いっそ恐ろしいほどに穏やかな笑みを浮かべた綾時を見て、どきりと心臓が跳ねた。
「オレは……」
「君は、優しい人だ。……だけどね、躊躇わないで。大丈夫、僕のことも、僕を殺したことも、目覚めた君は何も憶えていない」
だから殺して、と穢れのない、どこまでも純粋な微笑みで、綾時は小首を傾げる。そこには諦めなどは浮かんでおらず、満ち溢れた愛情しか、彼には見出せなかった。
綾時の動きにあわせて、マフラーがふわりと揺れる。それを目で追いながら、彼は唇をかみ締めた。
「憶えていないんじゃない……最初から、知らないことになる。なかったことに」
「それなら、綾時はどこへ行くんだ……」
呻くように彼が言うと、綾時はふ、と瞳を伏せた。まるで祈りのように、右手を胸元にやる。
「僕は本来、ここにいること自体が過ちなんだ。……だから、どこに行っても、どこに行かなくても、どうだっていいだろう?」
「よくない……!」
「良いんだよ」
綾時の瞳が、彼をまっすぐに見る。その断定の言葉の強さに、彼はぐ、と息を詰まらせて、つらそうに顔をゆがめた。力なく体の横に下ろしていた手で拳を作ると、だがそれを高く上げることもなく、また力を抜く。
だが、不意にベッドへと大またで近づくと、綾時の胸倉を掴んだ。額と額がくっ付きそうなほどに顔を近づけ、間近に視線を絡ませる。
「僕のためなんかに、泣かないでよ」
綾時はわざとらしい苦い口調で、だが穏やかな、吐息にも似た笑い声を漏らした。彼は自分の目元が熱くなっていたことに気付いていたので、それに対して驚きは感じなかったが、代わり、とでも言うべきか、苛立ちを感じた。
「……っ、くそ!」
はき捨てると、綾時を掴んでいた手を乱雑に振り払い、突き放す。
「綾時、お前、ふざけるな……」
オレがこんなにも迷っているのは誰のせいだ、と言おうとして、彼は唇を噛んだ。
あやときの口調の練習 主人公も