(殺したいな、)
そんな事を、ふ、と思うことがある。
彼はいつでも笑顔だから。それを歪めたいと考える事がある。
(もしかすると、時折ではなく、いつでも考えているのかもしれない。)
座っている彼の前にひざまずいて、彼の首に、手を伸ばした。両手を、耳の後ろの辺りに固定する。
力は入れず、ただ触れているだけというようにして。だけど少し、そうして確実に、それとは違う。
「先輩?」
どうしたんですか、と首に触れられている当人は、不思議そうに新城を見あげた。長い付き合いだからといっても流石に性癖などを知っている筈もない後輩に、何かを疑る考えはないのだろう。ただの馴れ合いだとでも思っているのか。
新城がこの手に力を込めるのは、容易すぎることなのに。
いっそ、本当にそうしてやろうかという気持ちが、新城を襲った。この手に力を込めれば、気楽に笑んでいる西田の顔は、歪むのだろう。
(そう、そして僕は、その苦しむ顔に興奮するのだ)
そんなことを考えても、それでも流石に実行はしなかった。だけどその代わり、独り言に近い問いかけを口にする。
「西田、」
「はい」
「僕がこのまま君を犯そうとしたなら、君は抵抗をするか?」
西田は不思議そうな瞳で、新城をまじまじと見つめる。何を言っているんだこの人は、と思っているのだろう。その声が聞こえるような気がした。
たいして悩む間もなく、抵抗をする、と答えるのが当然だ。そして、西田はそう答えるのだろう。
新城のその考えとは裏腹に、何かを考え込むように西田は少し瞳をゆらして、小さく苦笑じみた笑みを口許に浮かべた。
「それで先輩が何かを得るというのなら、享受しそう、ですね」
ああ、だけれど出来ることならあまりしてほしくはないですけど。そう付け足して瞳を伏せた西田を、新城は妙な気分で見下ろした。馴れ合いだと、思っているんじゃないだろうな。
大概君も、馬鹿だな。新城はそう吐き捨てるように呟いて、内心で溜息をついた。馬鹿だ、と続けて言うと、俯いた西田が肯定するように、微かにひくく笑った。
冗談なんかじゃないんだぞ、と叫べば、西田の笑みはどうなるのだろうか。本当に君を犯すかもしれないのだぞ、と嗤えば。僕は首を絞めてするのが好きで、そしたら加減を忘れて殺してしまうかもしれないんだぞ、と低い声で囁けば。その顔はひずむのだろうか。
どんな風に、歪むのだろうか。
(ああ、いけない)
想像すれば、実行したくなってしまうじゃあないか。自分にそう言い聞かせて、新城はふと西田の脈を感じ取るだけになっていた指を、首に絡める。流石に女の方が細いな、と考えた。
素早く顔を上げて新城を見つめた西田が、少し顔を顰める。首に回した両手の人差し指どうしが触れ合うくらいになると、さすがに喉を圧迫するのだろう。多少なりとも苦しいだろうな、と思いながら、手を離した。
そして、立ち上がる。
「西田、色街にでも行こうか?」
「……良い、ですね」
呼びかけると、首を押さえていた西田が頷きながら立ち上がる。一瞬だけ不思議そうな、どこか咎めるような色を含む瞳で新城を見たが、すぐにいつもと同じように笑いかけてきた。
「海棠屋に行きましょうよ」
新城の一歩後ろを歩きながら、西田が提案する。それに、新城は肩を竦めてみせた。からかうように
「君は、随分とあの娘が気に入ったようだね」
というと、楽しげな笑い声が返ってきた。
新城はその声に振り返りはしなかったが、それでも西田がどんな表情を浮かべているのか、その想像はついた。いつものように、笑っているのだろう。そう、新城がいつも、歪めてみせたいと願っているあの顔で。
私は二人に夢を見すぎているようなきがしてなりません。
初皇国でした。