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「うーん、今日も暑くなりそうだ!」
今では日課となった早朝トレーニング。
ランニングとバットの素振りは以前通りだが、時雨蒼燕流を学んでから竹刀を振ることも日課となった。
早朝の人通りが少ない商店街を走り抜け、山本は今では通い慣れた道場に来ていた。
「もう7月だもんなぁ」
少し小高い丘に建つこの道場からは並盛の街並みが見えている。
今日も平和な1日が始まろうとしていた。
その事が無性に嬉しいのに、山本の心は晴れない。
それは生まれて初めて経験する『受験』という現実が重く圧し掛かっていたからだ。
何といっても6月に行われた中学総体で、並盛中学は大会優勝という学校始まって以来の快挙を成し遂げた。
チームの主軸として山本は大会のホームラン記録をぬりかえ、多くの野球関係者にその存在を知らしめた。
夏が本格的にやってくるこの時期、山本には野球の強豪校からいくつも進学の話が持ち込まれていたのである。
野球部の顧問や担任からその話を聞かされ、いくつかの決断を迫られていた。
Fly Fly Fly
その日、獄寺隼人は近所の公園に来ていた。
特にやることもなく煙草を一服しようとベンチに腰かけた時、よく知る声が聞こえてきた。
「あれー?獄寺じゃん、こんなとこで何してんだ?」
目つきも態度も悪い自分にこんなに気安く話しかけてくるバカは一人しかいない。
「・・・っんだよ、テメェかよ。話しかけてくんな、野球バカがっ」
「まぁまぁ。いいじゃねぇか、せっかく会ったんだし。あっ、横座っていいか?」
一言聞いてきたかと思うと、返事をしないうちにちゃっかり獄寺が座るベンチに腰かけた。
「テメェ、何勝手に座ってるんだ!返事待たないなら聞くんじゃねぇよっっ」
「はは、悪ぃ!でも絶対獄寺許してくれないだろ?それよりさ、今日はツナの家に行ったんじゃなかったか?」
そう、本当ならば今日、尊敬するリボーンによって自分たちの強化特訓をすると前々から伝えられていた。
10代目の右腕となるために少しでもパワーアップをしたいと考えていたのだが、
目の前の山本は野球の練習試合ということで欠席だった。
山本なしで行うはずが、昨夜からランボが夏風邪をひいて寝込んだという連絡が来て予定が全て白紙となった。
看病に徹しているという綱吉の手伝いをしたいところだが、自分がいれば余計に看病どころではなくなると思って手伝いは自重したのだ。
1日暇になって部屋の掃除などをしていたが、やることがなくなって煙草を買うために外に出た。
そして山本とこうして出会う羽目になった。
彼を見て大きな野球バックを持った姿から帰宅途中なのだろうと推測する。
「フンッ!今日はアホ牛が夏風邪引いたとかで特訓は無しになったんだ。ったく、本当に傍迷惑な奴だぜ」
「あはは、まぁそう言うなって。夏風邪は引いたらキツイっていうし・・・心配だな」
「チッ、10代目の手を煩わせやがって。あのアホ牛は治ったら俺がシメてやる」
「はは、そんな引きたくて引いたんじゃねぇんだからさ、仕方ないじゃん。あとでオレも見舞いに行ってこようかな」
試合終わりの疲れを一切感じさせない表情で、山本はその場でグッと背伸びをした。
衣替えが終わった先月から半そでになった制服。
何気なく目をやった男の右腕に包帯のようなものが巻かれていた。
「お前、なんだソレ。どっか怪我したのかよ?」
さすがに長い付き合いになってきた獄寺と綱吉は、怪我をしたときの山本の落ち込みを何度も経験している。
この隣に座る能天気な男はマフィア『ごっこ』の中で怪我をしても自分の責任だと笑うくせに。
野球に関する怪我は全て自分のミスだとしてかなり自分を責める傾向があった。
獄寺にはまったく理解ができない。
「ん?あっ、これは今日の試合で投げたから疲労を残さないためにクールダウンで巻いてるだけだぜ。 心配してくれてありがとなっ」
ニコニコと右腕を見せに来る姿にウソはないと思う。
山本は自分のことになると本音を言わず、自分の内に溜めてしまうから心配だといつだったか綱吉がこぼしていた。
「べ、別にお前の心配したわけじゃねぇ!お前に何かあると10代目が悲しむからであってだなっ」
「うん、そーなのな。分かってるって!」
言葉通り受け取って納得したのか、そうでないのか表情が全く変わらない山本。
