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Masquerade !
Seething shadows, breathing lies.
Masquerade !
You can fool and friend who ever knew you !
 
 
 
 
 
 
 まるで仮面の海。
 手を引かれ、腰に回された腕を感じながら、アリーナは回るフロアに洪水のように溢れる仮面を眺めていた。
「ずっとこうして貴女と踊っていたいものです」
 既に何人と踊ったのだろう。彼らが口々に言う直情的な台詞にも左程驚かなくなったアリーナは、楽団の中でヴァイオリン奏者が最も忙しなく弦を動かしているのだという事に気付くほど別の事を考えていた。
「仮面の貴女にさえ心がざわめくのに、まして素顔を見たらどうなることか」
 数人目の男はこれまでになく饒舌と見える。彼はアリーナが何度足を踏もうともその口を閉ざすことはなかった。
「きっと裸の眼差しに虜にされてしまうでしょう」
 珍しい男も居るものだと半ば他人事のように感心していると、不覚にも彼の指が己の眼元に触れるのに気付いて我に返る。
「しかし、それでも私はその仮面の下の美しい瞳に見つめられたい」
「、」
 これは意識を散漫にさせていた自分が招いた失態かもしれない。普段のアリーナならば、視界の光を遮る手など反射的に振り払えただろうに、触れられてから気付くなど考えられぬことだった。
「ちょっ、」
 海軍の将校に扮した男の指がアリーナの頬骨をそっと撫でて、瞳を隠す仮面にかかる。
「素顔を見せ合うのはいけませんか?」
 判っている癖に、という先程の皮肉はもはや浮かばない。
 この男は自分をアリーナと知りつつ、そしてこのパーティーが仮面舞踏会だということを知りつつそれを踏み越えてくるというのか。
「やっ」
 アリーナが何処かしらうそ寒いものを彼より感じ取った瞬間、男の手はピタリと止まった。
 否、止められたのだ。
「今宵の仮面は素顔そのもの。貴方はその方の皮を剥ごうとなさるのですか」
 二人の間を分かつように差し出された腕が、アリーナに触れた男の手を掴んでいる。
 ハッと気付いて横を向けば、海軍将校の白とは対を成すような漆黒の仮面がいつの間にか立っていた。
……これは失礼を」
 掴まれた男の方は苦々しい微笑を見せながら黒の男を一瞥する。見れば男は仮面だけでなく、纏う衣装までもが黒ずくめの不思議な格好をしていた。
 そう、それはまるで、
「仮面で顔を覆うが故の無礼講、でしたね。……ファントム」
「今宵は仮面舞踏会。貴殿の名も問わずにおきましょう」
 畳み掛けられた言葉に怯んだ男は苦し紛れの流し目でアリーナを見つめると、名残惜しそうに手を離して仮面の波間に紛れていった。
 しばし男同士の冷戦を傍観していたアリーナは呆気に取られていたらしい。少し動かされてずれていた目元の仮面がファントムと呼ばれた男に直されるまで、この瞬間の自分が怯んでいたことに気付かなかったのである。
「あ、ありがとう」
 確かに先の男の指が自分の頬を滑って目元に近付いた時、アリーナは舞踏会の始まる前に漠然と感じていた恐怖の正体を見たような気がした。それは別の男と踊り、触れられる自分の怖さだ。
 しかし、「別の男」とは?
 アリーナがそう思いながら戸惑いがちに感謝の礼をして顔を挙げると、改めて己の危機を救ってくれた仮面の男の姿を見て胸をさざめかせる。
(あ――)
 吸い込まれるような美しい漆黒にその長身を包んだ男は、混沌に渦巻く仮面の洪水の中でたおやかに佇む闇か影か。穏やかな視線を仮面の下より覗かせるその眼差しは、これまで踊った男たちのように下心などなく、まるで見守らんばかりの優しさをもってアリーナを映していた。
 彼はアリーナの言葉に礼をして辞する。
「ま、待って」
 刹那、アリーナの手が動いていた。
 自分でも何故だか理解らないが、彼女は今己の眼前にそっと立つ彼をここで引き留めなければ、直ぐにでもこの仮面の波に紛れて消えそうな気がした。彼が自分を手に入れようとして現れたのではないことは直感で理解る。それ故にアリーナは余計彼がこの宵闇に溶けてしまいそうな気がした。
「あ、あの。一曲……踊ってくださらないかしら」
 咄嗟に出た次の句に自分でも驚く。
…………
 女性から誘うなど。聞いた男も驚いているだろうとは思った。事実、静寂の黒に包まれた彼は黙したままで、それを見ながら片脚を曲げて頭を下げたアリーナは自分でも不思議な程必死になっていると思った。途端恥じらいが込み上げてくるが、それも仕方ないと思い込む。
……喜んで」
 しかしこんなに胸を昂揚させたのは初めてのこと。アリーナは己の心音が早くなっていくのを聞きながら、緊張の面持ちでゆっくりと視線を上げていくと、仮面の男は沈黙のうちに紳士の礼をしていた。
 これを見たアリーナは、パッと晴れやかな笑顔に綻ばせる。その柔らかな頬にほんのりと紅が差したのは気のせいではない。
 新しい曲が始まると、軽やかなリズムに合わせて二人がフロアに舞った。
 
