月はいつもそこに在る。

人類が生まれるずっと前から変わることなく、静かに。

誰かの命を奪った夜も。

誰かと愛を交わした夜も。

変わらず、ずっと空に浮いている。

月にとって、自分たちはどんな存在として映っているのだろうか?






常世の月

 




「オレ、満月ってあんま好きじゃなかったのな」
 

今夜宿泊したホテルのベッドは男が2人寝転んでもまだ余裕がある。
身体を繋いで互いの欲を交わした後、山本がふいにそう言った。
まだ汗も引かないこの状況で何故そんなことを言い出したのか。
リボーンには判断できず、山本に視線を合わせてその先を促した。
 

「本当は三日月を見る方が落ち着くんだ」


まるで悪戯が見つかった時のような無邪気な笑顔。
それがとても可愛かったので少年の頭をよしよしと撫ぜた。


「日本人は月見をするくらい満月が好きなんじゃねぇのか?」

「人それぞれじゃねぇ?まぁ、オレも親父が作ってくれる月見団子大好きなのな」


来月に迫った中秋の名月の時、毎年山本家ではススキや団子を飾るらしい。
今ではスーパーやコンビニでも団子は売っているが山本家は毎年手作りのようで。
親子で餅を丸めるのが昔からの決まりなのだと山本が笑う。

 
「ん?ということは来月にホテルは無理だな」


山本家の風習をリボーンが奪ってしまうことは出来ない。
ただですら月に一度外泊させている身としては大人しく諦めるしかないだろう。



「えっ、えっ・・・あの、小僧がよければオレの家に泊まりに来ないか?」

 
月見一緒にしようぜ、と伺いを立てる山本。
小首を傾げて上目遣いをする姿は計算かと思いきや、天然なので始末が悪い。
いくら山本の父親が寛容でもこんなにも胡散臭い男を息子が連れて来たら心配するだろう。
そんな気持ちを込めて山本を見たが、どうやら伝わらなかったようだ。


「大人の俺が泊まりに行ったら親父さん吃驚するだろう?」

「えっ、小僧が大きくなれるって話したぜ?今日も小僧とお泊りだって言ったら普通に見送ってくれたし」

 
ニコニコしながら話す山本の機嫌はすこぶる良い。
裸のままベッドの布団に包まっているこんな瞬間をリボーンは気に入っていた。
腕枕にもようやく慣れた様子で山本は大人しくこの腕に収まってくれる。
だが、そんな山本から言われた言葉に頭痛を覚えた。

 

「お前、本当に素直に話してんだな・・・それで気にしない所もお前の親父らしいが」

 
いいのか?本当にいいのだろうか?
時雨蒼燕流8代目後継者の男は只者ではない。
リボーンですら彼の背後を獲るのは一苦労だろう。
もし戦えばお互い無事では済まないだろうと思うほど、山本剛は侮れない。
また息子を溺愛しているのも自他ともに認めているのだから。
可愛い息子がこんな殺し屋に捕まったと知れば、どんな行動に出るか分からないものだと思う。



「大丈夫だって!そ、そりゃ、家じゃこんなコトできないけど、一緒にいてぇし」

 
恥ずかしいのか上気した頬を隠すように山本がすり寄ってきた。
ふと冷静になった時、甘ったるいこの時間に照れが生じるらしい。
なかなか慣れないそんな所も堪らないが。

 
「ほう、こんなコトって例えばどんなことだ?」

「・・・んゃ!ちょっ・・・小僧!!」


真っ赤になった耳朶に舌を差し込む。
驚いたように顔を上げた山本は想像通り泣きそうな顔で睨んで来た。
その視線が男の雄を刺激するのだと、いつ教えてやろうか。
山本といると誰よりも甘やかしたいのに、時に虐めたくなって仕方がない。
愛情が為せる技だと勝手に解釈して本能のまま山本の顔にキスの嵐を降らせた。


「んっ!ふふ、くすぐってぇ、っよ!」


一定のラインを超えるとこのまま抱いてしまいそうで、ある程度の所で止める。
腕の中で息を上げる姿を見ているだけでも愛しさが増した。
欲望は渦巻くばかりだが、少年の身体をこれ以上酷使したくないと理性が働くから。
リボーンは己の苦しみなど気にならなかった。

 

