アリーナは呼んでいる。「助けて」と。
クリフトは声のままにずっとアリーナを抱きしめ続けた。この腕に抱いた身体に潜む、全ての恐怖と不安が消え去るように、心が安らぐように。
彼女に会って、彼女に触れて。
改めて気付く。気付かされる。
まだ、こんなにも彼女が愛しいなんて。
「……うん、ごめん。……ありがと」
暫くして、胸の中から小さな声が聞こえてきた。
腕の抱擁を緩めると、クリフトの胸に埋まっていたアリーナの顔が上がった。
「もう大丈夫。平気」
アリーナは、クリフトの顔を見ると微笑した。
「あんまり長居すると、ブライに見つかっちゃう」
その笑顔はクリフトも安心できるほど、安らかなものになっていた。
「ブライが此処に来たら、きっと、」
「そうですね。私はここで氷漬けになります」
「あはは、そうかも」
二人が顔を見合わせてクスクスと笑う。
クリフトは少し笑った後、真顔になって胸のアリーナに言った。
「でも、姫様がお望みなら、何時でもこちらへお越しください。私はいつ氷のオブジェになろうとも構いませんよ」
「クリフト」
本心だった。
他では労苦の愚痴のひとつさえ溢さないアリーナが、此処に来ることで、己に告白をすることで癒されるならば、ブライに何を咎められても構わなかった。その小さな身体にはとても背負えない大きな荷が、少しでも軽くなるならば。
「……」
長閑な瞳で言うクリフトを見て、アリーナが口を開く。
「あのね、まだ他にもあるの」
「? 何でしょうか」
胸の中でアリーナがまごついている。
不思議に思ったクリフトは、彼女の言葉を待った。
「……世界樹に登ったとき、クリフト、『して欲しいことは自分から』って言ったよね?」
「? はい」
翼の折られたルーシアが、世界樹の頂上で助けを呼んでいたとき、クリフトは震える声でそう言った。求められれば与えなさい。自分が望むことは、相手に求めるだけでなく、自らが行動を起こすこと。だから彼女を助けるのは、他の仲間の誰でもなく、自分が行かねばならないと。気の遠くなるような高さの世界樹の下で、クリフトは真っ青な顔で身を震わせながらそう言った。
「あのね、クリフトにして欲しいの」
「何でしょうか?」
それと今の繋がりを理解しきれないクリフトは、不思議そうにアリーナの顔を覗いた。
仰せとあらば、とクリフトは言葉を待っている。多分、クリフトがアリーナに求められて出来ない事はないだろう。
しかし「何」と言われて答えられる程、アリーナは大人ではなかった。言葉に詰まった彼女は、頬を桃色に染めてクリフトの顔を見やる。
腕の中から、そっと身を乗り出す。
「クリフト、」
アリーナの柔らかい唇が、そっと、クリフトのそれに触れた。
緊張しているのだろう、怖れているのだろう、震える唇はたどたどしくクリフトに触れると、暫く留まってからゆっくりと離れていった。
「……姫、様……」
クリフトの全身が凍結した。未だ己の腕の中で、恥ずかしそうに俯いているアリーナを見て、呟くように言葉を漏らす。
諦めた恋。
儚い青春。
そう思っていたのに。
この身が朽ちるまで、隠しておこうと決めた感情。
「クリフト」
一瞬前までは己の唇にあったアリーナの口から、擽るような甘い声がかすむ。
なんという残酷。
貴女は、またこの苦しい激情を解き放つ。
閉じ込めておいた淡い思慕が、溢れ出る。
隠していた灯火に、今、油が注がれた。
もう、どうすることも出来ない。
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【あとがき】 |
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♪
ほろ苦いキャンディーが まだ胸のポケットにあった
ただひとつだけ
甘酸っぱいキャンディーが まだ胸のポケットにあるんだ
君が食べておくれ
written by Kazutoshi Sakurai
©Mr.Children
ステキです、この曲。
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