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過去、未来、約束。3 病院の入り口に、呆然と向き合う二人の男女。 「清麿……」 「シェリー……」 院内に流れる、ナースのアナウンスや子供の無邪気な声の中。 二人の間には、時が止まったかのような空気が流れる。 互いの名を呼び、ただ見つめ合うだけ。 だけど、そんな二人の瞳は、敵に向けるような冷たいものではなく。 まるで、愛しい人を見ているような、暖かい瞳─── 病院での、あまりにも突然で、偶然な再会。 それに驚嘆するのは、清麿とシェリーだけではなかった。 「おぬしは……ブラゴ…!!」 「落ちこぼれが……。何故ここに居る…?」 四日前に戦ったばかりの、百人の中の一人のライバル。 そんな相手を前に、ガッシュやブラゴの間にも冷たい空間が生まれる。 だけれどガッシュは、病院に居る理由を聞こうとしている ブラゴの言い草に腹を立て、清麿を指差して怒鳴りつける。 「清麿は入院しておったのだ!!おぬしらが負わせた 怪我のせいでッ!!───」 「───えっ…!?」 そのガッシュの一言は、シェリーの胸を強く貫いた。 耳に飛び込んできたと同時に、顔色も変わる。 「が、ガッシュ!よせ!」 シェリーの様子を見た清麿は、慌ててガッシュの口を塞ぐが それはもちろん遅くて。 シェリーは素早く清麿から視線を外した。 (そうだ…私は…清麿を…───) 四日前に自分達が犯した行為を振り返ってみたのか、 シェリーは後悔しているように、ますます顔色を悪くする。 もしかしたら、逢う資格など無かったんじゃないか、と。 (……シェリー……) 罪悪感に包まれたような表情をするシェリーを見て、清麿も胸を痛めた。 自分の責任だとは、彼女には絶対思って欲しくないから。 清麿は元気に振舞って見せる。 「だ、大丈夫だ!三日で退院出来るほどの怪我だったんだから、 気にする事なんか───」 確かに、清麿の身体にはもう傷など無かった。 だが、シェリーにとっては清麿の振る舞いでさえもこれはまた苦痛なもので。 一瞬は自分を見てくれたものの、また目を背けられてしまった。 ───また逢えたのに。 清麿は自分を見ようとしない目の前の女性に、胸が締め付けられる。 (………っ) そしてそれに我慢が出来なくて。 清麿はシェリーの手首を強く引き、自動ドアを飛び出して 病院の外へと歩き出した。 「来て欲しい…」 「な、清麿…っ!?」 突然腕を引っ張られ、驚くシェリーだが、抵抗は出来なかった。 むしろ、手首とは言っても、清麿が自分に触れた事に 戸惑いが隠せず、胸が高鳴っている。 ドキン…ドキン… ただ引かれて歩いている。それだけなのに。 (ど、どうしよう…) すでにシェリーは、顔と手首に全身の熱が集中してしまっている 感覚に陥っていた。 清麿も、シェリーに負けないくらいの手の平の熱さ。 「清麿、どこに行くのだッ!?」 ガッシュが清麿を引きとめようとする。 「すまん、少し待っていてくれ」 だけど清麿はそう言い残して、もはや院内では見えない場所へと行ってしまった。 「お嬢様!怪我があるのに…!」 一緒に病院に入ってきた爺も、シェリー達を止めに入ろうとしたが、 そんな爺自身を、ブラゴが止めた。 「ほっとけ…」 ガッシュ達は、ただ二人を待って、立ち尽くしていた。 「……怪我……ごめんなさい……。本当に大丈夫なの……?」 病院のすぐ近くの公園。 子供達の姿すらない中で、清麿とシェリーは一つのベンチに座り込む。 しばらく沈黙が続いたが、それをシェリーが謝罪によって破った。 清麿の体中を眺め、心配げにシェリーは問う。 そんな彼女を見て清麿は、安心させるような笑みを浮かべで答えた。 「何てことはない…大丈夫だ」 すると、シェリーもつられて微笑む。 「無事に…退院出来て良かった…清麿───」 ───本当は。 言いたい事が沢山ある。 山程ある。 それなのに口から出てくる言葉は他愛のない事ばかりな二人。 そして数分後。 やがて清麿は、言いたくはなかったが、訊いて置きたかった事を口に出す。 「今日は……オレ達を狙わないのか?」 隣りで笑みを交わす相手は、悪魔でも敵── 実感はしたくないが、受け入れなければならない事実。 訊かざるを得ない事だった。 清麿は唇を噛み締めて、下を向いてひたすら答えを待つ。 するとシェリーは。 「…私はね、本当に倒したい魔物は、ただ一匹だけなの」 …決意の固いその一言は、清麿の中の何かを貫いた。 ああ、これがオレの知らない彼女───? 清麿は思わず、隣にいるシェリーの顔を見上げた。 