氷室先生!ごめんなさぁい(斉藤君風)


 鏡 〜オンナの子のキモチ〜


「えぇ〜〜!?」
賑やかだった店内が、奈津実の大声で静まり返る。
「・・・声が大きいよぉ、奈津実ちゃん。」
おろおろしながら、真っ赤になる珠ちゃん。
「呆れた!アナタそれでイイと思ってるの?」
本当に呆れ果てた表情で、口に手を当てる瑞希さん。
「・・・ま、奈津実が大声上げる理由も解らなくないわね。」
冷静に眼鏡のブリッジを上げる志穂。
4人の視線は私に注がれたまま、時間が一瞬凍った。
「・・・そ、そんなに変かなぁ。」
事の発端は、奈津実が私を冷やかした事から始まった。
半年前・・・高校の卒業式の日、今更とは思ったけれど担任の氷室先生に告白されて、私は晴れて先生の恋人の座を得た。
『で、ヒムロッチってどーゆー顔してあんたと寝るの?』
興味津々の奈津実の問い掛けに事実を答えたら、さっきの反応が返って来た。

―まだ、手も握ってない。

事実である。
自分でも信じられないけど、事実なのだから仕方ない。
前に一度、電話の相手は誰かと、先生に・・・その・・・お仕置きされて以来、嘘のように何にも無いのだ。
あの時の先生が、別人だったようにしか思えない。
わざわざその事を引きずり出すのも、なんだか恥ずかしくて・・・何も聞けないでいた。

「・・・幾ら年齢的に落ち着いてるとはいえ、変よね。」
志穂の言葉がぐっさりと胸に刺さる。
「ヒムロッチってあんま性欲なさそうだしねぇ・・・。」
レモンスカッシュが入っていたグラスのストローを弄びながら、奈津実が溜息混じりに呟く。
「奈津実ちゃん・・・性欲って・・・。」
奈津実の言葉に、さっきから珠ちゃんが過敏に反応しているのがたまらなく可笑しい。
私がクスクス笑うと、奈津実の眉が釣り上がった。
「・・・のんきにヘラヘラ笑ってる場合じゃないじゃないの!?アナタの魅力が足りないせいで・・・。」
「他にオンナがいるかもじゃん。」
「氷室先生がそんなに器用とも思えないけど・・・。」
「可能性は、あるかもしれないよ?」
4人が示し合わせたように、私を不安にさせる。
「そんな事無い!」
勢い良く立ち上がると、志穂のグラスが倒れ掛かる。
「・・ムキにならないで。」
慌てて手を差し伸べ安定を保つと、志穂が私を宥めにかかった。
「大丈夫だって思ってるから、からかってんじゃん。それとも何?アンタ欲求不満?」
「・・・う。」
言葉に詰まる私。横に座る珠ちゃんが、心配そうに私に視線を寄越しているのが感じられた。
「・・・オンナにも性欲があるからねぇ。かわいそうに。」
奈津実の台詞に対して、返す元気はもう無かった。


「私に・・・魅力がないのかなぁ。」
零一さんの帰りを部屋で待ちながら、私は鏡に映る自分に問い掛けた。
週末には一緒に食事をして、私の高校時代の門限である10時には家に送り届けてくれる。
『もう大学生だから、いいんです。』
何度そう言っても、零一さんはガンとして聞き入れてくれない。
「・・・どうしてなんだろう。」
不意にあの時の・・・お仕置きの時に与えられた快感が、身体を走る。
あれで好きになった訳じゃない。
だけど・・・あの感覚は忘れられないで居る。

『・・・昨夜の電話の相手は、誰だ?』
『質問に答えたまえ。』
『全く・・君は。困った生徒だな。』

快感で意識が遠のきながら、あの時の先生の冷たい眼差しが脳裏に蘇る。
ゾクゾクするような感覚が、身体の芯へ熱を与えだした。

―罵られるのが、好きなんでしょ?
「え?」
鏡の中の私が、冷ややかに笑う。
―今みたいな温い関係は、ウンザリなんでしょう?
 子供じゃ有るまいし、健全な付き合いなんて飽き飽きだよねぇ。
「・・・何なの?これ・・・。」
鏡に手を伸ばしてみても、冷たい硝子の感触があるだけで、他は何も無い。
―私はあんただよ。いつもイイ子で従順なあんたの、本当の姿よ。
鏡の中の私が、睨みつけてくる。
「・・・嘘。」
辛うじて音にした言葉は、掠れていた。
―嘘じゃないわ。現に・・・罵るあの男を思い出して、身体が疼いてるじゃない。
見透かされて、思わず唾を飲む。
焦りで、額が湿り気を帯びだすのを感じた。
「違う!今の関係がウンザリだなんて思ってない!」
―素直じゃないね。素直に認めたら、そうして貰えるコツを教えてあげようと思ったけど・・・。
 少し素直になれるようにしないとダメみたいね。・・・私が満たされないわ。
「・・・何を!?」
鏡の中の私の目が、妖しく光る。
―ちょっと大人しくしてて。あの快感が欲しいのは、あんただけじゃないのよ?
遠ざかる意識の中、高らかに嘲笑う声だけが頭の中に響いた。



「・・・んっ。」
身体に触れる冷たい感触に、私は手放した意識を取り戻した。
私は暗闇の中で、何かに腰を降ろしていた。
立ち上がろうにも、身体が動かない。

―あの快感が欲しいのは、あんただけじゃないのよ?

