リーザスの女神(中)
「何やらいつの間にか小さな家臣が加わっておるが?」
「おっさん、ボケてる場合じゃないでガス!」
「陛下、これよりあの塔へ向かいます」
とにかく急ぐ必要があった。トロデへの事情説明は道中でなされた。
「きょうりょくしてくれるのはいいけど、なんであかのたにんのおまえらがそこまでしてくれるんだ?」
ポルクは胸のうちの疑問を隠さずユリアスにぶつけた。
「・・・見ていられなかったからさ、あのお母さんを」
「・・・」
神妙な顔つきで語るユリアスを、じっとポルクは見ていた。何かユリアスに言おうとしたとき、ユリアスとヤンガスが突然身構えて、表情を鋭くした。
「モンスターだ!」
その一言にポルクは慌てだした。出現したのは、おばけキノコ6匹と人面ガエル3匹だった。
(あ・・・ぁ・・・)
「さがるんだ! 坊や!」
ユリアスが平素の穏やかな表情を厳しくさせてポルクに叫んだ。
「あ、あぶない!」
おばけキノコが1匹、ユリアスに飛びかかっていた。だが、ユリアスにあわてた様子はない。背の剣を抜きざまに右袈裟の斬撃を見舞い、あっさりとおばけキノコ一匹を仕留めてしまった。
(な…)
「ヤンガス、カエル3匹はまかせるよ」
「がってんでげす!」
ユリアスが1匹倒しても、まだ2対8の、圧倒的に不利な戦いのはずなのに、二人には余裕すら覗える。10匹近いモンスターの群れを前にして竦み上がってしまったポルクには、この二人が妙に頼もしく思えた。
仲間をやられていきり立ったのか、恐怖に駆られたのか、残り5匹のキノコは一斉にユリアスに襲いかかる。まとまりのない、5匹のバラバラの攻撃は、俊足と敏捷性を誇るユリアスに、かすらせることもできなかった。一瞬のうちにキノコたちの背後を取ったユリアスは、最後尾にいたキノコに強烈な回し蹴りを叩き込み、吹っ飛ばされたキノコは、仲間たちにぶつかり、ドミノ倒しになってしまう。キノコたちが転倒している間、ユリアスは次の行動に移っていた。剣を持たぬ左手が、収束する魔法力で輝き、それは炎と化して、おばけキノコたちを飲み込んだ。
(う…ウソ…だろ……)
剣、蹴撃、魔法の流れるような連携で、瞬く間に6匹の魔物を仕留めてしまったユリアスに、ポルクはすっかり度肝を抜かれてしまった。
(まるで…サーベルト兄ちゃんだ…)
一方、人面ガエル3匹と対峙するヤンガス。このモンスターは一見間の抜けた、ただのカエルだが、一度でも攻撃すると、凶暴な素顔を出して、攻撃した敵に襲いかかる獰猛さをもっている。だが、ヤンガス相手に、一撃くらった後に本気を出すなど、悠長すぎた。カエルたちは、本気を出すこともできないまま、ヤンガスの強烈極まるこん棒の一撃で昇天してしまう。ヤンガスには、一撃で十分な敵だった。
「ちょろいでがすな、兄貴」
「あまり油断はするなよ、ヤンガス」
今まで二人に悪態ばかりついてきたポルクは、二人を見直し始めていた。
「おや? 足が震えてるぞ、ボウズ、怖かったのか?」
「う、うるさい! トゲトゲ!」
しかし、態度は以前とかわらずのポルクだった。
しばらくして、ユリアス達はリーザス像の塔に到着した。
「この塔は、リーザス村の人しか知らない秘密があると聞いたけど…」
「それはいりぐちだよ。あのドアはよそものにはまずあけられないんだ」
「ホントでげすかねぇ、どう見ても普通の扉なんでゲスが…」
「うたがうなら、あけてみろよ」
ポルクにそう言われて、ヤンガスは扉に手をかけ、押してみるが、開く様子は全くない。今度は引いてみるが、結果は同じ。
「ど、どうなってんだ? こりゃ…」
「だからいったろ」
ポルクは扉に近づくと、腰を屈める。
「とくべつにおしえてやるよ。ほかのやつには、ぜったいひみつだからな!」
「約束するよ」
ユリアスの一言を聞くと、ポルクは、扉の下に両手を入れ、そのまま上へ持ち上げた。すると扉は、上に開き道を開けた。
「なんとこのとびらはうえにあくようになってるのさ!」
これにはさすがのユリアスも、声もでなかった。
「じゃ、ゼシカねえちゃんのことはたのんだぞ。おれはむらにもどるからな」
