Choice -選択--3- 戦闘はまたも連合の急な撤退によって休止となった。 オーブ全軍にだされた指示はカグヤに集結。マスドライバのある宇宙港の島だ。 今度こそもうあとがない。 口にこそしないが、皆もう予見している。マスドライバを死守する為の最後の戦いになるだろうとディアッカも考えた。 前線の自分達は恐らく生き延びれないだろう。 投降した時はこんな所で無駄に死ぬのはいやだと思っていたのに。 今は少しでも彼女の助けになるのであれば、それでもいいと思っている。 思い残す事があると強いていえば、癇癪持ちの幼馴染だ。彼はディアッカと違い純粋にプラントの為に戦っている。この戦いが未来を閉ざすものに繋がると思っていない。 彼が、 自分のようにナチュラルを殺す事に疑問をもってくれるといいと思った。 集められた管制室での話はまたもディアッカの持つナチュラルの印象を覆すものだった。 国を憂い、理念を貫いた首長は未来を繋ぐ種として宇宙へ自分達を帰そうとしている。 「そりゃ、このままカーペンタリアに戻ってもイイんだろーけどさァ。どうせ敵対してんのは地球軍なんだし…」 ディアッカは宇宙へ上る事に賛同する。 本当は軍に戻るつもりはない。このまま滅ぼしあう戦いに向かうZAFTに加担することはもうできない。 「俺達は何とどう戦わなくちゃいけなかったんだ?」 生真面目なザラ隊長が悲痛な面持ちで問いかける。 「みんなで探せばいいよ。それも、さ…」 キラが答える。その笑顔に曇りはない。 選ぶ道は1つ。破滅に向かう未来を止める為に宇宙へ上る彼らと動くのも悪くない。 ついでにミリアリアのそばにいられるし、と考えてディアッカはあわてて自分を戒めた。 ディアッカはナチュラルへの差別意識をミリアリアによって払拭された。ナチュラルであるミリアリアに感嘆と尊敬を抱く事を自覚はしたが、純粋に人間的に凄いと思ったからだ。その彼女に娯楽対象でしかなかった女達に抱く感情と同じレベルのものをあてはめるのは聖域を侵すようで憚われた。 自分の理念に女が影響を与えるなど皆無だったディアッカにとってミリアリアは異質な女だ。 ミリアリアのように純粋に人を心配する女はディアッカの周りにはいなかった。好意を示して近づいてくる女は名家であるエルスマン家に取り入ろうとする計算高いヤツばかりだ。元々恋愛感情といったものが理解できなかった彼にとってそれは好都合で、だからこそ気軽に付き合ってられたのだが。 恋愛はゲームみたいなものと彼は考えている。駆け引きをして落とす。飽きたら次の相手へ。 子供の出来にくい第2世代では、SEXは娯楽のひとつでしかない。 もちろんプラントにも愛だの恋だのマジメに語る者はいる。 だが恋愛といった遊びを表面上楽しんでいる者がほとんどだ。 死んでしまった恋人を今も想うミリアリア。 誰かを心から愛するという感情は単なる思い込みでしかないと考えるディアッカに、ミリアリアはそういう想いも現実にあると言うことを知らしめた。 ――どんな気持なんだろう。 (は、バカバカしい) この非常時にくだらないことを考える暇などない。 仲間うちで女ったらしと言われる事はあったが、ディアッカが女がらみで行動を左右されたことは今まで一度もない。 頭をふって補修の手伝いにと仮設ドックに向かった。 中に入ると皆がそれぞれがあわただしく動いていた。その中でディアッカはピンクの制服に目をとめる。ミリアリアだ。 彼女は戦いが始まってからろくに食べるヒマのない者達へ食事を配っている。 出来る事があるなら手伝う、その通りに甲斐甲斐しく働いている。 その時はそう、見えた。 ミリアリアがこちらを向いた。ディアッカは目があった気がしてドキッとする。と彼女が一瞬眉を顰めた。 (え?) ミリアリアはすぐ別な方を向いて何事もなかったように食事を配り続けた。 気のせいかとしばらく彼女を目で追う。 そうしてディアッカは違和感を覚えた。ミリアリアの様子が少し違う。 泣きはらした目で奇跡が起こるかもしれないといっていた気丈なオーラを感じない。本当にオーラが見えるワケではないが、ディアッカはそういった人の情動に敏感だった。 (なんだろう) 気になった。