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彼女の心に映る人

 
注…主人公の名はユリアスです
 
 
 
 ドルマゲスを追撃するため、ポルトリンクの港から連絡船に乗り、アンカスタ大陸に渡ったユリアス、ゼシカ、ヤンガス、そしてトロデの4人(?)。連絡船の出航を邪魔していたモンスター・オセアーノンを懲らしめて得た情報と、アスカンタ大陸側の、連絡船の船着場での聞き込みを基に、南に位置するマイエラ修道院に向かった。しかし、ここでもドルマゲスの有力な情報をえることはできなかった。その上、日暮れ時が近づいてきてしまったのに、修道院には宿泊施設がないという。修道僧の一人が、マイエラ修道院に参拝に来た者は、少し離れたドニの町を宿泊地にするというので、とりあえず三人は、宿をとる為にその町へ行くことにした。その道中のこと……。
 
 
 
「あ〜〜もう頭にくるわね!あの修道院!!なによ、あの修道僧達!お高くとまっちゃって!何様のつもりよ、まったく」
声を荒立てて怒っているのは、ツインテールの亜麻色の髪の少女、ゼシカである。豊かな胸元があらわになった紺の服に、白い裏地の紅いロングスカートをはいている。美人ではあるが、やや大きめの、赤いトパーズ色の瞳は、気の強そうな印象があり、感情をむき出しにして怒っている振る舞いが、その印象の正しさを証明していた。
「ねぇ、そう思わない、ユリアス?」
ゼシカは、自分が述べた文句に同意しなさいと言わんばかりのきつい口調で、自分の右隣にいる、邪魔にならない程度に豊かな漆黒の髪を、紅いバンダナで覆っているユリアスと言う少年に問いかける。華奢な体つきで、胸を除けば、ゼシカとそれ程大差はない。紺の服にグレーのズボンをはき、そのうえに、膝まで届く袖のない、山吹色の袖なしのコートを羽織っている。美男子という程ではないが、少々大きな黒曜石の様な瞳は、見る人に穏かで優しげなイメージを与え、実年齢より彼を幼く見せていた。
「確かに、不愉快なところではあったけど、いちいち腹を立てていたらキリがないよ」
ゼシカの文句には同意をしつつも、柔らかな声でやんわりとたしなめるユリアス。
「まぁ…そうかもね。ちょっと大人気なかったかな?」
先程まで、あれほど怒っていたくせに、ユリアスの一言で、ころりとおとなしくなるゼシカ。
「やれやれ…感情の変化が忙しい嬢ちゃんでがすなぁ」
こう皮肉を漏らすのは、トゲがいくつもついた奇妙な石製の帽子をかぶり、毛皮のチョッキを素肌の上に着込んでいる男、ヤンガスだ。釣りあがった目つきと、左頬の十字傷が、この男の歩んできた荒んだ人生を証明していた。しかし、背丈はユリアスの肩まであるかどうか。その上、鼻の形と顔のつくりが丸く、体格もそれ以上に見事な(?)丸型である。本人は、このことを事の他気にかけているようであるが、その体型が、彼の人相の悪さを和らげる役割を果たし、むしろヒョウキンな雰囲気を漂わせる効用を持っていた。
「何か言った?ヤンガス」
ユリアスの一言でおとなしくなったと思いきや、ヤンガスの小声の皮肉を聞きとがめ、またしても不機嫌になるゼシカ。
「別に、ただ自分の感情に正直な嬢ちゃんだといっただけでガス」
「何かすごく皮肉っぽく聞こえるんですけど?」
飄々とした口調で受け答えるヤンガスと、口元は笑っているけど、きつい目つきで詰め寄るゼシカ。
「これこれ、やめぬか。ほれほれ、あそこに見えるのがドニの町とやらではないか?」
二人の仲裁に入ったのは、白馬の馬車の手綱をとる、妙に小さなナメッ○星人…いや、ヤンガス曰く、「緑のおっさん」ことトロデ。そのトロデが指差す先には、岩棚に挟まれた細い道があり、わずかだが建物が見えた。
 
 
 
 ドニの町はさほど広くはない。広さから言えば、ゼシカの故郷・リーザス村の方が広いだろう。町にある施設も、宿屋と教会、そして酒場くらいが目立つ程度だ。トラペッタやポルトリンクなどには及ばない。酒場の存在が、静かなこの町にわずかに活気を放っていた。
 宿の手配をすませたユリアスたちは、夕飯を取るために酒場へ向かう。ユリアスとゼシカは乗り気ではなかったが、食事を取れそうなところが他になかったことに加え、ヤンガスの助言が影響した結果である。その助言とは、
「この町はマイエラ修道院の参拝に来る人が宿をとる場所でげすから、意外に世界各地から色々な人間が訪れるでガス。だから、酒場に行けば、ひょっとしたらドルマゲスの野郎のことを知ってる奴がいるかもしれんでげす」
と、一見もっともなものであった。だが、
「一見もっともだけど、お酒が飲みたいって魂胆が見え見えよ」
あっさりとゼシカに喝破されてしまう。
「ありゃりゃ、ばれちまったでげすか。でも、この時間で飯食って、情報集めできる場所に酒場はうってつけだと思うんでげすがねぇ」
空は夕日が顔を西へと隠し、夜の闇と月と星が支配していた。確かに、聞き込みができる場所は、かなり限られる時間帯である。ゼシカも結局はヤンガスの意見を受け入れた。ユリアスもゼシカ同様、酒場に入ったことがないが、それを我慢すれば異存はない。
 
