(・・・・・ん?)



それは授業中だったり、野球の自主練習の時だったり、家の風呂に浸かっている時だったり。
意識したことはないが、いつも、不意に『何か』が聞こえる。
物心ついた時から起こる現象なのでそれが異常なのか正常なのか山本には分からない。
それでも、その『何か』が聞こえた時はいつも意識が薄くなって。
自分という存在がこの世から切り離されたような感覚に陥った。


『何か』に、はたまた『誰か』に、呼ばれている。


答えようと思うのに、意識がうまく働いてくれなくて毎回失敗に終わる。
ついさっきも、いつもと同じような感覚に襲われたというのに。

 

「・・・・・・あぁ、今日も」

 

ダメだったのなと落胆し、情けない自分の声が零れた。
今日も答えは出ないまま、山本武はつい先日入学したばかりの並盛中学校へ向かったのだった。

 

 

Calling

 

 

「山本、凄かったよ!怪我はどう?すぐ病院に行こう!!」

「ツナ、落ち着けって。ロマーリオがいるし、すぐに病院まで運んでやるから」

「十代目に心配おかけしやがって!この野球馬鹿っ」

「まぁいいではないか、タコヘッド。山本は怪我をしているのだ。まずは治療が必要だ!」

「そ、そうだよ。山本、早くディーノさんと病院に行って!!」

 

ヴァリアーとのリング争奪戦もいよいよ中盤戦。
ボンゴレ側圧倒的不利の状態から始まった、雨の守護者同士の戦い。
山本の対戦相手であったスクアーロの実力は本物で、まさに辛勝と言ったところだ。
それでも勝ったことに喜びたいが、山本が助けようとしたにも関わらず、スクアーロを襲った末路は皆の心に深い爪痕を残した。

ただ、勝利をおさめ帰還した山本の無事が何より嬉しいことは確かで、仲間たちはそれを分かち合っていた。
山本自身もそんな雰囲気を察し、勝ってリングを手に入れた事や、怪我も大したことない事を告げると早々に車で病院に向かった。

 


「明日は霧の守護者同士の対決か。気になって今夜は眠れないよ・・・・」

「十代目!修行までなさっているんですから、夜ぐらいはゆっくりお休みにならないと!!」

 

山本を見送るとツナや獄寺といったいつものメンバーも家に帰るために学校をあとにした。

 

「うん、バジルくんに手伝ってもらってるのに上手くいかなくて・・・・申し訳ないや」

「難しい技だと聞いています。拙者にできることなら何でも協力させて頂きますから焦らず行きましょう!」

 

そんな会話が今夜も繰り広げられる中、ツナはいつの間にか自分の家庭教師の姿が無くなっていることに気がついた。

 

「あれ?リボーンは?」

「そういやそっスね。学校を出る時までは確かにいらっしゃったのに」

「山本殿が勝って戻ってきてから静かでしたね、リボーンさん」
 
バジルの言葉を聞いてツナはようやく思い当たった。
このタイミングでいなくなったということは、行く場所は一つしかない。

 
「お気に入りだもんなぁ」


山本が勝ったことに対して満足げな顔をし、怪我もディーノ達に任せて心配だという表情は一切見せなかった。
相変わらず無表情で感情を諭させないことに長けている。
いや、見かけは赤ん坊だがボンゴレ最強のヒットマンだという彼にはそれがいつも通りのスタンスなのだろう。
それでもこうして誰にも告げずに駆けつけてしまうほど、山本を認めているのだと思う。
だからリボーンが駆け付けた先は山本の元で間違いないだろう。
ボンゴレの血がもたらす超直感か、それとも己の家庭教師を知りすぎてしまったからかは判断できないが。
ツナはやれやれと苦笑して、「先に家に帰っていよう」と仲間に告げると家に帰るために歩きだした。

 

 

 

 

 

静まり返った病室の窓から見える下弦の月。
山本が横たわるベッドの上へと月光が淡く降りそそいでいる。
リング争奪戦に勝った後、治療のためにすぐこちらに運ばれた。
イタリアに旅行した時にお世話になった一人であるロマーリオと彼に従う数人が消毒して包帯を巻いていくのを見ていた。
何より瞼を抉って血が滴っていた傷は数針縫うために麻酔を打たれ、今は頭がぼんやりする。
それでも身じろぎした時に体を襲う痛みと、胸の中をグルグルと締め付ける感情のせいで、山本はなかなか寝ることができなかった。