こんなところもよく分からず苦手だった。
「あの、さぁ・・・獄寺。ついでと言ったら悪ィんだけど、ちょっと聞いてもいいか?」
「あぁ?まだ何かあるのかよ!?」
マイペースで強引なところもすでに慣れてきてしまった。
煙草はすでに3本目を吸い終えそうになっており、コイツから解放されるには早く話を聞いたほうが良いと判断した。
「はは、顔がすげぇ嫌そうだな。えーっとな、オレ達もう受験生じゃん。獄寺は進路どうすんの?」
お気楽な山本にしては少し言いにくそうに、それでも笑いながら聞いてきた。
どうやら真面目な話題のようだが、獄寺には関係ない。
「ぁあ?そんなの10代目がおられるところに決まってんだろっ」
獄寺に選択権など必要ない。
右腕としていつでも尊敬する綱吉について行くだけなのだ。
「やっぱりそうだよなぁ。ツナは並盛高校かな?」
「確か進路希望調査票にはそのように書かれていたな。お前だって書いてただろ?」
獄寺は学校というものにあまり馴染みがない。
日本の教育は型にはまっており過保護に思えて気味が悪いとさえ思う。
「うーん、そうだったんだけどさ。いくつか野球部から誘い受けてて、甲子園行くためにそっちに行こうと思ってるんだ」
やはり隣にいる男は本来自分と接点など持つはずのない、ただの一般人なのだと思った。
数々の死闘を綱吉たちとくぐり抜けてきた日々は何だったのか。
『ごっこ』遊びと信じて疑わなかったコイツは心底バカだったらしい。
「テメェは、そんな奴だよな!10代目やリボーンさんがどんな思いでいるかなんて考えたことないんだろっ!?」
お前はただの野球バカだからな!!と、獄寺は意識する前に怒鳴っていた。
獄寺にとって山本の存在は邪魔でしかない。
それなのに。
雨の守護者としての力はファミリーに必要だと認めてしまっていた自分に気づく。
この沸き上がる感情は何なのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・なぁ、獄寺」
「あぁん!?まだ何かあんのかよっ、胸クソ悪ぃんだよテメェは!」
いつの間にか日が暮れ始めている。
そんな中で腹を立てる獄寺とは正反対に、少しうつむいて出した山本の声は静かだった。
「ツナは、ボンゴレ10代目のボスとしていつイタリアに渡るんだ?」
獄寺は耳を疑った。
山本の滅多に聞かない真剣な声音に圧倒された。
「テメェ、解っていやがったのか」
「最初はまさかなって思ったけど、未来に行って戻って来てからずっと考えてた。お前らずっと、すげぇ真剣だったんだよな」
今までごめんな、と山本が頭を下げたのでその表情は完全に隠れてしまった。
「テメェがかなりバカなのは知ってる。頭上げろ。まだはっきり決まったわけじゃねぇが、高校卒業後というのが10代目のご希望だそうだ」
また新しい煙草を銜えて火をつける。
このままでは1ケース吸い終わってしまうのではないかと働かない頭の隅で思った。
「そうか。獄寺・・・オレも行くぜ」
静かに言う山本は、全く笑っていなかった。
真面目にヤツは話しているつもりなのだろうか。
だからこそ、だからこそ!!
「テメェ、ふざけんな!甲子園行くんだろ?10代目の側離れるんだろ?それなのに、イタリア行くってなんだよ!?
どういうことかどうせ解ってねぇんだろ!俺達はマフィアだ。いつ死んでもおかしくない世界なんだよ!
殺すことも、殺されることも当たり前。お前みたいな甘っちょろい半端者が真っ先に命を落とすんだよ!
覚悟もないくせにお人よしだけで簡単に言うんじゃねぇよ、この野球バカ!!」
ベンチから立ち上がってそう怒鳴る。
手にしていた煙草を投げつけそうになった。許せない、と思ってしまった。
獄寺は生まれた時からマフィアの世界にいた。
綺麗事ではないことばかりの血と陰謀が渦巻く、闇の世界。
山本には似合わない、と心の奥でそう思う自分の気持ちに気付いてしまった。
いつの間にか、能天気で暖かいこの男の存在を心地よく思っていたのだと気付いてしまった・・・!!
山本に気づかれないように、血が出るほど拳を強く握る。
「ははは、獄寺はやっぱりすげぇ優しいよな」
「はぁ!?訳わかんねぇよ、この野郎!」
頭の血管が切れそうだ。
先ほどの真剣な顔はどこへやら、山本はすでにいつもの笑みを浮かべていた。
「んー、だってさ。ツナだったらきっと言いにくそうにすると思うし、小僧なら上手くはぐらかされそうだろ?