 ドニの酒場は、外にも席が設けられている。二階建てで、バルコニーがあり、ここでも酒が楽しめるようになっている。ユリアスたちは、一階のテラスを通って入口のドアを開く。そこは別世界だった。外の静寂に近い静けさとは打って変わって、まさに騒がしいの一言に尽きる雰囲気に一瞬唖然とする。しかし、ヤンガスだけは、この雰囲気に慣れているようで、別段驚く様子もない。酒場の客層は、中年の男が大半を占めている。一人黙々とグラスを傾ける者、飲み仲間との馬鹿話で大笑いしている者、盛んに注文をして、給仕の女性をせわしく動き回らせている者、カードゲームに熱をあげている者達、それを興味津々と周りで眺めている者など様々だ。中には明らかに修道院の僧侶としか思えない格好のものが数名いる。
「おぉ、この活気、やはり酒場はいいでげす。あ、兄貴、嬢ちゃん、ちょうど空いてる席があるでがす」
ヤンガスは、ちょうどいい具合に、三つの席があるテーブルを見つけて指差し、ユリアスとゼシカを先導して席に向かう。
「あら?いらっしゃーい、ゆっくりしていってね」
 肩までおろした少々癖のある金色の髪と、青い瞳が特徴のバニーガールの格好をした給仕の女性が、ユリアスに声をかけてくる。
「ねぇ、あなたもマイエラ修道院に参拝に来たの?」
「え?ま、まぁ、そんなところです」
「ふーん。たいていこの町に来る人はそうだからね…」
いきなり女性に声を掛けられ、戸惑うユリアス。その戸惑いをよそに、バニーの女性は、ユリアスの顔を繁々と見詰めだす。
(な、何なんだ?この人は…)
表情こそは大きく崩さなかったが、ユリアスは内心の戸惑いを加速させる。
「お兄さん、ククールとはタイプが違うけど、結構いい男ね。うちの店の常連さんになってよ。それで私にちょくちょく会いに来てくれたらうれしいなぁ」
青く綺麗な瞳と、屈託のない微笑を向けられて、ユリアスの頬にわずかだが赤みが差す。
(初対面の僕に、何を言い出すんだ?この人は)
気後れしたユリアスは、どう反応すべきかわからず、黙り込んでしまった。しかし、この彼の反応がお気に召さなかったお嬢様がいた。
「ちょっと、ユリアス。あんた何鼻の下伸ばしてるのよ!!」
ゼシカである。怒鳴られて、思わずビクッとしてしまう。
「ほら、ヤンガスが席を取ってくれたから、いくわよ」
ゼシカはユリアスの左手首を左手でつかみ、右腕を滑りこませると、彼の左腕を抱きかかえるような格好のまま、ヤンガスの待つ席まで引っ張っていく。その様相を、ポカンとした表情のまま眺めるバニー。
「残念ねぇ。あの坊や、怖〜い彼女持ちみたいよ」
バニーの彼女に声を掛けるのは、同じ給仕の女性だが、スカートの部分にいくつものスリットが入り、鎖骨があらわになった黄色い衣装は、踊り子のような雰囲気を漂わせている。おそらく、酒場での余興で、踊りを披露することもあるのだろう。
「ふん、いいもん。わたしにはククールが…って無視するな〜」
踊り子の女性は、バニーの反論はどこ吹く風で、ユリアスたちが座った席に向かう。注文を聞くためだ。
 
「いらっしゃませ、お飲み物は何にいたしましょう?」
踊り子の女性は、落ち着いた響きを持つ声で、ユリアスたちの注文を伺う。
「アッシは葡萄酒で、兄貴と嬢ちゃんは?」
「僕はアルコールのない飲み物を。ゼシカは?」
「私もユリアスと同じで」
女性は一瞬、ポカンとした表情を浮かべる。
「あ、あの…何か」
ユリアスは女性に尋ねる。
「あ…失礼いたしました。何分、飲み物でお酒以外の注文を聞くことが稀ですので…」
「すいません。僕もお酒飲んだことがないものですから」
「…」
またしても、呆気にとたれた表情の女性。
(また何か変な事を言ったのかな?)
踊り子の女性は、微笑を浮かべる。
「だめよ坊や、男の子だったら、お酒くらい嗜めるようにならないと」
先程までの、丁重な口調ではなく、お姉さんぶった口調を駆使してくる。この変化に、ユリアスはあっさりと意表をつかれた。
おまけに、ユリアスにとって、はた迷惑な爆弾までご丁寧に投げかけてくれた。
「何なら、私がお酒の飲み方を教えてあげるわよ、手取り足取りね…」
しかし、今度のユリアスは、頬を紅くさせられることも、鼓動の速度を速くさせられることもなかった。それらを打ち消すかのごとく襲ってきた、左脇腹の激痛に耐えねばならなかったからだ。彼の脇腹を手加減なしにつねっているゼシカの右手が、それの正体だった。
「ぜ、ゼシカ〜」
「ふん!」
もはや、不貞腐れてしまったゼシカ。それを横目でちらりと見て、女性はお盆で口元を隠す。おそらく、笑っているのだろう。
(も、もしかして、この姉ちゃん、ゼシカが兄貴にやきもち焼くのを見て楽しんでいるのでは?)
ヤンガスにとって、ゼシカの怒りぶりなど、かわいい部類に入るものだが、その矛先を向けられるのは、兄貴と慕うユリアスであるし、自分も進んで女のヒステリーのとばっちりなど受けたくはない。厄介極まる状況を作り出してくれたこの女性を、内心恨めしく思うヤンガスだった。
 
 
 
 とにかく、注文を終え、しばらくすると、注文した料理が運ばれてくる。酒が飲めないユリアスとゼシカの飲み物はミルク。料理は、パンと二切れのチーズと野菜サラダ。食の細い二人は、これで十分だった。ヤンガスは、葡萄酒に、鶏骨付きもも肉の塩焼きだの、じゃがいものバター焼きだの、腹にたまりそうな料理をいくつも注文して、その体格に見合う食欲を発揮している。
 ゼシカは、料理に手をつける様子もなく、ただ黙って俯いている。
「ゼシカ、ほら、食べなよ。せっかく注文したんだから」
「いい」
ユリアスの勧めも受け付けない。
(まだ怒ってるのか…)
ユリアスは、ゼシカが怒っていると思っているが、ゼシカ自身は、それと同時に戸惑っていた。
(何故なの?ユリアスが、他の女の人に言い寄られてるのを見ると、イライラしちゃう…。それに、これと似た思いをしたことが…)
 ゼシカの脳裏に、一人の青年の面影が浮かぶ。今は無き、愛する兄・サーベルト。
 
