眠い、と本能的に思った。
(……うわー、これは久々に)
 僕は頬杖をついて隣の席に座るアイギスの言葉を聞いていたのだけれど、その内容が、どれひとつとして頭の中入ってこなかった。原因は分かっている。昨日のタルタロスだ。少し無理をしてしまったせいで、まだ疲れが取れていないのだろう。
「大丈夫ですか、リーダー。ずいぶんとお疲れのようですが」
「あ、ごめん、アイギス……。……続きは休み時間に聞くよ……」
「了解であります。それでは静かにしているであります」
 頷いて、本当にそれから一言も口を利かなくなったアイギスに、僕は心中で謝る。だが襲ってくる眠気はまったく失せることなく、むしろ気だるい熱帯夜の暑さのようにまとわりついてくるので、思わず瞳を閉じる。

 ……少しして、鐘が鳴った。先生が入ってきた音がする。今日は転校生がいると先生が言う。
「望月………じ君……………………が……」
 僕は気力を振り絞って瞳をこじ開けた。どこか日本人離れした顔立ちの少年がにこやかに笑っていて、挨拶をしているのが見える。黒板に書いてある、彼のものであろう名前をぼんやりとした司会で見つめた。
 それは望月綾時、と見えた。僕の意識はそこでまた暗闇へと落ちていってしまったので、それが事実であるかどうかは分からないけど。

 休み時間。午前をほとんど睡眠授業で過ごした僕は、とてもすっきりとした頭で「ほんとよく寝てたな……」と、呆れたような視線を向けてくる順平に笑顔を返しつつ、アイギスに朝の話の続きを聞こう、と隣の席を見る。
「……?アイギス?」
 呼びかけると、普段はどうしてそこまで、と思うほどすぐに返事を返してくるのだけれど、今日は違った。斜め前の席、たくさんの女の子たちの間から見える、黄色いマフラーを巻いた少年の背中を見つめて、警戒するように瞳を細めている。
 誰だっけあれ、と僕が同じようにその背中を見つめると、少年は振り向いた。女の子たちのきゃあきゃあという嬌声も気にしないかのように、彼は笑って手を振った。恐らく、アイギスにだろう。僕に見えたから、アイギスに見えないわけがない。
 でもアイギスは何も見えなかったかのようにふ、と顔を背けて、僕に向き直った。
「すみません、リーダー。私は少し風花さんに用がありますので、お話は寮に帰ってからでもよろしいでしょうか?」
「え?あ、うん。良いよ」
「そうですか。では失礼します」
 にこりと笑って、アイギスはスカートの裾をひるがえして立ち去った。その際、ひどく小さな声で「彼には気をつけてください」と忠告じみた言葉を落としていく。彼というのは、あの転校生だろう。
 何に気をつけるんだろうと僕が首をかしげた所で、その転校生がやってきた。何か不思議そうに僕を見て、少しの間言葉をかけるのをためらっていたようだけど、すぐににこりと笑った。
「あ、あの、僕アイギスさんに嫌われてるみたいなんだけど、どうしてか分かるかな?君、アイギスさんと仲、良いの?」
「?何か変なことでもしたんじゃないか?……ええと」
 人懐っこい笑みを浮かべる少年に何か既視感のようなものを感じつつ、僕は彼の名前を思い出そうと頭をフル回転させる。確か黒板に書いてある名前を見たはずだな、と思う。
「えーと、あやとき?だっけ?」
 綾時。だったはずだ、名前。そう思って僕が言った言葉に、彼は一瞬きょとんとして、すぐにおかしそうに笑った。
「あ、うーん。確かに普通に読んだらそうだけど、僕の名前はりょうじだよ」
「え?あーごめん、眠くてさ」
「ふふ、だけど名前、ちゃんと呼ぼうって思ってくれたんだね。別にお前、とか言っておけば良いのに」
 綾時、というらしい彼のその言葉を聞いて、僕は確かに、と唸りたくなった。そしたら相手にも自分にも迷惑とかをかけなかったなあ、と思う。だけど、やたらに綾時が楽しそうなので、まあ良いやとも思った。
「アイギスさんの話聞くつもりだったけど、君個人と少し話がしたくなってきたなあ。あ、ところで君の名前は?」
「僕?」
 そう、とにこにこと笑う綾時に、僕は自分の名前を告げた。
「分かった!覚えたよー!それじゃあ、これからよろしくね」
 屈託のない笑みを向けられ、差し出された手を握らずにいるなんてことは僕には出来なかったので、彼の右手を「……よろしく」なんて言いながら握った。その手は冷たく、さらりとしていた。



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