地元の本屋とは比べ物にならないほどの大きさの書店は、ひとつひとつの棚の大きさや高さも尋常ではない。その中から目当ての本を探している一条を見て、長瀬は首が痛くなりそうだなどと考える。
「おー、あったあった」
呟くと、一条は一冊の本を棚から取り出した。その分厚さに、長瀬はげんなりする。
「分厚すぎねー?」
「ははっ、確かに」
一条はくすくすと笑うと、その参考書を小脇に抱えて「悪ぃな、つき合わせて」と手を合わせた。長瀬は苦笑する。頼まれてもいないのに付いて行く、と言ったのは自分の方だ。
「別に構わねーよ。あ、スポーツコーナー、寄っていいか?」
「あ、俺も行く行く」
「四目内堂書店ってさー謎じゃねえ?前にここでなかった本があって、これは取り寄せかなーって諦めてたらさ、なぜかあったんだって」
「あー、たまにそういうのあるな、あそこ。メジャーなのは置いてないくせに」
「そうそう!これは絶対置いとくべきだろ!っての置いてねーの」
サッカーの本が多く並んでいる棚を真剣に見つめつつ会話をしている長瀬の一歩後ろで、一条はにこにこと笑っている。
スポーツコーナーはあまり需要がないのか、二人以外に誰もいない。
雑誌の並べられている棚の前まで移動すると、長瀬は新しく出たのであろう見覚えのない表紙のものを適当に取って、ぱらぱらとめくる。そしてそうしながら、おもむろに声をかけた。
「なあ、一条」
「へ?あぁ、何だ長瀬」
長瀬の隣で、興味なさそうに一冊の雑誌を捲っていた一条は、声をかけられて顔を上げる。長瀬がちらと見たところでは、彼が読んでいるのは野球の専門誌だった。真剣な瞳のキャッチャーがマスク越しに何かを見つめている写真が、大きく掲載されている。
「何で野球の雑誌なんて読んでんだよ」
「適当に取ったら、これだったんだ」
一条は苦笑して、それを棚へと戻した。そして「そんで?」と小首を傾げる。
「ああ、いや。……大学の話、もう先生にはしたのか?って、思って」
「…………したよ。そんならもっと勉強しろ!って言われた」
ひっでえよなー、と唇を尖らせ、だがひどく楽しげに一条は笑った。その顔を見て、長瀬は「そうか」と頷く。
「ま、そりゃしょーがねーよ。せいぜいがんばれ」
「うっせ!お前も受験だろーが!」
「あ、そうか……。人のこと言ってらんねーなー」
天を仰いで嘆くと、がりがりと頭を掻く。長瀬は雑誌を棚に戻すと「それじゃあ、そろそろ行くか?」と一条に問うた。
「ん」
どこか歯切れ悪く頷く一条は、逡巡するように瞳を泳がせて、俯いた。だがすぐ顔を上げ、一条のいきなりの挙動不審な行動に少々面食らう長瀬に「あのさ!」と意を決したように、口を開いた。
「……あのさ、長瀬」
「うん?」
「お前が受験してどっか行っても、行かなくても、俺はお前の友達だかんな!」
「……?そうだな。それがどうしたんだよ」
長瀬が平然と頷くと、一条はがくりと肩を落とした。頬が赤い。
「な、何だよ。普通にスルーされるとか、すげー恥ずいんだけど……」
「いや、スルーってか、だってそれって当然だろ?前にあいつが都会に戻るって時に、俺も同じようなこと言ったけど」
「当然だよ!当然だけどさ、そんでも、口に出して言ってもらったら、……嬉しくねえ?」
ふてくされたように唇を尖らせて、一条は独りでぶつぶつと何事かを呟いている。長瀬は何だろう、と考えて、思い当たった。
「つまり、あの時お前、嬉しかったんだな」
愛家で「大学は海外へ行く」と宣言した一条に、長瀬が言った言葉。近くにいて、遊べるから。それだけが友達の条件じゃない、と。それなりに前の出来事なので長瀬自身もあいまいになってきているが、おおまかに言えばそんなことを言ったような気がする。
「ば……馬鹿!ちくしょー、そーだよ嬉しかったんだよ馬鹿!」
「そうだったのか?何だ、ぜんぜん気付かなかった。もっと早くに言えばよかったのに」
「んなこと言えるかってーの!もうお前……お前……っ、馬鹿!」
わめく一条に、長瀬は思わず笑ってしまう。なんだかんだと言って、大学の件について、彼は彼なりに悩んでいたのだろうかと思った。
「俺はお前がどこにいても友達だし、そんなのは当然のことだって」
言い聞かせるように言うと、一条は口を噤んだ。顔を赤くして、俯く。
「恥ずかしーな、お前」
「そうか?」
「そーだよ」
言って、顔を上げる一条は、弾けるように笑っている。
「ありがとな。……俺さ、ほら、先生にもっと勉強しろって怒られるくらい馬鹿だからさ、忘れそうになるかも」
「したら何遍だって言ってやるよ」
「……いつでも?」
「どこでも」
長瀬が力一杯頷くと、一条はどこか泣きそうな顔で、頷き返した。
なかよしがいい 3/20の会話はほんとうにうろ覚え