 
 
 ゼシカにとって、二つ年上の兄・サーベルトは、まさに理想の兄・理想の男性そのものだった。若きアルバート家の当主として、リーザス村を護る使命感を持ち、また、そのための力も十分持っていた。ゼシカが、まだ初歩の魔法を使うこともやっとなのに、サーベルトは、それ以上の魔法を使いこなす上、並外れた剣の使い手でもあった。誰に対しても優しい人で、村中の人達から慕われていた。顔立ちも悪くはない。その顔で優しい微笑を浮かべられると、自分の兄だというのに、どきりとしてしまう。
 
「ゼシカはお転婆だな。そんな調子じゃ、嫁の貰い手がなくなってしまうぞ」
いつだったか、サーベルトにからかい半分に注意されたことがあった。
「いいもん。わたし、結婚なんて全然考えてないから」
むきになりながら、こう反論したことを覚えている。
(だって、私、お兄様より素敵な人なんて知らないもの…)
 
だが、その兄に対し、たった一つだけ、不愉快な思いを抱くことがあった。
サーベルトは、同じ年頃の村の娘達の憧れであった。そして、屋敷のメイドにとっても、それは同じだった。サーベルトと話すときの娘達は、常にとてもうれしげだった。彼もそんな彼女達に対して、優しげな笑みをうかべて、話し相手をしたものだった。それを見るとき、ゼシカは胸がちくりと痛むことを自覚していた。
(私だけのお兄様なのに…)
兄が自分に対して向けてくれている微笑を、他の女性に対しても向けている。それが嫌だった。そして、そんな感情を持ってしまう自分自身も…。サーベルトにそんなことを知られたくはなかった。
 
 
 
 酒場の女達に言い寄られるユリアスを見て、こみ上げてきた不快感は、兄・サーベルトが女性と楽しく話す姿を見たときに感じたものと同じものだった。
(でも、お兄様には、こんな気持ちを露にすることなんか出来なかったのに…)
 サーベルトとユリアス。ゼシカから見て、不思議なほど似通った二人だった。誰に対しても変わらない優しさも、剣と魔法を使いこなす力を持っていることも、その力を自分のためではなく、自分の側にいる大切な人達のために使うところも。そして、顔かたちまでが、なんとなくであるが似ていた。少々大きめの、優しげな瞳も、やや高めの鼻も引き締まった口元も。二人を明確に区別できたのは、瞳と髪の色だった。サーベルトはゼシカと同じ赤いトパーズの色彩を持つ瞳、亜麻色の髪。ユリアスは、黒曜石色の瞳、つやのある漆黒の髪。二人を区別できた点は、もう一つあった。わずかな開きの年齢差。それは、顔に表れていた。サーベルトは、大人びた雰囲気を持っていたが、ユリアスは、顔に幼さが残っていて、実年齢より下に見られがちだった。この違いがあるために、二人が似通った人間であることに気付けるのは、二人をよく知る人間に限られる。 (でも、ユリアスには……。どうしよう、あんなことして嫌われちゃったかな…?)
ゼシカは、普段の振る舞いからは似つかわしくない不安を生じさせていた。しかし、これらを中断させてしまうことが、酒場の中で起こり始めていた。やけに響く怒鳴り声。それを耳にした様子の客の何人かは、その声のする方角に視線をやっていた。ユリアスとヤンガス、そして、ゼシカは、ただならぬ雰囲気を察知して、席を離れて、怒鳴り声のする席に向かい始めた。
 
 
 
「あ、アニキ、もうこれくらいにしましょうぜ」
「やかましい!!このままで終われるか〜!!てめえら!有り金全部出せ!!10倍にして返してやる」
「む、無謀ですぜ、アニキ」
「うるせえ!!いいから出せ!!」
怒鳴り声の主は、熊を思わせるような巨躯を誇った男である。人相は、どこかの脱獄犯を思わせる険しさだ。カードを片手に怒鳴っているところを見ると、どうやら、ポーカーでの戦績が芳しくないようだ。子分と思われる二人に、必死に静止されている。ゲームを見物していたと思われる者、この騒動が気にかかって、席を離れて様子を見に来ている者が数人、熊男とその子分二人、そして、熊男の対戦相手とゲームテーブルを囲んでいた。
 ユリアスは、10歳以上は確実に年上のヤンガスから、「兄貴」と呼ばれ、慕われている不思議な少年だが、あちらの「アニキ」は、ろくでもないアニキのようだ。
「あ、あいつは…」
「知ってるの、ヤンガス?あの熊男を」
「あいつは、あっしの故郷のパルミドで、博打で負けると大暴れすることで有名な奴でげす。あいつの相手がやばいでげす」
ヤンガスは、熊男の相手と思われる男に目をやる。まず、赤が視界に入ってきた。その男は、赤い、どこかの制服のようなものを着ている。両手に黒の皮手袋をはめ、腰の辺りまである黒の裏地の赤マントをなぜか右肩だけに掛けている。右腰には細身の剣を差している。おそらく、どこかの騎士なのだろう。ただ、この男の最大の特徴は、服装以上に、人の目をひく、銀色の髪と整った顔立ちである。「美貌」という言葉は、女性に向けられるべき讃辞だが、この優男には、なんとなくその言葉がなじむ感じがある。
「たしかに、まずいな…。乱闘になったら赤い服の人、あの大男に徒手空拳じゃ勝てそうにないな…」
ユリアスは、口にした心配とは別の心配を、内心に抱え込んでいた。
(もし、あの赤い服の人が、身を護る必要に迫られて、剣を抜きでもしたら…)
「ねぇ、ユリアス」
ユリアスの懸念を中断するように、ゼシカが左袖を引っ張って、囁いてきた。
「何?」
「あの赤い服の男、聖堂騎士じゃない?修道士のくせに酒場で賭け事なんて最低よね」
持ち前の潔癖症ゆえか、ゼシカはだらしない男を嫌悪する。赤服の騎士も、その対象に十分なりうる男だった。
「確かに、感心はできないけど…」
 ユリアスは、別に潔癖症ではなかったが、聖堂騎士と思われる赤服の男の行為に、眉をひそめる思いならばあった。聖堂騎士も、修道士と同じ戒律を持つ立場である。賭博、飲酒はそれに触れる行為だ。ユリアスも、厳しい軍律をもつ立場の兵士だった。戒律と軍律の違いはあるが、厳しい規則を守らねばならぬ立場は一緒である。
 
