アラスカ戦線を脱出し、敵前逃亡の罪に値するAAは
ひとまずオーブへ身を寄せる事となった。

今回の作戦の経緯を深く知る捨て駒ともいえるAAに地球本部が
快く迎える訳はなく。

最善の方法を模索する時間と深く負った傷
艦の修理もそうだが何より乗り組み員の精神状況を考え
AAの指揮をとる仕官の話し合いにより中立国オーブへ救難要請をだし
オーブ首長国連邦はそれを快く受諾した。

以前のしがらみも手伝っての事だが
死亡したと思われていたキラ・ヤマトが生存していた上に
未確認の新型MSに乗って現れた事が
オーブの姫君であるカガリとアスハ代表の耳に入り
周りの反対を押さえつけてAA入港受諾を2つ返事させたそうだ。

さしあたり今後の身の振り方はオーブについてから考える
といった上官の意向をうけ、 AA内には多少安堵の色を帯びた空気が漂うわけだが
整備班はそれどころではなく満身創痍な艦をオーブに
辿りつかせる為に、破損した箇所の修復作業に追われ
知識があるものは借り出されて誰も彼もが走り回りまわっていた。

ミリアリアは整備士達が修理箇所に配備されて
人気のなくなった格納庫に繋がる廊下に一人いた。
彼女にできる仕事はたくさんあったがほんの少し前におこった
小さな出来事に周囲の人間が気遣って、彼女に関しては
休憩を与えられていた。

思いつめた表情で彼女はゆっくりと歩いた。 自艦を間一髪で救った、突然舞い降りてきた白いMSのコクピットで
作業している同級生に少女は会いいく。
ミリアリアの大好きなトールの親友のコーディネーター キラに。
トールの死を知っている存在に。




  手紙



アラスカに辿りついた頃は彼女の中でもトールの生存は絶望的なものになっていた。
それでももしかしたらと一縷の望みをつないでいた所に
キラが奇跡の生還をはたして還ってきたのだ。
ならば同じようにMIAになったトールが
生きてる可能性があるかもしれないと
ひとしきり皆の質問攻めに合い一段落ついた状態のキラのところに
ミリアリアはトールの事を聞こうと近づいた。

ミリアリアの姿を見て穏やかな笑顔を浮かべていたキラが
ふいに表情を強張らせた。
(ああ やっぱり)
キラがミリアリアにたいしてぎこちない態度をとっていたことに
気がついていた。

サイクロプスから発せられたマイクロ波から
AAはなんとか逃げきり孤島の海岸に辿りついた。
見慣れぬ白い機体を駆ってAAを窮地から救ったキラが
歩いてきたときは喜びが沸き立って純粋にキラの生還を嬉しく思った。
1番最初にキラに駆け寄ったのはミリアリアだ。
そのあと皆からもみくちゃにされて生還を喜ばれ
ミリアリアはふと聞きたい事を思い出した。
「キラ…あの」
「ごめん マリューさんに色々説明しなきゃならないから…あとで」
その時はそれはそうだと思った。突然舞い降りてきた見知らぬ機体や
MIAになった経緯をまずは報告するのが筋だろう。
だがキラは何も言わなかったのだ

ミリアリアが何を質問したかったのかを知ってるかのように
彼女の言葉をさえぎり「あとで」と言った。

もし生存に少しでも可能性のある状態ならば
キラは真っ先にトールの恋人である自分に希望の言葉をかけるだろう。
だがそうしないのは。


場所をブリッジに移動し、艦長が、キラがMIAになった後のいきさつを一通り説明し、キラも自分がザフトのMSに乗ることになった経緯を説明した。今後、身をよせる場所にオーブが提案されAAは南下する進路を決めた。オーブ領海まで最低人員での航行とすることで半舷休息となり、ようやくキラがミリアリアに歩み寄った。 「ミリィ、ごめん、さっきの…」 ミリアリアにキラは弱弱しく微笑みかけた。
トールだったら、キラが言い辛いと察してわざと明るくおどけて声をかけるだろう。
そうしようと思ってもミリアリアの口から出た言葉は震えた掠れ声だった。

「キ…ラ」
「さっきの話…なんだけど…」

語尾が尻蕾になってその先の言葉は続かなかった。 キラは痛ましげにミリアリアを見ていた。
もうそれが全てを語っていた。 せっかく奇跡的に戻ってきてくれた友達なのに
その事を心から嬉しく思うのに。
真実を聞こうとしてしまった自分をミリアリアは悔いた。
彼女は笑顔を浮かべようとしたが努力も空しく
口元は凍りついたように強張り動かない。