時計の針はもう深夜で、針が動く音しか聞こえない。
そのことが山本を更に不安にして睡魔から引き離していた。

 

 

「ちゃおッス、山本」

 


ふいにドアが開く音と共に聞こえてきたのは見知った、赤ん坊の声。
急に現れた気配に一瞬緊張したが、その正体を認めて山本はいつもの笑みを浮かべる。

 

「よぉ!見舞いに来てくれたのか?ありがとうな、小僧」

 
そう声をかけるとリボーンは足音も無く歩き、ベッドの近くの窓枠に腰かけた。

 
「こんな夜中にどうした?小僧はもう寝なきゃ明日辛くなっちまうぞ?」


リング争奪戦の時は起きているようだが、普段は早寝であることをツナから聞いている身としては心配だ。
そう思ってリボーンに目を向けると、彼は帽子の奥から見える瞳でこちらをじっと見つめている。

 

「山本、傷はどうだ?まだ痛むのか?」

 

自分の質問は見事にスルーされた。
しかし、今はそんなことを問う雰囲気ではない。
いつになく無表情な彼の姿に違和感を覚えた。

 

「・・んー、ロマーリオのおっさんが手当てしてくれたから大丈夫。麻酔も効いているし痛くないぜ」

「そうか。今夜はよくやったな、さすがボンゴレ10代目ツナの雨の守護者だぞ」

「はは、サンキュー。ツナたちの役に立てたみたいでよかった」

 

表情は硬いがいつも通り話しかけてくるリボーンに対し、山本も笑って話をすることができた。
今、自分の心の内を目の前の赤ん坊に知られるわけにはいかないと。
無意識にしていた表情だった。



「・・・バカヤロウ、自分がどんな顔してるか分かってねぇだろ」

「えぇっ、ほんとに傷は痛くないのな」


ほら、腕もちゃんと動くから野球もできるぜ?とベッドから起き上がって両腕を回してみせる。

 

「チッ、お前らしいといえばお前らしいな」

 

舌打ちと共に聞こえた言葉。

 

「・・・・うわっ、小僧!?」

 

目にも移らぬ速さでリボーンが山本の肩に乗り、無理やり山本の頬を掴んで視線を合わせた。
急に近くなっていたその気配に驚いて、山本は為されるがままとなった。

 

「身体にある外傷なんかじゃなく、『心』が痛いって顔をしているんだ。俺の前で無理に笑うな」
 

赤ん坊とは思えないほど真剣で、聞いているこちらが苦しくなるほど冷たい声。
目の前の人物がどれほど自分を心配してくれているのか、山本は初めて気付いた。

 

「ははは、小僧には敵わないのな−」

 

 肩に感じるいつも通りの重み。頬に感じる小さな手のひら。
この状況を見ているのは空に浮く月だけだという状況に、山本は自然と口を開くことができた。

 
「オレはずっとスクアーロに勝つことしか考えてなくて、獄寺達の戦いを見ても自分が『命』懸けるってよく分かってなかった」

 
ただ手も足も出ずに負けたことが悔しかっただけ。

それに綱吉たちの力になれるなら、と修業を開始したけれど。



「親父に時雨蒼燕流が殺人剣だって言われてもピンとこなかった。今夜もただ負けないために、スクアーロに向かったはずなのに」



そっと包帯と絆創膏によって隠れた自分の掌を見つめる。

 

「すげぇ、ゾクゾクしたんだ。本物の刀で対峙することも、相手の殺気を感じ続けることも・・・オレは勝負をすげぇ楽しんでいた」

 
スクアーロにボロボロにやられて己の命が危機に晒されても、恐怖ではなく相手に勝つという本能で体を動かした。
それはまさに野球で勝負している時以上に神経が研ぎ澄まされ、血が沸騰したかのように熱く感じた。
溢れだすように闘志が体中を駆け巡った。
何より一番驚いたのは、自分の脳が大いに冷静だったこと。
それはまさに獣。命のやり取りさえ当たり前のように。己の中には獣が棲んでいることに、気付いてしまった。