シェリーは真剣な眼差しで空を眺めている。 その何かを追うような横顔の理由が知りたくて。 ずっとずっと言いたくて喉まで出掛かった言葉が、 ついに清麿の口から出てきてしまった。 「オレ…シェリーの事…過去の事が知りたい」 その瞬間、シェリーもまた、真剣に問う清麿を見つめた。 そして小さく微笑み、口を開く。 「私だって……貴方の事が知りたいわ……」 これも、シェリーがさっきまで考えていた事。 今度は素直に言うことが出来た。 清麿といえば、自分の事を知りたいと言う想い人の気持ちと言葉がただ嬉しくて。 自分もこの人の事が知りたいから。 過去の事、ガッシュとの出会いの事。 それを口に出そうとした。全部話そうと思った。 「オレは───」 「待って」 だけど。 それはシェリーの拒否する声によって遮断された。 「清麿、それは今話すべき事じゃないと思うの」 シェリーは人差し指を清麿の唇に当てる。 「シェリー…?」 「今、私たちがするべき事は………戦う事」 清麿はただ呆然とするだけ。 シェリーは更に話を続ける。 「ごめんなさい……。でも、私の事も貴方の事も。 ……この戦いが終わってから………全部話したい…」 シェリーの目尻には、うっすらと涙が溢れていた。 (ここで貴方の事を少しでも知ってしまったら…… ……離れたくなくなる……) 清麿への想いが、涙と化したから。 本当は知りたくて堪らないくせに。 訊きたくてしょうがないくせに。 でも。 きっとこれがお互いのために良い判断だと、信じたい。 「シェリー…」 清麿は、シェリーの頬に滴る涙を片手で拭い、 肩に手をかけ、優しく抱き寄せた。 さっき手を引かれたのとはまた違う。 これがきっと、初めての二人の触れ合い。 「き、清麿…っ?」 シェリーは清麿の首筋で、目を見開いて驚く。 清麿は、鼻をくすぐる様なシェリーの髪の匂いに 酔いながらも、決意と覚悟が込められた想いを発した。 「ああ…沢山のことを話そう…。この戦いが終わったら…きっと……」 静かな風が二人の髪を揺らした。 清麿とシェリーは、やがて向き合い、見つめ合う。 口付けを交わす事も出来る、顔と顔の至近距離。 だけどそれは、今はしてはいけないのかもしれない。 「生き残ってね、清麿」 「シェリーも、気をつけて」 清麿はガッシュを王にするため。 シェリーはブラゴを王にするため。 二人は敵同士、いつかは戦うかもしれない相手。 だからこそ、これ以上は触れ合えない。 触れてしまったら、必要以上にあなたを欲してしまうから。 今はただ、お互いの使命を事だけを。 「───っ!シェリー…っ、これ、怪我!?」 「あ…っ」 シェリーの背中に手を回した清麿の手のひらに、薄く赤い液体が付いた。 今まで気付かなかった傷に、清麿は慌てる。 「だ、大丈夫よ。あんまり痛くないから…」 大きな切り傷に、無理をして笑うシェリーを見た清麿は、 自分の上着を素早く脱いで、彼女の肩にかけた。 傷のせいで裂けている服と傷を隠すために。 「…綺麗な身体、傷つけるなよ」 優しい一言に、 シェリーの顔は本当に赤くなった。 いとおしい想いが胸を締め付け、もう何もかも抑えられない状態になる。 それに一生懸命耐えるシェリーは、くるりと清麿に背を向け、 泣きそうな震えた声で言った。 「じゃあね、清麿……。またいつか……」 「ああ……」 誰よりも綺麗な女性の後姿。 こんなに綺麗な人、見た事がない。 清麿もまた、涙をこらえて別れの言葉を告げた。 でも、“さよなら”は言わない。 自分達の事を分かり合うその日までの、少しの間の別れ。 また、逢えるから。 「清麿ー!タクシーが来たわよ!」 公園の外で、自分の名を呼ぶ母親の声。 清麿は、静かにその方向へ体を向け、歩き始めた。 「お嬢様!診察ですよ」 そしてシェリーもまた。 自分を心配する、爺とパートナーのもとへ足を運ばせる。 身体を優しく覆う服を握り締めて。 ポツンと置かれるベンチをスタートラインに。 背中が向き合った状態のまま、清麿とシェリーは 今いるべき場所へと帰っていった─── そして、翌日。 「清麿!!学校に連れて行ってはくれぬか!?」 「やかましいッ!!!駄目だっつってるだろッッ!!?」 自宅の前で騒ぐのは、 駄々をこねる金色の子供と、赤い本を片手に持つ男子中学生。 「次はイギリスか………」 「あと五分で飛び立つわね」 飛行機の中で離陸を待つのは、 窓の外を眺める漆黒の少年と、黒い本を片手に持つ令嬢。 自分達の過去、 自分達の未来を、 ───────約束して。 たとえ別々の国に居ようと、同じ空の下で二人の男女は。 護るべきもののため、今日も想いを込めて呪文を唱えていた。 |