どういう巡りあわせか、必ず何人かはいる更衣室にその時いたのは、そろそろ日当たりが強くなってきたというのに未だ冬服を着ている雨四光と、ジャージ姿の新道の二人だけだった。
その時の雨四光はどこかおかしくて、それでも新道は今度の試合のことだけを考えていたので、そんなことには気がついていなかった。何かがおかしいんじゃないかと感じたのは、雨四光が不意に落とした呟きのような声が耳に届いたからだ。
お前、オレのこと好きだろう。
そんなことが何の前触れもなく聞こえたものだから、思わず新道は息を止めてしまって、少し苦しい思いをする羽目になってしまった。ゆっくりと呼吸を開始して声の主を振り返ると、彼は酷く爽やかな笑みを浮かべていたものだから、新道はまじまじと常日頃からアホだアホだと言っている先輩の顔を眺めた。そこにからかいも何も浮かんで居なさそうなことを確認したところで、自分がいかに動揺していたかを気付く。それを悟らせないために、冷静に聞こえるような声を取り繕って問うた。何か言いましたか、先輩?
「いや、お前が、オレのことを、好きなんじゃないのか、って」
わざわざ一言一言区切りをつけて同じ言葉を繰り返す先輩に、新道は思わず頭痛を覚えた。どっからそうなるんですか、と呟く。
(否定は、)
しないわけではなく、出来ないけれど。
「ずっと今日考えててさ、何かお前オレのこと好きっぽくないかって」
にこやかに笑う雨四光は、アホのくせに、何も考えていないような顔をするくせに、それでもなぜだか鋭い。新道は、そう思う。だからこそあれだけのバッターセンスを持っているのだろうか、と。
言葉に相槌も打たない新道に、雨四光はそれでもいつものように訝しげな目を向けることもない。
「……そっスか」
「そ」
別にオレ同性愛とか嫌悪するわけでもないし、と妙に間延びした声で言って、雨四光は緊張感のない笑顔を浮かべた。先輩に言っちゃいなさい。そんなことを無防備に言うものだから、新道は思わず変な事を口走りそうになった。だが、すぐに我に返る。
そして小さく笑みを浮かべると、皮肉のように呟いた。
「先輩を好きになるような奴は、大概のアホでしょうけどね。オレはそんなにもアホじゃないですよ」
「酷いな、お前」
一瞬目を丸くした雨四光は、すぐに笑い出した。新道が心のうちで、いつから自分は救いようのないアホになってしまったんだろうと頭を抱えている事などお見通しだとでも言うように、笑っていた。
一枚上手でいようとしている新道とそれ以上の雨四光、とかそんな。
どっちもどっちでお互いが好きあってると良いよ