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世の中、何が起きるか分からない。
中学生になって突然やってきた赤ん坊にマフィアになるための家庭教師だと宣言されて日常が変わった。
数年後には運命を受け入れ、本当にボンゴレ10代目としてボスをしている自分。
そして、それ以上に驚いたことが1つある。
それは自分の知らないうちに愛を育み、イタリアに行く時に告げられた親友と家庭教師の恋。
まさかな、と思いながら見守っていた2人が本当にそんな関係だったなんて。
ショックを受けた以上に、巻き込んでしまった親友に心から詫びるしかなかった。
だが、見守るうちに2人の本気や葛藤をそれぞれ垣間見て、幸せになってほしいと思ったのだ。
ボスであるが故に悩みは尽きないが、何よりも気掛かりなのは彼らの事だと思い至って。
綱吉は苦笑するしかなかった。
Do you know・・・・? 1
「えぇぇぇぇ!?そんな噂が流れているの!?」
執務室で一息ついた午後3時。
エスプレッソを淹れてくれた獄寺に耳打ちされたのは、中学時代から続く大事な親友の噂話。
「そうなんスよ。っていうか、アイツのことですから無意識ってこともあると思うのですが」
「山本は誰にでも親切だからねぇ」
現在、獄寺と山本は綱吉の側に仕える側近中の側近として有名である。
幹部として仕事も順調にこなし、このイタリア本部内においてもその地位は揺るぎないものだ。
ついに右腕となって綱吉の側に仕える時間が多い獄寺は常に多忙で部下と接する機会が少ない。
それに対して山本は実働部隊の隊長であり、誰とでも気安く言葉を交わすため慕われることが多かった。
ムードメーカーで人気者だった中学の頃と同じで微笑ましいのだが。
獄寺に至ってはもっと威厳を持て、と注意してしまうほど山本は自由に過ごしていた。
山本自身の執務室はあるが、あまり部屋でじっとしていることがない。
広大なボンゴレ本部内において、少しでも仕事の暇を見つけては。
時に庭で部下とサッカーをしたり、部下たちの休憩室に居座ってカードゲームをしていたり。
また厨房を借りてお菓子を作っては綱吉に持ってきて、獄寺は怒る前に脱力するなんてこともあった。
独特で個性的な性格を持つ者が多い守護者の中で、どこまでも自然体で寛容な山本は普段と戦闘時の落差が激しい。
ボスの守護者ということで羨望や妬みの対象になりやすく、色々な意味で注目を浴びやすいのだが。
山本は昔からの天然がまだ抜けず、周囲から関心を集めているという事実に一切気付いていないようだった。
そして現在、ファミリー内で囁かれている噂とは。
山本が休日にエスニック系の美女と腕を組んで買い物をしていたというものだった。
年を重ねるごとに山本は大らかな性格はそのままに、細くもしっかりと鍛えられた体躯に成長していた。
器用に仕事のオンとオフを使い分け、仕事の時には溢れ出るような殺気と共に敵を一刀両断する。
そんな山本に14歳の頃から付き合っている人物がいるということを知っているのはごく少数だ。
相手はボンゴレ最強のヒットマンであり、元アルコバレーノの1人として恐れられる男。
綱吉だって彼には全く頭が上がらない。
家庭教師は解消されてもお目付け役としていまだに説教は当たり前だ。
この2人はいつのまにか深い関係となり、今では同居して仲良く暮らしている。
ただ、どちらも軽々しく自分のプライベートを語るタイプではないので殆どの者が2人の関係を知らない。
今回の噂の広まりようで分かるように、モテるであろう若い幹部の色恋沙汰に周囲の者達は興味津々のようだ。
だが、それを聞いた綱吉と獄寺は元家庭教師の反応が気になって仕方がない。
普段は冷静沈着、冷酷無比と恐れられる彼なのだが。
山本に関しては感情を表して、その行動は無茶苦茶になる。
「やっぱりリボーンも聞いてるよね・・・?」
