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初めてシェリーと喧嘩した。 その理由は、メチャクチャ下らなかった。 シェリーがブラゴの話ばかりする事に、オレが勝手に苛立ちを感じて、 それをシェリーにぶつけてしまったのだ。 …喧嘩と言ったけれど、これはただの八つ当たりだろう。 オレがガキなばかりに、愛しい人を困らせてしまった。 シェリーを最後に見たのは、『帰るわ』と、悲しげな顔をして オレの部屋を去って行った時。 もう三日経った。 その三日間は… “罪悪感”、と、“恋しさ”、しかなかった。 ラ・ヴィ・アン・ローズ 指輪を買った。 安モノのガラス玉が付いた、安モノの指輪。 とは言っても、中学生のオレには結構高いモノだったけど。 なら何故、指輪を買ったのか──。 それは、シェリーとの喧嘩から二日後。 夜、シェリーから電話があったのがキッカケだった。 『明日の夜に日本を発つから、夕方に逢いたいの』 そう言うと、時間と場所を指定された。 そしてオレが『判った』と言うと、電話は切れてしまった。 それから一晩が経ち、今日が約束の日。 オレは待ち合わせをしている公園にやって来た。 指輪は公園に着く前、近くのガラス店で購入したのだ。 ──深紅の石が付いた指輪。 実を言えば、買ったのは一つではない。 いわゆる“ペアリング”ってヤツを買った。 一つはもちろん、シェリーの。 そしてもう一つは、オレの──。 オレの指輪は今、細い紐で結んで、首から下げている。 謝罪の言葉と一緒に渡す予定の、この指輪。 果たして、“仲直りの印”として、シェリーは受け取ってくれるのだろうか。 そして約束の時間、ジャスト。 「清麿」 シェリーは綺麗な髪をなびかせてオレの前に現れた。 オレの名を呼ぶと、微笑んでくれた。 三日前に喧嘩したのは幻想?って思う位に、優しく。 「あ、ああ…」 オレもニコッって笑いたいのに、その時は笑えなかった。 喧嘩の根源は全てオレにあるのだから。 でも、シェリーは未だに、穏やかな眼差しをオレに向けてくれてる。 オレは暫く目線を泳がせていると、 「来て」 と… やんわりと手を取られた。 「な、何だ…?」 シェリーはオレを何処かに連れて行きたいらしく、公園を出てズンズン歩いていく。 「いいから… ね、」 シェリーは行き先を告げず、ただオレを引っ張るがまま。 …一体、何処に行くんだ? さっきから歩く場所は、オレの知らない道ばかりで検討が付かない。 「…もう、結構歩いてるぞ」 「もうすぐよ」 手を繋いで歩いてるというのに、二人の間からは仲直りの気配は見えてこない。 オレはシェリーの後ろ髪を見つめるだけ。 こんな冷めた空間の中で、本当に指輪なんて渡せるのだろうか? つーか仲直りなんて出来るのか?するのか? そう思っていた時だった。 「ここよ」 何十分も歩いて、ようやく足が停止した。 ずっと金髪ばかりに見入っていたオレの眼を、シェリーの視線の向こうに集中させる。 視界に映ったのは… 周りにある家よりも、遥かに大きい建物。 天辺には、大きな十字架が飾られている。 ──教会、だった。 「ここ…?」 こんな、住民以外通らなそうな、地味な街に。 教会が存在するなんて知らなかった。 “神聖”という言葉が良く似合う、綺麗な教会… オレは唖然とそれを見つめた。 「ねぇ、中に入りましょ」 「え… いいのか?」 「平気平気、ほら」 オレはシェリーにまた手を引かれた。 思えば、オレは教会の中に入るなど、初めてだったから。 中に導かれた途端、オレは息を呑んだ。 「…綺麗でしょ?」 硝子から射す光。 天使像と天使画。 ああ、綺麗だ。 オレは単純にそう思った。 本当に、そこに神々が居るんではないか、って思う位。 神聖なその中は美しかった。 「昨日この道を通った時、ちょうど結婚式が挙がっていたのよ。 花嫁さんがすごく綺麗で……… ………誓いの言葉とか、憧れた」 いとおしそうに見つめる、シェリーの目先には、大きな十字架。 恋しあう男女は、あそこの前で愛を誓うのか…。 「清麿」 暫く黙っていたシェリーが、突然口を開いた。 「私もここで… 誓っていい?」 「………え?」 何を──? オレは突然の問いに、素っ頓狂な声を上げてしまった。 シェリーは、自分の両手を握り締める。 そして眼を瞑り、また口を開いた。 銀色の、輝かしいクロスの前で。 「神様── 私は清麿を愛してる これから何が起こっても、 一生彼の傍に居る事を誓います」 オレは暫し、呆然とつっ立ていた。 神父の言う本当の誓いの言葉ではないのに… 顔の熱が止まる事を知らずに、どんどん上昇する。 眩暈を憶える、その幸福感。 すごく嬉しくて……。 今立っていられてるのが、すごく不思議で仕方ない。 シェリーは満ち足りた笑顔で、こちらを向いた。 「清麿、たとえこれから、もっと沢山、喧嘩しても。 私は… 清麿から離れないわ」 無垢な微笑の中に、少し不安げな色が現れてるその表情。 …ああもう、そんな顔しなくったって。 オレの本当の気持ちなど知っている癖に。 “喧嘩しても、傍を離れない” 本当は今日、オレがシェリーに言う筈だった、 胸に仕舞い込んでいたその台詞を。 先に告げられ、心の片隅で少し悔しさを憶えてる自分が居る。 けれど── そんな拘りは、もうどうだっていい─── それよりも今、オレがするべき事は……… 五メートル程離れていた、二人の距離。 オレは段々と、その距離を縮めていった。 シェリーの所に、ゆっくりと歩み寄る。 左手は太腿の横。 そして右手は、ポケットの中。 キラリと紅く光る、“誓いの指輪”を握り締める。 …まずは、三日前の謝罪をしよう。 その後は、オレからの誓いの言葉を。 そして最後には、この指輪を─── 「シェリー」 ただのガラス玉の指輪。 ただの普段着。 神父も招待客も居ない教会。 今は、こんな形でしか、愛を誓えないけれど。 でもいつか、必ず。 全て本物で、愛を誓ってみせるから─── 「………愛してる」 |