Hurt -疵-side-M

-2-

熱がさめきらない体をゆっくりおこし彼は組み敷いた彼女からそっと身体をはずした。
彼女は薄く目を開けたが深く息を吐くと目を閉じた。
彼女は自分を解き放った甘い行為の疲労感に導かれ
深い眠りへと落ちていく。
激しかった鼓動はしばらくすると静かに繰り返されるようになり、
彼女の呼吸が規則正しくなるのを確認して彼はベットから身体をおこした。

先ほどまで彼女の中にあったお互いの熱液をそっと拭ってやる。
ずっと眠れずにいたのであろう。
身体を動かされても彼女は深い眠りに付いたままだ。
彼女の身体にタオルを包むようにかけると
そっとキスをしてシャワー室に向かった。

彼はシャワーで汗を落とす。
心のバランスを崩した彼女は彼を受け入れた。
彼は彼女の欠けたバランサーを戻す手助けをしたにすぎない。
だが彼は今まで感じた事のない不思議な気持ちを手にした。
彼女を抱くと言いようのない暖かさを感じた。
今までプラントでつきあった女達には感じたことのない不思議な感情。
(なんだろう)
シャワーを止めて自分の手をみた。
この手で彼女を抱いていたのだ。
抱いてしまえば興味は消えてしまうかもしれないと彼は考えていた。
だが実際に手にしてしまえばそれはもう失う事が考えられない程彼を捉えている。

「Pi――ッ」
ふいにインターホンが鳴って我に返る。
あわててシャワー室をでて「はい」とでると
「あっ遅くにごめん」
声の主はフリーダムのパイロットだった。
ベットに寝ている彼女が目を覚ましていないか確認しながら無愛想に返事を返す。
「何?」
戦闘配備でもないのに真夜中に連絡されて不機嫌にならない奴などいない。
だが相手は気まずそうに続ける。
「あの…アスランがプラントに戻るんだ」
驚きに言葉を呑んだ。

事情を聞いて急いで着替える。
彼女が目を覚ますかもしれないと思ったが事が事だけに急を要する。
メモに走り書きすると机において部屋をあとにした。

アスランは父親に会いに行く。

自軍に反目する形になった今回の行動に彼自身も戸惑っていた。
オーヴでの戦闘は相手が地球軍だったから引き金を引く手に迷いはなかったが
勢いで宇宙にきて改めて同胞と敵対するかもしれない状況にいる事に気が付いた。
それは自分の中にあった正義を否定する事。

アスランはプラントを戦争に向かわせる最高主導者の息子だ。
父親がナチュラル皆殺しを本当に考えているのか
真面目な奴だから確かめずにいられないのだろう。
ディアッカにアスランは止められない。

カタパルトデッキにアスランとキラがパイロットスーツ姿で待機していた。
何人かの仕官が少し離れた場所から複雑な表情で見守ってる。

キャットウォークにディアッカが姿を見せるとキラが手をあげてこっちだと合図した。
回るのも面倒臭いとディアッカはそこから飛び降りた。
半重力の空間に
モルゲンレーテのジャケットを着た 彼が降りてくるのをアスランはゆっくりと目で追った。

「アスラン…」
「ディアッカ…すまない。俺は確かめなければならない。
 本当に戦わなければならない相手を」

成績優秀で他人には惑わされず いつも冷静な『ザラ隊長』が
苦しげにそう言うと俯いた。

準備が整い1人用シャトルに乗り込むアスランがディアッカに最後の言葉をかける。
「もしも俺が帰ってこなかったらジャスティスは君が乗ってくれ」
「やだね、お前が戻って乗れよ」
思いを込めて言葉を返す。

オーヴのおよそお姫様らしくない少女がアスランに詰め寄る。
だが彼女の言葉もアスランの決意を変えることはできない。
プラントに戻ったら反逆の罪で捕まるだろう。
最高権力者の息子とはいえ今回の行動は極刑に値する。
それでもアスランは確かめに行く。決意を肯定するために。
シャトルの護衛にフリーダムが同行した。
(アスランは戻ってこれるだろうか?)
そこにいる誰もがそう思った。


部屋に戻り彼女がまだ眠っているのを見てディアッカは深く溜息をついた。
時計はもう明け方の時間だった。
暗い宇宙では時計だけが朝を呼ぶ事を許される。
あと数時間もすればシフトの交代で彼女はブリッジに向かうだろう。
深い眠りの姫を眺めながらディアッカは癇癪もちの同僚を思い出す。

ZAFTの赤い制服を着て彼と同僚はナチュラルを攻撃して撃滅すればよかった。
アカデミーでもクルーゼ隊に一緒に配属になっても敵はナチュラルだった。
だが今自分は敵であるナチュラルの戦艦AAに身をよせて
力ないナチュラルの少女の寝顔をみているのだ。
ナチュラル嫌いの彼が知ったらどんなに怒るだろうか。