「さぁさぁ、どうする?ゲームを続けるのかね?」
 赤い服の騎士は、子分二人ともめて、ゲームを中断している熊男に向かって、半ばからかう口調で問いかける。
「当たり前だ!!勝負はこれからだぜ!!」
 熊男は、もはや怒気に加えて殺気まで帯び始めた目で睨め付け、怒鳴った。
「グッド」
 対照的に、赤服の騎士は余裕そのものの口調で答える。そして、ゲームは再開された。
 
「3のスリーカードだ!どうだ!!」
 熊男は、自信気に言い放つが…。
「残念、Qのスリーカード」
自信は見事に砕かれた。熊男は元手を枯渇させてしまった…。
「て、てめえ…。イカサマやりやがったな!!!」
 怒り心頭に達した熊男は、もはや何の制御もしようとはしなかった。カードゲームに使っていた目の前のテーブルを蹴り飛ばすと、赤い服の騎士に殴りかかろうとした。しかし、その寸前、振り上げた右腕をつかまれた。つかんだ男は、こうなることをなんとなく予測していたヤンガスだった。
「おいおい、よさねえか」
 しかし、熊男に他人の制止など、火に脂を注ぐ役割しか果たさなかった。
「うるせぇ!!邪魔するな!!」
 ヤンガスの手を振り払うと、返す刀で斬るという感じで、裏拳をヤンガスに見舞った。鈍い音と共に、ヤンガスはよろめくが、倒れなかった。
「おい、てめえ…。随分上等なまねしてくれるじゃねぇか…」
 普段、仲間達に使う口調とは明らかに違う、荒々しいものに変わっている。
「やるか!!コラ!!!」
 もはや双方、殺気を漂わせ、激突へと突き進むかに見えた。だが、二人の怒気に駆られた闘志の火は、突然の「差し水」によって、あっさりと鎮火されてしまった。二人に掛けられた「差し水」は、なぜか臭う上、薄く茶色に濁っていた。「差し水」の正体は、モップを浸すために汲み置かれていたバケツの水。そして、それをまいた者は……。
「いい加減にして!頭を冷やしなさいよ!この単細胞!」
 ゼシカであった……。一触即発の危機を潰した、この美少女の快事に、見物客達は驚嘆の声、あるいは驚愕の声なき声を発している。赤い服の騎士は口笛でゼシカの勇姿を称え、水を差された熊男とヤンガスは呆気に取られ、呆然としていた。だが、この空気に呑まれなかった者が二名、否、正確には三名いた。
「こら、このアマ…アニキに何しやがる!!」
「女でもただじゃおかねぇぞ!!」
 熊男の舎弟二人である。自分達のアニキになされた、ゼシカの振舞いに対する怒りと、女などになめられてたまるかという意地が、彼らを駆り立たせていた。
「なによ、引っ込んでなさいよ、あんた達!!!」
 ゼシカももはや、止まりそうにない。この二人もゼシカの怒りなど意にも介さない。この光景に、店内のすべての客が注目していたため、二人の男の行動に気付かなかった。一人は、腰に差してある細身の剣を鞘に納まったままの状態で外し、立ち上がったのだ。そして、もう一人は…。
「やるか、コラ!!」
問答無用と言わんばかりの勢いで、二人のうち一人が拳を振り上げかけた。もう一人もこれに続く様子だ。
「あぶない、姉ちゃん!」
 周囲の野次馬の中から、思わずといった感じの叫びが聞こえた。だが、これは杞憂に終わった。二人組の男達は、不自然に表情を崩し、声もなく床に崩れ落ちた。このあまりにも唐突な光景に、野次馬達の多くは意表を突かれた形となり、驚きで表情を変えたのみで、声すらあげられなかった。ゼシカでさえ呆気にとられた。その彼女が二人が倒れた後に見たのは、右の手刀を構えた少年の姿だった。
「ユリアス…」
 ゼシカが少年の名を呼ぶと、ユリアスは手刀の構えを解き、両目を閉じた。だが、火種は、全て消えたわけではなかった。
「こら小僧!不意打ちたぁ卑怯なまねしやがって…。よくも俺の舎弟をやってくれたな!!」
 ゼシカの「差し水」のショックから回復した熊男が、ズカスカと歩み寄り、ユリアスの胸倉を掴んだ。
ユリアスは閉じた瞳も開けず、表情も変えない。
「なぜ、僕を怒っているのですか?」
「な、なにぃ?」
ユリアスは、彼には似つかわしくない、不可解な、そしてふてぶてしい問いかけをした。
「僕はあなたやあの二人から、感謝されてしかるべきと思うのですが」
「なにわけのわからん屁理屈こねてやがんだ!!俺をなめてるのか!小僧!!」
 この場のみに限れば、熊男の怒りは正当なものだ。その上、ユリアスのふてぶてしい態度は、悪役にふさわしいものになってしまう。実際、野次馬達の中には、ユリアスの言動に不快感を覚え始めているものもいた。ゼシカですら、普段の生真面目でやさしいこの少年には、似つかわしくない不敵さに戸惑いを隠せないでいる。ヤンガスも、それについては同じであった。
 周りの空気が、ユリアスに対する不可解さと若干の不快感で満ち始めたとき、彼は閉じていた瞳を開き、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべ、無邪気そのものという感じで一言放った。
「だってそうでしょう。大の男が二人がかりで女の子に喧嘩を売って、ボロ負けするよりも、僕の不意打ちで倒された方が、遥かに面目が立つと思うのですが?」
 別段大声で話しているわけではない。だが、ユリアスの声は穏かではあるが、心地よい高さを持っていて、聞く人に心地よく響く。響き渡ったあと、寸刻、静けさが支配した。押し寄せる怒涛の前兆としての静けさ…。
「プ…ク……ハッ………ハハハハハハハハハハッハハ」
爆笑は、野次馬達だけでなく、酒場にいるほぼ全員に感染した。給仕の女性達にも、バーテンにも…。ここにいる人はほぼ全員、先程のゼシカの勇姿を目の当たりにしているだけに、効果は抜群であった。ヤンガスなど、床に転がって泣き笑いをして床を叩いている。先程までユリアスに向けられていた不快感など、欠片も残さず吹っ飛ばされしまった。熊男は、ユリアスのあまりに珍妙な応答に毒気を抜かれ、つかんでいたユリアスの胸倉を外してしまう始末。そして、ゼシカが熊男の舎弟達に絡まれたとき、鞘に納まった状態の剣を持ち、割って入ろうとした赤い服の騎士も、笑いを制御できなかった。
(あのバンダナの奴、顔に似ずなかなか喰えないな…。だが、このジョークの代償は…)
 