「待って」
ユリアスは村に帰ろうとするポルクを引き止めた。
「ヤンガス、悪いけどこの子をリーザス村まで送ってくれないか」
「「へ!?」」
「つい先程も、10匹近いモンスターに遭遇したんだ。この子一人で帰らせるのは絶対に危ない」
「ってことは、兄貴一人でこの塔に入って、ゼシカって嬢ちゃんを連れ戻すってことでげすか?」
「そうだけど」
「ひとついいわすれてたけど、このとうだって、モンスターがすんでるんだぜ。ねんにいちどのリーザス祭だって、サーベルトにいちゃんがモンスターたちをおいはらってからやってたんだぞ! おまえ、けっこうつよいみたいだけどあぶないぞ!」
「心配してくれてるのか、坊や」
「ぼ、ぼうやっていうな!おいらはポルクだ!」
「ポルク、この辺りのモンスターなら、僕一人でも十分だ。そして、今の僕には二つ責任がある」
「ふ…2つ?」
「一つは、あのお母さんとの約束…つまり、ゼシカさんを連れ戻すこと。もう一つは、君を無事に村におくることだ」
「…」
「護衛も付けずに君を帰すのは、見殺しにするようなものだ。…だからヤンガス、ポルクを無事に村まで送ってやってくれないか。そして、村で待機していて欲しい」
「…わかったでガス、兄貴」
ユリアスの実力を知るヤンガスは、その点での心配はしていない。ポルクも納得してくれた。ヤンガスはポルクとトロデと、馬姫ミーティアを連れて、リーザス村へ戻っていく。
塔の内部は以外に複雑な造りになっていた。塔自体が二つに分かれている。一方は低いが、もう一方は高い。高いほうの塔へ入るには、まず入り口からすぐ見える階段を登っていけば入れると思ったが、高い塔の入り口の扉には鍵がかかっている。よく見ると、上方に低い塔から高い塔へ渡る橋があった。ユリアスは、低い塔から入って、その橋を渡り、高い塔へと入ることができた。内部にはポルクの言ったように、モンスターたちが住み着いていて、遭遇するたびに剣を振るうことになる。
(ポルクはリーザス村の人々がこの塔で、祭りをすると言ってたけど、こんな魔物の巣窟のような所で?)
リーザス祭をするときは、サーベルトが塔の魔物を追い払っているという話だったが、ユリアスやサーベルトのように、戦闘能力を持たないはずの村人たちが、そこまでして祭らなければならない何かが、ここにあるということなのか。
(それにしても、ここまで来てもゼシカというお嬢様…見かけないな…)
ゼシカの外見の特徴については、ユリアスは何も聞いていない。しかし、この魔物の巣窟に来る女性といえば、ゼシカしかいない。
(殺されたお兄さんの仇を討つつもりらしいけど…)
彼女はどの程度の実力を持っているのか。女性の身で敵討ちをしようというのだから、ある程度の力はもっているのだろうが、ユリアスが今まで村で仕入れた情報だけを頼りに推測しても、殺されたサーベルト以上の実力を持っているとはとても思えない。兄の仇を討って、自分も生き残れると思っているのなら、遺書などしたためるだろうか? あの遺書には自分の死を覚悟した悲壮さが書き綴られていた。
(説得して連れ戻すのは、困難だろうな…)
そこまでの決意をした彼女を、赤の他人である自分が、翻意させることは容易ではないことをユリアスは悟っている。ユリアス自身、自分の育った国を崩壊させ、恩師を殺したドルマゲスを討つために旅をしているのだ。他人に何を言われても、その意思を覆すつもりなど毛頭ない。だが、それでも彼女をアローザの元へ連れて行かなくてはならないと思っていた。あの気丈な貴婦人が、ただただ娘を案じて、娘を連れ戻して欲しいとすがる姿は、娘に対する母親の愛情以外の何物でもない。ユリアスに、そのアローザの願いを拒絶できるはずがなかった。それに、ユリアスは、彼女の説得が不可能だとは決して思っていない。彼女の手紙の文面には、死んだ兄と母親と、あの幼い男の子たちへの暖かい思いやりもこめられていた。これまでの行動から推測する、ユリアスの彼女に対するイメージは、直情的で気が強い・・・となるが、決してそれだけの女性ではないことを、あの手紙から伺うことができた。
