左手が偽者だと知ると、大概の者は少し、本当に少しだとしても顔を顰めてみせる。それが同情か得体の知れぬ者への恐れか、それとも全く別のものなのか、それは下村には分からない。だが、被害妄想といわれようとも、その顔の裏にはどこか自分とは違うものを見ている風な感情が含まれているのだろうと思う。彼らもしくは彼女らは、身体がどこか欠けているというだけの人間を、人ではないとどこかで感じているような気がするのだ。(人間じゃないのなら何なのだろう?)
だから、そういう人たちと共にいると、下村は自身が人ではなくなったような錯覚を少しだけではあるが感じるのだった。
女遊びというものを最近全くと言って良いほどにしなくなったのも、そのせいである。友人も作らず、家に訪ねてくるのは数少ない友人の内の一人である坂井くらいだというどうにも寂しい生活ぶりだ。それでも坂井やその他の友人達の前では確実に人間でいられるのだから、それだけで充分だろう。自分は人間であるという当たり前のことを再確認できると言うことは、自分のあるがままの姿を認めてもらえると言うのは、どれほどの幸福だろうか。
下村は広いとはお世辞にも言えない浴槽の中にたっぷりと溜められた温い湯に身体を浸しながら、そんなことをぼんやりと考えて、そして自分の左手を見た。少なくとも手首から先だけは人間ではないだろうと考え、瞳を閉じる。
なぜだか瞼の裏では、鮮やかな赤色が舞っていた。
これはなんだったろうか、と下村は記憶を辿る。確かあれは、(叶さんの、)川中が飼っている金魚だ。
そしてそのゆらゆらと優美に泳ぐ金魚らを眺めた川中が呟いた声を、下村はついでに思い出した。確か、そう。この水をなくせばこれらは死ぬのだろうなと、どこか暗い瞳をして彼は呟いたのだった。
(金魚は、水の中で息が出来る)
下村はそんな当然のことを、世紀の大発明でもしたかのような驚きをもって自分の頭の中だけでの再確認をした。そして、何も考えていないかのように自然な動作で、おもむろに水の中に顔を沈める。
すぐに顔を上げた。
(人間でなかった場合、少なくとも魚ではないな)
魚ではないから生臭いだとかそういうことを心配する必要はないぞととびきりの冗談のように皮肉な笑みを浮かべて呟くと、下村は自分のことを得体の知れぬものを見るようにした者達を嘲うかのように、声を上げて笑った。
水のない水槽
そこは、ここだ
意味が分からない!
人間じゃないなら俺は魚?水ん中で息出来ない!おれ魚じゃない!なら人間でしょ!っていう(…)
え、なにそれ阿呆?