サイが労わるようにミリアリアの肩にそっと手を置く。
ミリアリアは胸の辺りに手をあてて祈るようにしていた。 右手で何かを握りしめ、左手がその握りこぶしをおおいかばう。 肩が震えている。 握っているのは彼女がいつもポケットに忍ばせている
トールが誕生日にくれたペンダントトップだろう。
やるせない気持がヘリオポリスの少年達の間を流れる。

キラは、ただ悲しそうにミリアリアを見ていた。が俯いて、意を決したように顔をあげた。
その口元が何かを言おうとした途端
ミリアリアはその場から逃げ出した。




部屋に戻ったミリアリアは預かっていたトールの私物が入ったダンボールに
すがりつく。
「遺族」に送られる筈のその私物を「まだ決定していない」のだと
強引にミリアリアが預かっていたもの。

MIA認定になって片付けたのはサイだった。
中にミリアリア宛の手紙が入っていると引き取る時にいわれた。

なんの手紙かなど察しはついた。
それを読んでしまえば認めなければならなくなる。
だがキラが戻ってきて
とうとうそれを読まなければいけないのだと沈んだ心の奥で思った。
その為にもキラに聞かなければならない。
認めたくない真実を聞く事がトールの為になるような気がして、
ミリアリアは震える手足を叱咤してキラを探しに部屋を出た。



格納庫の出入り口から新型MSの足元が見えた。
ミリアリアは足を止める。
(聞かない方がいいのかもしれない。
 そうすればいつまでも待っていられる。)

そう思うにはどうしたって無理があった。
もうキラの表情でわかってしまったのだ。
トールはかえってこない。
それは覆しようのない真実なのだ。

ならばせめてそれを知ることがトールを悼む事に思えて
こうしてここまでやってきた。

自分から決めて軍に残った。最初はキラの為に。
そしてできる事があるなら精一杯頑張ろうと
AAに残る事をきめたのはトールだ。
キラを助けたいとスカイグラスパーに志願したのも。
だから受け止めよう。どうやって彼が戦ったのか。
どうして消えてしまったのか。
手にアトがつくほど握り締めていた銅板の鯨石を
ミリアリアは胸に祈るように当て
覚悟を決め白いMSに向かって踏み出した。



キラは1人MSのコクピット内で作業していた。
ミリアリアがMSの足元に近づくと気配を察して顔をだし、
驚いたように飛び出してきた。
「ミリィ」
ラダーを降りるのももどかしそうに飛び降りてくる。
先ほど逃げだした事を気にしていたのだろう。
気遣わしげなキラの表情が胸に痛くい。
それでも ミリアリアは勇気を振り絞る。
「さっきはごめんね」

「大丈夫だよ。」
キラはミリアリアの次の言葉を待った。

彼女は大きく深呼吸すると目を瞑り
それからしっかりと青い瞳をキラに向けた。
「トールの事 聞かせて」




「ミリアリア」

キラに愛称ではなくちゃんと名前を呼ばれたのは
はじめてのように彼女は思った。
それゆえにそれだけ重要な事をこれから聞かされるのだとも覚悟した。

「僕はあやまらなくちゃならない。トールに。君に。」


長い睫を震わせて俯く友達は一言一言鉛を吐くように苦しげに
言葉を零した。

イージスに乗っていたパイロットが兄弟のように育った大切な友達だったこと。

自分がブリッツを倒した事でイージスが自分を許すことはないと感じたこと。

心のどこかで自分がイージスを倒すことはないと思っていたこと。

そしてイージスに討たれる事を望んでしまったこと。

「イージスのサーベルが振り下ろされる瞬間。僕は動けなかった。
 トールがミサイルを撃ってイージスを退けてくれた。
 だけど僕の代わりに彼は落とされた。
 目の前で機体は爆発した。」

ミリアリアはキラの話を静かに聞いた。
語られる言葉はどれも切なく身を切られるようだ。

巻き込まれたとはいえ戦わざるおえない状況にキラを追いやったのは
自分達なのだとトールはキラをいつも気遣っていた。
キラの負担を少しでも減らしたいと言って
スカイグラスパーのパイロットに志願したのだ。
楽観的で朗らかな恋人は親友が危ないと思って
突っ込んだのだろう。
(トールらしい)

「トールが死んでしまったのは、
僕がイージスに乗ってる友達を殺す覚悟がなかったからだ」


「…キラのせいじゃないよ」ミリアリアは答えた。
それは本心だった。本当は自分達が責められるべきなのに
トールの親友のコーディネーターは戦ってくれた。
同胞となるコーディネーターを相手に1人苦しんで
私たちを、友達を死なせたくないからと。
キラだけでも助かってよかったとトールはあの屈託のない笑顔で言うだろう