 
 
 
 
But who can name the face?
 
 
 
 
 
 夢かと思った。いや、踊り終えた今は夢だったのだという潔さと未練が心を乱している。
 仮面の下の涼やかな眼差しは感じるのに、肝心の瞳は陰になって色さえ判別らなかった。人が回り、フロアが回り、目まぐるしく視界に映っては消えていく多くの仮面は、目の前の漆黒に全てを射抜かれて吸い込まれるよう。アリーナは曲が終わるのにも気付かぬまま、惚けたように今の今まで彼を見つめていた。
 そう。案の定、彼が消えても。
…………
 アリーナの直感は当たっていた。
 彼とのダンスが名残惜しいと手を離した瞬間、彼は目の前から溶けるように姿を消していた。あっと思って次に瞬きをした時には、既に別の派手な色を全身に挿した男が一曲を申し込んでいたのである。
 彼女はその男の誘いを体良く交わし、侍女には少しの休憩をと断ってフロアを出ていた。
「ふぅ、」
 こうして涼しい回廊の隅に落ち着くと、身体が熱くなっていたのがよく判る。彼の触れた場所が緊張していたのだ。
 繋いでいた手が離れた今、その手が震えていたことに漸く気付く。アリーナは動揺を隠せぬ右手を左手で押さえながら、嘗て自らが壊した石柱に身を預けて静かに独り言ちた。
「一回も……裾を踏まなかった……
 彼の脛を蹴ることも、自らのドレスの裾を踏んで躓くこともなかった。
 あれだけ惚けてステップを忘れていた自分が、無意識のうちに踊れていたというのだろうか。一度も間違えずに?
(ううん、そんな筈――)
 一度として完璧に踊れたことなどなかった。ここ数週間のレッスンで叩き込まれた俄か仕込みのステップは、そのやる気のなさに比例して習得したとはとても言い難い。今日の結果を先生に報告するにはあまりにもお粗末だと反省すらしていたくらいなのだから。
(ウソ、みたい)
 だとしたら、今の彼か。
 アリーナはあっという間に過ぎてしまった夢の時間を何とかして思い出す。もしか彼は、自らの間違えて踏み出したステップをもカバーして踊ってくれたのではなかろうか。
 でなければ今の完璧さは説明がつかない。アリーナが足を間違えていたのならば完璧とは言えないかもしれないが、それでも自分の動きを読んで躓きを防ぐよう導いた彼の腕は余程だろう。
 動きを読むなど、一度では――とアリーナが思考を巡らせた時、彼女の意識とは別にその唇から思いがけぬ人の名前が零れた。
「クリフト……?」
 その名がすり抜けた瞬間、不意に気付いて語尾を疑問符に上げる。
 アリーナは何故今の自分が彼を呼んだのか理解らないまま、石柱のひんやりとした感触に熱くなった頬を預けて瞳を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 無意識に貴方を呼んだ。
 
 
 
 
 

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