一瞬見せた曇った表情は多分見間違いではない。ディアッカはミリアリアが見た方向、自分の後方を振りかえる。 仮設ドックの入り口でメカニックと何か話し込んでいるパイロットスーツの少年が2人。キラと、 ――アスラン もう一度ミリアリアがいた場所を見ると、おにぎりののったトレーが作業台にのせっぱなしになって、彼女の姿は見えなくなっていた。 ミリアリアは差し入れ用の食事の準備を手伝う給湯室でその事を聞いた。 「オーブを離脱?」 頭の中が真っ白になってミリアリアは言葉を失う。考えてもみなかった。 オーブの技術者らしい女性はおにぎりののったトレーをミリアリアに渡しながら言った。 「そう、準備が出来次第。だからこれ配り終わったら積み込みの手伝いに回って」 ミリアリアは言われるがまま食事を配りに歩いた。 そうして真っ白なままとまっていた思考がゆっくりと動き出す。 (オーブを離脱?) (宇宙へ上るって、戦争を止めるためにこの国を見捨てるってこと?) 動揺しながらも顔は作り笑いを浮かべ食事を配る。 と、目の端に赤い色が入った。 視線を感じてその方向をみる。ディアッカと、その奥に見えたのはメカニックと話し込むキラと、 トールを殺したパイロット。 ミリアリアは顔を背けた。何事もなかったように食事をメカニックにすすめる。 急に音が遠のくような気がした。心臓の鼓動が早くなる。ズキズキと頭の奥が痛くなった。 ミリアリアはトレーを置いてその場所から逃げるように立ち去る。 自分の奥底からとてつもない不快な何かが染み出して、辺りを黒く塗りつぶしてしまいそうだった。 心の中で支えにしていた少年の名を叫んだ。 ――トール 「総員所定位置についてください。準備出来次第実行。乗組員、パイロットは通達の通り起動準備の上、待機。繰り返します」 館内放送が響き渡る。あわただしくそれぞれが持ち場に移動し、走り抜ける中、ディアッカもバスターに乗り込もうと足早に歩いていた。 からっぽになったコンテナの脇を通り抜ける時、ふと何かが意識をかする。足を止め、振り向いた。 積み込みはもう終わってそこには誰もいないはずの場所になぜか、ミリアリアがいるような気がした。 (まさかね。) 今頃AAのブリッジクルーがこんな所にいるはずはない。そう考えるも、気になってその場所に近づく。 そこに、隠れるように膝を抱えて座りこんでいるミリアリアがいた。 「お、まえ!」 ディアッカは驚いて声を上げる。 びくっとミリアリアがディアッカを見上げた。 「なにやってんだよ!」 ディアッカがあきれ顔でミリアリアの腕をひっぱりあげた。 なされるがまま立たされても目をあわさず壁にもたれる。 「早くブリッジ行けよ、放送聞こえなかったのかよ。」 「…いかない」 小さな声でミリアリアは答える。 「はあー?!」 「ここに残るの。アンタは早く行って。」 「な…ん、」 「最後までここにいるの。」 「って、ここにいたって占領されるだけだぞ、戦争を終わらせようって皆宇宙にいくんだろうが。」 「宇宙になんか、行きたくない」 顔を背けて悲痛な面持ちのミリアリアに、ディアッカは先の違和感が当たっていた事に気づく。あの時、顔を顰めたのはやはり、自分の後ろにいた男を見てのことなのか。 「アスラン、か。」 ミリアリアはピクっと反応する。図星だと一目でわかる。 「お前、あいつ殺したって死んだヤツは返ってこないっていってたじゃないか。」 ミリアリアは黙り込む。肩が震えていた。急にディアッカは彼女が可哀想になる。だが、このままにしてはおけない。言葉をかけようと口を開きかけると遮るようにミリアリアが叫んだ。 「いいから!私のことはほっといてよ!」 発作的にディアッカはヘルメットをほっぽり投げ、両手でミリアリアの両頬をパシンと挟み込むように軽く叩いた。 ミリアリアは頬に感じた刺激に目を見開く。ディアッカは構わず両腕を掴んで軽くゆすった。 「しっかりしろよ!お前、できる事があるからってAAに残ったんだろ?今、降りちまっていいのかよ!」 ミリアリアはディアッカを見た。迷うような瞳の色はそのまま、ディアッカに見据えられて目をぎゅっと瞑る。