「そうだ、始めは三日月がどうのとか言ってなかったか?」

「あっ、そうだよ!その話がしたかったのに小僧が月見の話なんてするから!」

 
話が逸れちゃったのなと少し怒る山本。
やはり論点がずれていたようで話が戻って何よりだ。


「満月って何か存在感がありすぎて苦手だったんだ」


その円心があまりにも完璧すぎて、山本には不気味に見えたらしい。
リボーンにそんな感覚はなかったが不気味という点で同感だった。
昔の自分にとって月はただ空に浮かんでいるものであったが、呪われた体になってからは呪縛を解くアイテムだった。
満月の時だけ成長する体。その事実に吐き気すら覚える。
変化に痛みを伴わないことも己が化け物だと実感する要因だった。

そんな変化を体験するたびに魂は病んでいく。
だからそんな夜は昔から愛人の家をフラフラと渡り歩いた。
ビアンキと知り合ったのも満月の夜だったと思う。
同じ殺し屋ということでその正体を明かした後も交流は続き、気が向いた時に満月の夜を共に過ごした。
だが、どれだけイイ女でも毎回同じ女を抱く気など起きなかった。
それだけ「求める」という感情に突き動かされなかったから。
だから山本のように毎月でも会いたいと思う相手に出会って内心驚いた。
こんな変化が自分の身に訪れるなんて思いもしなかったのだ。

そして、山本に出会ってから、満月が起こす変化に初めて感謝した。

吐き気ではなく、それを奇跡だとすら思った。
赤ん坊の姿では到底叶わないこと・・・・体の繋がりはもちろんだが。
疲れた少年の体をベッドまで運べる時とか、傷ついた心をその身体ごと抱きしめてやれる時とか。
それが出来ることが何よりも嬉しくて。
月に一度の逢瀬にすら、もっと会いたくて歯痒く思う瞬間がある。
足りないなんて思うのは罰あたりだというのに。



(満月の日を待ち遠しくさせてくれたのは、お前だ)

 
山本には一生敵わないと思う。
リボーンにとって山本武は不可欠な存在になっていた。



「三日月はサッパリしていて綺麗だ。どれだけ細くても光は失わずに、静かにそっと浮かんでいるから」

 
山本は少し眠そうにしながら言葉を紡ぐ。
それでもどこか楽しそうな声音に安心する。
リボーンはその言葉の意味を考えて、ハッと気付いた。
 
まるで山本は三日月のようだ。
笑顔は陽だまりのように優しく、温かいが。
山本武という内側はどこか不安定で、いつでも闇に飲み込まれる危うさを持っていた。
満月のような存在感も完璧さも山本には不釣り合い。

ただ、闇に飲み込まれてしまわぬ限り、月は月。
その光を人々に届け、そっと見守る存在。
危うさを感じさせながらも、確かに存在している光。

失くしたくない。

闇に染まってしまわないでくれ。

 

「でも、今は三日月より満月の方が好きだぜ」


山本の赤い唇の端が持ち上がった。
先程まで散々重ねた唇は十分すぎるくらい潤っている。
年齢よりもしっかりした体躯を持つ少年。
今は壮絶な色気を放っていると思うのは自分だけだろうか。

 

「小さな小僧はいつも色んな人に囲まれてるけど、満月の夜はいつもオレを傍に置いてくれるだろ?」


それが嬉しいから満足の日が待ち遠しいのな、と妖艶に微笑む姿に目を奪われた。
どこまで虜にすれば気が済むのだろう。
もうとっくの昔に山本に嵌まっているというのに。


「満月を待ち望むのはお互い様だ」


そう告げた声は震えていなかっただろうか。
 

「愛してるぞ、山本」

  

愛しているこの気持ちをこれ以上どうやってお前に伝えればいい?
長い時間を生きてきたはずなのに、彼の前ではそんなことも分からない。
だから相手に届くことを祈りながら言葉を紡ぐ。

 
「知ってる、よ」

 
頬をピンクに染めてそう言う山本が愛しくて。
リボーンは力の限りその身体を抱きしめた。
この気持ちが少しでも伝わればいい。
こうして心も体も共有できる、この瞬間に感謝する。

 
「じゃあ来月は世話になる。美味い団子食わせろよ」

 
誰よりも家族を大切にする山本が望むことなら何でも叶えてやろう。
あの父親と酒を飲み交わすのも悪くない。

 
「おう!いっぱい作るからたくさん食えよ」


楽しみだという気持ちを隠さずに山本は笑った。
この笑顔を守るためなら何でもできる。
 

溶け合ってしまうような口づけを送って、共に眠ろう。

 
満月の光を浴びながら同じベッドで。
闇夜に輝く月だけが静かにそれを見下ろしていた。


Fin

2008/12/14

改2009/09/12

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