白み始めた空があった。眼下に見えるのは海だろうか。空を映すそれはまだ黒かったけど。
風が吹いていた。それは僕の髪を揺らして、コートの裾を翻して、そして彼のマフラーをはためかせていた。
その背中が、誰のものか分かる。三年生になった僕らのどのクラスにもいない、だけど二年生の時には確かにいた彼。振り向いて欲しくて、僕は呼びかようとする。りょうじ、と唇を動かしたのだけど、声は出なかった。
だけど綾時は振り向いて、風のせいで乱れた髪を乱暴な手つきで掻き揚げながら、笑う。
「やあ、久しぶり」
まるで少しの間、学校を欠席していただけのような。そのせいで会うことがなかったけれど、それでも日常でまだ出会ったような。そんな自然な笑顔と声だった。僕は彼を、少し咎めるようにして睨む。
「久しぶり、じゃない」
「だけど、久しぶりでしょ。僕は君を見た途端、何だかとても懐かしい気がしたよ」
そう言って、綾時は小首を傾げた。
「ううん、違うな……。僕ね、初めて学校で君を見た時から、既視感？って、言うのかな。それみたいなものを感じていたから。今思えば、あれは僕の中の君が、君を覚えていたんだろうね」
「……そう、なのか」
「うん、まあね」
僕は綾時の言葉を聞いて、少し驚いて、だけどそれ以上に納得してしまった。僕自身も綾時を見るたび、何か言葉に出来ない懐かしさというか、そんなものを微かに感じていたからだ。
そうだな、僕はお前を宿していたんだもんな、と僕は心の中だけで呟く。お前の中に僕がいて、僕の中にはお前がいる。
それは、何という、皮肉だろう。
「……どうしたんだい？君、少し顔色が悪いみたいだ」
いつの間にか目の前にやってきていた綾時が、ひざを折って僕の顔を覗き込んでいた。その心配そうな顔に、思わず笑ってしまう。
「何でもない。……つうか、夢の中なのに、顔色が悪いとかないだろ」
「あはは、そうだね。……というか、分かってたんだ？ここが現実じゃないって」
「そりゃ、だって……」
僕は綾時の言葉に、銃弾を胸に受けたような、そんな痛みを感じた。悲しさは限度を超えると痛みに変わると言うのを知ったのは、綾時が、
「…………ああ、そうだね。僕はもう、いないんだもんね」
「綾時……！」
綾時がいなくなったからだ。
僕は痛む胸に手を置いて、泣きそうになるのを堪える。それに綾時が手を重ねてきた。彼のさらりとした体温の低い手は、だけどやっぱり、人の体温を持っていて暖かい。
「ごめんね。まだ、僕のかけらが君の中に残っているなら、良いんだけど。そうしたら、僕は君とずっと一緒なのに」
君の中に僕はいる？と、綾時は僕の顔をじっと見つめてきた。まるでそれで、何かが見つかるかのように。僕は笑って、頷いておく。すると綾時は、嬉しそうに顔をほころばせた。
「きっと、いる。こうして夢の中で会えるんだし。……ところで、これは僕が作り出した幻影か？それとも」
「君の中にいる僕が見せている、幻想だよ。きっとね」
綾時はそう言って、泣きそうな顔で、笑った。やっぱりこいつは綺麗な顔をしているんだな、と僕はぼんやりと思う。泣きそうな顔まで格好良いなんて、反則だ。
僕は綾時の髪を撫でて、ふと思いついて、口を開いた。
「僕、お前のことが好きだったよ。多分、今でも」
「い、いきなり何を言い出すのさ？」
一瞬、何を言われたのか分からなかったのだろう。だがすぐに理解したのか、きょとんとした顔が、すぐに困惑したようなものに変わる。その癖、どこか楽しげだった。
「……いや、この夢が僕の作り出したものだったら、ここにいるお前が可愛いなあとか好きだなあとか思うのは、何かものすごいナルシズムのような気がして言えなかったんだけど……。そうじゃないかもってお前が言ったから、言ってみた」
僕が少し早口にそう言うと、綾時は少し顔を俯かせて、肩を震わせた。小さな笑い声が耳に届く。そういえばヘッドホンをしていないな、と僕はそこでどうでも良いことに気付いた。
「笑うなよ」
「いや、ごめんね……。たしかにすごいナルシストだね、自分の作り出した幻想に告白をするなんて」
まだ笑いの残っている顔で綾時は僕を見ると、手を伸ばしてきた。目元に指をやられて、どきりとする。
「うーん、ここにいる僕は、君の中に残っている僕だよ。多分。……だから言うね、僕も君がとても好きだよ」
あまりにも自然に、あっけらかんに言ってのける。僕はくらりと少しだけ眩暈のようなものを感じて、僕に触れている綾時の手を握った。下ろして、指を絡ませる。
くすぐったそうに笑う声を聞いて、現実でこう出来たら良かったのにな、と少し思って、だけどすぐにそんな考えを捨てる。後悔先に立たず、だ。僕の中には、綾時がいる。それだけで良い。それだけで、きっと生きていける。
夢の中の恋人に会うよ！ってよく考えれば痛い子のよう な、
でも綾時は主人公の中で昼間は眠ってて夢の中で会えるはず！信じてる！