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「お!女子が体育してる。いいなー。バレーか」 教科書を机に置いた山中が声を上げた。 体育の先生が休みとかで、今日は代理教師が保健の授業を教える事となった。 しかし女子はそんな事が無く、暖かな校庭で通常通り、白いTシャツと短パンを纏っている。 種目はバレー。女子はキャッキャッと甲高い声を弾ませながらボールを追い、体を慣らしていた。 俺と山中はそれを、視聴覚室の窓から見つめる。まだチャイムは鳴っていない。 これは授業開始五分前の男同士の思春期な会話。 「おーい山中ー。お前、ちょっと目ェ、イヤラシくねー?誰見てんの〜」 背後から山中に覆い被さった茶髪の男も窓を覗き込んだ。途端、意味深な言葉を聞き、他の男子達も「え、何、何」と好奇心に満ちた顔で、その場に群がり始めた。いつの間にかクラスの男子全員集合。 「な、誰も見てねーよっ。ただ体育してんのが羨ましいな、と」 「ホントかよ〜。視線が一点に集中してたぜ?」 山中は暫く黙る。やがて口元が小さく緩んだ。顔は、朱色。 「……バレてた?」 「ぅわっ、ちょ、マジでっ?おい、みんな、力ずくにでも、山中の片恋の相手を聞き出そうぜ」 「わー聞きてー!」 「え〜 どうすっかなー」 男子達の視線が山中に集中する。山本は恥じらいながら、だけど何処か早く言いたげなオーラを漂わせながら、人差し指で頬を掻き、ボソボソと喋り始めた。 「伊藤さん」 「え、伊藤さん好きなんだ?お前」 「マジ初耳!」 「いや、好きっていうのは、まだ明確じゃねえけど!でも、俺の中では一番可愛いかな、って思うというか。 …え、みんなもそうじゃねえの?」 「え〜…俺はどっちかっていうと、高野さんのが… …はっ」 「あー!コイツ今何つった!?高野さん、だあ!?」 「イイトコ突きましたな〜っ 旦那!」 コレを拍子に男達の口からは、次々と色んな女子の名前が出され、話は盛り上がった。お年頃です、な会話。やがて授業開始三分前になる頃、突然、今度は丸坊主の男が提案を出した。男の天井を指す人差し指に全員の目線が向く。その提案に一瞬教室が静まった。ほとんどの者が息を呑んだのだ。しかしそれは嫌だからではない。むしろ男同士での、こんな時間を求めていたと言うような。そんな興味溢れた表情をみんなしていた。 「俺がお題を出すから、それに当て嵌まる女子の名前を、みんな叫んで下さ〜い!」 ワッ、と教室の窓側がざわめいた。 「お題って幾つも出すの?」 「おー」 「ってことは、お題ごとに違う女の名前を言わなきゃいけねーの?」 「いや、本命のいる人とかは、たった一人に絞ってもイイでーす」 ギャハハと笑いが込み上げる中、お題告白大会は始まった。 「まず一つ目ー、『一番心優しいと思う人は誰?』」 本音をぶつけ合う時間が陽気に流れる。アダルトなお題も少しだけ出てくる。それぞれの口からは色んな名前が溢れ出る。他クラスの女の名前を上げる者もいれば、女教師の名前を上げる者もいたし。同じ女の名前を多数が一声に叫ぶお題もあった。たった一人の名前を叫ぶ者は、お題提供者の言う通り、その子の事が好きっていうヤツらなんだろう。 でも俺も、ソイツらと一緒だと思った。仲間意識を持った。どんなお題にも、たった一人だけの女性ばかりが浮かんだ。まあ、お題によっては、水野や恵さんの顔も少しだけ浮かんだけれど。(主に外面的な内容で) けど、俺には一人だけだった。 年上の、まだ付き合いたての、愛しいあの人だけが浮かんだ。 提供者はグーの右手を天に突き上げた。 「じゃー最後な!」 抱き締めたいと思う人は誰! 遠回しに好きな人を尋ねているようなお題がシメとなった。 抱き締めたい。 周りにあるもの、全てを振り払って、自分の中に閉じ込ませたい。 どんな視線をも無視して、引き寄せたい。両腕いっぱいに、抱き締めたい。誰にも渡したくないと願うほど、愛しい。 そんな風に自分を思わせる人。 「伊藤さん!」 山中が第一に叫んだ。 「俺、貴子ー!」 「宮田!!!」 「あーっ、井上さん、かな!」 「俺は篠原ちゃん!抱き締めてー!うなじにも手を回したいし、シトラスの香りの髪も思いきり嗅ぎたい」 「は〜!?おま、篠原の名前は俺が言おうと…!てかそれ、官能くさっ」 「俺、瀬戸さ〜ん!!!!!」 今までで一番の盛り上がりに笑った。そして俺は今まで出さなかった声を、ついに出した。初めての今日のお題告白大会の参加だった。 俺の声は大衆の叫び声の中ですぐに消えた。 「シェリー」 キーンコーンッ 放送室からかなり近いこの教室に鳴るチャイムは、心臓に悪いくらい大きく響く。男達の大声が、薄いものになっていく。全員、音量を通常に戻した。けれど笑い声はまだ絶えない。あー、ウケた、と少数が呟いた。 普段あまり関わりない、体育の代理教師が教室に入ってきた。割と険しいその表情。みんな慌ててそれぞれの席に散らばり、座る。外からも、集合の笛が鳴った。 俺も席に着く。教科書を開いた。ええと、今日やるトコは。ああ、“思春期”の事か。開いたページの『異性への関心』というタイトルに目がいく。周りに気付かれないように、俺は薄く笑った。 後ろの男子二人の小さな会話にも、のち、噴くこととなる。 「…なあ」 「んー?」 「最後のお題で、みんなが叫んでる時さ」 「うん?」 「誰か、外人の名前を言わなかったか?」 |