『修業は合格だ。よくここまで極めたな、山本。じゃあ俺の秘密を教えてやる』

 

綱吉や獄寺から遅れること3日。
ようやく修業にキリをつけることができた。
修業を始める前にリボーンと交わした約束。
その小さな体には不釣り合いな殺気と実力を兼ね備えた彼の秘密を教えてくれるらしい。



それから、アジトの地下10階にて、長い、長い昔話が始まった。

 


箱庭

 

 

「・・・・・・199,200!」

 


道場から洩れる明かりを頼りに竹刀を振った。
毎日野球部の練習を終えて家の裏手にある道場に直行する。
制服から袴に着替え、時雨金時で素振りをしてから家に帰る日課ができていた。
未来に飛ばされミルフィオーレとの戦いに終止符を打ち、戻ってきたのはつい半月前。
一番驚いたのは、未来では約1ヶ月という時間が経過していたのも関わらず、現在に帰ってくると未来に行った日のままだったこと。
1ヶ月も学校に行かず、野球部の練習に参加しなかったことで退部を宣告されても仕方ない、と。
密かに山本は覚悟していたのだが、そんな心配は杞憂であったらしい。
きっと入江正一がうまく調整してくれたのだろう。
未来であったことがまるで夢だったような不思議な感覚だが、あれは夢ではない。
大切な人達の死や壮絶な戦いで経験した事は忘れてはならないと思う。

ただ、垣間見ることになった未来が少しでも光溢れる世界に変わったことを、山本はひとり祈るしかなかった。

 

 

「やっぱり全然疲れねぇ。これも小僧の特訓のお陰だな!」

 
確かに昔からトレーニングは欠かさず行い、体力には自信があったが。
未来で行われたリボーンとの特訓以降、山本の身体能力は飛躍的に上がった。
現在に戻ってきてから朝の自主練、野球の朝練、野球の夕練、夜の自主練と行ってもまだ体力は余り気味。
ここで調子に乗って自主練の量を増やしてしまいたいが。
無理をしても怪我をするだけだ、とリボーンに止められてしまった。

 

「・・・・なんか物足りねぇな」

 
そう思う自分に苦笑する。
時雨蒼燕流と出会う前は、野球さえできれば満足で、それだけが全てだった。
しかし、リボーンに鍛えられた後では中学の野球部の練習が物足りなかった。
野球をすること自体楽しい事に変わりはないが、自分でも驚くほど反射神経や動体視力が向上していて。
山本が力一杯野球をすると周囲から浮いてしまい、力をセーブしてしまう場面が増えてしまった。
野球は楽しい。はっきり言って大好きだ。

でも・・・。

 

「!!!!」

 

背後に感じた、凍りつくような静かな殺気。
濁りのない高密度な殺意。
それはブラックスペルの幻騎士以上だと本能が悟る。
山本は瞬時に振り向いて時雨金時を構えた。

 

「約束通り来てやったぞ」

 
聞き覚えがない声、見慣れない風貌。
どれも不審であるというのに、己の感覚が彼を「知っている」と告げる。
 


「こ、小僧・・・か?」

 
自分に向けられた殺気によって喉が渇いていたが、何とか声を振り絞りだした。
目に映ったのは満月を背景にし、一番近い木に寄りかかった黒衣の男。
山本よりも長身で体つきは細く、真っ黒なスーツに身を包んで。
トレードマークの帽子の上には緑色のレオンの姿があった。



「今宵は満月だぞ。調子はどうだ、山本?」

「ハハ、悪くないぜ。待ってたぞ、小僧」

 
そう言って笑うと、目の前に立つ男から殺気が消えた。
殺し屋としての性か、それとも自分を試したのか、その真意は分からないけれど。
こうして自分と交わした約束を守るために来てくれたことが嬉しかった。


