『災難はどこからともなくやってくる』





3人はその言葉を今、改めて実感した。



















災難の嵐



















「さあ!早くわたくしと勝負しなさい!アレク・ハーレン!!」


 名前を呼ばれた赤い髪の少女―――アレクは嫌というほどよく知っている目の前に立っている人物の言葉に小さく溜息を漏らした。
 
 目の前のその人物―――ヘルン・リンティード―――とアレクの関係は、このインカローズという街に立っている唯一の魔法学校でのクラスメートで、その魔法学校内での召喚系を主としたクラスにいる二人はある出来事があるまでは普通に“知り合い”程度の間柄であった。しかしアレクがヘルンにライバル視されるようになった原因は入学して暫くした後にあった最初のテストでの結果が大きく関わってきた。
 当時(現在もだが)リンティード家といえば魔法界ではとても有名な名家であった。そのリンティードの今の当主の一人娘がヘルンである。幼い頃から様々な稽古を習っていたヘルンはその全ての稽古で良い成績を出していて、当然勉強のほうも今までトップ以下というものを取った経験が無かった。
 そのヘルンが勉強で初めて負けた相手がアレクであった。その結果に大きな屈辱を感じたヘルンが今もずっとアレクに勝負を挑むために追い回しているのである。ちなみにクリルとアレクが知り合ったのもその魔法学校での生活の中でだった。クリルは具現系クラスだが、時々一緒になる授業もあった為いつの間にか仲良くなっていた。


「ヘルン……あたし達先急いでるんだけど」


 アレクの言葉は本当だった。森の中で召喚してしまったトモヤを元の世界へと還す為に、昨日一緒することになったクリルもあわせての3人でその方法を調査している。


 それが何故かこうなった原因は色々あったのだ。








* * *







 午前10:00頃


 アレクは苛立っていた。
 昨日3人で別れた後、トモヤに良心的な店主が運営している宿を紹介して、“明日9:30に公園”と約束をしたのは良かったものの――――


「来ない」


 30分過ぎた現在、二人の姿は公園内のどこにも見受けられず、そして来る気配さえも感じることは出来なかった。


「アイツ等………」


 律儀に目覚ましをあわせ、遅刻は絶対しないようにと約束の時間の15分も前から公園へと辿り着いていたアレクはこの事態をどうしても許すことが出来ずにいた。
 そしてこのまま待っていても暫くはまだ来なさそう(寧ろ起きているかどうかも謎)な二人を起こしに行くために怒りを冷静に沈め、まずクリルの住んでいる家に向かって歩き出すことにした。






「あー!アーちゃんだー!」


 メルトラス家に行くまでの道のり中に、アレクはその目的の人物、クリルと出会うことができた。起きていたことに関して、少しばかり見直したが、その“どうしたのー?”という呑気な言葉に再び先ほど沈めた怒りが少しばかり舞い戻ってきた。


「ねえ、クリル・メルトラスさん?」
「なにー?」
「約束の時間は何時だったかしら?」


 アレクがクリルを呼ぶとき、クリクリ』という愛称ではなく、フルネームで、その上敬語を使っているところを見ると彼女の怒りは相当では無い。しかしまだ手をださないところをみると少しは冷静さが残っているようだ。
 そんなアレクの様子に気づかないクリルは“それぐらい覚えてるですよー”とむぅっと頬を膨らませている。そして一言。


「10:30分!」
「アホ!」


 容赦ないアレクの突っ込みがクリルに降り注ぐ。


「えー…違いましたっけー?」
「9:30分よ、9:30分」
「……………じゃー調査開始しちゃいましょうー!」


 誤魔化そうとするクリルの様子にアレクは呆れたように大きな溜息を漏らす。しかしその言葉で思い出した。まだもう一人、しかもその調査の主役ともいえるような人物がまだ来ていないということを。