アスランがプラントに戻ると聞いて自分も一緒に行こうかと一瞬考えた。
MIA扱いになってる自分の身を案じる人間がプラントにいない事はない。

だが戻ってまた同じようにナチュラルを殺し続ける事ができないと思った。
彼はAAに残る事を選んだのだ。

だが胸の奥にひっかかる何かが彼を憂鬱にさせた。
それが何か、わからない方がいい気がした。

ディアッカはまとまらない考えを頭から振り払った。
(立ち止まって考えても何もかわらない)
バスターの調整が残っていたのを思い出し彼は部屋をでた。


(紅茶の香りがする)
ミリアリアは香りに誘われてゆっくりと目をあけた。
霞がかかったような思考で頭をもちあげる。
見慣れない場所だと思ってまわりを見回すと
赤いジャケットを着た金色の髪が目に入った。
(ディアッカ?)
何故そこにいるかもわかっていなかった。
「起きた?」
折りたたみの椅子を彼女のそばにひろげ、そうしてトレーを置いた。
カップホルダーに入った紅茶の香りが強くなる。(ああこの香りだったのか)
彼女の頭はまだ眠っていた。ぼぉーっとした調子で
「なんでここにいるの?」と質問をした。
ディアッカは苦笑しながら
「ここは俺の部屋。ミリアリアは昨日俺の部屋に泊まったの。」
(ぇ?)
ミリアリアは一瞬考えて顔をパーッと赤くした。
自分の身体をみて何も身に着けてないことに気が付き、
タオルケットで身体を隠した。
「目、覚めた?」いたずらっぽくディアッカが覗き込んで聞く。
ぶんと首を縦にふると今度は横にぶんぶんと首を振る。
(あーっパニクッてるなあ)彼女の狼狽ぶりに彼はほくそ笑んだ。
「よく寝てたから起こさなかったんだ。
 艦長さんには昨日眩暈おこして倒れてたっていっといたから飯食べてゆっくりいきな」
淡々と言うディアッカにミリアリアは口を半開きのまま凝視した。
「よく寝てた。少しはよくなった?」
労わるように優しく言うと、彼女の頭を軽くなで
「じゃ俺、整備の方手伝ってくるから」ベットから立ち上がった。

「部屋ロックパスそこの紙に書いて貼ってあるから、出るときロックかけといて」
そういうと彼は手をひらひらさせて出ていった。

彼が出たのを確認してミリアリアは大きく息を吐いた。
ゆっくりと昨夜の事を思い出す。
(展望デッキで眩暈を起こしたのは覚えている。
 それから彼に見せたい物があるっていわれて…)
視線をずらすと彼がみせてくれた映像機械が目に入る。
(それで見せてもらって…私………――っ!)
そのあとの事を思い出し身体から煙が出るほど恥ずかしくなった。

「楽にしてやる」
艶のある声を思い出し目を瞑って首をふった。
(ぅ――っ何やってるのよ 私!)
恥ずかしいのと情けないのとごちゃ混ぜになって思考がぐるぐるまわった。
目を瞑り頬を覆って(落ち着け――っ!)と自分を叱咤した。

ふいに「よく寝てた」 
ディアッカの言葉が浮かんだ。

(うん、よく寝れた。)
オーヴ戦以降、自分が眩暈と吐き気に悩まされてた事を思い出した。

苦しくてつらくて泣く事もできない程傷悴していたのだ。

「よく、寝れた」
今度は声に出して言ってみた。
あんなにつらかったのに今は軽い脱力感が心地よいほどだ。
なにかふっきれたような気がした。
そう考えて時計をみるともう交代時間を過ぎていた。
(やだこんな時間!)
ミリアリアは急いで着替えてトレーをつかんで部屋を出た。

一度部屋に戻って食堂にトレーを置きにいくと夜勤明けのサイに出くわした
「ミリィー! 倒れたってきいたけど大丈夫?」
「あっうんもう平気。今からブリッジいくわ。」
「無理すんなよ、L4まであと少しだし今のところ何にも追ってこないだろうって言われてるから
 今のうちゆっくりしときなよ」
「ありがと。じゃ」
そう言ってブリッジに向かおうとするミリアリアにサイは「あっ」ともう一度声をかけた。
「ジャスティスのパイロット…プラント帰ったの知ってる?」
「え?」「その、話合いに帰ったって」「そう…」

ミリアリアはジャスティスのパイロットが許せなかった事を思い出す。
許せない自分がもっといやだった事も。
だが戦争を終わらせたいと願って一緒に宇宙にやってきた。
その彼がプラントに帰ったという。
顔をあわせなくて済むとほっとした一面 
仲間を失ったような気がして気が重くなった。

休憩時間になりミリアリアはディアッカを捜しに格納庫に来ていた。
今朝の遅刻はディアッカの根回しがあったせいか 
逆に艦長に「大丈夫?」と気遣われた。

ディアッカに今度顔あわせた時どうしようかと色々考えたが
結局のところ心配してもらって介抱してもらったようなものだから
彼にお礼を言わなければいけないという結論にミリアリアは達した。

彼の姿はすぐ見つけられた。
バスターのそばでノートをひろげなにやら打ち込んでいた。
「ディアッカ」「ミリアリア?どしたの?」
ちらっとこちらを見てまたノートに目を戻す。
ミリアリアは忙しそうな彼を見て少し躊躇ったが 今を逃すともっと言い憎くなると考えた。
「あの…昨日はありがと…」
「んーっ?」彼は手をとめた。顔が少し赤いミリアリアを見て、
「どういたしまして。元気になってよかった。」
お天気の挨拶のようにさらっと流すとまたノートを打ち込みだした。
ミリアリアは少し拍子抜けしたが話は終わったのだからここにいる必要はない。
ブリッジに戻ろうと身体を反転させたところでディアッカに呼び止められた。
「ミリアリア」「?なあに?」
「アスラン、プラント戻ったって聞いた?」
振り向くと彼はミリアリアを見ている。
その顔は今まで見たことない冷静な顔だった。

ミリアリアは黙って頷いた。
ディアッカは何か言いたげだ。
それが何かはわからないが

ディアッカの顔を見て今までついて回っていた何かがはがれていった気がした。

(あの人の事、今でも許せないけど…)

(顔あわせなくなってホッとしたけど…)

「帰ってきてくれるといいね」

正直にミリアリアは言った。




end.

(H15.9.26)

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