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剥がれ落ちた羽にも気付かずに
 
 
 
 
 
 
 一方のアリーナは、クリフトが彼女の治療を理由にベッドから離れないことを気にしているようで、扉が開いたままの部屋の廊下で手持ち無沙汰に立ち続けている。
「あら、アリーナ。小さなヤキモチは見せた方が可愛いのよ」
「ミネア姉さま」
 聞き取れない会話に耳を欹てていたところをミネアに呼びかけられ、アリーナの頬が仄かに赤らむ。
「そ、そんなんじゃないわ」
 アリーナ自身としては、今日の異変を問い質そうとクリフトと話をしたいところ、話をはぐらかされた挙句に彼がルーシアに興味を示した事が妙に気になっていた。元々積極的に意思を示す性格でないだけに、クリフトが学問以外のこと、特に美しいルーシアに自ら言を重ねている事実は驚きもするし、それ自体が彼の非日常を表しているようで、アリーナは不安が隠せない。
 特に彼は不調を表情に出さないよう笑顔を振舞う傾向がある。ミントスで彼が倒れた時がまさにそれで、一時的にとはいえ彼を失ったことのあるアリーナにとっては、二度と彼をあのような姿にしてはならないと思っていた。
「今日のクリフト、おかしくないかな」
「クリフトさんが?」
「うん」
 細い首を僅かに傾げるミネアを見るに、彼女は気付いていないようだ。返事を聞くまでもなく答えを悟ったアリーナは残念そうに瞼を伏せたが、それを見たミネアはクスリと微笑(わら)って言った。
「クリフトさんが可変(おか)しいかどうかは本人に聞いてみないと分からないわ」
 彼女の静かな笑顔には、女性らしい柔らかさと温かさ、そして占い師という職業故にか真理に迫る深みがある。「でも」と続けるミネアの表情に、アリーナは自身にはない美しさを垣間見た。
「変化を感じるアリーナの方がいつもと違っているかもしれないわよ」
 他人(ひと)を見つめる目が変わる時は、自分の中も変化しているものだ。ミネアは小さなアリーナの頭をそっと撫でて廊下を去ると、角部屋から裸同然の姿で廊下を歩く姉のマーニャを叱っていた。
 
 
 

 
 