「えー?!!とももんまだ来てないんですかー?!駄目ですよー!」
「(あんたが言えた義理か)」
「呼びにいきましょう、アーちゃん!」
「そうね」


 そうして二人はトモヤの泊まっている宿へと向かった。





 トモヤの止まっている宿は店主の良心的な態度と美味しい料理、そして綺麗な部屋という評判が良く、たくさんのお客がよく利用している。クリルの家から少し離れたよく祭りが開催される大きな通りにその宿は建っている。外装は少しありがちだが、そこはインカローズでも1位・2位を争うぐらい人気のある宿だ。


「…………………」
「ふふ……ふふふふ……」
「アーちゃん?(ちょっと怖いです)」


 店主にキーを借り、トモヤが寝ている部屋のドアをノックをした二人に返事は帰って来ず、アレクが“寝てたらコロス”という物騒なことを小声で呟き、キーを使って部屋へと侵入可能にすると、中に入ると聞こえてきた一つの音は期待を裏切らないトモヤの安らかな寝息だった。それを見たアレクは先ほどの怒りが全て甦ってきて、ズカズカと遠慮なくトモヤの寝ているベッドがある方向へと一直線に歩いていった。


「喝ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「ッ………!!い……」
「どうしたんですかー?とももーん?」
「いてええええ!!!!」


 トモヤはアレクによって腹にダメージを食らった。


「いつまで寝てるの!!約束した時間は何時が分かってる?!」
「9:30だろー」


 まだ痛みが治まらないのか“いてえー”と小声で呟きながら腹を摩っているトモヤの返答は実に正確であった。


「分かってるのに何でまだ寝てるのよ!」
「寝坊は俺の十八番だ」
「威張ることじゃない!」


 最もなことを言っているアレク。そして暫くそこで説教がはじまろうとしていた。


「昨日何時に寝たの?!」
「12:00ちょっきりデス……」
「何で寝坊するってわかっててもっと早く寝なかったのよ!」
「寝れなかったんデス……」
「ベッドの中に入ろうとしないでテレビとか見てたんじゃないの?!」
「グッ……!」


 アレクの剣幕にいつのまにか敬語を使ってベッドの上で正座をさせられているトモヤ。そして彼女の言うこと一つ一つは的を得ていて、言い返すことも出来なかった。


「テレビを見る前に遅刻しないよう気をつけなさい!」
「そうですよー、とももーん。駄目ですよ、寝坊はー」
「ハイ……」
「クリクリ?」


 にこり、っと笑顔だが目は笑っていないアレクの表情にクリルは“うっ……”と黙り、ごめんなさいっとトモヤの横で正座して謝罪した。

 言いたいことを言い切ったアレクはふぅっと一息つくと“もういいわよ。次からちゃんとしてよね”っと疲れたように声を抑えて言うと、前途多難な様子に頭を抱えた。そして怒鳴ったせいで隣の部屋のお客に迷惑かけてしまったかもしれない、後で店主とその人に謝りにいかなきゃいけない、ということまで考えていた。つくづく苦労性である。


「お前も寝坊したのかよ」
「とももんよりはマシなのですよー」
「う……でも寝坊は寝坊だろ!一緒だ!」
「何言ってるんですかー!寝坊は寝坊でもその時間によっていろいろ変わってくるもんなんですよー」
「いや、一緒だ!」
「違いますよー!」


 その二人の言い争いに、再びアレクが切れたのはそう時間を要すことはなかった。













 * * *












「この資料も駄目…か……」


 宿の皆に一通り謝り(店主も客人も笑って許してくれた)、街の中で一番大きな資料館へと足を運び、召喚系についての資料を一通り漁ることにした。しかしその資料館の中での資料を幾ら探してもそれらしい情報は見当たらない。資料館というのは名ばかりでやはり置いてあるものは基礎的なものが多く、特例なものについて書かれているものはあまり見つからなかった。
 そもそも召喚系魔法とは頭の中で思い描いたものをどこかの世界から召喚することで、動物や物、植物などが主に召喚されてくるのだ。人間を召喚するということはあまり認められてはいない。どのような人間が来るか分からない上、同じ力を持つ者が来るとなると、いつ反逆されるか分からないため、召喚系魔法を会得している人達は人間を呼ぶことは今までで実例が無かった。もちろんアレク達が通う魔法学校でもそんな召喚方法は教えてはいない。
 その上アレクは召喚系魔法使いというよりは幻獣使いだ。人間なんて今まで呼んだことも無いし、呼ぼうなんて考えたことも無かった。