「そんな木の陰にいないで、いつもみたいにこっち来てくれよ」

「・・・・いい度胸じゃねぇか、ヒヨっこが」

 
つい、いつもの調子で赤ん坊にするように両手を広げる。
するとリボーンは溜め息を吐いてこちらにやって来てくれた。
そんな様子を見ながら、山本はこれが現実であることを改めて実感する。
話を聞いた時は『まさか』という思いで中々信じられなかったけれど。
こうして赤ん坊であるはずの彼が成長した姿を見ると、信じずにはいられない。
話をしてくれた時のことを、山本はゆっくりと思い出していた。

 

 




『俺たちが呪われた赤ん坊だということを知っているか?』

 
そんなリボーンの言葉から始まった、まるでどこかのおとぎ話のような本当の話。

 

マフィア界において最強だと思われる人物が7名選出され、呪いを受ける。
それは何百年とイタリアに伝わった秘伝で、その7名を生贄としこの世の混沌を防いで安寧をもたらす。
呪いを受ける者にとっても大変名誉なことであり、その身に受ける苦痛や孤独と引き換えに名声や力が手に入る。
ただ、覚悟して運命を受け入れても、その心を覆い潰す闇は想像を絶するものらしい。
そして何より呪いを受ける際、身体の生命エネルギーが無理やり抽出されその力がおしゃぶりに宿される。
それによって肉体構造が変わり、特異な力を授かるらしい。
アルコバレーノにとっておしゃぶりは命そのものであり、それを閉じ込める呪具。
精神も体も何もかも呪いに縛られた、逃れられない宿命。

 
そこまで説明されて山本は理解に時間を費やし、それでも何とかそういった事実を受け入れた。

 
『どうして・・・小僧は呪いを受け入れたんだ?』

 
それは純粋な疑問だった。
普段自分の肩に座り、様々な変装をしては仲間を楽しませてくれた赤ん坊。
それでもそれは仮初めの姿で、自分と出会う前にそんな事があったなんて一切感じさせなかった。

どれだけの苦しみに耐えて来たのだろう。
どれだけの痛みを味わってきたのだろう。
どうしたらそんなに強くなれる?
山本には分からない。

 

 
『この体は縮んだ上に、成長しない。こんな姿だがもう半世紀以上生きてんだ』


リボーンは両親の顔など知らない。気づけばイタリアのある孤児院にいたそうだ。
初めは親という存在すら知らず、似た境遇の子供らと過ごす日々。
ただ、他の子供と違って身体能力や集中力が桁外れにすごかったらしい。
何かに導かれるように、その力に目をつけた人物が拾ってくれた。
それがボンゴレファミリー8代目ボス。
次期9代目の少年は同じような年齢で、彼を守り仕える為に引き取られたらしい。
親にも必要とされなかった自分を見出してくれた恩。9代目の人柄にも惹かれ、忠誠を誓った。
リボーンと同じように才能を見出され、別々の孤児院から数名が集められて一緒に育った。
そんな彼らからは9代目の守護者になった者が多数いた。
9代目がボスに就任する頃にはリボーンは殺し屋として高く評価され、敵はいなかった。
しかし、そんなボンゴレ最強のヒットマンは守護者に選ばれなかった。
その頃になると感情を表わさず、ただ9代目のため、ファミリーのために殺し続ける日々。
孤児院から集められた者達の中でもその実力は一番にも関わらず、守護者に選ばれなかったことが不服で。
9代目を尊敬し、兄弟のように、友のように大切に思ってきたから、このままでは側で仕えられなくなるのではと。
それだけが唯一、恐ろしかった。それは死よりも冷たく、残酷なことだ。

そして28歳になったとき、アルコバレーノの1人に選ばれた。

9代目から「すまない」と何度も謝られ、涙を流しながらファミリーを守ってほしいと言われた時。
心を震わせたのは歓喜だった。
たとえ呪われた体になろうとも、自分を必要としてくれるボンゴレのためとその運命を受け入れた。
気づけばその『運命の日』から50年以上が経過して、リボーン以外が時を重ねて変わっていた。
アルコバレーノとして畏怖と尊敬の対象である中、9代目や守護者の者たち、家光らが友として接してくれるので。
何も不自由することなく、ファミリーを愛し、護ることができた。

