またやっちゃいました・・・現実逃避モノ


 鏡 〜摩訶不思議 IN はばたき〜


社会見学の終わりは、いつも彼女の家の前。
無表情を崩さずに、私は楽しい一時の終わりを惜しむ。
・・・が。
そんな貴重な時間を台無しにする不届き者が最近増えている。

目の前の彼女は何処か落ち着かない様子で、慌てて電話を切っていた。
私の異性の好みは、万人の共感を得るものだったようだ。
それは決して喜ばしい事ではなく、むしろこういった妨害めいた事が多く、正直な所腹立たしい。
いや・・・本当に腹立たしく思うのは、彼らのように正直に意思表示の出来ない自分に対して、だ。

「・・・それでは。」
彼女は淋しげに、家の前に佇んでいる。
普段であれば家に入る所まで見届けるのだが、先刻の電話がその配慮を失わせていた。
私は車に乗り込むと、バックミラー越しに彼女の姿をちらちらと確認する。
スピードに乗ると、段々と彼女の姿は小さくなっていった。
ウインカーを上げ角を曲がれば、鏡の中に広がる風景がガラリと変わるのは当然の事。
なのに、今までの出来事がぷっつりと途絶えたようで、虚しくなった。
鏡に映る自分と、目が合う。
今の気分を見透かされたような気分になって、私は鏡から視線を逸らすと運転に集中した。

こんな日は、酷く憂鬱だ。
己の曖昧さが、露呈される。
自分は教師として、彼女を見守りたいのか?
それとも今日電話をしてきた誰かの様に、彼女に接したいのか?
誰も居ない真っ暗な部屋に灯りを灯すと、急に今の格好が窮屈に思えてきた。
無造作にネクタイを緩め、上着を乱暴に投げ捨てると、くしゃくしゃに前髪をかき上げる。
不安定だった。
自分が何を望むのか。何をしたいのか見失っているのだから、無理も無い。
嫉妬、不安、自己喪失。そんな言葉だけでは、言い表せない感情。

そんな夜だから・・・あんなにも非現実的な事が、起こったのかもしれない。

就寝の準備をしようと、洗面所に向かう。
鏡に映る姿は、余りに無様なものだった。
教師でもなく、男でもない。
中途半端な自分が、情けない表情を浮かべていた。
そんな自分を一喝するように、鋭い視線を鏡へと投げかける。
すると・・・鏡の中の自分が、厭な笑みを浮かべていた。
―本当は、あの子が欲しいんだろう?
「・・!?」
鏡に映るべき顔は、驚いている顔の筈が・・・。
―まあそう驚くなよ。
薄笑みを浮かべている鏡の中の自分に諭される。
私は呆気に取られて、目を擦る。
これは、夢だ。
鏡・・・が、ただの硝子が、話す訳が無い。
―お前は、俺だ。
この声を捉えているのは、耳ではない。
自分の内部から、直接脳に語りかけてくるようだ。
「・・・馬鹿な。」
―お前の頭の固さじゃあ、容易に信じる事は出来ないだろう。
 ・・・お前のその強すぎる理性が、俺に取っては邪魔だな。
鏡の中の私は呆れたように腕を組み、嘲る様な視線を投げてくる。
「消えろ。」
―無理だ。俺はお前だと言っただろう?
 お前の心の奥に抑え込んでいる望みを、叶えてやろう。
「何を・・・。」
―あの子を、手に入れる。
 お前のやり方じゃ、無駄が多すぎて見ていられない。
呆れたような声が、私を苛立たせる。
不安に駆り立てられて居る分、余計に不愉快だった。
「消えろ。私は今のままで満足だ。」
―それは、どうかな?
 お前は、俺だ。お前の事は、良く解っている。
一瞬、こちらに慈しむような視線を見せる。
その穏やかさに、一瞬怯む。
ヤツはまた厭な笑みを浮かべると、段々とその姿を薄らがせていった。

疲れか、目の錯覚か。
はたまたこれは、夢なのか。
原因をはっきりさせないで眠りについた事が、そもそもの間違いだった。・・・と今は思う。


すっきりしない頭で、私は手馴れた身支度を始める。
時計を見やると、時刻は5時30分。気分は優れなくとも、体は勝手に目覚めてしまう。
いつもより早く目が覚めたのは、好都合だった。
昨夜と同様に洗面台に立つが、何も無い。
この鏡の前で起きた不可思議な出来事が、まるで嘘のようだ。
しかし・・・何処かすっきりしない。
「教師」として過ごさねばならないというのに、気持ちの整理がし切れていないのが良く解る。
早めに登校し学園の空気に触れれば、教師に徹する事が出来るだろう。
私は手早く身支度を済ませると、足早に駐車場へ降り車に乗り込んだ。