唇をかんで苦しそうに、搾り出すように言った。 「…離して…ブリッジ、戻る」 ディアッカが腕を離すとはじかれたようにミリアリアは走り去った。AAの方へと。ディアッカはその姿を痛ましげに見送る。だが、すぐにヘルメットをひろいバスターへと走り急いだ。 「敵影確認、総員所定位置へ急いでください、繰り返します 、敵影確認、…」 館内放送と共に警報が鳴り響く。 「ち、きやがった」 『バスターはAAへ』 バスターで待機していたディアッカは指示通りAAへと乗り込む。 誘導が男性の声だったのが、切り替わる。 『バスターはAAにて待機、誘導に従ってください。』 ミリアリアの声がモニターから聞こえた。 画像は切られていたがその声はしっかりとしている。 ディアッカはほっとする。同時にミリアリアの先ほどの様子を思い出した。 連合のあの物量でオーブのこの装備で、太刀打ちできるとは戦闘経験のあるものなら誰も思わない。 オーブを護ると言っていた強いナチュラルの少女は、敗戦現実を目の当たりにして信念が揺らぎ動揺した。といった所が妥当だ。おまけに恋人の仇まで乗り込むのだから。いくら理想を吐いてもそう簡単に憎しみは消えない。 (やっぱりな) ディアッカは溜息をついた。はじめて敬意を持った「ナチュラル」は、やはり現実を見ていない理想主義者にすぎなかったのだ。だが本質を見てがっかりするかと思いきや、身近になった気がした。 胸の奥がつんとする。可哀想でしかたがなかった。 まだ16になったばかりの女の子なのだ。おかしくはない。 そしてそれを失望どころか庇い護ってやりたいと思う自分自身にもディアッカは驚いていた。 尊敬を抱いたその大元に違う感情が伴っていたことを、コーディネーターの少年はまだ気がついていなかった。 「エンジン起動」 低い唸りをあげて白亜の艦に火が入る。艦長の凛とした声がブリッジに響く。 「本艦はこれよりオーブを離脱します。アークエンジェル発進」 「大気圏離脱シークエンススタートします」 次々とシステムの正作動を復唱するクルーの声を聞きながらミリアリアは切り替わったモニターを見ていた。その風景を心に刻み付けるように。 マスドライバ施設のあるカグヤは攻撃を免れており、美しい海岸線のままだ。ここはこのまま残るのだろうか。それとも、連合に落ちたこの場所もいつかザフトとの交戦の場所になるのだろうか。オノゴロのひどい惨状が浮かぶ。あちこちから硝煙のあがる痛ましい残骸の山。 オーブは落ちる。南海の宝珠と謳われた美しい故郷は失われる。 発進の前に艦長が言った言葉をミリアリアは頭の中で繰り返した。 ――オーブの理念の元、我々は戦ってきました。今、失われる国に敬意を表し、託された想いが未来を繋ぐものと切に信じます。 オーブ。人種にとらわれることのない、協調と共存の平和を望む国。 戦争を正当化することを拒んだ、正しい道を選んだ誇りの国。 艦首がもちあがり、モニターが空へと切り替わる。 ミリアリアは唇を噛み締めて心に言い聞かせた。 今、ここから離れるのはその想いを継ぐ為なのだ。戦う事を選んだのは自分だ。後悔してはいけない。 「ローエングリン、撃てー!」 まばゆい光と共に陽電子砲が空に放たれる。 その軌跡を追ってAAは飛び立つ。 宇宙へ。 未来を繋ぐ為に。本当に戦うべきものに立ち向かう為に。 ミリアリアは目を瞑りオーブの海を思い浮かべた。 ――ハウメアよ、あの奇跡の海を護りたまえ。 唇をきつく噛む。護れなかった祖国は戦火に沈んでいく。 ミリアリアはその青い海に穏やかに微笑む恋人を思い浮かべる。 輝く美しい海に柔らかな栗色の髪が揺れる。 ふいに 優しく笑うその面影に黒いもやがかかる。 幻が散り散りに切り裂かれ現れたのは――赤いモビルスーツ。 はっと目を開けた。 計器は順調に宙へ向かう軌道を計算しそれを示す画像がぐにゃりとひしゃげた。 轟音が遠くに聞こえだす。 ミリアリアは強烈な吐き気に襲われた。 耳鳴りと頭痛とが一気に起こり目の前のものが2重3重にグルグルと回って見える。 (ミリィ、しっかりして) 自分を叱咤して今度はぎゅっと目を瞑る。 (今はやらなくちゃならない事がたくさんあるの) 気丈に自身に言い聞かせ、ゆっくり目を開ける。 