(でも・・・どう声をかけよう・・・)
理知的ではあっても、シャイなユリアスには、出没する魔物よりも頭を悩ますことだった。近衛兵としての勤めだけでなく、ライラスの課す厳しい魔法の修行や、ミーティア姫の学友としての役目など、多忙な日々を過ごしてきたユリアスには、女性と付き合う時間がほとんど無かった。彼自身は気付いていないが、トロデーン城でユリアスに好意を寄せる女性は少なからずいたのだが。しかし、ユリアスの側には、ミーティア姫がいた。何かといっては彼の側にいようとするミーティア姫が、ユリアスに好意を持っていることは、城の人間なら、誰が見ても明らかで、それがユリアスに好意を持つ娘たちに二の足を踏ませることになった。ユリアスと近しい関係の女性はミーティアのみという現状だったが、彼女は姫君。生真面目なユリアスが気軽に接せる人ではない。ミーティアはお構いなしに、ユリアスを連れまわしたり、他愛無いおしゃべりの相手をさせていたが。
そんなことで苦慮しているうちに、最上階への階段に到達した。階段を上った先から、まず水の流れる音を耳にする。そして、頬を優しく撫でる風が流れてくる。最上階は、周辺に壁は無く、柱でドームを支える造りになっていた。満ちた月の光と幾千もの星たちが輝く夜空を見ることができる。両端に噴水があり、流れる水音が心の中へと静かに響く。水の周りは花畑。ここだけは塔の内部でも別世界だった。そして、ユリアスが何よりも目を奪われたのは、階段を上がって真正面に降臨している女神、否、女神の化身とさえ思うほど、臨在感のある、気高く美しい女神像だった。
(なんだろう・・・このフロア・・・)
あの女神像の力なのか、ユリアスはこのフロアから穢れを寄せ付けぬ、神聖な空気のようなものを感じ取った。女神像が安置してある場所は、数個の階段をのぼった高台で、このフロアに入った人間は、女神像に眺め下ろされる格好になる。その女神像と階段の中間、丁度女神像の高台の階段の手前の床に、赤黒い汚れを見つける。・・・血痕だった・・・。
「これは・・・血…。サーベルトさんはここで・・・」
あの女神像は、この場で起こった惨劇を目の当たりにしていたのか・・・。ユリアスは、女神像の間近まで歩みを進め、じっと女神像を見つめた。薄い衣をすべらせた両腕を優しげに広げる女神像。長い髪を背に流し、品を損なう要素の何一つ無い、柔らかな感じをにじませた頬の輪郭と口元。優しく包み込むように美しい両の腕を広げる女神は、気高く凛とした美しさと、慈愛に満ちていて、官能的でもあった。そして、その美貌の女神の瞳の色は、透き通る赤だった。トパーズかルビーかわからないが、何かの宝石を、女神の瞳としているようだ。
(なんて美しい女神像なんだ・・・でも・・・なんだろう・・・)
この女神像から、何かわからない、不思議な力をユリアスは感じ取っていた。その赤い目が、何か訴えるかのように光っていた…。
パサ…
背後からした物音に、ユリアスは振り返る。階段の入り口に、白いブラウスと、黒のロングスカートに身を包んだ少女が立っていた。ブラウスの上からも、その豊かな胸がわかる、気の強そうな美少女だった。少女の足元に、花束が落ちている。このとき、一筋の風が吹き抜けた。風はユリアスのバンダナと黒髪を揺らし、少女のツインテールの亜麻色の髪をなびかせる。ユリアスの黒曜石色の瞳が少女の姿を、少女の赤いトパーズ色の瞳がユリアスの姿を映している…。
「…あなた…ここで何をしているの!!」
声を発したのは、少女の方だった。可憐さよりも、気の強さが現れている声だ。ユリアスが口を開く前に、少女は畳み掛けてきた。
「さては、リーザス像の宝石を狙った盗賊ね! ここにいれば、また来ると思っていたわ! 兄さんと同じ目にあわせてやる!!」
そう言い放つと、少女は右手の人差し指を伸ばすと、指先から火の玉を発生させる。
「受けなさい!」
少女はユリアスに火の玉を投げかけてきた。
(この魔法は・・・メラ!)