勝負には勝った。
うまく脳震盪を起こし、相手の命も奪わないで済んだ。
思った通りの展開だった。

それなのに。

 

「最後の最後でオレは何もできなかった。一番近くにいたのに・・情けねぇ・・情けねぇよ・・・なぁ、小僧」

 

涙など流せるハズもない。そんな権利は自分にないだろう。
見ているしかできなかった。自分が殺したといっても過言ではない。
唇をグッと噛みしめて、山本は静かにリボーンの言葉を待った。

 

 
「俺は正直、ザンザス率いるヴァリアーなどろくでもない連中だと思っていた。それでもスクアーロは違った」

 

黙って話を聞いていた赤ん坊が、ゆっくりとした口調で話しだす。

 
「アイツは真の剣士だったからこそ、あの状況でお前に託したんだ」


無音の部屋の中に、その言葉が力強く響いた。

 

「託したって、何を・・・?」

「剣士としての誇りを、だ。勝負の中でお前を認め、自分の結末を覚悟して・・・・自分が生きて持ち続けた誇りを、山本だったから託した」

 
リボーンはスクアーロの事を本当に認めているようだ。
そして、剣士として山本自身を必要としてくれていることが分かる。


「・・・・俺にそれを背負って生きろって意味か?」

「お前はすでに剣士だからな、背負うんじゃねぇ。きっともうお前の中に溶けちまってる筈だ。オメェは俺が見込んだ男だからな」


リボーンの言葉は、山本の心にじわりと沁み込む強さを持っていた。
それは優しくて、温かくて。
さっきまで冷たく凍りついていた心がゆっくりと動き出していく。

 
「そ、うだな、うん・・・オレはもう時雨蒼燕流の後継者だもんな。スクアーロとの戦いは絶対無駄にしない」

 

リボーンの言葉を一つ一つ反芻して、前に進むしかないのだと思った。
今でもあの時の戦いを一瞬、一瞬ずつ思い出すことができる。
獣は確かに自分の中に潜んでいる・・・・が、それでも剣士だ。

認められ、託され、必要としてくれる人がいる。

自分の無力を嘆くより今はリング戦も中盤で、やらなければならないこともたくさんある。
そう思うと先ほどまで感じていた暗い気持ちが一気に楽になった気がした。

 

「はは、小僧のおかげで何か眠れそうだ。ありがとな」

 
ずっと眺めていた掌から、肩にいる赤ん坊へと視線を移すと。
近すぎる距離から見つめてしまったその瞳が無機質で、大人びていることに息を呑んだ。

 

 
「こぞう?」


「なぁ、山本」

 


2人の声が重なった。
視線を合わせて、山本が先を促すと。

 

「お前に目をつけ、剣を与えたのはこの俺だ。いつか、後悔する日が来たら迷わず俺を斬れ」

「はは、何だそれ。赤ん坊がそんな物騒な事言っちゃダメだぞ」


冗談か聞き間違いであって欲しいという気持ちを込めて笑う。
しかし、目の前のリボーンにはそんな気持ちは伝わらない。




「山本、俺はお前になら殺されてもいい」


一切の表情を失くした彼が言葉を紡いだ。
急にそんな言葉を言う彼にも、そんな言葉を言わせてしまったことにも、心が痛んだ。

 

「な、何、言ってんだよ!今回の事だって誰の責任でもないだろ!オレは自分で決めたんだ。 オレが・・・・・・小僧を恨むわけないのなっ!」


ましてや剣を向けるなど、想像もできない。
そんな思いを込めて真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。

なぜかこんなにも胸の奥が悲しくて、切ない。



「・・・・お前は絶対そう言うだろうと思ったがな。もう、お前を放せそうにない。雨のリングはすでにお前のもんだ」

 
山本の言葉に返ってきたのは淡々としたいつも通りの声。
ただ何となく、それが目の前の赤ん坊が背負った傷だと思ったから。
山本は肩にいたその存在を両手に持つと、ゆっくり胸の前で抱きしめた。
その瞬間、腕にいる小さな存在が戸惑ったような様子を見せたことに思わず苦笑がもれる。

