「青司君」
私は暗黒館の成れの果ての前に立って、随分ぼんやりしていたようだった。征順に呼ばれ、一瞬遅れてそれに反応した。はっと意識と視線をその人のほうへと向ける。
その折、青司君、という慣れ親しんだ己自身の名に、少しの違和感を覚えてしまった自分に、気付く。
(ああ、)
中也君、と微笑うあの人が、瞳の奥にちらついて。
「青司君、疲れているなら……」
「いいえ、大丈夫です」
心配そうな征順の声を否定するようにゆるゆると首を振って、笑う。そう、あの事件が起こってから、一月あまり。久々にやってきた暗黒館に、多くのそのほとんどが楽しい物ではない思いを抱きはしたが、それでも本当に大丈夫なのだった。自分でも驚くほどに、心のさざめくこともなく。
そう、奇妙なほどに落ち着いた心のうちで、だけれど、と、私は思うのだった。
火災が静まった暗黒館は、誰の死体も吐き出すことはなかったという事実を、私は征順から聞いた。
それはなぜだろう、と私は、思う。
(玄児さんは……)
どこへ行ったのだろう、と私は思う。(きっと)それは彼が彼自身の意思を持って、どこかへ行ったと、そう信じていることでもあった。すなわち、死んでなんて、(いないのだろう)
玄児、否、真実は忠教という名の彼は、きっと、生きているのだと。
私は征順のどこか吹っ切れたような顔を見つめ、ぼんやりと、思いを馳せる。たくさんのことを、それとはなしに思い出す。
それは真っ黒な服ばかりを着ていた青白い肌の、私の友人の玄児、のことであり。そして、艶やかに笑う異国の美しい不死の魔女、ダリアのことであり。未だ惑っているのであろう玄遙のことであり。それだけではない、たくさんの、この暗黒館に関わっていた者たち全てのことであったり、した。
そして、本当の玄児、のことを、思った。
肖像画でしか知らないダリアの、美しさや妖しさをどこかに持っていた、男のことを。深い罪の末に産まれた子のことを。
玄児は……と、私は思った。だけれど彼の血は、と。
彼の血は、ダリアの血を彼女自身から受けた玄遙の血を、酷く濃く受け継いでいる。玄児は柳士郎と同じで、ダリアの血を外部から取り入れただけだ。だけれど、忠教、本当の玄児は、その身に魔女を元々から受け継いでいる。あの節々に見えるダリアの面影からも、分かるように。
ならば、と私は願うように、考えた。
ダリアか彼か。それは知らないが、きっと私の友人に祝福を与えてくれるはずだ、と。復活を、きっと与えてくれるはずだと。