劉 海臻伝4章 転換


最初は喧噪かと思った。
しかしだんだんと騒ぎ声が大きくなってくる。
次には喧嘩かと思った。緊迫した空気に包まれている南皮では
些細な事がきっかけで喧嘩が起きる。みな苛立っているのである。
しかし喧嘩にしてはどうも様子がおかしい事にみなが気付いたときには
全身血まみれの男が酒場に転がり込んできたときだった。

「楊賛!!いったいどうしたのですか!!」
転がり込んできた男を一目見て、海臻が叫び声にも近い声音で問う。
男の名は楊賛。劉慶の家で慶の回りの世話をしている男である。
常に劉慶と行動を共にしており、片時も側を離れず刑の信任厚い男である
その様賛がこのようなところで血まみれになっているのは何故か?
それが海臻には理解出来なかった。

「お・・お嬢様・・・。大変です・・・・・劉慶様が・・劉慶様が・・」
絞り出すような声でそこまで言うと、楊賛は意識を失った。
「楊の手当は俺がする、御嬢は早く家にいきな。文遠万一があるから
お前も御嬢に付いていってくれ。
動転して考えがまとまっていない様子の海臻をみて、店主がてきぱきと指示を出す。
それでも呆然と立ちつくす海臻に店主は再度檄を飛ばす。
それによって漸く自我遠識を取り戻した海臻はあわてて店を飛び出す。
「海臻様!お乗りなされ!。」
店を飛び出して暫く走り続けた回線の背後から声があがる
声の主は馬上の人となった張遼であった。
「走っていては間に合いませんぞ。さぁ、お乗り下され。」
言うが早いか、馬の速度を落とさぬまま海臻の手を取り馬へと引き上げる。

張遼と海臻を乗せた馬は、一陣の風になった。
見慣れた大通りを抜け瞬く間に、丘にある劉慶の家へと続く道に入る。
(父上・・どうかご無事で・・・)
道を疾駆する間海臻はそれだけを祈り続けた。二度と親しいものを失うのは嫌だ。
しかし、ふともう一つの考えが浮かぶ。

(祈る?何を祈るのだろう?誰に祈るのだろう?祈りがかなえられたことなどないのに・・
 何故私は祈るのだろう?)

父が死んだとき、母の無事を祈った。母が死んだとき幼い妹の生を祈願した。
だが、それは叶えられなかったではないか。
救いをもたらす神など居ない。そう理解したはずなのに・・。この期に及んで何故
私は神に祈っているのだろう?まだ・・・神とやらの存在を信じているのか?
思考の迷宮に入りかけたとき、馬の走る速度が落ちた。それにより海臻は現実世界へと
引き戻される。そしてそこに見たものは・・・・

 見慣れた家。広い屋敷だ。いつもと何も変わらない・・・・。
そう、屋敷だけはいつもと変わらずにそこにあった。
違ったのは、多くの負傷者が軒先、庭を問わずに踞っていることだ。
「・・・。戦でもあったかのようだな・・・。」
張遼が誰に言う出もなく呟く。戦の経験のある張遼は傷口が全部刀傷であることを
見抜いていた。それも横や後ろからの傷が多いことも。
「だまし討ちか・・伏兵にでも遭ったようだな・・。」
「騙し討ち・・・・」
オウム替えしに答える。自分の顔から血の気が引いていくのを海臻は感じていた。
「あ・・いや・・・ただの憶測にござるよ・・。」
余程酷い顔色なのだろう、それを見た張遼はあわてて言葉を付け足す。
「いえ・・・・大丈夫です・・・・。文遠様」
暗く沈んだ声で答えると、海臻は馬から飛び降りた。そして義父の姿を求めて歩き出す。

「御父様・・・どこですか・・・御父様・・・・・。」

負傷者の中を半ば夢遊病者のような頼りなげな足取りで歩く海臻を追いかけようと
張遼が馬を下りたとき、聞き覚えのある声が彼を呼び止めた。
「よぉ!文遠。」
短く一言。ずいぶんと気迫のこもった声だ。
張遼は振り向くことなく相手が誰であるかを理解した。ゆっくりと振り返る
「やはり貴公か。皇甫義真。」
張遼は先程までの穏和な表情から一転して険しい顔つきとなった。体を半身開く。
「おいおい、親しげに呼び止めただけだってのにずいぶんな態度だな。」
呼び止めた方の男〜皇甫義真という名前らしい〜も利き足を後ろに引いて身構える。
互いに緊迫した表情のままで視線を交わし遭う。
先に視線を和らげたのは張遼の方であった。
「成長したな、義真。気迫が以前とは桁違いだぞ」
「そう言うお前も、あれから修羅場を何度もくぐってきたようだな。」
うっすらと笑みを浮かべながら歩み寄り、固い握手をかわす。
「で・・・こんな所になんでお前が居るんだ?」
皇甫義真が問いかける。それを聞いて初めて己の役目を思いだした張遼は
「あっ・・」
と短く声を上げて、慌てて海臻の姿を探す。だが張遼の目のと測範委に海臻は居なかった
「・・・・。成程な。あの嬢ちゃんの父親・・・・・殺されたぜ。」
張遼の様子から何か察したのだろう、ぼそりと呟く。
「ついさっきな。新しく義勇兵に参加したいという奴を迎えに・・・街道沿いまで出かけていって
そこで・・騙し討ちにあったらしい。劉慶ってのは、この辺りではかなりの名士らしいからな。
その名士が私財を投じて義勇兵を募ったとなりゃぁ、賊共には邪魔なことこの上ないだろうからな。」

皇甫義真の言葉は真実であった。
海臻はいま父親と対面していた。奥まった祭事堂の床の上に、あり合わせで作ったのであろう
貧相な卓の上に横たわり冷たくなっている父親と。

「御父様・・・・。」
一言だけであった。後は涙。ただ涙であった。
瞬きすら忘れ、行きをするのさえ忘れてただただ、声もなく泣いていた。


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