焦点が合い、消えていた音が、何事もなかったように聞こえ出す。 ミリアリアは自分に課せられてる仕事に集中しようと目を凝らした。 吐き気は止まらない。気を抜くと周りがまた回りだす。 重力の変化による生理的なものだとミリアリアは思い込もうとする。 そうではないとわかっていても。 自分の奥底に浮かびあがるどす黒い感情を認めたくなかった。 宇宙に飛び出したAAとクサナギは合流を果たし、今後のことについて話し合う為主要人員でミーティングが行われる事になった。警戒レベルが落とされると同時にミリアリアは休憩を申し出る。 真っ青な面持ちの今にも倒れそうな彼女をサイが心配するが、持ち場を離れることはできず ミリアリアは1人先に休憩をとる事を残ったクルーに詫びてブリッジを後にした。 ブリッジを出た途端、頭痛と吐き気がどんどんとひどくなっていく。 たまらず近くの洗面所へと駆け込んだ。 胃の中はからっぽに近く吐くものなど何もない。 ミリアリアは水を飲んでそれを吐いた。それでも吐き気はおさまらず何度も繰り返す。 胃液だけの嘔吐を繰り返した。吐くものに茶色が混じりだすが一向に吐き気は止まらない。 耳鳴りがワンワンと金槌で叩いたような音をさせて頭を締め付ける。 (このままだとここで倒れる) それでなくても人手不足なのにこれ以上足手まといになりたくなかった。 止まらぬ吐き気を無理やり押さえ込んで身体を引きずり部屋へと戻る。 部屋に入るとミリアリアはベットに倒れこんだ ぐるぐると目が回る。 暗い宇宙に1人だけぽっかり浮かぶ幻覚に彼女は襲われる。 何も音のしない無の世界。 時が止まり永遠の孤独の世界に吸い込まれていく。 ユニウス7で見た光景、誰にも気づかれずひっそりとそのままで。 あの親子のように――愛しい存在を抱きしめて時を止められればよかった。 暗闇に怖がる感情を持たずにいられたら。 ミリアリアは自分の肩を抱きしめてうずくまった。 少年と自分が愛した故郷の海は戦禍に見るも無残な姿となった。 戦って無傷のまま護れるとは思っていなかったが、それでも微力ながら救えると信じていた。 それで自分が消えてしまうのならそれでいいと思っていた。 自分は生き残ってしまった。あの美しい国を護れなかったのに。 そうして未来を繋ぐ為とはいえ宇宙へと舞い戻った。 滅ぼしあう戦いを止める為に。 でもどうやって? 失望にくれる心に追い討ちをかけるように、愛しい人を奪った敵がこの艦と共に宇宙に上った。 今、その男はキラと共にいる。トールが助けようとした命と。 同じ志を持ち賛同してこれから、自分は一緒に戦うのだ。 トールを殺したカタキと共に。 彼を殺しても死んだ者は帰らない。 ディアッカにああいったものの、共に行動するとはその時は夢にも思わなかった。事実を受け入れる余裕など今の彼女にはない。 空しさだけがミリアリアをじんわり巻き込んでいく。 吐き気がまた襲う。 キリキリと締め上げるような胃の痛みがおこりそれをミリアリアは歓迎した。 実際に起こる痛みを我慢する方が楽だと思った。 こんな事をおもう自分などこのまま死んでしまえばいい。 戦争がトールを殺したのだ。あのパイロットのせいではない。 フレイの銃を遮った時に、ミリアリアは心に決めた。 決して憎しみに自分を見失う事はもうしない。憎しみの連鎖を断ち切る事を。 そう頭でわかっていても沸き起こる悲しみにミリアリアは押しつぶされていく。 傷はまだ口をぱっくりと開けたままそこから腐っていくようだ。 自分の無力さと失ったものへの追悔が彼女の深い闇を蝕む。 心が冷たく砕けていく。涙などもう出ない。許す事のできない感情を抱いてどうすることもできない。 ――トール 抱きしめてくれたあの温かい腕はもうない。 とくとくと心臓の音を聞いた安らぎ。 不安や恐れを忘れさせ包み込んでくれたあの優しい少年は もう、いない。 ---------------------------------------------------------------- こうして疵 side-M へと続く。 (H16.10.29) <文目次へ戻る> |