車を走らせると同時に窓を開け、朝のひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込む。
一時間不足している睡眠のせいで目覚めていない脳が、少しづつ蘇るのが解る。
だがその分・・・考える事が増えてくる。

昨夜見たものは、本当に幻だったのか。
幻を見るにあたり・・・何か自分に原因が有ったのか。
それは彼女の電話の相手へ抱いた嫉妬心と、何か因果関係が有るのか。

幾ら冴えてきた頭で思考を巡らせてみても、答えが見つかるわけが無い。
全て非現実だと切り捨てる結論に達すると同時に、私の車は校門をくぐった。


職員室へと向かう前に、音楽室を確認するのが私の習慣。
誰も居ない音楽室へ足を踏み入れると、準備室から微かに物音がした。
『こんな時間に・・・誰か居るのか?』
自分自身もこんな時間に登校している原因が、些か教師として後ろめたいものが有るせいか、
私は足音を殺して準備室のドアへと歩み寄る。
「・・・やっ、そんな・・・。」
女の声を、耳が捉えた。
しかしその声は、何やらいかがわしい印象を受ける声色だった。
「だ、め・・せんせ・・い。」
・・・教師同士、あるいは教師と生徒の逢瀬の現場に居合わせるとは、早速朝からついていない。
生徒同士であれば即刻踏み込んでいく所だが、教師ともあれば若干の考慮は必要だ。
無論・・・見逃す気は無いが。
現場確認という名目で、室内を覗くのも余りに陳腐。生憎と覗きの趣味も無い。
これについての対策は、職員会議にかけるのが最善の処置方法だと判断すると、
私は静かにその場を離れようとした。
「・・ひ、氷室せんせ・・・ゆるして・・・。」
離れかけた足が、止まる。
耳を疑うと同時に、昨夜の出来事が鮮明に蘇り始める。

―彼女が欲しいんだろう。
―・・・お前のその強すぎる理性が、俺に取っては邪魔だな。
―あの子を、手に入れる。
 お前のやり方じゃ、無駄が多すぎて見ていられない。

「・・・っ・・!」
達した一つの結論に堪りかねて、勢い良くドアを開ける。
しかし室内にその音が響かない。
まるでその部屋だけが薄絹の様な物に覆われ、外界の妨害を防いでいる。
「止めろ!」
叫びは、虚しく消える。
目の前に居るのは、昨夜姿を見せた”私”と、彼女。
無造作に解けたスカーフ。
たくし上げられた、制服の上衣。
スカートは引き上げられ、下着の無い状態で秘所を曝け出している。
曝け出された花弁は、既にもう一人の”私”の支配下にある様子で、
淫らな蜜が溢れ出ていた。
昔、悪友に無理矢理見せられた、成人向けのビデオのような光景。
この場から逃れようにも、薄絹の壁に囚われて部屋から出る事が出来ない。
―逃げるな。お楽しみは此処からだ。
ヤツはこちらを一瞥すると、溢れ出る蜜を掬い上げ、充血した花芯へと指先をあてがう。
それに連動するように、私の指先にもヤツが触れているものの感触が伝わってくる。
見たくない。が、視線を逸らそうとすると、正体の解らない大きな力でそちらへと目を向けさせられる。
彼女が胸元を大きく上下させて、甘い声を洩らしていた。
聞いた事の無い声。
その声は余りに扇情的で、彼女が”女”なのだという事がまざまざと見せ付けられる。
・・・ヤツの手によって。
「・・・昨夜の電話の相手は、誰だ?」
こちらの声は妨げられているにも関わらず、あちらの声は余す事無く聞こえてくる。
耳を塞いでも、無駄だった。
彼女の秘所から洩れる淫猥な水音すら、はっきりと聞かせられる。
そして私の指先には、熱く滑った液体が絡みついてくる。
「・・あ・・ゆる・・してっ・・・せんせぇ・・。」
「質問に答えたまえ。」
指先を強く花芯へ押し付けられて、乱暴に弄っている。
彼女の花芯の隆起が、指先に伝わってきた。
「・・・馬鹿な。触れているのは・・・私ではない!」
―俺は、お前だと何度言えば理解できる?
 素直に認めろ。そうすればもっと・・・。
「あ・・は・・・ぁ・・。ごめんなさい・・・せんせぇ・・。」
責め苦に喘ぎながら、彼女が必死で”私”へと嘆願する。
ヤツはそれを一瞥すると、こちらへ視線を向けた。
―どうする?許してやるか?
「・・止・・めろ。」
―下らない答えだ。興醒めだな。
「ひっ・・・。」
薄く開きかけていた秘裂へ指を押し込まれ、彼女が息を呑む。
内壁から伝わってくる圧迫感が、彼女の快感を物語っていた。
ヤツはそれを嬉しげに眺めると、ゆっくりと抜き差しを開始する。
ひくひくと痙攣を繰り返す肉壁の感触が、生々しくヤツを介して伝わってきた。
「謝罪は必要としていない。・・昨日の電話の相手は誰だったかと、聞いている。」
彼女は身体を震わせ、苦しげな表情を浮かべながら歓喜の声を上げている。
不愉快な光景に、胸が焼け付く。
にも関わらず、私の脈は乱れている。
「・・・い・ぃ・・ぁ・・・。」
恐らく彼女は、答えを言葉にする余裕がない。
潤んだ瞳。上気した頬。
乱れる呼吸。甘い鳴き声。
指先に絡みつく蜜。伸縮を繰り返す・・・秘裂。
視覚・聴覚・触覚。彼女同様、私の全てもヤツに奪われて・・・いる?

