ぐらぐらと視界が揺れる。がんがんと頭が痛む。もうとっくの昔に真っ暗になった窓の外では、止む気配のない土砂降りの雨が地面に打ち付けている。
(くそっ)
ざぁざぁざぁざぁざぁざぁ
人のいない静かな署内に、音はよく響いた。それが気分をさらに苛立たせる。目の前に広がる書類に書いてある、読み取ろうとも思わない文字は、もはやただの黒い染みにしか見えない。
がりがりと頭を掻く。痛い、とも何とも感じなかった。
ため息を吐き、椅子の背もたれに体を預けると、椅子はぎぃと小さな悲鳴を上げる。天井を仰ぎ見て、瞑目した。真っ暗になった視界の中で、鮮やかにひとつの映像が浮かび上がる。
天城屋旅館、テレビ、山野真由美、顰められた眉、怒鳴りつけようとしたのか開いた唇、押し込んだ体、テレビ。テレビ。テレビが、
耳朶に残る当惑したようなわめき声ががんがんと頭の中で鳴り響いた。それを覆い隠して消し去ろうとでもするように、ざぁざぁと雨の音。まだ止まないのか、鬱陶しい、と目を開ける。
目の前に、逆さになった山野真由美の顔があった。
「……っ!」
舌が凍りついたかのように、声が出ない。がたん、と足元で音がした。下を見て、からからと僅かに移動する椅子を視界に捉えて、そこでようやく自分が立ち上がったことに気付く。
椅子を自分の方へと引き寄せ、もう一度天井を見上げる。当然のことながら、いつもの殺風景な天井しか見えなかった。
「…………ぅ」
胃液が逆流しそうになる。思わず口元を手で覆って、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。
もはや何の光も映さないがらんどうの虚ろな瞳、笑みを湛えることのない変色した唇、化粧もしていないのに、白い白い白い肌。
生命活動を終えた“人間”は、あんなにも気味の悪いものだったのか。考える。否、ひどく気味が悪いものに見えたのは、それは生前のその人を知っているせいだろう。そして生前のその人を、死の淵へといざなったのが、
「……違う、僕は違う、違うんだ」
こみあげてきたものをえずきそうになりながらも堪えて、呟く。
「殺したのは僕じゃない」
宣言するように言って、それから苦笑する。署内には誰もいない。何の音もしない。ただ、雨がざぁざぁと地面に打ち付ける以外には。
足立はのろのろと立ち上がり、椅子に深く腰掛けた。
視界が揺れる、頭が痛い。吐き気はまだ、治まらない。終わることのないこの雨音は、いつか止むだろう。だけれど、この苦しみは、いつになればなくなるのだろう。
(はっ、)
自分の考えに、嘲笑う。それらは一生、何があってもなくならないのだろうということに、本当は気付いていた。