「ち、ちょっとユリアス!なんなのその言い草!!わたしがまるでとんでもない凶暴女みたいじゃない!!」
当然のことながら、笑いの種にされてしまったゼシカである。もう収まらないという感じで、ユリアスに詰め寄っていく。ユリアスの方は気圧されして、数歩後退した。逃さじとばかりに、ゼシカは間合いを縮めると、彼の両肩に自分の両手を押し当て、結果的にユリアスを壁際に追い詰めて、そのまま彼を壁に押し付ける格好になった。この振舞いこそ、凶暴女ということを自ら証明してしまっているようなものなのに、彼女は気付きもしない。ユリアスは、ゼシカの両腕に自分の両手をそっと添えると、なんとかなだめようと、優しい声で説得を試みる。
「怒らないでゼシカ。僕は君の事そんな風に思ってないから。ただ、ちょっとしたユーモアのつもりで…」
「だから、そういうことに私をダシに使わないでって言ってるの!!」
ゼシカは、自分の両腕に添えられたユリアスの両手を振り払いもせず、彼の目と鼻の先にまで、自分の顔を近づけて、抗議の叫びを発する。だが、ここでゼシカもユリアスも、自分達の今の格好がどんなものか考慮するべきだった。羞恥心ならば十分にある二人だから、普段の状態ならば、今の状況に気付いただろう。だが、ゼシカはヒートアップして周りなど見えていない。ユリアスは、その彼女をなんとかおとなしくさせることに必死である。そして、この光景を見ているのは、素面の人々ではない、性質の悪い酔っ払い達であった…。そして、この酔っ払い達は、ユリアスが放った諧謔のおかげで、ハイテンション状態にあった…。
 
「おいおい、お二人さ〜ん、痴話喧嘩ならよそでやれ〜〜〜」
「人前で堂々と見せつけるな〜、熱すぎだぜお若いの!!」
「嬢ちゃんもっと優しく迫ってやれ!彼氏が怖がってるぞ〜〜」
 ここまでやじられて、二人はようやく状況を悟った。なにしろ、互いの吐息が感じられるほどの距離で、二人は見詰め合う格好になっていた。二人とも、自分の鼓動が大きく、早くなっていくのが自覚できた。ユリアスは、ゼシカの両目が恥じらいで揺れ、両頬が淡く赤に染まるのを見た。それでいて、なぜか自分から目をそらさない。自分もゼシカと同じような表情をしているのだろうという自覚があり、そんな表情を見せたくないのだが、彼女が自分に対して初めて見せる、恥じらいを秘めた眼差しで見詰められ、顔を背けることができなかった。その瞳に吸い込まれそうで…。
 だが、この状態もそれほど長くは続かなかった。当然のことながら、二人の羞恥心が、このままの状態を良しとはしなかった。冷やかしの的となる格好は崩したが、ゼシカにはもはや先程までの勢いはない。右手で口元を押さえ、恥じらいの表情を見られないように、ただ黙ってうつむいている。ユリアスも同じようなもので、ゼシカから視線を外し、床を見詰めている。頬の紅潮は消せそうにない。野次馬の方々は、悪酔いだけでなく、悪乗りまでが加わって、もはや始末に終えなくなっていた。ゼシカから目をそらしたユリアスを、「冷たい」と言ってののしったかと思うと、抱きしめろキスをしろなどむちゃくちゃなからかいの言葉を投げつける。
 この空気を破る、一個の酒ビンが壁際にいるユリアスとゼシカに投げられる。ユリアスはそれに気付くが、彼と向き合っているゼシカにとっては背後となる。投げられたビンにゼシカは気付かない。
「危ない!」
ユリアスはゼシカを抱き寄せると、身をかがませる。
 
パリーン
 
投げられたビンが壁に当たって砕ける。もしユリアスがゼシカを庇わなかったら、ゼシカに命中していただろう。
「ふざけんじゃねぇクソガキがー!ぶっ殺す!!!」
ビンを投げつけた犯人は、熊男だった。赤い服の騎士とのギャンブルで惨敗し、ゼシカに水を掛けられ、ユリアスにコケにされるという踏んだり蹴ったりの目にあっているこの男は、今日何度目になるかわからない堪忍袋の緒を切った。切ったが速いかユリアス目掛け、一直線に突撃を試みるが、突撃して激突したのは、固い床の上だった。しかも顔面から。これが、悪酔い+悪乗り状態の野次馬ドノたちの笑いの的になったことは言うまでもない。
「うぐ…クソ!誰だ!足掛けやがった奴は…」
熊男の前に背の低い、丸い男が現れる。ヤンガスだ。人差し指を二度、自分の方へと曲げた。明らかな挑発行為だ。
「てめぇか!!!」
今度こそ、乱闘は開始された。ヤンガスは、熊男の大振りなパンチを紙一重でかわすと、懐に入り込んで、体当たりをして、熊男を横転させる。さらにヤンガスは馬乗りにしようと試みるが、相手がかたひじをついていたため失敗する。乱闘は混戦になろうとしていた。
 