「いえ、リボーンさんは長期任務でパリに出張中なのでまだ知らないはずです。ですが、連絡があって今日の夕方、こちらに戻られるとか」
そう報告する獄寺の顔色も少し蒼く曇っているように思う。
それは綱吉と共に、獄寺もリボーンの『やつ当たり』という名の暴力の被害にあっているからだろう。
「アイツらしい嫌なタイミングで帰ってくるなぁ。何も起こらなきゃいいけど」
疲れをとるための休憩時間なのに、綱吉は心配事が増えて疲労が一気に増した気がする。
そんな時、執務室に遠慮のない声が響いた。
「おーい、ツナ!今日はバナナのパウンドケーキ作ったんだ、一緒に食おうぜ」
お盆の上にケーキをのせたお皿が3枚、ということは獄寺の分もあるのだろう。
器用に片手で持ちながら部屋に入ってきたのは渦中の人物。
「や、山本」
「・・・・・・・・果たしちまっていいですか、10代目」
自分たちがこんなにヤキモキしているというのに、当の本人はいつも通りなので脱力する。
「休憩中か、丁度良かったな。結構うまくできたから食べてくれ」
綱吉がいるソファーの正面に座り、山本は素早く自分と獄寺の分のエスプレッソを用意した。
いつもならここで獄寺の説教が入るのだが、噂のこともあってどう対処していいのか分からない顔をしていた。
とりあえず、勧められるまま3人でケーキを食べる。
「あっ、おいしい。今回も大成功だね、山本」
「サンキュー!溜まってた書類を片付けたら急に作りたくなっちまってさ」
「お前、いつも事務処理遅いんだから気をつけろよな」
「うっ、悪ぃ。でも事務作業って合わないっていうか疲れるんだよなぁ。いつもやってるツナは本当にすげぇな!」
「お前はバカすぎんだよ、体力バカが!っつうか、ボスとお呼びしろって何度言ったら分かるんだよっ」
「んー?公私混同して使ってねぇから大丈夫だって。ツナだってこれでいいって言ってくれてるんだし」
「うん、気にしないよ。それに山本、俺はボスって縁の下の力持ちみたいなもんで事務が日常だって悟っちゃったからね。すごくないよ」
この3人が集まれば日本で学生をやっていた時のように気安い雰囲気になるのはいつものことで。
綱吉はずっと気になっていたことを明らかにするため、覚悟してついに口を開いた。
「ねぇ、山本。今ファミリーの中で山本の噂が出てるの知ってる?」
「へっ!?オレなんかそんな噂されるようなこと、何にもないと思うけど?」
人一倍鈍いところも変わらない。
山本に憧れて気を引こうとする女性が沢山いることも、好奇の的となっている自覚もないらしい。
「えっと、何か休みの日にエスニック系の女の人と腕組んで買い物していたって話らしいんだけど、心当たりある?」
何なら人違いであってほしいと、若干期待しつつ綱吉は尋ねた。
「ん−?あっ、あった!あったなぁ、そんなこと」
「えっ、やっぱり事実なの!?」
それを聞いた瞬間、最強のヒットマンが銃を乱射する姿が脳裏に浮かんだ。
この由緒あるボンゴレ本部が壊滅するかもしれない。
「えっ、あの、その事リボーンは知ってるの?ていうかその女の人は山本の知り合い?」
山本の隣に座る獄寺も同じような恐怖が芽生えたのか、山本の言葉をじっと待っていた。
「はは、知ってるも何も、リボーンの一番新しい愛人さんだぜ?」
満足げにケーキを口に運びながら何気なく言われた言葉。
朗らかな顔で言われたせいかすぐには理解できなかった。
「「・・・・・はあぁぁぁぁぁ!?」」
綱吉と獄寺の絶叫が部屋に木霊する。
「えっ、どうした?そんな驚く事か?」
2人の反応が予想外だとでもいうように、オロオロして綱吉と獄寺を見る姿は年齢より幼く見えた。
「いやっ、どこからツッこんでいいのか分かんないよ!何で山本はその、愛人って人と買い物したの? っていうかいいの!?」
「ん?リボーンにベタ惚れだから、オレなんて眼中にないぜ。リボーンもそれ知ってるから何も言わないし」
「そっちじゃねぇよ、バカが!!・・・お前はリボーンさんのその、愛人って存在は嫌じゃないのか?お前はいいのか?」