「戦争のせい」
ミリアリアは目を伏せて銅板の羽鯨を見た。

涙は不思議とでなかった。

「話してくれてありがとう キラ」






部屋に戻りミリアリアは大きく息を吐く。

ベットに腰掛けてトールの私物の入った箱をゆっくりと撫でた。
中のものを1つ1つ取り出して確認する。
その中に自分あての手紙を見つけた。
それを取り出してから他のものをまた箱に丁寧に閉まった。
たった1つの箱ですんでしまう私物。
手紙の宛名にくせのある字で自分の名前が書いてあるのを
ミリアリアはそっと撫でた。

ポロポロと涙があふれて胸が押しつぶされるように嗚咽がこみ上げた。
今まで我慢していた訳ではない。
1人になってようやく悲しみが追いついてきただけなのだ。
(トール)
水の底に沈んでいくような感覚にミリアリアは身を任せた。









ミリアリア・ハウ様



僕の大切なミリアリア
この手紙を読む事がないのを願うのだけど
今日君が心配したと心から悲しい顔をしたので
万が一を考えて書いてる。

今自分ができることをしようと思って
パイロットに志願したんだ。
今日僕は大切な友達を助ける事ができた。
嬉しくて怖かった。

パイロットになって
はじめて戦場に出てみて
僕はキラがどれほどつらい思いをしていたのか
知ったよ。

これが戦争なんだと今日はじめて思った。
しつこいザフトの、ヘリオポリスで奪われたMSだったから
キラが倒してサポートできた事に有頂天になって自慢してたけど
あのあとキラが泣いているのを見た。
イージスにのってるのがキラの親友だと思い出して
その仲間だったのだと改めて考えたら
ぞっとした。
友達になってたかもしれない相手を
たった一瞬で消してしまったんだ。
それでもやらなきゃやられる。
しょうがない事といえばそれまでなんだけど

モビルスーツや戦闘機だから直に人を撃ってるわけじゃないけど
相手が死んでいく様子はわからないんだけれど
僕達は確実に人殺しをしているんだ。

それは相手もおなじなんだと思う。
自分の大切な人の為に戦って
結果人殺しをしていく。

同じ人間同士 なぜ殺しあわなければならないのだろう。
今君に書いてて僕は改めて思う。
コーディネーターは僕らと同じなのに
ちょっとだけ優秀にいじってあるだけで
妬まれてこんな戦争になって

僕達やキラのように分かり合えればこんな戦争になんか
ならなかったのに。

羽鯨は言語形態のない知的哺乳類だったと
研究論文があったね。
君とキラが興奮していたのを思い出す。
言葉なんかなくても意思が通じ合うんだって。
人がそうなったらどんなにいいだろう。

僕らは木星に調査に行って
それを証明する鍵をみつけようって
探査機械を開発しようって言ってたんだよね。


だからいつになるかわからないけど
キラも僕らも軍を除隊できたら
差別のない僕らの誇りに思う国に戻って
戦争がおこらない為の研究とか
そんなものに人生を使いたい。

でも今はできる事をするんだ。
キラを助けたい気持ちが(助けられるかどうかは別として)
一番だからね。

ああなんか言いたい事がごっちゃになって
うまく書けないな。
何のために書いてるのかわからなくなってくる。
これは自分の為に書いてるのかもしれない。
戦争が終わって、これからどうするのかとか
そんな時読み返すように。
僕は死ぬ気なんか更々ない

でも
もしも。もしも万が一僕に何かあったなら。
パイロットとして消えたとしたら。
パイロットに志願した事を僕は後悔してない
ミリィならわかってくれると思ってる。

大好きなミリィ
君と出会えて本当によかった。
不甲斐ない僕をいつも助けてくれて
こんな僕を好きになってくれて
僕は世界一の幸せ者だと思ってる。

もし僕が死んでもどうか悲しまないで。

この戦争がおわって
平和な世界で君が幸せになってくれる事を願ってる。
ホントはそのすぐ横に僕が並んでいると思ってるんだけどね。
叶わないのなら君を大切に思っていた男がいた事だけ
覚えててくれると嬉しい。

泣かないでくれよ。
僕が生きていた事楽しかった事だけ覚えてて。

君の泣く顔はカワイイけど
やっぱり一番は笑顔だよ。
ミリィの笑顔が一番大好きだよ。


この手紙が読まれない事を願って。



トール・ケーニッヒ






(H16.04.17)(H16.10.15UP用に少し改稿)



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