トーマ・ソウルナーグ  序章

 「トーマ・・・何故になく?・・お前に泣く暇など無いのだぞ?」
力強く暖かい、だけど厳しい声が僕の頭上から降り注ぐ・・・
だけど僕は、全身を襲う痛みと、理不尽な怒りと、そして切なさで押しつぶされて
涙を止める事が出来無かった。

 声の主、今はもう顔さえ覚えていない大きな男の人は、小さく溜息をつく。
「わかって居るんだ・・・これは本当は俺の罪だと言う事は。だけれど俺は・・・・・。
これから先、母さんを、あの人を守れるのはお前しか居ないんだ。お前も母さんは好きだろう?」

 どれだけ悲しくても、辛くても、その言葉にだけは僕は必ず、力強く大きな声で「うん」と答えた。
だって僕は母さんが好きだったから。
真っ直ぐで長い、ラベンダー色の髪も、僕を抱きしめてくれる時の優しい香りも。
僕や僕の愛する妹、セレスティスに手作りのカップケーキを作ってくれる時の、あの優しい笑顔も
怪我をした時に手当てしてくれる時の暖かい・・・所も、全部大好きだったから。

 僕が強く頷くのを見ると、その男の人は、その大きな手で僕の頭を優しく撫でてくれる
だけど直ぐ、木刀を手にして僕に向き直ってくるんだ・・・。僕がお母さんを守れるように
強くなれるようにって・・・・。


 「兄様?・・・兄様?」
鈴の音のようにか細く、だけれど涼しげな声が俺の耳朶をなぞり、意識を急速に覚醒させていく。
体が小さく揺すられ、意識の覚醒に拍車がかかる。
「兄様?大丈夫ですか?」
うっすらと目を開ける・・・・目の前が急速に光にあふれ、その白い世界の中にいたのは・・・・
「母上?・・・・・」
寝起きの混濁した意識の中、目の前にいる人物の姿と記憶の中の母の姿がダブル
いや・・・母上のはずなど無い。母上はころされたのだ。俺たち兄妹の前で・・・・。
俺の目の前にいるのは・・母の面影を色濃く残している
・・・いや瓜二つと言ってもいいほど酷似しているが、全く別の人物。
俺の最愛の妹、セレスティス・・・・・。
「兄様?・・・その・・・かなりうなされておりましたが・・・・お加減は?」
俺を気遣ってか、伏し目がちな視線ながらも、顔を覗き込んでくる愛しい妹の姿。
「ちょっとだけ・・・昔の事を思い出してしまった・・・・。母上の事とか・・・」
父上の事も・・・・そう言いかけて俺は言葉を切ってしまった。
既に顔さえ思い出せない男・・・母を置いたまま勝手に死んだ男。母を悲しみに追いやった男
俺が父に抱く感情は、憎しみでしかない。
だから俺は自分の名前が嫌いだ。男子だからという理由で父の姓を受け継いだ自分の名前
【ソウルナーグ】という苗字を・・・。

 父に先立たれ、その遺体すら見つける事の出来無かった母上は
俺たちの前では気丈に振る舞っていたけれど、夜になると必ず寝室で泣いていた。
「シン・・・・シン・・・シンッ!」
父の名を何度も呼びながら、髪を振り乱し・・・。気品さえあると言われたその顔を激しく歪ませ・・・
そんな母上の悲痛な叫びを聞く事が辛かった・・。母上にそれほどの悲しみを与えた父が憎かった。

 父は母を守るために戦い、そして死んだ。それは理解している
だけれど心は、母を苦しめた父を受け入れられなくなっている。妹は・・・俺と違い
父もまた愛している様子だが・・・。
「セレスティス・・・・心配をさせた・・・・大丈夫だ」
自分の顔を覗き込む妹に優しくそう告げて、ゆっくり立ち上がり、朝の空気を全身に吸い込むように
大きく一つ伸びをする。
「あ・・はい、その・・・本当にお加減は?」
それでも心配そうに俺を見つめ続ける妹。妹にとっても俺は唯一の肉親、心配で仕方ないのだろう。
「俺は頑丈さが取り柄なんだぞ?心配は要らない。」
父への収まりのつかない感情を抱えたまま、しかし妹に心配をかけぬように笑顔を浮かべて
母親譲りのその長くしなやかな髪を優しく撫でながら言い聞かせ。
「はい♪んふ♪」
俺の様子を見て納得したのか、やはり母親譲りの柔らかく無邪気な笑顔で俺を見つめる。
「今日の内にこの峠を越えないといけない。そろそろ行こうか?」
「はい・・・御兄様」
俺たちの旅は始まったばかり・・・・・だけどいつ終わるかは解らない。
だが最期の時までこの妹だけは守ろうと心に誓いながら、ゆっくりと歩き始める。
それが、俺の嫌悪する父親の持っていた思いと同じだとは知らずに・・・。



  (壱話完)


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