ユリアスは、わずかに右半身を動かした。彼の右脇を放たれたメラが飛んでいき、背後の女神像に炸裂した。女神像の上半身が火で包まれる。放った魔法が難なくかわされ、少女は驚いた表情を見せる。対するユリアスは、眉一つ動かさない落ち着きを崩さない。すかさず第二撃目を放つが、ユリアスにはかすりもせず背後の柱に当たる。
「初対面の人間にいきなりメラか。手荒いな」
マスターライラスの元で修行を積んだユリアスにとっては、何の造作も無いことだった。手洗い挨拶をしてくる少女を毒づくその一言は、余裕の表れだった。ただし、毒づかれた少女は当然ムキになる。
「盗賊だけあって逃げ足は速いわね。でも、次は外さないわ!!」
今度は指先でなく、両手の平の間に火の玉を発生させる。先程の数倍の大きさを誇る。少女の魔法力の影響か、空気が荒れはじめ、少女の黒いスカートがはためいている。荒ぶ風は今の彼女の感情そのままである。
(…言って聞くような状態じゃないな・・・仕方ない)
激しく荒れる風を纏う少女に対し、ユリアスは狼狽のかけらも見せない静けさを崩さない。しかし、ユリアスは、無為を捨てる判断をする。彼の右手が、集束する魔法力で青く光りだした。
「黒焦げになりなさい!」
少女は、全魔法力を込めたメラを放とうとしていた。しかし、ユリアスの動作が速かった。魔法力を込めた右手人差し指を少女に向けた。魔封じの呪文が発せられ、いくつもの青い光のリングが、少女を捉えた。
「な・・・何よこれ・・・!?」
驚く少女にかまうことなく、光のリングは、その大きさを縮めていき、最後には少女の体内へ入っていったかのように消えた。それと同時に、少女が放とうとしていたメラも、みるみるうちに小さくなっていき、消滅してしまった。
「う・・・ウソ・・・」
少女は消えてしまった火の玉をもう一度出そうとしたが、今度は火の粉すら出なかった。
「…もう少し、頭を冷やしてもらえないかな」
「い、一体何をしたのよ!?」
「マホトーンだよ。しばらくの間、君は魔法を使えない」
「な…」
魔法力を封じられたという事実は、少女にとって相当な衝撃であったようだ。表情にそれが表れている。しかし、これで言葉での説得が可能になったと思ったユリアスは、己の考えが甘かったと思うことになる。少女は、腰に鞭を装備していた。その鞭に、少女は手をかけたのだ。
「わたしの魔法を封じたからって、いい気にならないで!」
○○○止めるんだ ゼシカ
どこからともなく、声が響く。
「誰だ?」
ユリアスは、その声の主を探すが、自分以外には、目の前の敵対的な態度を崩さない少女しかいない。
「ま、まさか…この声…」
○○○私の声が…わからないのか ゼシカ
その声は、若い男性の声だった。落ち着いた、暖かさを感じさせる声だった。
「サーベルト兄さん?」
声は少女だけでなく、ユリアスにも聞こえていた。聴覚よりも、心の中に響くような声である。
○○○早まってはいけない…ゼシカ…私を殺したのは…この方ではない……
ゼシカというのは、この少女の名前のようだ。
「に…兄さん…サーベルト兄さん!!」
(サーベルト? 殺されたリーザス村の…そして、この女の子が…ゼシカさん?)
ユリアスは、自分の背後から、不思議な力を感じ取った。背後にあるのは、ゼシカのメラで炎をまとった女神像。
「この声の出所…まさか!?」
「どいて!」
ゼシカがユリアスの脇を抜けて女神像に向かっていき、女神の前に立つ。ユリアスも女神の前まで歩みを進める。
「本当に…本当にサーベルト兄さんなのね!!」
○○○本当だとも…聞いてくれ、ゼシカ…そして、旅の方よ…。
○○○死の間際…リーザス像はわが魂のかけらを預かってくださった…。
○○○だが、もう時間が無い…。二人とも…女神の瞳を見て欲しい。
○○○そこに、真実が刻まれている……。
「誰だ、貴様!」
そう叫ぶのは、鉄の鎧と兜を身に着け、鋼の剣を腰に差した青年。少し高い鼻に引き締まった口元。無駄な肉の無い整った頬と、凛とした澄んだ両眼。美丈夫という表現の似合う青年である。この両目がゼシカと似ていることが、この青年・サーベルトとゼシカが兄妹である証の一つだった。
「私はドルマゲス…ここで人生のはかなさについて考えていた……」
サーベルトが一喝した相手…ドルマゲス。ユリアスが一時たりとも忘れることのできない男だった…。
