20101210 UP
 


『愛情弁当』


人間にとって、食事の時間は一種の娯楽であり、人生の愉しみであるべきなのに、俺の食生活といったら酷いものだ。
朝食はいいとこコンビニのサンドイッチか菓子パンで、時間が無かったり、夜勤の日には自販のコーヒーオンリー。昼食は大概病院の食堂で、代わり映えのない定食を頼むか、蕎麦かうどん。夕食も病院での事が多いが、たまに帰れた時にも外食か弁当。自炊する気力も腕も無いし、だからって食わなきゃ体が動かねぇから仕方なく摂ってるような、そんな食事。
子供達には「食べ物には薬じゃ摂れない大事な栄養がいっぱい入ってんだ。好き嫌いなんてもったいない事すんなよー。」とか言って聞かせてるクセして、自分の食生活は散々だ。まあ、一人暮らし独身男の生活なんて誰でも同じようなもんだろ………とそこまで考えたところで、身近に規格外が居る事に気がついた。
同じ独身男のくせして、毎日やたらいいもん食ってる男。

「なあ、野分。今日の弁当のおかず何?」

お昼過ぎの病院の食堂。この後輩研修医は料理が特技で、たまに帰宅出来た日の翌日はやたらと凝った手作り弁当を持参してくる。そのおかずを横から拝借するのが俺の唯一の楽しみなのだ。

「……先輩………いつもいつも俺が弁当食ってる時に、すぐに嗅ぎつけて来るの、やめて下さいよ……。」

「だって俺、外食ばっかで、家庭の味に飢えてんだ。ちょっと寄越したってバチはあたんねぇだろ。」

そう言いながら弁当箱を覗き込んで、いつもと様子が違う事に気がついた。

「いくら先輩でも、今日はあげる事が出来ないんです。すみません。」

そんな事を言いつつ、野分が腕で必死に隠そうとする弁当箱の中身は、不揃いなでかくて丸いおにぎりと、やたらとパサパサした焼け具合の卵焼き、そしてすりゴマがだまになってるほうれん草のおひたしに、形の崩れた焼き鮭………。

「……それ、お前が作った弁当じゃないだろ。」

顔がニヤつくのを必死に堪えながら弁当を指さすと、野分はムカつくくらい嬉しそうな笑顔で「…そうなんです。」と言った。

「今日は、珍しくヒロさんが作ってくれたんです。だから、今日はお裾分け出来ません。」

「まー……なんつーか……別にどうしても食べたいようなシロモノじゃねーし……。」

俺も大概料理は得意じゃないけど、上條さんも相当なもんだな。確か食事は当番制って前に聞いた気がするんだけど、それでこのレベルか……。まあ天は二物も三物も与えちゃくれないっていう、いい見本と言うべきか……。

「先輩、失礼です。そりゃあ確かに見た目はあれですけど、そこが一生懸命さが伝わって可愛いんじゃないですか。それに味はすごくいいんです。」

「………あ、そう。愛情は最高のスパイスってヤツだな。俺は愛情なくとも食堂のおばちゃんの作った八宝菜の方がいいや。」

自分でも痛いと思えるような負け惜しみを言いつつ後輩の方をちらりと見ると、そんな俺になど全くお構いなく、やに下がった顔で焦げた卵焼きを頬張っていた。ああもう、ものすごく感じ悪い。絶対こいつ俺の孤独な姿を見てバカにしてやがるだろ。

「それにしても上條さんの弁当なんて珍しいな。何の風の吹き回しだ?」

「それは……あれです。昨日は11月22日だったでしょ。」

「……それがどうした。何かあったか?」

「…………まあ、独身の先輩には関係のない日かもしれませんが、昨日は『いい夫婦の日』っていうんですよ。まあ単なる語呂合わせですけど。」

「独身男なのはお前もそうじゃねぇか。」

予想以上の下らない理由に、呆れかえっていると、それにも気付かず奴はだらだといつものノロケ話をし始めた。こっちのペースでおちょくるのは面白いけれど、幸せをひけらかすみたいなノロケだったら犬も食わない。

「で、いい夫婦の日だったから明日の弁当作ってやろうかって上條さんが言ったワケ?」

「いえ、この日の事を知っていたのは俺だけで、小さいプレゼントを用意していて昨日渡したんですが、ヒロさんは知らなかったから用意してない……って落ち込んじゃって……。」

そんなバカバカしい日、知らなくて正解だよ、上條サン………。

「俺としては、贈り物なんか無くっても………昨日の夜、可愛いヒロさんがいっぱい見られたんで、それで十分だったんですが、それじゃ気が済まないからって、今朝早く起きてお弁当作ってくれたんです。可愛いくて優しい伴侶に恵まれて、俺は幸せ者です。」

「あ………そう。」

立て板に水といった勢いで、つらつらと恋人自慢を並べ立てる不愉快な後輩を無視して、隙だらけの脇をぬって卵焼きに箸を突き立て、ひょいと口に頬張ってやった。

「あーーーーっ!先輩っっ!今、俺の卵焼き盗ったでしょう!」

「意外……本当に結構旨い。」

「何で勝手に食べるんですかー!ヒロさんの卵焼きー。」

見た目は悪いがきっちり味がついていて、甘くてふわふわした卵焼きを作る野分とは対照的な、だしと醤油の味がしっかり効いたものだった。これはこれでご飯のおかずにはいいかもしれない。

恨めしそうな顔で上目遣いに俺を睨む野分に向かってニッコリ笑いかけてやる。

「あのさー来週の土曜日、俺もお前も休みになってるだろ?お前ん家遊びに行くから。上條サンに手料理お願いしますって言っておいて。」

「ちょっと!何を勝手な事言ってんですか!土曜日は俺達デートなんです!先輩が来たって留守ですからね!」

「え、どこ行くんだよ。だったら俺も混ぜて。ちょうど予定も無いし、ヒマだなーと思ってたんだ。」

本気で困惑顔の後輩の顔を見て、ようやく溜飲が下がる。やっぱり、こうじゃないと。野分のくせに俺に自慢話しようなんて生意気なんだよ。
完全に冗談のつもりで言った事だったんだけど、これだけ本気で困ってるあたり、ごり押しすれば邪魔しに行けたりするのかな。それならこの面白みのない日々にも楽しみが出来るのに。

旨くも不味くもない八宝菜定食をかきこみながら、愛想なしで不器用な後輩の恋人の顔を思い浮かべる。
いったいどんな顔して、卵焼きなんて焼いてたんだろうと考えると、自然と口元が緩んだ。

 ◇ おわり ◇





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