「やっぱり簡単にはいかないか」


 はぁ、と溜息を漏らし資料を元の位置へと返すために椅子から立ち上がったアレク。彼女が資料を元に戻し、新たな本を探すため、本が並んでいる棚を一つ一つ見ていくと、そこで見たものは―――


「あー!とももんそれ次私にもかしてくださいー!」
「おうよ!」
「これも面白そうですー」
「おっ、マジだ!なら後で交換な?」
「そうしましょーう!」


 漫画を楽しそうに見ているクリルとトモヤの姿だった。


「マジでうけるぞ、これ!」
「こっちも面白いですよー!」
「…………………………」
「な……なあ、クリル」
「は……はい?」
「俺今すっげー後ろ見たくない」
「私もですー……」
「二人とも」


 その声に呼ばれた二人が後ろを壊れたロボットのようにギギギ……と首を動かし見てみれば極上の笑顔でいるアレクが立っていた。



「逝け」



 その日、資料館の絨毯のとある一部には、焦げている部分がみつかったそうな。










 * * *








 街の大きな通りを再び歩き出した三人の中の一人、アレクは一番後ろで残りの二人がどこか寄り道をしないようしっかりと見張っていた。二人は先ほどの恐怖からまだぬけだせず“怖ッ…”と何度も連発している。


「ったく……」


 アレクがそう呟いた瞬間だった。


「オーーーーホホホホ!アレク・ハーレン!!ここであったが100年目、ですわ!」
「「「………?!」」」


 突如聞こえてきた高笑いに三人は周りを見回した。そしてその声の正体はすぐに分かった。


「ご機嫌はいかがかしら?アレク・ハーレン」


 カツカツっとヒールの音をならしゆっくりと三人のほうへと歩いてくる人物。プラチナブロンドの長い髪を風に揺らしており、緑の瞳が印象的なその人物は傍から見れば美人だがとても派手だ。
 トモヤは思わず拒絶反応を起こした。


「オイ……誰だよ…あのケバイ奴」
「何か仰った?」
「おう、言った。ケバイ」
「何ですって?!!」


 高音の声でキーキー喚くその言葉に思わずトモヤ、クリルの二人は耳を防いだ。アレクはその様子に慣れているようで心底疲れたような表情をしている。その表情は朝、クリル達を説教したときとは比にならない。


「後で説明するわ……」


 アレクはそう言い、そして暫く言い争いを続け(一方的にヘルンが言ってきた)そしていつの間にか事は冒頭まで戻ることになった。















 * * *












「そんなこと言って逃げようという魂胆ですわね?!逃がしませんわよ!」
「ヘルンさーん。やめましょうよー……」


 人の話にまったく聞く耳の持たないヘルンの後ろのほうから金のふわりとした髪に大きな明るい茶色の瞳の、トモヤより随分幼いかんじの少年がひょっこりと歩いてきた。


「誰?」
「あたしも知らない」
「天使さんみたいですねー」


 クリルの言葉は案外的を外れてはいなかった。金糸の髪は陽に透けていてキラキラと反射して光っている、そして何よりその風貌は女か男か分からない、中世的な雰囲気が漂っていたからだ。


「カズキ、あなたは黙ってなさい」
「分かりました……」
「男か……」


 チッ!と舌打ちをするトモヤにすかさずアレクが裏拳を入れた。


「さあ!来ないというならこっちから行きますわよ!」


 そうして構えるヘルン。



 勝負はどうやら免れない様子だ。













<戻>










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