 
 分からない事は本人に聞けば良い。そうアリーナが結論を出したのはルーシアが一行に加わって3日も経った頃、夕食の後でさえ彼女の容態を気にして部屋へと見舞うクリフトを見かねたからだった。
 回復魔法が使えるのは彼だけではないのに、医療への知識があるからというだけでクリフトが彼女の面倒を見るのは面白くない。神官である彼はこれまで美人姉妹にも興味を示さなかったのに、翼を有した彼女には特別な目を注いでいるようで、アリーナはそれがどうしても気にかかった。色気には惑わされぬ彼が、天の使いと見紛うような彼女の清貧さに惹かれているというのか、壁越しに僅かに聞こえる声を聞きながら、アリーナはルーシアの部屋の前で進退ままならず漂っていた。
「ではルーシア、お大事に」
「おやすみなさい」
 扉の付近で夜の挨拶を交わせば、何を話しているかも分かる。アリーナはクリフトが彼女を親しげに呼んでいることに驚きながら立ち尽くしていると、丁度扉を閉めて歩き出したクリフトと視線が合った。
「姫様、こんな所でどうなさいましたか」
 己の姿を捉えた瞬間、やや焦りの表情を見せた彼にアリーナは更に驚く。
「もうお休みの時間かと思いますので、私もこれで」
「クリフト」
 彼が珍しく動揺を見せて言葉を繕ったことに気付いたアリーナは、これまでの心配を疑惑の念に変えて口を開いた。
「ねぇ、背中を見せて」
 すれちがう彼を引き止めるように言えば、クリフトは爪先の方向を変えずにゆっくりと言を返す。
「それは何故(どうして)」
「だって貴方、何か隠してる」
 隠喩を以て彼の感情を外側から調べていく芸当など、直情的なアリーナには出来よう筈もない。しかし彼女のこういった端的な科白はクリフトの心中を鋭く衝く。見事なまでに敏い彼女の観察眼に、背に冷たい汗を走らせた(しかし実際には翼があって流れることはない)クリフトは、思わず壁際に背を寄せてアリーナに答えた。
「隠すことなど、何も」
「ほら、背中を見せないじゃない」
 アリーナの懸念に満ちた視線から逃れるよう壁に立てば、射抜かんばかりの真っ直ぐな瞳がクリフトの揺れる瞳に飛び込んでくる。アリーナの美しい眼差しに見つめられたクリフトは、包帯に隠した翼を押し付けるよう壁へと後ずさって言った。
「男は背中を見せぬものと、ライアン殿が仰っておりました」
 寡黙な剣士の言葉を借りて苦し紛れに言ってみるが、アリーナの瞳はその動揺を逃さない。
「男は背中で語れとも言っていたわ」
 鋭い返し口はクリフトの身体はおろか言葉の退路をも奪う。壁際に彼を追い込んだアリーナは、瞳と共に身体を近付けて真実を求めた。
「それは言葉通りの意味でなく、」
「いいから、見せて!」
「姫様、」
 焦れたアリーナが遂に彼を捕まえる。クリフトの懐に飛び込んだアリーナは、素早い動きで彼の上着のボタンに指をかけると、あろうことか上半身を晒そうと脱がせ始めた。
「うわっ」
 これにはクリフトも仰天して声を上擦らせる。
 勢いに任せて飛び込むアリーナに触れて良いのだろうか、いやそれよりも、マーニャではあるまいし女性に襲われ脱がされる自分は一体何なのか。クリフトは余程晒すことのない胸元を暴かれ、今まで出したこともない悲鳴を挙げると、寄りかかっていた壁から身を反らした所為で床に倒れこんでしまった。
「わっ、わっ」
「クリフト、あなたやっぱり……!」
 上着を乱暴に脱がしたアリーナが次に肌着を捲って彼の胸板を覗けば、そこには白い包帯が何重も巻かれており、アリーナの形相は更に深刻になる。
「治ったなんて、嘘!」
「姫様、止してください!」
 廊下に仰向けになったクリフトは、身動きを阻もうと馬乗りになるアリーナの手を振り払うよう乱れた服を握り締め、肌を見せまいと抵抗した。倒れた衝動でいつにない痛みを感じたのは、そこに翼が生えているからだろう。今の身体を見られてはならぬと懸命に逃れるクリフトは、美しい柳眉を歪ませながら、主君の腕力の強さに心底恐怖を抱いた。
「ほら、まだ痛むんじゃない!」
 既に上位に跨ったアリーナに身体の自由を奪われているのだから、クリフトがそこで身悶えするにも限界がある。肌蹴た胸元を隠すクリフトの両腕の隙間を掻い潜り、チラと見えた包帯に手を掛けようとしたアリーナが凄むような剣幕で言った時、丁度廊下の角を曲がったマーニャが驚きに足を止めた。
「クリフト! アリーナ! あなた達……!」
「マ、マーニャさん」
 ここで裸に剥かれてしまえば、居合わせた彼女にも事が露見してしまう。クリフトが焦りの表情で角に立ち竦むマーニャを見上げると、彼女は驚きの表情を妖艶な笑みに一変させて言った。
「まったく。廊下で始めるなんてお盛んねぇ」
「違、ッ! 助けてください!!」
「いいわよ、いいのよ。理解ってるから」
「ちょ、マーニャさん!」
「じゃあね〜」
 普段なら彼女の馬鹿げた勘違いも溜息で受け流すところであるが、腕力でも権力の上でも太刀打ちできぬ相手に身の危険を晒している今はクリフトも必死だった。身を捻れば背を見せることになると、視線だけをマーニャに送って救援を求めたが、彼女はクリフトの切実な眼差しをヒラヒラと手を振って交わすと、そのまま「ごゆっくり〜」などと言って消えてしまった。
「あのっ! マーニャさーん!」
「クリフト! おとなしく見せて!」
 廊下の奥を悲壮な表情で見つめたクリフトが上から降る声に視線を戻せば、凄みに声色を落したアリーナが戸惑いの色に揺れる己の瞳を射抜かんばかりに見据えている。真剣に満ちた彼女の瞳に何時も羨望を抱いていたクリフトは、至近距離にそれを映したことで不覚にも狼狽に頬を染めた。こんな時でさえ「可愛い」と漏らしそうになる自分の弱さは惚れた故か。
「ルーシアには言えて、私には言えないことなの?」
 アリーナの眼差しが一瞬変わり、切なげに揺れる瞳に見つめられたクリフトは刹那、密かに胸を弾ませる。それは今まで彼女が見せてきたような好奇心や興味に輝く瞳ではなく、真実を見極める正義の瞳でもなく、悪を嫌疑する眼差しでもなく、ただ己だけに迫ってくる何か。
「クリフトが私に話せないのは、私が子供だから? 王女だから?」
「姫様」
 彼女の視線に抵抗を失ったクリフトは、次の瞬間、懸命に胸元を隠していた手を彼女の前に翳すと、薄く口を開いて催眠魔法を唱えていた。
「お許しを」
 
