「ここは狭間なのかな」
微笑を浮かべたロンメルが穏やかな声でそう言って、天を仰ぐかのように上を向いた。勿論、そこには真っ青な美しい空などは広がっていない。
「狭間?それは結界を作っているんだから、当たり前じゃないか」
ロンメルの横顔を眺めたミツルが、小首を傾げて聞き返す。その言葉に、いや、そうじゃなくて。ただの私の想像に過ぎないけどね、とロンメルは苦笑じみた声で応じた。そしてミツルに視線を合わせる。
「生と死の。……神と人との。狭間じゃないか、と」
ロンメルはいやに真剣な表情をして、そう言った。だがその表情はすぐに消え去って、困ったような微笑に変わる。ミツルから視線を逸らしたロンメルは、ゆっくりと座り込んだ。じぃと下を見つめる。
(狭間、か)
ミツルは心のうちで呟く。確かに、大いなる光の境界を作り直すためだけならば、人柱に人の心を残しておく必要はないのだ。世界を見せる必要はないのだ。だけれど実際の人柱は、普通に生きている人間と同じような感情を持ち、神の代行人のように世界を見下ろしている。
人柱であるからなのか、ミツルは神というものを感じることが出来た。だから知っている。神は世界に対して、境界を作ることと見守ること。それ以外は何にも干渉していない。
それはつまり、どれほど人が神に縋ろうとも神を敬おうとも、その祈りは彼らが縋り敬う神に届いていないという事になる。人柱は見ているが、それらは元は人間でしかない。力は一切ないのだ。そして力のある神は、見守る以外は何もしない。救いも慈悲も憐れみも、一つとして与えられるものはないのだ。
狭間というよりはマジックミラーだ、とミツルは思った。ここが神がいるとされる空と、人がいる大地の狭間にあるのだとしたら、と。
人は神が己を救ってくれることがあるかもしれないと考えている。神は人に手を差し伸べる事はなく、平等しか与えない。誰かを救うなんてことはなく、信仰もなにも知りはしない。
だけど神に祈る人は、何かが報われると祈りのおかげだと感謝する。神は何もしてはいないのに。その人が信仰して祈りを捧げるのは、自分の理想に過ぎない。自分の心を映す、鏡を見ているに過ぎない。
だが神とやらは、その鏡の裏側で、その人達を見ている。片方からは己しか見えず、もう片方からはその者が見える。
そのふたつの間にある人柱こそがマジックミラーだ。鏡とガラスの境界。ガラスを見ているものは裏が鏡であることを知らない。鏡を見ているものはそれがただのガラスだなんて思いもしない。だけど、人柱はそのことを知っている。知っていたとしても、ただそこにあるだけだ。何も言わず、ただ両方を見ているのだ。マジックミラーは喋らない。何にも干渉しない。
この状況はまさにそれじゃないかと、ミツルはそう思った。