ふ、と考えたことがある。
 皇女を殺せば、現世の叔母は幸福になるのではないかと。
 勿論、考えただけだ。(殺さないとは言い切れないのだけど)



 皇女ゾフィとのお茶会は、相も変わらず女官たちがぞろぞろとくっついてきている。それを気にしないようにしていたら、ミツルはゾフィの言葉を聞き逃してしまっていた。カップを置いて、「なんでしょう、皇女さま?」と小首を傾げてみせる。
 すると、ゾフィは顔を少し赤らめて俯いてしまった。カップの中の鏡のように真直ぐな液体を見つめながら、あの、と言い難そうに同じ言葉を繰り返す。
「……ミツルさまは、お慕いになっている女性などはおりませんの?」
 それを聞いたミツルは、思わず笑い出しそうになった。ああ、何だ。
(そんな事か)
 くだらない、と内心で吐き捨てつつも、それでも皇女の質問だ。答えなければまずいだろう、という結論を導き出し、ミツルは少し思案した。勿論、慕っている女性なんてものはいない。いないうえに、ここは否と答えるべきだとは分かっている。だが。
「おりますよ」
 薄く微笑んで見せて、ミツルは肯定した。顔を上げたゾフィが少し、息を呑む。
「どのような人なのです?」
 悲しそうな顔をしたものの、それでもすぐに微笑んで見せて、ゾフィは話を促した。ミツルはそうですね、などと言いながら、少し前のゾフィと同じようにカップの中の液体を見つめる。
「……哀れな、人です。少なくとも、僕はそう思っておりました」
 そうしてとても不幸な人でした、と続けて、ミツルはカップを持ち上げた。注がれた茶は、良い匂いをさせている。ミツルがその薫り高い茶と共に、一緒に言葉も呑み込んだことを、ゾフィは知らないだろう。
(そう、そしてあなたにとてもよく似ているのですよ、皇女さま)
「いらぬ物を押し付けられ、嘆き困り果てていた女性でしたよ、その方は」
 慕うというほどでもありませんでしたがね、と肩を竦めて見せれば、あからさまにゾフィは胸を撫で下ろしたようだった。そして少しだけ辛そうな顔をして見せた。
「可哀想な、方なのですね」
 そう言って、それでもすぐに、ゾフィはぱっと輝くような笑みを浮かべた。とても美しく啼く鳥がいたのだと。それを捕まえてみたいと。くだらない、ただの願望。
 お喋り好きなその少女を眺めながら、ミツルは微笑を絶やさずにいた。例え内心でどれほどその者を蔑んでいたとしても、微笑みかけることは出来る。そんなのには、幼い頃の度重なる引越しで、嫌というほど慣れた。
 そしてその美しい微笑の裏で、考えた。
(あなたは愛されるゆえの悲しみしか知らないのでしょう、あなたは心配ゆえの怒りにしか身を任せた事はないのでしょう。そんな人が、あの人を哀れだなどと言うな)
 さもすれば激昂でもしそうなミツルが気分を抑えるために少しずつ飲んでいた茶が、なくなった。それを見計らったように、女官の一人がそれを注ぐ。ありがとう、と笑って見せて、少しだけ話を止めたゾフィに頷いて続きを促した。
 また鳥の話が始まる。そのように美しい鳥の囀りを皇女さまがお聞きになっていたのならば、僕もどこかで聞いていたかもしれませんね、とミツルは笑いかけた。ええ、本当に、とゾフィも笑う。
 ミツルはそれを見て、叔母の幼い頃を思った。ゾフィの笑みに、愛されて幸福で、そしてそれゆえとても美しかったのだろう女性を見た。


 ……皇女を殺せば、この笑みは叔母のものなのだろうか。
 机の下で杖を拳が白くなるほどに握りながら、ミツルはそれでも微笑んでいた。










ミツゾフィとか言っても良いですか。





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