「ゼシカ、ケガはない?」
ゼシカはユリアスの胸の中に顔をうずめた状態で抱きしめられていた。彼女の左耳に、ユリアスの気遣いの言葉が掛けられた。
「うん…ありがと……」
聞き取れないほどの小声で礼を言うゼシカ。ユリアスに優しく抱きしめられ、ドキドキしているのが自覚できた。そして、ユリアスの胸の中にいる彼女は、ユリアスの胸の鼓動も聞き取ることができた。今の自分と同じくらい、速く、大きく響いている…。それを感じ取って、彼女の体は熱を帯び始めていく。
(や…やだ……何?わたし……)
早まる鼓動のせいで、呼吸までが乱れ始めている。ユリアスの顔を見ることができない。
「あ、あいつね!ビンを投げつけたのは!」
このまま、ユリアスに抱きしめられたままだと、激しいときめきでどうにかなってしまいそうだった。それらを誤魔化すかのように、熊男への仕返しを試みるゼシカ。指先に魔法力をこめはじめる。
「え?ち、ちょっと待って、ぜシカ」
ユリアスは、慌ててゼシカを制止しようとした。しかし、その必要はなかった。メラを唱えようとしたゼシカの右手を掴んだ男がいた。その男は、ゼシカばかりでなく、ユリアスの手まで取り、騒動の輪の外へ引っ張っていく。
「な…ち、ちょっと、あんた!放しなさいよ!」
 
 酒場の裏口から出たところで、ゼシカは、自分の右手首を掴んでいた男…赤い服の騎士の手を振り払う。
「とりあえず、礼を言っておかなきゃな」
銀髪の色男は、とりあえずといった感じで、ユリアスの方に向き返ると、右手を差し出した。ユリアスも右手を差し出すと、程よい力で握手をした。
「あんまりカモりやすい奴だったから、つい調子に乗っちまってね」
男は手袋を少し緩めると、中からカードがパラパラと落ちてくる。そして、ゼシカの方に向き、彼女を繁々と見つめはじめる。
「何か?」
明らかに不愉快な表情と態度で、ゼシカは銀髪の騎士に応対した。それをさして気にとめる様子も見せず、彼は右手の手袋を取る。外気に当てていないせいか、日焼けのしていない、すらりと細い手の中指に、銀の指輪をはめている。それを外すと、いきなりゼシカの右手を掴む。
「俺はククール。マイエラ修道院で暮らしている。これはお近付きの印…」
ゼシカの右手に指輪を握らせる。彼女は必要以上の不快感を顔で表現する。
「俺に会いたくなったら会いに来てくれ、ゼシカ」
ゼシカもユリアスも驚きを隠せなかった。ククールと名乗る、この面識もないはずの男が、なぜゼシカの名を知っているのか…。
「あ、あんた、なんで私の名前を…」
「わかるさ、酒場でバンダナの彼が君をゼシカと呼んでいただろ?」
ユリアスは瞳を大きく開き、ゼシカは声をあげて驚く。
「あれだけの騒ぎを起こせば、誰だって興味を持つぜ、ユリアス君」
「!?」
ユリアスは驚きに追い討ちを掛けられた気分である。
「君はなかなか面白いね…。だけど、一つ忠告しておくことがある」
「忠告?」
「レディを笑いの種に使うことは感心できねぇぜ」
確かに言われるとおりだと思う。ユリアスはそれを理性で理解している。だか、なぜかこの男に対して感じる不快感を消すことができない。初対面のくせに、ゼシカに対してやけになれなれしく近づこうとする態度が不愉快だった。しかし、ゼシカと違い、それを表面に出すユリアスではなかった。
「それは身に染みて実感しましたよ、ククールさん」
ユリアスの口調は淡々としたものだった。
「お、早くも俺の名前を覚えてくれたのか、うれしいねぇ。ゼシカが覚えてくれたらもっとうれしいんだがなぁ」
これに対しては、沈黙で返答するゼシカ。
「君達とはまた会えそうな気がするぜ、じゃぁな、お二人さん」
ククールと名乗る騎士は、軽やかな足取りで走り去っていく。
 
「なんなのよ、アイツ!!」
ゼシカはまだ不愉快な様子だ。ユリアスは、ククールと名乗ったあの騎士が、それほど悪い人間とは思わなかった。ゼシカに言い寄る態度は気にくわなかったが。
「ゼシカはもてるよね」
なんとなく嫌な雰囲気を変えようと、口を開いたユリアスだったが…。
「ち、ちょっと!変なこと言わないでよ!!」
どうやらまたゼシカを怒らせることになりそうだった。
「わたしはね、ああいう外見のよさを鼻に掛けた馴れ馴れしい男が大嫌いなの!!あんな男にもてたからなんだっての?冗談でもそんなこと言わないで!!」
一気にまくし立てるように怒鳴るゼシカ。普段は、そんなゼシカをなだめようと、何かをするはずのユリアスなのに、今この場においては、そんな気が起こらない。何故か不思議な安堵感がわいてくる。ただ、身じろぐこともせず、ゼシカをじっと見詰めていた。そして、見つめられたゼシカは、なぜか押し黙ってしまう。
「あ、あの…ゼシカ?」
「ごめんね、ユリアス…。なんか私、今日怒ってばかりだよね…」
急にしおらしくなってしまうゼシカ。ユリアスは、この少女の感情の起伏の激しさには慣れはじめていた。
「兄さんにも言われたことがあるんだ…。お前は怒り出すと周りが見えなくなるって…」
「…」
「ユリアスと初めて会ったときも、ひどい事しちゃったよね…」
「あれは…別に気にしちゃいないよ」
 