「あぁ、それかぁ。うん、男の愛人はオレだけって昔約束してくれたし、皆いい人たちばっかりだぜ」
「もう何から聞いていいのか・・・。山本は愛人の人たちと会ったりしたの?」
「おう!たまに買い物行ったり、飯分けてもらったり、ケーキの作り方だって教えてもらうんだ。あっ、これもそうだぜ」
今日は初めて1人で作ったのだと、山本は楽しそうに作り方を習った時の様子を話してくれるが。
綱吉たちはそれを聞いて、複雑な思いでパウンドケーキを見下ろした。
「リボーンは長期任務も多いし、たまにオレが皆の様子見に行くんだ。一番新しい愛人さんはこの街初めてだから、色々教えてあげたのな」
そう話す山本は穏やかで、そんな生活を違和感なく受け入れてしまっているようだ。
あの傍若無人の家庭教師の事はよく分かっていたつもりだが、これを見過ごしてはいけない。
「もうっ、リボーンの奴!!山本に何てことしてくれてんだよ、絶対許さない!」
「ツ、ツナ?どうした?」
普段あまり怒らないため、急な自分の爆発に山本は驚いているようだった。
しかし、それには構っていられない。
どんな闘いになろうと、職権濫用になろうとも絶対別れさせてやらなければと使命感に燃えた。
大事な親友とリボーンの関係に何も言わなかったのは、山本が幸せそうにしていたからだ。
だが、こんな・・・自分の愛人のことを隠しもせず、なおかつ自分の不在時の面倒まで見させるなんて最低だと思う。
「山本、リボーンとは別れて!いや、絶対に別れさせてやるから安心してね。俺はアイツがどんなに悪魔でも絶対負けないから!!」
親友の健全で安心な未来は自分の手にかかっているのだと、綱吉は立ち上がった。
「ツ、ツナ!?落ち着けよ、何言ってんのか全然分からねぇんだけど!」
驚愕して固まっていた山本が同じように立ち上がると、食い止めるように肩を掴まれた。
「あの、一度落ち着いてください10代目!山本も座れ!!」
それまで黙って様子を見ていた獄寺が焦った声で仲裁に入ってくれた。
確かに少し落ち着かなければ、綱吉自身の炎でこの屋敷を燃やしてしまいかねない。
「あぁ、ごめん。危うくボンゴレボス対最強ヒットマンの死闘を繰り広げるところだったよ」
そう謝ってみても、山本は別れろという言葉がショックだったようで困惑した顔をしていた。
「ねぇ山本。俺は今まで山本に幸せになってほしいと思って見守ってきたけど、今日の話聞いたら黙ってられない!」
「えっと、オレよく分かってねぇんだけど・・・何でだ?」
「リボーンのしている事は最低だよ!もう、山本はこんなリボーンのどこが好きなの!?」
最近運動していないせいか、声を荒げすぎてクラクラする。
そんな自分に気付いているが、今までずっと聞けなかったことを聞けるチャンスとばかりに山本にぶつけてみた。
隣では獄寺も綱吉の言葉に同意して頷きながら山本の答えを待っている。
山本はダメツナと皆に嗤われていた自分をいつも信じて支えてくれた。
マフィアなんていう別世界の話を聞いても、見放さずに受け入れて傍にいてくれた。
好きだった野球も辞めて、家族も友達も置き去りにしてイタリアについて来てくれた。
きっと悩んだだろう。恐れただろう。傷ついただろう。
しかし、そんな素振りを一切見せずに山本は変わらなかった。
それがどれだけ、自分たちを救ってくれただろう。
生まれて初めてできた、唯一無二の親友。
誰よりも笑って生きてほしい。
茨の道の引きずり込んでしまった自分が言えることではないが。
山本が笑顔を失わないためなら何でもしたいと思う。
それが、最強のヒットマンに対する挑戦だとしても。
死ぬ気になれば何でもできると教えてくれた家庭教師に対して勝負をしよう。
決意も新たに、綱吉は山本の言葉を今か今かと待ったのだった。
2へ
2008/11/28
改 2009/09/12
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