「ふざけるな!」
サーベルトは腰の剣の柄に手をかけ、抜刀しようとするが…。
「な? 何!! …剣が…抜けん…」
焦燥を顔に出すサーベルトに、道化師が近づいていく…。
「悲しいなぁ…君のその勇ましさに触れる度、私は悲しくなる…」
道化師は歩きながら、その手に持つ杖を…鳥の頭を模った先端をサーベルトに向ける。鳥の両眼から、赤い光が放たれる。
「く…き、貴様…何をした! か…体が…動かん…。ドルマゲスと言ったな…その名…忘れんぞ!!」
その闘志を秘めた瞳と、気迫だけは、サーベルトから奪うことはできない。しかし、その彼の言葉を聞いた道化師は、卑しさに満ちた口元を歪ませる…。
「ほう…私を忘れずにいてくれるというのか…。なんと喜ばしいことだろう! 私こそ忘れはしない…。君の名はたった今より私の中に永遠に焼きつくことになる…。さぁ、もうこれ以上私を悲しませないでおくれ…」
言葉とは裏腹に、道化師の口調と頬は歪んでいる…。
「貴様ァ―――」
サーベルトが叫ぶと、道化師はサーベルトの顔を左手で掴む…。
「君との出会い、語らい…わが人生の誇りとしよう」
ド ス
鉄の鎧に守られたサーベルトの胸を、ドルマゲスの杖は貫いた。杖を伝って、赤い血が次々と床に流れ落ちていく…。数瞬の間を置いて、杖は引き抜かれ、サーベルトは自らの血が流れ落ちた床に崩れ落ちる…。
「フフフフフ……ハ…ハハハハハ……ヒャーーハハハハハハハハハハハハハハハハ………」
ドルマゲスは狂った笑い声を何の制御も無く響かせて、文字通り、その場から消えた。
「…母…さん………ゼ……シ……カ………」
視界が虚ろになり、体中の力を失ったサーベルトが発した言葉は、残された家族の名だった。これが彼の最後の言葉となった…。澄んだ両目から命の炎が消え、彼は瞼を永遠に閉じた…。
「やはり、貴様だったのか…ドルマゲス…」
あの日の惨劇が、トロデーン崩壊の悪夢が、ユリアスの脳裏に鮮やかに蘇った。恩師ライラスがドルマゲスに殺されたことを知った時の怒りと共に…。ユリアスの義憤に満ちた一言に答えるかのように、サーベルトの魂の声は響いてくる。
○○○旅の方よ…女神像の記憶…見届けてくれたか……
○○○私にもなぜかはわからない。
○○○だが、女神像はそなたが来ることを待っていたようだ…。
○○○貴方もあの男と戦おうとしておられるのか…。
○○○ならば、女神像の記憶と共に、私の思いも託したい…。
「?」
○○○ドルマゲスという男…奴は危険すぎる…。
○○○奴にどんな思惑があるのかはわからない…
○○○だが、放置しておけば、私と同じ運命をたどる人々が必ず出てこよう…。
○○○そうなる前に奴を…討ち取っていただきたい…。
「サーベルトさん…」
同じ剣を持つ者としての使命感なのか、志半ばにして倒れた若き剣士への哀悼なのか、ユリアスは、サーベルトから託された思いを受け継ぐことに、何の矛盾も感じなかった。彼の思いを受け継いでドルマゲスを倒すことで、師匠の仇を討つと共に、彼の無念を晴らしたい…ユリアスの偽らざる心情である。
○○○ゼシカ…これで……我が魂のかけらも役目を終える……。お別れだ……。
「いやぁ!! どうすればいいの!? お願い! 逝かないで兄さん!!」
ゼシカは火の消えようとしている女神像に縋り付く。今にも泣き出しそうな目で、取り乱している。
○○○ゼシカ…最後にこれだけは伝えたかった…。
○○○この先も母さんはお前に手を焼くだろう…。
○○○だが、それでいい…。お前は、自分の信じた道を進め…さよならだ……
女神像の火と共に、サーベルトの魂の力が消えていくことを、ユリアスは感じ取っていた。
「兄さん! 兄さん!! いやぁぁ…………」
女神像にしがみつき、ただただ泣き崩れるゼシカ…。先程ユリアスに挑みかかった不敵な彼女は見る影も無かった…。抑えられない悲しみに涙を流すゼシカ。
ドクン…
その彼女を見つめるユリアスに、何か激しいものが胸に沸き起こっていた。泣き崩れるゼシカの姿は、ユリアスの胸を激しく締め付けていく…。
(ゼシカさん…)
ユリアスは、涙を流して悲しむゼシカに、どう言葉をかけるべきかわからなかった。だが、彼女を放っておくことなどできなかった。
「…貴女が、リーザス村のゼシカさんだね?」
