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はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・
光すら満足には届かぬ薄暗い森、その中を疾駆する一人の男の姿があった。
身には鎧の類は身につけて居らず、ただ右手に抜き身の刀を握りしめたまま、脇目もふらずに
道無き道を全力で駆け抜けていく。
「くっ・・・遅れを取った・・・。ナーラは無事なのか!」
怒りと焦燥にあふれた声・・・・。その声に込められた感情は誰に向けられた物なのか?
「頼む・・・無事でいてくれ・・・」
祈る様な気持ちでそう呟くと、男は更に速度を増して、森の中を駆け抜けていく・・・・。
やがて森の木々は少しずつ疎らになっていき、やがて開けたところへと出る。
急速に光り差す森の中の開けた一角、そこに男の探し求める者は居た。
一人は女性。
ラベンダー色の長い髪、白磁器の様に白くなめらかな肌。銀色に輝く瞳と大きな純白の羽・・・。
己の身の回りに大きな火の固まりを漂わせながら、対峙する相手から片時も目を離さずに立っている。
もう一人はいや・・・一人と言うべきなのか。
人の形をしてさえ居ないそれは、まさに化け物と呼ぶに相応しい容姿をしている。
全身が濃い緑色の鱗の様なもので覆われており、足と蝙蝠の様な羽が生えただけの蛇の様な生き物。
亜竜と呼ばれる化け物に類する物なのか?
大きく開けた口からは、赤く二つに割れた舌をシュルシュルと出し入れしている。
「ナーラ!・・・無事か!」
その様子を見て取った男が思わず声をかける。
「シン!・・・無事だったの?・・心配・・・・したんだから・・・・・」
心なしか震える声、しかし対峙する物から目を離すことも出来ず
何時でも火の固まりで攻撃を仕掛けられる様に身構えたままで答える。
その声は嬉しさからなのか、それとも不安からなのか、心なしか震えており、彼女が今直ぐにでも
シンと呼ばれた男に抱き付きたい衝動を抑えている様にも見える。
「ナーラ・・・後は任せろ・・・。亜竜と言えども竜族。恐らく火の攻撃は効果が薄いだろう・・・・
ここは、俺が切り抜けてみせる・・・・。」
ナーラより少しはなれた場所、亜竜から見れば右側面に位置する場所で、刀を正眼に構えてシンが
そう声をかける。
「シン・・・・わかったわ・・・お願い・・・・。」
一瞬何か言いたげな素振りを示すものの、シンの言葉が正論であることを感じ取ったのだろう
ナーラは攻撃態勢から、身を守るための体制に切り替えて一度だけちらっとシンを見る。
「ちっ・・・化け物が・・・俺のナーラに触れようなんざ、100年早い・・・・。」
ナーラが自己防衛の行動に移ったのを瞬時に見て、自らは気力を奮い立たせるべく一声あげ、亜竜を揶揄する様な口
調でそう言いながら、腰を低く落として身構える。
シギャー・・・
短く一声あげて亜竜が新たな得物に向かってその爬虫類特有の瞳を向ける。
「新月流刀槍術・・・・シン・ソウルナーグ・・・・・参る!」
時代がかった口調でそう名乗りを上げると、力一杯地面を踏み抜き一息で亜竜との間合いを詰める。
亜竜はその行動にケダモノ特有の本能が生み出す俊敏な行動で大きく中に浮き上がると、踏み込みと同時に繰り出さ
れた横凪の斬激を軽くkかわし、再び一声鳴き声を発する。
「・・っ・・・バカにしやがって!!」
横凪をかわされ、状態のバランスを少し崩すものの、踏み込んだのとは逆の足で強く踏ん張り
辛うじて体勢を立て直す。
そして亜竜に向かって左手を突き出し、大きく横に振う。その手からは無数の風が巻き起こり
やがてそれは真空の刃と化して亜竜へと襲いかかる。
その攻撃は亜竜の認識外の物だったのか?さしものケダモノの本能も未知の攻撃には即座に反応出来ず
ほんの僅かな時間だが、動きが止まる。そこに襲いかかる真空の刃・・・・。
蝙蝠の様な翼が、細かく切り刻まれ緑色の体液をまき散らす。
「あ・・・・・」
その様子を見ていたナーラが小さく、短く声を上げる。
精霊使いであると共に看護婦でもある彼女にとって、如何なる理由が有ろうと命有る物を傷つける行為は
耐え難い物なのであろう。例えココが戦場で、例え相手が自分に敵意を持っていたとしても・・・。
その一見甘いとも言える感情、しかしそれこそがナーラがナーラであるレーゾンデーテル
であるとも言えるのかもしれない。
彼女は、例え半分だけとはいえ、天界の・・天使の血を受け継いでいるのだから・・・・。
「ナーラ・・・一気にけりを付ける・・・見たくないなら目を・・・閉じていろ・・・・」
ナーラのそんな性格を知っているからこその声かけ。
右手に銘刀「飛燕」を構えたまま、揚力を失い地面に向かって落ちてくる亜竜を見据えて
斬りかかる瞬間に供えて体に力を漲らせる。
ナーラが目を閉じる、亜竜が地面に叩き付けられ、その刹那シンの飛燕が3閃する。
ズシュッ・・・ザシュッ・・・ザクッ・・・短く嫌な音が三度、亜竜の喉から絞り出す様な断末魔の雄叫び・・・。
そして訪れる静寂・・・・・。
「終わった・・・から・・・・」
トドメの一撃を亜竜の体に突き立てて、絶命を確認して、シンがナーラに声をかける。
その声に従って、ゆっくりと目を開けると、地面に横たわり息絶えている亜竜と
その横で警戒の色を残したまま立ちつくし、自分を見つめている愛しい人の姿が見える。
「シン・・・・」
無事であることを確認して少し安堵の色がこもった声が漏れる・・・しかし、次の刹那その声音は悲しげな色を浮かべる
「いつ・・・まで・・・・つづくの?」
「何時になれば・・平穏な・・・普通の・・・生活に戻ることが出来るの?」
薄く涙を浮かべた瞳で真っ直ぐにシンを見つめ、ナーラが問いかける。
何時の頃からか、自分の命を狙う物が現れ始め、そのものからナーラを護るためにシンは再び戦いを始めた。
無事なのか?怪我はないのか?シンが居ない時間は常に彼の安否を思う。
それが嫌で、ただ待っているだけの、護られているだけの自分が嫌で
共に闘うことを選んだ彼女を待ち受けていたのは、命を奪い合うという現実。
命を救うべき立場にある彼女が、自衛のためであるとはいえ命を奪う行為をしている。
その葛藤で心が壊れそうになった時期もあった。
だが愛する人と慈しむべき物を護るために戦いを辞めることは出来無かった。
覚悟は出来たはずだった、だがやはりこの現実を目の当たりにすると、つい弱音が出てしまうのであろう・・・。
「いつまでかは・・・解らないよ・・・。奴らが諦めるまで?それとも俺たちが死ぬまで?
今の俺に言えることは、俺の・・・この身に変えても、君をナーラを護ると言うことだけだ・・。」
その言葉を聞いて、何も言い返すことが出来ず、ナーラは潤んだ瞳を天に向ける
(お爺さま・・・・やはり・・・私が居なければ全て・・・・・・)
深い悲しみの色を称えるナーラに、賭ける言葉を見つけることが出来ずシンも又天を見上げるしかできなかった
(回想1 Fin)
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