 ユリアスとゼシカが初めて出会ったとき…。それは、ゼシカの兄・サーベルトがドルマゲスに殺されて間もないとき。ユリアスはドルマゲス追跡の途中立ち寄ったリーザス村の少年・ポルクにゼシカを探してくれるよう頼まれ、リーザス像の塔に行き、兄に手向けの花を添えようとしていたゼシカに出会った。が、彼女はユリアスを、兄を殺した盗賊と勘違いして、メラで攻撃を仕掛けてきた。ユリアスはそれらを全てかわした。その最中、リーザスの女神像に残っていたサーベルとの魂が真相を二人に告げ、ゼシカに自分の信じる道を進むよう言い残し、消えた。そのとき、悲しみのあまり、うずくまり、泣き崩れるゼシカの姿をユリアスは忘れられない。あまりに痛々しくて…。
 
「だからゼシカが気にする必要は…」
「ついさっきも…。ユリアスが酒場の女の人に言い寄られたときだって…」
ユリアスはそっと、ゼシカの両肩に自分の両手をのせて、諭すように言う。
「もう、気にする必要はないよ。君が落ち込んでいると…その…僕も嫌な気分になっちゃうから…。ほら、だからもう落ち込まないで」
あまり器用な言い方ではないが、暖かい思いやりがこめられた言葉だった。
「ありがとう。ユリアスって優しいよね…。お兄様そっくり…」
少しキツイ目をやさしく潤ませ、口元をわずかに緩ませる。
 
ドクン…ドクン…
 
(ゼシカ…)
ユリアスは、彼女の微笑みに引き寄せられていく…。
 
  ふわり
 
「え?…ユリアス?」
それは、空から降ってきた衣が体にかかったような、優しい感触だった。ユリアスの両腕がゼシカの背にまわされ、優しく包み込むように彼女を抱きしめていた。先程ククールに触れられたときのような嫌悪感はなかった。彼女自身、自覚しているように、ユリアスに愛する兄・サーベルトの面影を見ているせいなのか。それとも、兄に似ていることなど関係なしに、この少年に惹かれているのか…。高鳴る胸の鼓動は、彼女の体全体の血に熱を与える。そして、不思議なことに、早まる鼓動で熱くなった体と違い、心の中は、熱情と安堵感という相反するものが、何の矛盾もなく支配していた。
(ユリアスの胸の中…あったかい…)
彼のぬくもりをもっと感じたい…。そう思うゼシカは、自分を包み込むユリアスと同じように、両腕を彼の背に回し、力を入れる。
「ゼ…ゼシカ…?」
ユリアスの口から、わずかな狼狽を含んだつぶやきが発せられる。自分の胸部に、ゼシカの大きく豊かな胸の感触が、艶かしく伝わってくる。もう、ゼシカを求める気持ちを、抑えることはできない…。ユリアスは、顔をゼシカの鼻と当たるかもしれないほど近接させる。これが何を意味するかはゼシカにもわかった。
「ち、ちょっと…ユリアス…」
「嫌だったら、僕を突き飛ばせばいいよ…」
「い、嫌って…そんなわけ…で…でも…」
(わ、わたし何すごいこと言ってんのよ…バカ!)
心の準備ができていないからと言いたかったのに、口はとんでもないことをはいてしまった。
(こんなこと、他の男にされたら、絶対ぶっとばしてやる…)
 すこしずつ近づいてくるユリアスの顔。わずかに細められた二つの瞳。黒く澄んだ綺麗な目だと思う。その瞳からは、押さえることの出来ない、愛しさがあふれている。幼さが抜けきらない彼の顔が、甘い蠱惑を秘め、少し大人びて見える。
(ユリアス…本気でわたしを……)
彼の蠱惑を秘めた瞳に見つめられ、ゼシカは胸から湧き上がる陶酔に、抵抗の意思を奪われた。
 
 ふわり
 
甘く優しく柔らかい、ユリアスの唇の感触が、ゼシカの唇に降ってきた。
(あ…)
唇をふさがれていたゼシカは、心の中で官能のうめき声を上げる。優しいキスは、若い二人の心に、相手を強く求める熱情を激しくさせただけだった。
 
 もうどれ位になるか…。二人とも、互いの唇を重ねている間、時間の流れをとらえることを怠ったため、どれ程の時が流れたか解らない。ユリアスもゼシカも、甘く激しく長いキスに唇が疲れ、唇を離す。それでも、二人とも、胸のうちの火を消せたわけではなかった。二人とも、相手の体を抱きしめる力をさらに強くする。
「ゼシカって、あったかくて、いい香りがするんだね…」
「ば・・バカ…何言い出すのよ…」
同じことをあのククールという男に言われたら、平手打ちを見舞ったに違いないのに、ユリアスに対しては、ただドキドキさせられるだけだった。
 
「兄貴ー、嬢ちゃーん」
ヤンガスの声だ。抱き合っていた二人はびっくりして咄嗟に離れた。
「ひどいでゲスよー二人とも…アッシ一人にケンカさせて」
「ゴメン、ヤン…」
「何がひどいよ!文句ならあの赤い変な奴に言ってよ!だ、だいたいわたしはメラを食らわせようと思ってそれをあいつが外に連れ出して…えーとえーと…とにかく悪いのはあいつなんだから!!」
ゼシカはユリアスとの逢引(?)を見られたのではという動揺を隠すためか、必要以上に怒ったふりをしているようだが、なにせ呂律が回っていないし、顔が真っ赤であるし、後ろめたさもあるから、いつもの迫力はまったくなかった。
「え??ま、まぁあんな騒ぎ起こしちゃ情報収集は無理でゲスから、もう宿に戻るでガス」
 
 
 