 


『後悔なんてしてねぇ。護りたかったものを護った結果だ』


ふいにやって来ることになった未来。
平気そうな顔をしているが、この地下のアジトであってもその小さな体を蝕む病は辛いはずなのに。
リボーンは表情を変えることなく、話しきってくれた。
アルコバレーノのことだけでなく、リボーンの半生を語りきるにはいつの間にか2時間を要していた。

 
『長くなっちまったな。汗は引いたと思うが、しっかり風呂に入ってこい』
『・・・小僧』


その表情からは何も読み取れない。
しかし、その瞳は濁りなく山本は綺麗だと思った。


『話してくれてサンキューな。オレ、初めは信じられなかったけど信じるよ』

 
思慮深く、誰よりも冷静に自分たちを見守ってくれていた小さな赤ん坊。


『小僧が言うことなら、信じる』

 
自身の決断を誇り、その運命から逃げ出さない強さを知った。
真っ直ぐ伸びた背が彼の生き方を物語っている。
赤ん坊の姿でもその姿は偉大だ。
こんなに凄い彼に戦い方を教えてもらったのだと思うと誇らしくなる。
野球しかやって来なかった自分を信用し、認めてくれたことが嬉しかった。
 

『ツナや獄寺達にはこの戦いが終わるまで言うなよ。アイツ等はへなちょこだからな』

 
余計なこと考えて作戦が失敗したら堪らねぇ、と踏ん反り返る姿は山本がよく知るものだ。


『なぁ、小僧。本当の姿に戻ることはもうないのか?』
『なんだ、気になるのか』
『小僧は小僧だって思うけど、一応な』


自分の認識は変わらない。それでも、少しだけ残念に思うのだ。
この赤ん坊の姿であっても、こんなにカッコ良くて強いのだから。
元の姿はどれだけすごいのか知りたいと思う。

 
『フッ、素直なヤツだな』


 山本の内心を読んだかのようなタイミングでリボーンがそう言った。
彼から久しぶりの笑みがこぼれ、山本も嬉しくなる。

 
『・・・じゃあ、俺の最大の秘密を教えてやる』
『おっ?まだ何かあんのか?』
『ツナ達は知らねぇから言うなよ。俺は満月の日だけ、本来の姿に戻るんだ』
『えっ、マジかよ!?狼男みたいだな』
 

言われたことに驚き、頭の中には狼男が満月に向かって遠吠えする姿が浮かんだ。
リボーン曰く満月から発せられる光の強さが呪いの力を無効化するらしい。

 

『狼男と一緒にされるのは嬉しくねぇな。まぁ、とりあえずその認識でいい』
『はは、ごめんなー。オレ馬鹿だから難しいこと分かんなくて』
『いや、お前らしい。お前がその笑顔を変えねぇから、俺はお前に話したんだぞ』
『うん、ありがとな。オレ、小僧たちの分もいっぱい笑うから』

 
山本にはリボーンや綱吉の運命を代わってやることなど出来ない。
彼らが陰で傷つき、流れぬ涙を我慢する人生を歩むというなら、自分は笑っていよう。

少しでも気が紛れるように、楽に呼吸ができるように。



『そうだ!全部終わって並盛に帰ったらさ、満月の夜に会いに来てくれよ』
『・・・化け物だって認識するだけだぞ?』
『はは、言っただろ?小僧は小僧だって。オレ、会いたいよ』

 
お前のこと大好きだからな!と小さな赤ん坊の体をいつも通り抱きしめる。
フワリとコーヒー豆の匂いが漂った。山本が好きな彼の匂いの一つ。
秘密を打ち明けてくれたことが嬉しい。
こうして、同じ時間を一緒に過ごせることに感謝する。