「全く・・君は。困った生徒だな。」
ヤツは私を一瞥し、口元だけで微笑うと、彼女を責め立てる指を二本に増やした。
花芯は空いた指で、押しつぶされんばかりに弄られている。
粘り気の有る水音が、更に忙しなくなる。
ヤツの指に弄ばれ、彼女の瞳孔が開き始めた。
・・・きつく彼女が”私”の指先を締め上げる。
「あ・・あ・・あ・・せんせ・・・ゆるしてぇ・・・!」
彼女は全身をびくびくと震わせると、全身の力が抜けたようにグッタリと動かなくなった。

全ては私の偽物が、私の目の前で彼女の身体に悦びを刻み付けていると言うのに、
昨夜のような無様な嫉妬心は湧いてこない。
「・・あれは自分だと・・私は・・認めてしまったのか?」
―認めたくないか?この期に及んでも。
ヤツの声が、頭の中に大きく響く。
激しい頭痛が、眩暈を誘う。
「・・”俺”が?・・・彼女を・・・。」
何が何だか解らない。ここまで自分を見失うなど・・・初めてだ。
―俺はお前の望む事をしたまでだ!
叫びに近い声が、激しい衝撃となる。
頭が割れんばかりの激痛に、私は気を失った。


「・・・っ!」
勢い良く起き上がると、薬品の匂いが鼻に付いた。
「氷室先生。気が付かれましたか?」
保健教員の声がする。
一体何が有ったのだ・・・?
何処までが現実で、何処までが幻なんだ・・・。
「今朝、音楽室で倒れられて居たんですよ。氷室先生が体調を崩されるなんて、珍しいですね。」
半笑いの保健教員に礼を告げると、私は足早に保健室を出た。
窓の外にはもう、夕暮れの風景が広がっている。
丸一日保健室で眠り続けているとは、不覚だった。
早足で職員室を目指す。

「氷室先生。」
ふと呼び止められ、振り返ると彼女が居た。
「・・・君か。どうした?」
事実関係が不明では有るが、あんな姿が脳裏に焼きついてしまっている私は、
口調こそいつもどおりではあったが、目線は合わせず彼女の方へと向き直る。
「・・・せんせぇ。特別講習は、今朝と同じ場所ですか?」
思わず耳を疑うようなその言葉に、思わず彼女の顔を見る。

・・・彼女の潤んだ瞳を確認すると、私の背中を冷たいものが一筋流れた。



氷室宅の洗面台は、彼の趣味でちょっぴりアンティークテイストな洗面台。
その右隅に『月風堂』というサインが有る事は、彼すらも知らない。
最近、公園通りにオープンしたばかりのあの店には、まだまだ隠れた秘密が有るのかも・・・しれない。







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