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朝 朝の第一声、「おはよう」が鼻声だった。 そんな些細な理由で、アリーナは出たばかりのベッドへと押し込められ、クリフトはブライに粥の用意を言いつけられる。 素性を隠して旅に出ているとはいえ、アリーナは一国の王女。自国のサントハイムが空城と化した今となっては、彼女が唯一の血統を繋ぐ存在であると言えば、ブライが過保護になるのも肯ける。 「失礼します」 クリフトは作った粥に果物を添えて、彼女の部屋へと入った。 「ブライが一日寝てなさいって言うのよ」 まるで拷問だわ、とアリーナは口を膨らませる。鼻にかかった温い声を聞いて、クリフトは苦笑した。 「たいした風邪じゃないのに」 「いいえ。私が思っていたよりもひどい鼻風邪です」 上掛けを無造作に蹴り上げてふてくされている姿がなんともいじらしい。 クリフトは持ってきたトレイを机に置いてベッド脇に腰掛けると、布団の中でもがくアリーナの額に手を当てた。 「熱は……あぁ、少しありますね」 「そうかなぁ」 「そうですよ」 どうしても体調の不良を認めたくないらしい。アリーナは不満そうに言った。 そうはいっても、彼女は腫れぼったい瞼に頬を紅潮させて、時折熱に浮かされている。その姿にクリフトは苦笑を隠せない。 クスリと笑みを零して、彼はアリーナの頭を撫でた。 「脈を」 「うん」 細い手首をとり、脈を診る。 「浅いですね。……口を開けて」 「あー」 「……咽喉は腫れていないようですね」 でも風邪ですよ、とクリフトはつけ加える。そうでもしないと、アリーナは己の不調に納得しないばかりか、今からでも不可解に「大丈夫」と結論づけて外へ飛び出しそうで。 酷い風邪ではなさそうだと心では思っていても、クリフトは口を閉ざしてトレイを膝に置く。彼女の好きなリンゴでも、とナイフに手をかければ。 「クリフト。お胸はトントンしないの？」 アリーナが覗き込むようにクリフトを伺っていた。 「むっ！」 彼女が寝間着の裾をたくし上げ、胸を晒そうとしているのが目に入り、慌ててクリフトはその手を制する。 「ほ、本当のお医者じゃありませんから、できませんよ」 できない理由はきっと他にある。クリフトはそう思いながらも言いつくろった。 「そうなの？」 「そ、そうですよ」 この方は。突然と無垢な瞳で私をかき乱そうとなさる。貴女の前では、いくら心臓があっても足りない。 「と、とにかく今はこれを食べて、お薬を飲んでいただきますから」 「えー」 ブライ御用達の風邪薬の苦さを知っているアリーナは、あからさまに顔を顰めた。 「仕方ありませんよ」 大人しく粥を口に運び、シャリシャリとウサギ型のリンゴを食べ終えたアリーナは、穏やかな笑みを見せて薬を手渡すクリフトに可愛らしい睨みを見せている。 「じゃあさ、こうしよ」 アリーナは小さな唇をクリフトに差し出す。 「くちうつし」 「なっ、」 「クリフトが飲ませてくれるなら、ニガイのも我慢する」 聞いてクリフトは赤面した。 「か、揶揄ってらっしゃるのですか」 「違うよ。誘ってるの」 「さ、誘……」 無防備な姿のアリーナに、ベッド脇で男としての理性を保っていたクリフトは一気に動揺する。目の前には瞳を閉じた愛おしい女性（ひと）が己を待っている。 「オ、オオカミになっちゃいますよ……」 クリフトの口からは、無意識に自分でも意外なセリフが震え出ていた。 「そういうクリフトも見てみたいかも」 「姫様……」 半開きの唇から、本能が出たのかもしれない。アリーナはクリフトの唇を吸い、そのまま彼をベッドに引き寄せる。 「クリフトと一緒なら、一日中お布団の中に居てもいいよ」 「……」 クリフトは言葉が出なかった。 いつから彼女はこんなセリフを言うようになったのだろう。アリーナの言動に感じる己の戸惑いも恥じらいも、いつの間にか彼女の手のうちにあったなんて。 「……お身体に障りありませんか？」 自分の言葉に更に驚いてしまう。以前の自分なら、どうにか取り繕ってこの場を切り抜けていた筈なのに。今や彼女のベッドの弾力に重力を預けて、目下に恋い慕うその瞳を見つめている。 「全然！」 天真爛漫の笑みで胸にかき抱かれ、クリフトはその柔らかさに抗うことなく身を任せていった。 |
この後は「氷結クリフト」ですから。
