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言葉にならない、貴方への想いが。 旋律を奏でるこの指の先から、 どうしようもなく溢れてきて、零れていく。 貴方にも聴こえますか? 私からの、貴方への……… セレナーデ 「わぁ……何だか本当に久しぶり──…」 親友であるココ、そして憎い仇であるゾフィスを追う、私とブラゴ。 今日は何ヶ月か振りに、自宅へと帰ってきた。 本当は、そんな暇があれば、魔物を追いたいのだけれど。 爺にも悪いし、両親も心配するしで、仕方なく一旦戻ってきたのだ。 ──でも、やっぱり自分の家は落ち着く。ホテルなんかよりも。 帰ってきて良かったな、って思う。 「これにも……しばらく触ってないわね……──」 家に着いた途端、 爺は母様の所へ。ブラゴは散歩に行ってしまった。 そして私は、あるモノが置いてある場所に、今一人立っている。 それは小さい頃からの付き合いの、 ───ピアノ。 もう何年も使っていない、忘れかけていた存在。 なのに、自分の部屋よりも先に、 この部屋に引っ張られるように来てしまったのだ。 だけど、理由は何となく分かる。 きっとこの場所には、ココとの思い出が最も詰まっているから。 「ココ………」 ギィ…ッ── そう呟きながら、そっと鍵盤を出してみる。 …少し、ホコリが飛んだけど。 何だか懐かしい匂いが、私の鼻をくすぐった。 そして、どこからかココの声が聞こえてきたような気がした…。 そう身体で感じた時。 今度は指が、鍵盤に静かに触れていた。 ポーン…───と。 小さいはずなのに、部屋に大きく響いたその音。 耳に入った瞬間、 ピアノを一生懸命練習していた頃の思い出が、 一気に脳裏に流れ込んできた。 ああ…先生の声… 『本ッ当に出来の悪い子ね!!!』 『出来るまで、眠っちゃ駄目よ!!!』 自殺を考えてしまう程の、私を追い詰めてきた言葉達……。 “ピアノなんて、大嫌い” そんな想いを… ココが魔法をかけたように掻き消してくれた。 『私、シェリーのピアノ、もっと聴きたいの』 『私はピアノを習えないから…。シェリーが沢山の曲を弾いてよ…──』 ───ココに救われたその日から。 私は先生の言うことを、更に訊くようにした。 頑張ってピアノを練習した。 特に、ココの好きな曲をいっぱい──。 嫌いでしょうがなかったピアノが… 段々と、“好き”、になった。 「それで……ココったらある日……」 ふふ、と、小さく思い出し笑いをする。 それは、ココが私の演奏を、この場所で聴いてた時のことだった。 ココと一緒に居た時間の中の、つい最近の話。 『──シェリーは、いつも似たような曲を弾くのね。何ていうか、明るい曲』 『え?だって、ココが好きな曲だもの』 『…え…っ それって…私に合わせていたの…?』 『? そうよ。ココ、明るくて楽しい曲、好きでしょ』 『そ、そうだけど…。…何か私じゃぁ……』 『何?』 『だって…。シェリーは…“好きな人”いないの…?』 『…好きな人?いないわよ、そんなの』 『でも…今はいなくても、いつかは出来るわ。 そしたらやっぱり、ピアノは好きな人を想って弾かなくちゃ』 『え、何言ってるの!私はココがいれば、それでい─』 『だーめ!“一緒に幸せになる”ってのは、そーゆー事なの! だから、今の内に恋の曲とか練習しなきゃ』 『こ…恋…っ?』 『そう!えーと、“セレナーデ”って言うの? シェリーに好きな人が出来れば、きっと今以上に綺麗な音色が出せるわよ。 私は、そっちの方が嬉しい』 『ココ…』 『ピアノだけじゃない。シェリー自身も、絶対綺麗になる。 私はそれを、傍で見るのが夢なの』 『………ココ……本当に……? でも、私にそんな人が………』 『現れる!出来るわよ!もちろん、私にだって!』 『じゃあ……その時は私が、二人に最高の曲を贈るわね』 『ありがとう、シェリー…───』 眩しい日差しがかかった部屋で、無邪気に笑いあう二人。 今ではもう、当分は有り得ない光景の中の…── 「セレナーデ、か……」 幸せの、恋の曲。 実は密かに練習していた。 ココと、未来のココの恋人。 そして、私の、 「“好きな人”のために───…」 その言葉を発した瞬間──、 私の身体の熱が、一気に上昇した。 一人の男性が、私の脳裏に横切ったから。 『ガッシュ、戦うぞ!』 「清麿…………」 そう口にして、 気が付けば。 私は…鍵盤の前に腰掛けていた。 そして同じく、両手も引きつられるように。 旋律を、奏で始めた。 「清麿……私は……───」 「────…っ これは…」 「どうかなされましたか?奥様」 「シェリーの……ピアノの音……」 「ああ──、本当です。 久しぶりに聴きましたねぇ。私も、奥様も」 「…いいえ…。爺、これは“初めて”だわ」 「え?」 「あの子が……こんな曲を弾くなんて…… こんな音色を出すなんて………初めてよ……」 「……そういえば……以前まで弾かれていた曲とは、ずいぶん雰囲気が……」 「ええ…。まるで……何かに満たされたような…──」 「…満たされた?…ですが、お嬢様はココ様の事で…」 「そうね。親友のこともすごく大事なのだけれど─── ……ふふ、この旅で、何か素敵な出会いでもあったのかしら…? ねえ爺、知らない?」 「お、お嬢様が出会い…!?…いや…私は何も…」 「それにしても…。魔界だの、魔物だの…。 とても心配していたけど、今のあの子なら大丈夫みたいね……」 「…そうですね。 お嬢様の心を満たしている方がいらっしゃるのであれば……」 「……本当に……とても綺麗な曲……」 「ええ…まったくです…───」 ───ねえ、ココ。 あなたが今の私を見たら。 この音色を聴いたら。 何て、言ってくれる? 嬉しいと、言ってくれる? 今の私は綺麗だと、言ってくれる? 夢が叶ったと、言ってくれる────? そして… ねえ、清麿は…? 「清麿………」 そう言葉にする度に、 湧き上がってくるような愛しさが。 このメロディーと共に、静かに流れていく。 「清麿──── この曲を、貴方に捧げます……─────」 言葉にならない、貴方への想いが。 旋律を奏でるこの指の先から、 どうしようもなく溢れてきて、零れていく。 貴方にも聴こえますか? 私からの、貴方へのセレナーデ。 綺麗に咲き誇る、恋の曲。 |