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「姫様。私は巡礼の旅に出てまいります」
 ……という挨拶はしなかった。
 数ヶ月、いや若しか数年も帰ってこない旅に出るなど姫様がお許しになる筈もなかろうし、お別れのご挨拶に謁見したところで、快く見送ってくださるとは思えなかった。
「なによ! クリフトなんか……もう二度と帰ってこなくて良いんだから!」
 きっと姫様は寂しさのあまりお怒りになってこう仰るに違いない。私もそのような切ない別れをして幾許の月日を隔てるのは辛かろうと、結局は何も言わずひっそりと王宮を旅立つことにしたのだ。
 
 

 
 
 その日とまではいかないまでも、安息日のミサに私の姿が見えないことで、姫様は私をお探しになってくださっただろうか。私が顔も見せずにサントハイムを後にしたことを淋しがって、よもや涙さえお流しになったのではないかと心配するのは自惚れが過ぎるだろうか。
 いや、それも今に判る。
 私はテンペに至る峠を歩きながら、あと数日でサントハイム本領に戻るのだと思い足を速めた。
 
 
 

 
 
 
 険しい山間地に切り開かれたテンペの町の教会は、丁度峠を越える関所のような位置に建っている。裏には生贄の祭壇があって、姫様と冒険をした頃は此処でブライ様と一緒に狭い輿に入って魔物を退治したものだが、祭壇までの坂道を登るにつれて記憶も鮮明になってきた。
 あの時、暗く狭い輿に姫様と共に詰められた私は魔物退治どころではなかった。私の身体に触れる姫様の体温や呼吸に息が止まり、戦闘前に死ぬかと思ったほど。高嶺の花だった憧れの女性と初めて城の外に出て城下町を歩き、野山を冒険したあの頃の私は、これから始まる壮絶な戦いなど想像だにせず積年の恋に胸を弾ませていた。今思えば、浮かれていたあの時から私達は既に導かれていたのかもしれない。
 懐かしい風景に思い出を馳せて歩いていると、丘に立つ祭壇より差し込む光が眼が眩む。
…………、」
 目映さに瞳を細めて手を翳して陽光を遮れば、指間から人影が見えた。見慣れた、それでいて懐かしい人影にゆっくりと手を降ろすと、祭壇の中央に立つ人が瞳一杯に飛び込んでくる。
「姫様」
 愛しい人、アリーナ様がそこに見えた。
「クリフト!」
 その軽やかな御声に私の胸はやはりさざめく。姫様は私の姿を捉えるなり、花蕾を開いたかのような笑顔を湛えて迎えてくださった。そのあまりの麗しさに、私は不覚にも鼻血が出そうになる。
 1年半ぶりに見るお姿は変わらず可憐でお美しい。少し華奢になられただろうか、旅立ちの頃の思い出に残る姫様よりも若干大人びた風の立ち姿は女性らしさを更に増していて、その成長に幾許の時の隔たりを感じてしまう。
 更にお綺麗になられた、と思った瞬間、私と瞳を合わせた姫様は、晴れやかな御顔をやや朱に染めて戸惑われた。
「ぐ、偶然だね! こんな所で会うなんて!」
「え」
 姫様は大きな瞳を泳がせて仰る。
「天気が良いから、ちょっとテンペまで行ってみようかなぁって散歩してたところなの」
 恥じらいを隠して言葉を紡ぐ姿に私は直ぐに合点がいった。
 今や父王様の輔弼をなさる姫様が、そう易々と外を歩ける筈がない。加えて旅の祠に到着した時点でブライ様への早馬をお願いしていた私は、姫様が私の旅程を聞きつけて此処で待っていたのではないかという思いに至る。
 嘘を吐かれる時の表情は相変わらず。そんな不器用な所がまた愛らしい。
 幾月の時を隔てようとも、御心根はいつまでも素直な方だと思いつつ、私はそんな姫様に合わせることにした。
「そしたらクリフトが来るんだもの。ビックリしちゃった」
「そうでしたか」
 ここで私が「此処で待っていてくださったのですか」とでも聞いてしまえば、姫様は「そんなことないもん!」とか何とか仰ってプンスカとお帰りになるだろう。恥ずかしがり屋の姫様は、私に鉄拳すらお見舞いして此処を去られてしまうやもしれぬ。
 折角の感動的な再会で鼻骨を折られてはと、私はやや身構えながら同じく偶然を装うことにした。
「本当、偶然ね!」
 
 

 
 