女神像にすがって泣いていたゼシカは、兄の仇と勘違いして攻撃してしまった少年が、自分の名を口にしたのを聞き、ユリアスのほうへ向きかえった。
「僕は旅の者だけど、リーザス村で兜の坊やと貴女のお母さんに、貴女を連れ戻すように頼まれたんだ…」
「…お母様と…ポルクに…?」
泣き声で途切れ途切れであったが、反応はあった。
「兄さんの言う通り…わたし……早とちり…しちゃったみたいね…。村には戻るわ…。そのときにあなたに謝るから……。ごめんなさい…もう少し…ここにいたいの…」
ユリアスはわかったと言って、ゼシカに背を向け歩き出した。だが、サーベルトの血痕が残る床で立ち止まった。その床を見つめ、背を向けたままでゼシカに一言伝える。
「ゼシカさん、貴女にかけたマホトーンは、しばらく効力が続く。それが消えてから立ち去るよ」
そう言ったユリアスの背を、ゼシカは涙を流したまま見つめていた。互いに何の声も発しない。静けさが二人の間を支配している。やがて、ユリアスは、ゼシカにかけたマホトーンの魔力が消えるのを感じ取った。
「僕は…もう戻るね。お母さんにあまり心配をかけないようにね…」
ユリアスはゼシカの方に振り返ることなく、ゼシカと女神像の前から立ち去った。ゼシカはユリアスに何か言おうとしていたが、結局何も言えなかった。彼女は、名も知らないこの少年の背から、男の暖かさのようなものを感じ取っていた。
(ドルマゲス……!)
愛する兄を殺されたゼシカの泣き崩れる姿が、瞳に焼き付いて離れない…。そして、故国と師の仇であるあの男の姿も。そのユリアスの前に数匹の魔物が立ち塞がった。
「……」
無言で剣を抜くユリアスの目は、やるせなさで満ちていた。目前にいる人に害をなす魔物たちが、いつにも増して憎らしかった。それを魔物たちは本能で察したのか、怯えはじめた。サーベルを持ったキツネがやけを起こしてユリアスに向かっていくが、そのサーベルを振る前に勝負はついていた。疾風のようなユリアスの斬撃がキツネの息の根をとめていたのだ。
「・・・命が惜しければ、この塔から立ち去れ!」
恐怖に駆られた魔物たちに選択肢など無かった。この場から逸早く離れること意外、頭に無いかのように背を向けて逃げ出した。この後も何度か魔物たちに遭遇したが、逃げ出した魔物が、塔の中の仲間たちに触れ回ったのか、ユリアスと鉢合わせただけで、怯えだす魔物が少なからずいた。歯向かってくる魔物もいたが、その魔物たちには、一匹残らず全滅という運命が待っていたが、ユリアスは逃げ出した魔物の命までは取らなかった。魔物たちこそいい迷惑だった。もっとも、魔物たちに先祖が建てた神聖な女神像の塔に住み着かれて、滅多なことで塔に出入りできなくなったリーザス村の人々が、それより先に十分迷惑を被っていたわけだが。
月が西に傾きかけた頃、ユリアスは塔から出てきた。
「これで彼女は安全に出てこれるはずだが…」
リレミトでリーザス像の塔から脱出する方法を取らず、塔内の魔物を駆逐しながら戻ったため、時間を食ってしまった。
「ヤンガスとポルクも待ちくたびれてるだろうな」
ユリアスは時間短縮のため、ルーラで村まで戻ることにした。
つづく
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あとがき:
サブタイトルの「〜託す者へ〜」の意味は、死んだサーベルトからユリアスがドルマゲスを討つ意思を受け継ぎ、ゼシカはサーベルトの最後の愛情と、ゼシカ自身の生き方を示される…ということです。
本作を読んで、ユリアスが強すぎるぞと思われる方が、多くいらっしゃると思います。だってユリアス君、ストーリー序盤のリーザス像の塔で、勇気スキル40で習得するマホトーンを使ってますし。この点は、ゲーム本作の設定の方を疑ってみてください。トロデーン城周辺で出没するモンスターの強さを思い出してください。あの強力なモンスターに囲まれているトロデーンの近衛兵が、トラペッタでスライムに苦戦するなんて、どう考えても不自然です。実力主義の極致である軍のエリート・近衛兵になること自体、並大抵の実力と努力では無理のはず。その彼が弱い方が不自然だと筆者は思っています。
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