「まさか・・・零一さん?」
言葉は闇に飲み込まれた。一体ここは何処なのだろう。
「・・・零一さんに、何をする気なの?」
無駄とは解っていても、声に出さずには居られなかった。
その言葉に応えるように、闇の一部に光が見える。
「・・・う・・そ・・・。」
光の中の光景に、私は絶句した。

私が・・・もう一人居る。

「あ・・ん・・。」
服を着ているのに、胸元を温かいものが這う感じがして、私は思わず声を上げた。
光の中に居る私が、目線をこちらへ寄越す。
―見える?
彼女がそう言うと同時に、光の中で彼女が胸元に口付けを贈られているのが見えた。
「・・・零一さん?」
目の前で他の女の人を抱いている姿を見るのが悲しくなって、その光景が涙で滲む。
―泣く事ないじゃない。私はあんたなんだから。
「・・あ・・・・・。」
零一さんの唇が彼女の胸の先端に吸い付くのと同時に、私の身体の同じ場所から快感が広がる。
―気持ちイイでしょ?この男はあんたを抱いてるんだから、いいじゃない。
信じられなかった。
私の傍に零一さんは居ない。居ないのに、目の前の光景の通りの快感だけ、身体に与えられる。
零一さんの薄い唇から舌が覗き、先端に絡みつく。
「・・ひゃ・・。やだぁ・・・。」
身動きが取れない上に、直接与えられている訳ではない。
身をよじっても、無駄だった。
―イヤだって言う割に・・・この光景をしっかり見てるじゃない。
 素直になったら?そうしたらもっと、この男の愛撫を感じられるわよ?
身体が訴えるもどかしさを見透かすように、彼女は私に囁いてくる。
もう一人の私の言葉に、腰の辺りが疼くのを感じた。
「・・・零一さん、触って。」
彼女は私に視線を向けながら、零一さんの耳元で甘く囁く。
誘われるまま、零一さんの綺麗な指先が腰をなぞり、太腿の間を割って潜りこむ。
「・・・は、ん・・・。」
身体の中で燻っていた潤みが、とろとろと溶け出てくる。
無意識で開いていた脚を慌てて閉じても、無意味だった。
・・・彼女は、私?
身体に注がれる快感に、脳が疑うのを止めだす。
それでもまだ、彼女は私だと受け入れられない。
そんな事・・・有り得ないのだから。
―結構頑固だね。
彼女は舌打ちすると、零一さんを誘うように脚を更に広げる。
「せんせぇ・・・もっと・・・。」
くちゅり、と粘りのある湿った音が、生々しく暗闇に響く。
零一さんの指を、”私”の秘所が涎を垂らしながら飲み込んでいた。
目の前に広がる光景の艶かしさに、私は遂に理性を手放した。
「あ・・・はぁ・・・。」
彼女の言うとおり、認めると途端に身体中に痺れが走る。
―やっと、認めたね・・・。気持ちイイでしょ?
勝ち誇ったような声に紛れて、蜜の奏でる湿った音が忙しなく聞こえてきた。
彼女の問い掛けに答える事も出来ずに、私は零一さんの指先から施される刺激に酔う。
身体の力が、みるみる抜けてゆく。
荒い息を吐く口の端が緩んで、唾液がだらしなく伝い落ちるのにも構わずに、私は腰をくねらせ快感を貪る。
「・・・もっと・・・もっと感じたいっ・・・。」
私の言葉に、もう一人の私は高らかに笑う。
―いい子ね。身体が飢えた時は、素直にそうやって男を求めるのよ?
その言葉に無言で頷くと、私は零一さんの指先が埋もれている場所に全神経を集中させた。



暗闇の中、目を開けると零一さんの寝顔があった。
「・・??」
慌てて起き上がると、自分も零一さんも一糸纏わぬ姿だった。
あれは夢?現実?
この状況からして、あの事は夢じゃなかったのだろう。
でも・・・記憶が無いせいか、身体は何となく中途半端な感じがした。
「・・・起きたのか?」
顔が、全身が恥ずかしさに熱く燃えるのを感じる。
「は、はひ・・・。」
間の抜けた返事に、零一さんは溜息をついた。
「・・・どちらが本当の君なんだ?」
「え?」
「大胆に誘う君か?それともこうして耳まで真っ赤に染めて照れるのが、君か?」
その問い掛けに、答えは無い。
何故なら・・・どっちも私なのだから。
「・・・解りません。」
困った顔をすると、零一さんがそっと私を抱き寄せた。
触れたかった零一さんの体温を感じると、身体の奥に燻っていた熱が蘇る。

「零一さん・・・もっと。・・・もっとして下さい。」

私の言葉に硬直する零一さん。
それを無視して、私は零一さんの腕を掴むと馬乗りの姿勢をとった。




鏡・・・それは全く同じものを正反対に映し出すもの。
逆もまた、真。どちらが正しい、などという基準は無い。
隠しておいた本音が、何らかのきっかけで表に出るのは珍しい話でもない。

・・・故に

彼女の望みに彼が応えられるかは・・・彼の努力次第であり、我が月風堂は一切の責任を負いかねる。






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