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時代は漢の末期。所はショウの片田舎。
一人の男が、郷里の者共2〜30人をつれて街道を我が物顔で歩いてくる。
齢は20の半ば程のこの男は、姓を皇甫、名を嵩。字は義真という。
この辺りでは当たる者が居ないほどの剛力無双の持ち主で、本人もその事を自覚しているらしく
自尊心が高く尊大で、郷里の人々から、「悪たれの嵩」と呼ばれている。
尤も皇甫の乱暴さと合剛力はみんな知っているので、おもてだって言う勇気のある者は居ないが
本心では、早くむらから出ていって欲しいと思っていることは想像に難くない。
だがこの皇甫只の乱暴者ではなく、一本筋が通った男であるらしく、同年代の若者には絶対的な
支持を受けており、その事が余計にこの男を尊大にさせているらしかった。
「義真兄貴、今日の相手はくちほどにもない奴でしたねぇ、あれなら兄貴の出る幕じゃなかったですよ」
肩で風を切るようにして歩く皇甫の横から、まだ若い男が声を掛ける。
「あいつ等最近この辺りの縄張りをあらしてやがったが、俺たちにかかりゃぁ、あんなもんさ
是で二度と大きな顔させねえ。」
どうやら「悪たれの嵩」の一党は今日も派手に出入りをしてきたらしい。
「義真兄貴、これからお祝いに一杯やりますか?張ばあさんの酒屋が開いているはずだ」
「それでもかまわねぇな。そうするか。」
仲間の発案に、億劫そうに答える皇甫。実は彼の心はここにはない。
暴れ回って、喧嘩もして・・・。そんな毎日に飽き飽きしているのだ。
(どいつもこいつも取るにタリネェ・・。もっとこうがつんと来るような男はいねぇのか・・・。)
彼の心の渇きは、こんな辺境の猛者で如きでは癒せなくなっていた。
この生まれながらの武人である男は、強敵に飢えていた。
血が滾り、命の駆け引きすら甘美と成るであろう相手に会うことを夢想していた。
だがその夢も、こんな田舎で叶えられることもない。そう諦めても居た。
そんなときの事である。ぼんやりと杯を傾けていた皇甫の耳に、後に彼の運命を変えるであろう
出来事を告げる言葉が聞こえたのは。
「・・・で・・・な事があったんだとよ。」
「おい・・・。今なんて言った?」
たわいもないうわさ話をしていた子分の一人に、つかみかかりそうな勢いで皇甫が問う。
「え・・いや・・、多・・・・只の噂ですよ兄貴」
問いかけられた男は、何か機嫌でも損ねたと思ったのか、しどろもどろな口調で答えた。
「怒ってるんじゃねぇ。興味があるんだよ・・・。聞きたいからもう一度話してみな」
子分はそう皇甫に促されて、おずおずと話し出す。
「実は北平で暴れ回っていた山賊が、たった一人の男によって討伐されたらしいんですよ・・・。
たしか・・・張・・何とかって言う男でした。・・・え〜〜〜っと・・・。そうそう、張遼文遠とか言う男です」
「・・・山賊をたった一人でか・・・・面白い・・・・。」
そう呟きながら杯を飲み干した皇甫の心は既に決まっていた。
(その男と手合わせをして勝つ。それこそが俺の渇きを癒す方法だ・・・。)
この時、皇甫嵩義真は運命というなの歯車が動き出したことをまだ知るよしもなかった・・・。
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