だから本当の事をただオレに話してくれる獄寺は、やっぱり優しいと思うんだ」
照れくさそうに微笑む姿に獄寺は調子が崩れる。
「きっとマフィアになってイタリアに行ったら、なかなか日本に帰ってこられないだろ?親父を一人にしちまうことだけが心残りでさ。
親父は気にすんなって言うだろうけど何か残したいんだ。だから、甲子園に行ってずっと自慢できるくらい活躍したい。
オレが野球やってた証にもなるし、 一つの区切りとして 高校は野球に専念したいと思ったんだ」
オレの我が儘だからツナたちには申し訳ないんだけどさ、と山本は続けた。
しかし、きっと綱吉たちは反対することなく、むしろ野球の道を勧めると思う。
特に心優しい綱吉は山本をマフィアの世界に巻き込むことに迷っているようだから。
「マフィアになるって決めた理由は一つじゃないけど、何よりも親父から引き継いだ剣でお前たちの力になりたい。そんな理由じゃダメか?」
ずっと『ごっこ』遊びと思って、ふざけているようにしか見えなかった。
それなのに才能溢れて多くの人間から信頼され、力を認められている姿に嫉妬した。
ヘラヘラ笑うところも気に食わなくて、抹殺してやろうと何度ダイナマイトを取り出しただろう。
それなのに。
目の前にいる野球バカは、どこまでも優しく、覚悟を決めてより真っ直ぐした目をしていた。
その視線を受け止めて、獄寺はどうしようもなく心の奥がざわめいた。
(・・・何っ・・だよ、コレ。訳わかんねぇ)
それは静まることを知らず、ドクドクと早い鼓動で動き続けている。
「獄寺?」
立ち上がっている自分と違って、ベンチに座ったままの山本は少し首を傾げており、それは上目づかいのような・・・。
(・・・って、俺は何を考えているんだ!?)
顔はしかめっ面のままだが、獄寺は内心パニックだった。
「お、俺じゃあ判断できねぇが、なるべく早く10代目やリボーンさんに相談してみろ。きっと、認めて下さるだろうよ」
顔は赤くなっていないだろうか。声は震えていないだろうか。
いや、コイツは鈍感だから大丈夫だろうと勝手に決め付けてそう答えた。
「うん、そうだな。やっぱり獄寺に話してよかった。サンキューな!」
ニコリと向けられた笑顔が綺麗で眩しいと感じる自分は病気だ。
自分で自分が信じられない。
とにかく早く部屋に帰りたかった。
「ったく、いつまでも引き留めやがって。俺はもう家に帰るからな!」
「お、おう、悪かったな。オレはこれからツナの家に行ってくる。じゃあまた学校でなぁ」
すでに公園の出口に向かって歩き始めた自分を見送っているだろう山本の声が届く。
それを無視して公園から遠ざかると、獄寺は全速力で自分のマンションに駆け込んだのだった。
ベンチにひとり残された山本はそんな獄寺の様子に気づくことなく、一番星が光る空を見上げていた。
「ずっと一緒にいるって、小僧と約束したからな」
4月24日にあった誕生日の夜、お互いの気持ちを分かち合った。
山本の口から出た言葉は誓いであると同時に、それは自分自身の願望だった。
言葉ではいつも自信満々なことを言い、態度だって尊大な男が時に、その帽子の下で表情を曇らせていることを知っていた。
普段から表情をあまり変えない彼だからそんな様子は見ているこちらも苦しくなる。
経験豊富な彼のように気持ちを伝えるのはまだ恥ずかしくて、慣れなくて。
そんな自分を受け入れてくれる彼に甘えていた自覚があった。
だから、言葉にしたのだ。
その時のリボーンの零れたような微笑はこれからも忘れないだろう。
長い時間を生きてきた彼もこんな顔をするのだと驚いた。
同時にそんな表情を自分がさせたのだと思うと、山本も幸せな気持ちになった。
「さぁ、行くか!」
山本自身はまだ子供で、きっとリボーンは自分より難しいことを考え、無理しているのだろうと思う。
いつか大人になった時、それを少しでも分けてもらいたいし、共有したい。
だから、それが叶う日まで傍にいたいと思うのだ。
何かを考えるのは性に合わない。
だから今は獄寺に言われた通り行動するのみだろう。
出会った頃から綱吉以外邪険に扱う獄寺だったが、今では少し丸くなっているように思う。
日本の生活に慣れてきたのだろうかと的外れな感想を抱きつつ。
今日のお礼に学校の購買で新作の総菜パンを買ってやろうと胸を躍らせながら。
山本はリボーンもいるであろう綱吉の家に向かって、ゆっくりと歩き始めたのだった。
Fin.
2008/11/28
改 2009/09/12
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