『ふっ、山本には敵わねぇな。生きて帰れたら行ってやる』

 
小さな声だったが、確かに山本の耳に届いた。



『おう!全員で一緒に帰ろうなっ』

 
約束を守るためにも負けられない。
長い時間を生きてきた彼をひとりにしたくないと思った。
自分がいることで少しでも力になるのなら、いくらでも笑いたい。
新たな覚悟でミルフィオーレに戦いを挑み、壮絶な戦いの末ボンゴレ側は勝利を収めることになったのだった。

 

 

 

「うわー、小僧なんか細くねぇ?ちゃんと飯食わなきゃ駄目だぜ?」



長身痩躯とは彼のためにある言葉ではないだろうか。
確か28歳のまま成長が止まっていると言っていたが、それにしては痩せすぎだ。


「・・・お前、こんな俺を見ても赤ん坊扱いか?」


心配げな声音が気に入らなかったのか、憮然とした表情に苦笑する。


「悪い、ついクセで。そうだよな、オレよりずっと年上だもんな。えっと、失礼しました」


よく考えればずっと彼には申し訳ないことをしていた。
見かけのまま、ちょっと面白くて強い赤ん坊としてしか見ていなかったから。
しかし、正体を知ったからには敬意を払うべきだろう。

 

「フン、無理するな。お前の態度は嫌いじゃねぇからな」

 
頼むから変わってくれるな、と声にならない声が聞こえた気がした。



「ははは、小僧はやっぱりカッコいいな」

 

リボーンも変わらない。そう思うと嬉しくて目の前の体にぎゅっと抱きついた。
いつもとは違い、その長い腕に収まってしまう自分が少し恥ずかしかったけれど。


「うん、小僧の匂いだ。オレ、お前の匂い好きだぜ!」

 
コーヒーだよなぁ、とスーツに鼻を寄せてスンッと匂いを吸い込む。


「・・・コーヒーじゃなくエスプレッソと言え」

 
どうやら本人にはこだわりがあるらしい。
やはり、姿は大きくなっても本質は変わらない。
この腕で抱きしめられる彼は本物で、存在するのだと思うと嬉しくて。


自分よりも大きな体から感じる暖かさが心地いい。
なぜ、この腕の中はこんなにも安心するのだろうか。
目を閉じると寝てしまいそうだと山本は思った。

 
「おいおい、寝るなよ?せっかくだしな、お前に修行つけてやる」

「えっ、マジで!?」

「さっきの素振りじゃ物足りねぇって顔に出てたぞ」

「はは、小僧は何でもお見通しだな。んじゃあ、よろしくお願いします!!」

 

少し残念に思いながらその腕の中から抜け出すと。
いつの間にかレオンが十手に変化していた。
それを合図に山本が攻撃し、リボーンが受け止めてはそれの繰り返し。
やはり素振りだけでは物足りない。
本気でぶつかって、それを受け入れてくれる相手がいる。
未来ではリボーンに修行をつけてもらえると聞いて緊張したものだ。
それでも、彼はいつも真剣に、厳しく時には優しく自分を導いてくれた。
彼に鍛えてもらえたことが堪らなく嬉しくて、山本はいつになく楽しみながら修業に励んだ。

 


今になって思えば、未来で正体を聞いた時から意識していたのだと思う。
自分に見せてくれる素の部分や実力を認めてくれる姿に安心した。
修行と称して月に一度の逢瀬。

山本がボンゴレ最強のヒットマンであるこの男から告白されるのはもう少し先の話。
そして、山本がそれを受け入れて愛人に昇格するのは、そう遠くない未来の話だ。

 
捕まったのはどっち?

逃げ出さなかったのはどっち?

 

 
庭のような世界の中で、ふたりは恋に落ちた。

Fin.

2008/12/02


改 2009/09/12

 

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