 
 

 
 
 
……フト」
 確かに彼の包帯に手を掛けたと思ったアリーナが瞬きをした次の瞬間、彼女は自室のベッドに横になっていた。あと少しで彼の秘密に迫ることが出来ると思ったのに、目覚めた自分が強く握っていたのは柔らかいシーツ。
「!」
 魔法で眠らされたのだと気付いた彼女は、勢いに任せてベッドより飛び起きる。体良く交わされたことに対する悔しさと、そうまでして己より逃れたクリフトの心境が掴めず焦燥は増し、アリーナは傍の枕を無造作に叩いた。
 衝動とはいえ彼に跨ってしまったことは反省しよう。組み敷いた彼が狼狽していたのは、隠している何かを晒されそうになる不安と共に、羽交い絞めにされたことに対する動揺でもあったのだ。男であり、何より神官である彼を無理やり脱がすなど、アリーナ自身さえ破廉恥だと思える行動だった。
(どうかしてたわ)
 然しそれ以上にアリーナが感じたのは何処かしら儚いやるせなさ。
 凡そこれまで彼に拒まれたことはなく、己の言動には時に戸惑い眉を顰めながらも従ってきた彼が、これ程まで頑なに自分を拒んでいるのはショックである他にない。勿論、他人(ひと)に言えぬ秘密などは誰しもが持っているものであろうが、ルーシアには話せて己には言えぬことなどあるものなのか。
 アリーナには彼と長く時間を共にしてきたという自負がある。時間だけではない。広い世界で故郷を同じくし、また身分を比べる訳ではないが、己は国の王女だ。数々の試練を共に乗り越え、旅の仲間として主従の関係以上の信頼を築いたという確かな思いもある。
「ねぇ」
 アリーナは弱い溜息を吐いてベッド脇に作られたシーツの皺に触れた。きっとこの皺は、眠りこけた自分をベッドに横たわらせた時にクリフトがつけたものだろう。うっすらと灰の陰を走らせたそこを掌で撫でると、アリーナは静かに目蓋を閉じた。
「、」
 否、しっとりと閉じられる筈だった目蓋は、手に触れた感触に刹那反応して見開かれる。
「なに、これ」
 ベッド脇に伸ばした指が捉えたのは、ひんやりとした白のシーツの繊維ではなく、ふわりとした温かい何か。柔らかく華奢な感触は、強く掴めば風となって逃げていきそうなほどで、アリーナは驚きのうちに身体を寄せてそれを見た。
「羽、根……?」
 
 
 

 
 
 
 一方、眠りに落ちたアリーナを抱え彼女の部屋のベッドに寝かせたクリフトは、自室に戻ると急いで包帯を解いた。
「痛ッ」
 アリーナと悶着を起こして乱れた包帯は、背に絡まってなかなか解けない。加えて壁や廊下の床に強く押し付けられた所為で根元の骨が衝撃を受けたらしく、肩甲骨から背の全体に激痛を走らせる。クリフトは深く息を吐きながら乱れた上着と包帯を脱ぐと、ようやく解放された翼が窮屈を訴えるように左右へと広がった。
「あぁ」
 吐息が苦しげに漏れたのは傷みによってではない。鏡に映した自分の背から視線を反らしたクリフトは、右手で目を覆いながら細い顎を振る。それは今朝より大きくなっていて、己の両手を広げても間に合わない。一瞥しただけで絶望を突きつけられたクリフトは、目蓋の上で拳を握りながら「神よ」と呟いた。
「この光栄を如何(どう)すれば良いのです」
 肉体的な死を迎えぬまま天に昇るとはどういう意味があるのか、それは聖職に就く己の身には身震いする程よく理解る。そして神の御身に仕える神官にとって、これ以上の誉れはない。
 しかし今は別だ。暗黒と陰謀に覆われたベールの奥が見えそうな今、此処で己の冒険を終えることはどうしても出来ない。神隠しの城として世間に広まってしまったサントハイムには未だ光明が見えず、そのような中で現世に小さな主君を残して神の元へ行くことは信念に背く。それはアリーナにおける己の存在がどうという訳ではなく、ただ彼女の前でこれ以上サントハイムの人間が消えることはあってはならないという想いだった。
「嗚呼どうか」
 もとより神より授けられた命。これを再び天に帰すに惜しいと思ったことはないが、今はただ時間が欲しい。クリフトは冷たい金属の十字架を握りながら、天を仰いで祈りを唱える。自由を求めて左右に伸びる翼の白が、痛いほど美しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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