「本当に奇遇ですね。私もサントハイムに帰る所でした」
「そっかぁ」
 嬉しそうに私の言葉に耳を傾けられる姫様に私も嬉しくなる。
「別にクリフトを待ってた訳じゃないよ!」
「えぇ」
 それは翻せば「待っていた」ということでしょう? 私は姫様のお言葉に相槌を打ちながら不覚にも笑ってしまった。
 やはり何といじらしい御方だろう。私の隣で軽やかに歩みを揃えられるこの方は、私と同じく今日という日を心待ちにされていたに違いない。姫様は巡礼の旅の話を催促された後は、私が何も言わずに旅に出たことをちょっとだけお叱りになって、後は満面の笑みで迎えてくださった。その笑顔が何よりの証拠。
「ねぇクリフト、お土産は?」
 しかし巡礼の旅だとご説明をした直後に尋ねられる。
 私の背に担いだふくろの中身が気になって仕方ないのか、姫様の爛々とした視線はじっと荷袋に注がれており、私は苦笑しながらもその好奇心に満ちた眼差しに促されるよう荷を降ろして見せた。
「ソレッタではパデキアが大量生産されるようになりまして、そのお茶です」
「あの時の種が育ったのね!」
「えぇ。今やソレッタ中がパデキアの畑で輝いていましたよ」
 私達がサントハイム城の神隠し事件を追って冒険をしていた頃は、万薬の王国ソレッタとは名ばかりの農業国だったものが、勇者様や姫様がパデキアの種を洞窟より探し出されたことで、王国は再建を果たせたのである。
 そう、あの時救われたのは私だけではなかったのだ。今回の巡礼は、平和になった世界を巡ることで多くの事に気付かされた。長らくサントハイムや姫様とは時間と距離を隔ててしまったものの、私の中で今回の旅が非常に大きな意味を成すものだったことは間違いない。
「これでクリフトもまた病気になれるね」
「そ、そうですね……
 感慨に浸っている私に、姫様は笑顔で辛いことを仰せらる。私は鉄拳以上に痛烈な言葉のパンチを頂戴すると、言葉通りの苦笑を滲ませて涙目に返事をした。
 
 

 
 
 そうして祭壇を通り抜け、小高い丘を降りてテンペの教会まで差しかかった時、姫様はふと真面目な御顔で私を見つめられた。
「クリフト、ずっと歩いてて疲れたでしょう?」
 巡礼とはそういうものなのだが、馬車も気球も使わぬ長旅と聞かれた姫様は心配そうに私を全身を眺められた後、小さなポケットにゴソゴソと手を入れて、急いでキメラの翼を取り出される。
「私、キメラの翼持って来たから、これでサントハイムまで――
 左程頑丈ではない私を気遣われていらっしゃるのだろう。姫様は慌てて翼を空中に放って飛び立とうとされたが、私は意識してかしないでか、咄嗟にその手を握って留めていた。
「姫様、」
 どれだけ貴女に触れていなかったのか。私は刹那姫様の手の柔らかさと温もりを感じると、甘い痺れのような熱いものが全身を駆け巡るのが理解った。
「クリフト」
 キメラの翼を握る姫様の、その小さな手を握る私。
 ずっと触れたかった人に触れ、瞳一杯に映したかった人を見つめた瞬間、旅の辛さも疲れも、隔てた時間さえも吹き飛ぶ。姫様の反応ひとつを伺って返事をしていた私の冷静は遥か彼方に追いやられ、何を言われようとも構わぬという勢いにまでなってしまった。
「もう少し、二人だけで居させて貰えませんか」
 ようやく貴女にお会いできた。しかも待っていてくださったのだ。
 姫様の手を掴んだ私は無意識のうちに手を強くして離さない。その強さに驚かれたのだろうか、姫様は大きな瞳を更に丸く大きくさせて私を見つめられると、暫くの沈黙の後で柔らかい微笑を浮かべられた。
 
 

 
 
……サントハイムまで、一緒に歩いて帰ろっか」
 久しぶりに、と。
 綺麗な笑顔を湛えられる姫様に、私はどうしようもなく胸が苦しくなって答えられない。ほんの少し、いや僅か数秒でも長く居たいと願った私の希望は、それ以上の提案が返ってくるなど思いも寄らなかったのだ。姫様はそうして言葉を失った私を見て微笑まれると、キメラの翼をポケットにしまいこんで再び私の手を握ってくださった。
「じゃさ、まずはテンペの神父さまにご挨拶しよ!」
 ダジャレがアレだった神父様。
 姫様は私の手を引っ張るようにして丘を下りながら、懐かしい昔話をされて教会に続く道を笑顔で駆けられていく。
 私は相変わらず足の早い姫様に慌てながらも、この砂利道さえ尊いヴァージンロードに思えてならぬ幸せに心を踊らせてついていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 テンペの神父様は最強。
 
 
 
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