 宿屋で一泊した翌朝。
「さぁ、この指輪をあの赤いやつに返しに行くわよ!わたしは嫌いなおかずは先に食べる主義なの。嫌なことはさっさと終わらせるわよ!」
ユリアスは、昨日のククールという騎士とのやり取りのことをヤンガスに説明しておいた(もちろんゼシカとのことは触れていない)。
「ハァ、またあのイヤミな修道院に逆戻りでゲスか。まぁ、さっさと終わらせることは賛成でゲス。さっさと行くでガス」
トコトコと、ヤンガスは先頭を切って待ちの外へ向かう。
「さぁ、行きましょ、ユリアス」
ゼシカはユリアスの左腕を組んで、並んで歩き出す。
「う…うん…」
ゼシカの態度に変化があることにユリアスは気付いていた。自分に対してだけは、とげとげしさがかなり失せている。それに、ゼシカから腕を組まれるなど初めてである。昨日、その彼女を抱きしめ、キスまでかわしたのに、腕を組まれてドキドキしている自分が奇妙に思えた。
(なんだろう…ゼシカ、妙にかわいくなったような気が…)
「どうしたのユリアス。わたしをじっと見て」
「え?い、いや、別に…」
「…おかしなユリアス」
このとき、ゼシカがクスリと笑う。いい顔だと思う。
「やっぱりゼシカは笑ってる顔が一番かわいいよ」
「や、やだ、ユリアスったら…」
テレながら、その笑顔を赤くするゼシカ。
「初めて会ったときから、ゼシカが笑ってるところ、見てなかったからね…安心したよ」
自分の左腕を組んでいるゼシカの腕に、優しくそっと、右手を添える。
「さぁ、行こうか」
「うん!」
旅の先は、まだまだ長い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
あとがき

 はじめまして、機会あってこのSSを投稿させてもらったリンドウ(PN)と申します。ポッフィーさんの書かれた主人公×ゼシカ小説に触発され、この小説を書かせていただきました。ここで、本作の登場人物の設定を少し述べさせてもらいます。設定と言うより、筆者のキャラに対するイメージですが。

 まず、主人公・ユリアス君。どこの人間かもわからないにもかかわらず、トロデーンで近衛兵になっている事実から推測すると、まず、戦闘能力が他の兵士と比べて群を抜いていたと考えられる。そして、ミーティア姫があれだけ心を開いて接してくることを考えると、優しく、誠実な心を持っている…というイメージを抱きます。トロデーン場内の貴族の日記を見ても、ユリアスの近衛兵就任を周辺の人間は快く思っているようです。公式ガイドブックでも、口の悪いトロデが、頼りになる奴で、わが家臣として申し分ないと言っているくらいです(マイペースなところはあるがというケチはつけていますが)。一見ボーっとしているイメージはあるけど、筆者は頭も結構切れるほうではないかと思っています。でも、それを考えて、熊男をおちょくるシーンを作ったのですが、なんかマルチェロが入ってしまったような気が…。キャラのイメージを壊してしまった感があり、失敗しました。未熟です。

   ゼシカのイメージは、原作とそれ程差はないと思います。お兄ちゃん子で直情型で一見気が強そうに見えるお嬢様。彼女の兄・サーベルトの原作の数少ない映像を見て、筆者は主人公と見間違えてしまいました。ドルマゲスがサーベルトを手にかけるシーンは白黒でしたから、区別がつきませんでした。パーティーに加わってからのゼシカは、ヤンガスとククールには、結構容赦ない毒舌を発揮させるのに、主人公に対してだけは優しい口調で話しかけている気がします。だから、顔だけでなく、ほかの多くの点でサーベルトに似ているユリアスに惹かれていったのではないかと思い、そのように書きました。

   ヤンガスについても、原作のイメージと差はないと思います。なにせ、いかに命の恩人とはいえ、明らかに10歳以上は年下のユリアスをアニキと呼んで慕ってやまないのですから、根は相当素直で、あっさりした性格ではないかと思います。そして、女のヒステリーに対しては、相当免疫があるのではないかと勘ぐっています。なにせ、ゼシカでさえ怖くて逆らえないと言わしめた、あのゲルダさんに惚れて言い寄っていたのですから。

   ククールについては、いまいちとらえどころがない…と言うイメージを筆者は持っています。4人の中で一番複雑な性格をしている気がします。前面に出ている性格は、博打好き、女好きの色男といったところですが、相当繊細な心の持ち主でもあります。異母兄・マルチェロの冷淡な態度に傷つき、それでも無視することができない点や、養父のオディロ修道院長を心から慕っている様子を見れば、決して軽薄な男ではありません。男である以上、女(但し美女限定?)を守るのは当然という矜持を持っているようです。本人は、もっとおちゃらけた言い方をしていましたが。だから、本作でゼシカが乱闘にまきこまれそうな様子を見ると、助太刀に入ろうとするシーンを書きました。ユリアス君に見せ場は取られてしまいましたが(笑)。
 
 
 
 こんなこと考えて書いてたら、挿入するシーンが次々に増えてクソ長い作品になってしまいました。そして、この作品最大の欠点を、波田陽区のネタで暴かせていただきます。
 
 
 
俺達ドラクエ8の主戦力、最初の敵はドルマゲス 国を滅ぼしたあいつを討ちます 兄さんの敵討ちます アニキの敵はアッシの敵だ!! って言うじゃな〜い
 
でも…あんたら信念に沿って行動してますけど
食い逃げしてますから〜〜〜!!
 
 
 
残念!!
 
 
 
ばれなきゃ犯罪は不成立斬り!!
 
 
 
じつはそれ…ただ単に拙者が書き忘れただけですから……切腹!!
 
 
 
おそまつさまでした……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【 感 謝 】 波田陽区〜っ!!! だめです、ヤラれましたっ(ツボ)
この芸人にも弱いんですが(弱いんだ)
感情変化に豊むCUTEなゼシカにもヤラれました!
あぁもうゼシカッ! 君って娘はっ!
そんでリンドウ様の描く主人公ユリアス君にも。
私にはこんなステキ君は書けないです。
本当にありがどうございましたっ!!  
 
 
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