 

「なぁ、小僧。聞いてくれ」

「・・・・なんだ?」

「オレさ、小さい頃からいつも『何か』に呼ばれてたんだ」

 
今まで父親にも誰にも言えなかったことを、腕の中にいる彼になら自然に話すことができた。

 
「何度も何度も呼ばれたのに、オレはどうしていいのか分からなくていつも何も出来なかった」


身じろぎせず、リボーンが自分の言葉に耳を傾けていてくれることが無性に嬉しい。

 
「それがツナと仲良くなって、獄寺や小僧と出会って、こうして戦って大事なものを守れるようになった。
  スクアーロと戦うために、時雨金時を手に持った時に分かったんだ。
  オレをずっと、ずっと呼んでくれていたのは『コイツだ』って。
  オレは親父の子供で、時雨蒼燕流の後継者として生まれたから、きっとこれが本当の在り方なんだ」

 
ずっと、ずっと考えていた。

どうか、この声が、この思いが、腕の中にいる小さな存在に届きますように。

 


「お前は本当にそれでいいのか?」

「いいも何も、オレは小僧らに感謝してるんだ。時雨金時を持って戦えるんだからさ」

 
だから、何も気にすんな?一人で抱え込むな?

お前、赤ん坊なんだからもっと甘えたらいいんだぜ?

 

続いた言葉に驚いたのか、腕の中で大人しくしていたリボーンが急に顔を上げた。
バチリと重なった視線。確かに感じるお互いの体温。独りじゃないのだ、と。
今更ながら実感した山本はホッとして、ずっと心に溜まっていた重苦しい感情が完全に抜け落ちていった気がした。

 

「フッ、お前には本当に敵わねぇな。今夜のダサい俺は忘れろ」

 
そう言ってニヤリと笑った姿がいつも通りだったことに心から安堵する。

 
「んー?小僧はいつもカッコいいから、ダサいことなんて何もなかったぜ?」


こんな夜中に心配して、罪悪感すら抱きながら小さな体で駆けつけてくれたことが分かったから。

 
「ありがとな、小僧。これから帰るのは危ないから今夜は一緒に寝ようぜ」

 

あんなに眠れずに持て余していた時間が嘘のようだ。
知らず溜まっていた疲労が一気に押し寄せてきた。
それに気づくと山本はリボーンの体を抱きしめながら布団に入って寝る体制をとった。


「ふふ、小僧はあったかいのな。また今度一緒に寝ような」

 
帽子をはずして寝ころんだリボーンの頭をポンポンと叩いて、その温もりを逃さぬよう腕に力を込める。
山本は就寝の挨拶をすると、腕の中の赤ん坊の返事を聞くことなく夢の世界に落ちていった。
今夜はきっと嫌な夢を見る心配はないだろう。

山本の長かった一日がようやく終わりを迎えた瞬間だった。


 

 

「・・・・・天然すぎて、末恐ろしいガキだな」

 

それまでフリーズして話せなかったリボーンの声が暗闇の部屋に響いた。
かっこいいとか、一緒に寝ようとか、ただの赤ん坊としか思っていないことが分かっていても、
甘い台詞に感じてしまうのは仕方がないはずだ。

この呪われた身で、山本への執着と激情を自覚したのはつい最近。
何も知らずに眠る愛しい者は無防備な寝顔を晒すのみで、理性が試されている気さえする。
だが、今はこのままの関係が心地いい。
相手の体温だけでこんなにも幸福な気持ちにさせてくれる愛しい存在。

無理に笑うその笑顔を見ているだけで居た堪れなかった。

何もできない自分が嫌で、口にせずにはいられなかった。

返ってきた言葉から山本なりの覚悟を感じ取ることができた。
きっと未だにマフィアについては『ごっこ』だと思っているだろうが、今はそれでいいと思う。

 


「いつか、本来の俺の腕の中でも、こんな穏やかに眠ってくれ・・・・・Buona note,Takeshi」

 


おやすみなさい、愛しい人。

どんな夜も、2人なら。

 

 
Fin.

2008/11/26

改 2009/09/12




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