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「清麿、またね」 振り返る貴女を抱き寄せて、 もう一度キスしたかった。 もう一度キスしたかった 初めて出逢ったのは、 眩しい夏の雨の中。 傷つく事を恐れぬような、澄んだ瞳。 細くて長い、綺麗な髪。 強くてしなやかな、白肌の指先。 彼女のその全部が、オレの全身全霊を捕らえた。 オレは彼女に、抑えていた恋をぶつけてしまった─── 「───清麿!!」 オレを呼ぶ、大好きな声。 「久しぶりね、逢いたかった!」 逢えない間の、迷いだらけの不安な想い。 彼女と再会すれば、そんなものはウソみたいに消えてしまう。 たまにしかない、オレの最も幸せな時間だ。 オレの隣で。オレを顔を見つめて。 華のような笑顔を、愛する彼女がくれる。 たまらなく、嬉しい。 ……なのに。 「清麿。私、今度はカナダに行くの」 成り行きで戦うオレ達とは違い、ずっと魔物を追いかけ続ける彼女。 家を離れ、世界中と言っていい程、探し回っている。 「…そうか…。気をつけて行ってこいよ」 オレは硬く笑ってそう言う。 こうやって見送る事しか、出来ないから。 「ええ。清麿も、無茶はしないでね」 彼女も笑って返事をした。 …わずかな時間だとは分かっていたけど。 こんなに早く別れてしまうなんて……。 「カナダ……か……」 日本ではない、別の国。 “遠い”なんて、ピンと来ないけど。 逢えない日々がまた始まる。 その事実は確か。 「いつ、行くんだ?」 「今日の夜中よ」 「なっ…、そんな急なのか?今逢ったばかりなのに───」 「……ごめんなさい。でも、これは戦いをすぐ終わらせるためだし……」 オレ達は、オレと彼女を巡り逢わせてくれたこの戦いに、感謝をしている。 でも逆に、この戦いはオレ達を擦れ違わせている。 こんな事は言ってはいけない。 でも、どうしても悔やんでしまう。 こんなに誰かを放したくないと思う感情は、彼女以外持てないだろう。 「…ねえ、清麿。今日の夜、また逢える?」 「…え…?あ、ああ…」 「じゃあ夜に……近くの公園で待っているわね」 オレが黙り込んでいた時、彼女はそう言ってホテルへ帰っていった。 また逢えるのは嬉しいが、何だか複雑な気持ちも混ざっていて。 ずっと…ずっと…。 オレはただ何となく、街中を一人で立ちすくんでいた……。 そして、夜。 「清麿、こっちこっち」 うっすらと電灯が灯る公園で、 オレは小さく手招きをする彼女の元へ足を運ぶ。 魔界の戦いについて知ってから約半年。 外はもう、凍てつく様な寒さだった。 二人の口からは、喋る度に白い息が出てくる。 「ごめんね。こんな寒い夜に呼び出しちゃって」 「いや、大丈夫だ」 一緒に居れば温かい、と言うと彼女は面白がった。 「…何時に出発なんだ?」 オレは、公園の外で彼女を待つ車を見つけた。 中には世話役、そして彼女のパートナーが乗っている。 やっぱり行くのかと、そう思いながら訊いた。 「もう…そろそろ」 予想通りの言葉が返ってきた。 オレはそっか、と苦笑いする。 「…そういえば、何か用事があったんじゃないのか?」 ここに呼んだのは、用があるからだと。 オレはそう思い、また尋ねる。 すると彼女は、照れたように答えた。 「だって…。行く直前まで一緒に居たいじゃない、清麿」 「───!」 彼女のその言葉は、オレの中で必死に繋ぎとめていた理性を あっけなく解放した。 気が付けば、オレは彼女を強く抱き締めていた。 彼女を抱く腕に、強力な力が入る。 「オレ達は… オレ達は別の場所でしか…… お互いに目的を果たすことが出来ないのか……?」 どんな時だって、貴女と一緒がいい。 まるで駄々をこねる子供の様な、自分勝手な発言。 「………清麿………」 彼女だってほら、オレの腕の中で混乱している。 「………ごめん」 オレは正気に戻り、彼女からゆっくりと離れた。 オレは…何を言っているのだろう…。 ガキだ。バカだ。 「もう行くんだろ…?…じゃあ、な」 きっと今、自分は情けない顔をしている。 こんなの彼女には見せられなくて。 オレは背を向け、足を踏み込んだ。 …が。 家に帰ろうとしたオレの身体を、彼女が後ろから腕を回して止めた。 「清麿………」 彼女はそう囁くと、今度はオレの肩をそっと掴み、自分の方へ振り向かせる。 ───瞬間。 寒さで冷えた彼女の唇が… オレの唇に、優しく、触れた。 「……な……っ」 突然の口付けに、オレは驚嘆した。 「…ごめんなさい、清麿」 彼女は昼間と同じように、謝罪をする。 だけど、それはキスの事ではなく。 オレの頬を両手で優しく包み、微笑んで言った。 「清麿の傍に居られないのは、私もすごく嫌なの…。 でも私は、だからと言って清麿と出会えた事を悔やんだりはしていない。 すごく嬉しい。…だから私は、頑張れる」 「………」 オレは彼女の告白を、無言で訊いていた。 こうまで想ってくれているなんて。 嬉しくて、幸せで、声が出ない。 彼女のその想いは、オレの心をすべて満たしてくれた。 「戦いは別々でしか出来ないけれど…。 でもいつか二人一緒になれる日々を、清麿にも信じて欲しい」 彼女はいつの間にか綺麗な瞳に涙を浮かべ、必死に笑っていた。 オレとまた離れることを、悲しんでいてくれる。 背中に回された手が、シワが出来るくらいにオレの服を掴んでいた。 「……ゴメン……オレも…同じ気持ちだよ……」 ワガママを口走ってしまった事を、必死で謝罪した。 本当は言いたい事が、もっともっとあるんだけど。 胸がいっぱいで、こんな返事がやっとだった。 そして。 オレの手はやがて、彼女の頬へと辿り着いた。 お互いの顔が、こんなにも近い。 あと10センチ…。 あと5センチ…。 彼女もオレも、唇が近づくにつれて、目を細めていく。 二人が愛し合う証。 あと、1センチ─── 「───お嬢様!!」 「「…ッッ!!?」」 公園の外から、彼女を呼ぶ声。 彼女の世話役、だった。 オレ達はその声と同時に、顔も身体も離れる。 暗くて良くは見えないが、きっと二人とも真っ赤。 寒さなど忘れてしまうくらい、顔が熱い。 心臓の音と言えば、相手に聞こえてしまうのではないかと思うくらい、 ドクドク波打っている。 「な、何ーー!!?爺!!!」 少しでも、胸の高鳴りを防ぐためなのか。 “爺”と呼ばれる人の方へ、彼女は大声を上げる。 “爺”も、叫んだ。 「今行かないと、飛行機に間に合いません!お急ぎ下さい!」 「え……」 “爺”の、その言葉に、 オレは何とも情けない声を出してしまった。 彼女が、行ってしまう。 …さっき悔やまないと決めたばかりなのに。 自分の弱さを、こんな形で再確認してしまった。 「あ……清麿……」 彼女も名残惜しそうに、オレの方を見つめた。 瞳が潤んでいる。 …駄目だ。 そんな顔、すんな。 行かせたく、無くなる。 誰にも……連れて行かせたくない………。 「───きゃ……ッッ!?」 ギュッ──と、大きな効果音が鳴るくらいに。 オレはまた彼女を抱き締めた。 でもそれは、ほんの数秒。 すぐさま肩を掴み、引き離した。 「……行けよ……。気をつけて……な」 決して眼は合わせずに。 そう言って、彼女には見えないように歯を食いしばる。 「……うん……」 そう答える彼女は、オレを見ているのだろうか。 オレと同じように、下を向いているのだろうか。 せめてあと一回、彼女を見ようと。 顔を上げた時には、 彼女はもう、遠くの車の前だった。 「あ…」 たとえ夜中だろうと、その黄色い髪は変わらず美しく。 後姿だけでも、こんなにも魅了される自分がいる。 すると、まっすぐ流れる髪と共に、彼女はオレの方に振り向いた。 声は聞こえなかったが、彼女を口元を見れば、読み取れる。 「清麿、またね」 ────と。 彼女はそれだけを済ませると、車の中へ乗り込んだ。 エンジンの音がする。 タイヤが、動き出した。 ブロロロッ……ッ! 「っ…シェリー───!!」 …今日初めて、彼女の名を呼んだ。 走って、叫んで。 でも、もう… 彼女を乗せた車は、遥か彼方。 …行ってしまった。 オレの知らない、行った事のない国へ。 次に逢う約束は交わされないまま……。 「…ホントにガキだ。もうすでに…逢いたくなってる……」 オレの右手の人差し指と、中指が。 いつの間にか自分の唇へと持っていかれた。 口付けがしたい。 貴女だけ。 こんな気持ちは。 「シェリー」 寒さに乾燥したオレの唇は、いつまでも諦めることなく彼女を求めていた。 彼女との接吻を、いつまでも回想する自分。 『清麿、またね』 振り返る貴女を抱き寄せて、 もう一度キスしたかった。 |