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綱吉達と出会って10年の歳月が流れた。
高校を卒業してからイタリアに渡って6年目。
イタリアという国土にも風習にも徐々に慣れてきた。
山本の大好きな人々がこの土地で暮らしている。
それが何より大切だった。
ふとした瞬間、広いイタリアの空を眺めると日本にいた昔を思い出す。
気づけば山本の周りはいつも穏やかだった。
父親がいて、友達と騒いで、野球に打ち込んだ日々。
自分は幸せなのだと信じて疑わなかった。
だが、今なら分かる。
あの時の山本武は本当に満足していたのか?
幸福だと浮かべた笑顔は本物だったのか?
いや、違う。
ただ自分の居場所が分からなくて怖かっただけだ。
誰かに拒絶されること、否定されること、独りになること。
それが嫌でいつも本心を話せずに上辺だけの笑みが上手くなっていった。
いつの間にか笑顔が仮面になり、それが苦痛だとも思わなかった。
そんなことに疑問を抱かずに成長していたらと思うと恐ろしい。
山本は出会ったのだ、ありのままの自分を受け入れてくれる仲間に。
そして。
自分以上に「山本武」を理解し、必要として愛してくれる・・・唯一の存在に。
身を焦がすような感情を教えられたから。
きっと、もう離れられない。
Do you know・・・・? 2
いつも通り焼き立てのケーキを持って綱吉の執務室を訪れた。
ちょうど綱吉と獄寺は休憩中で、3人でゆっくり休憩することになった。
そこで聞かされた自分の噂話。
リボーンが任務先で愛人にした女の人が引っ越してきたので買い物に付き合った。
愛人の人たちと接する機会は多いが全員美人だ。絶対にリボーンは面食いだと思う。
そしてビアンキのように皆、熱烈にリボーンのことを愛しているから、山本は微笑ましくそれを見ていた。
だって誇らしく思うのだ。男の自分から見ても彼は気高く、美しく、この世の全てを超越した存在。
それでもリボーンは周囲を大切にする優しさを持っているから。
みんな彼についていくのだ。圧倒的な強さに、その孤高な魂に魅かれて。
山本だってそれに当てはまる。
いつも翻弄され、感情をかき乱せるのは自分。
それさえも愛しいと思ったのは、一体何時からだっただろうか。
リボーンの傍で生きることを決めた。
それから彼の要望でイタリアに来てから一緒に住んでいる。
愛人の件は付き合う前から知っていたから違和感なんてないのだけれど。
今、普段の穏やかさからは想像できないほど怒り狂っている親友が目の前にいる。
隣で見守る獄寺の眉間の皺がいつもより多い事も気のせいではないだろう。
心優しい2人。心配させているのだと思うと心が痛い。
ただ、だからこそ伝えなければならない言葉があると思った。
「ツナが言ってくれることも分かるけど、オレは気にしないのな。男の愛人はオレだけって約束も守ってくれているし。
それに、オレ達はこんな稼業だからいつどうなるか分からないだろ?
リボーンには愛人さんみたいに少しでも気がまぎれる場所があっていいと思うんだ」
それは誰にも言えなかった想い。
友人であり、家族であるこの2人に知ってもらいたいと思う。
もし、自分が最強のヒットマンより先に死地へ赴いた時。
どうか黒衣の彼に伝えてほしい。
「リボーンの魂はいつも孤独な気がするんだ。きっと何も遺す気がないんだろうなぁ。
遺される側の痛みや辛さを長年生きたアイツは知っているから。
誰も悲しませないために孤高に、真っ直ぐ歩き続けて死のうとしている。
それに気づいてから、なんか、独りでいるアイツの姿に我慢できなくて。
だからオレはアイツに寄り添う影になりたい。たとえ死んだとしても、リボーンの傍にいてぇんだ」
自惚れるな、と言われるかもしれない。
それでもずっと思っていた。
見ているこちらが痛くなるほど、リボーンは自分に厳しく、周りの人間に甘い。
昔からアルコバレーノの呪いを受けた自身を化け物だと言って苦く笑っていた。
もっと甘えてほしい。心を預けてほしい、と何度思っただろう。
だからこそ山本は腕を磨いたのだ。
最強と謳われる彼に少しでも認めてもらいたかったから。
彼と同じ目線で、同じものを見つめるために・・・・・・・きっとファミリーの誰もできない世界。
彼と同じ場所に身を置き、その死に場所を共有するために・・・・・・・・きっと愛人の誰も踏み入れられない場所。
本当は誰よりもリボーンを独占したいと思っているからこその山本の願い。
そして、独占できるのは自分だけだと胸の奥で分かっているから。
彼がどれだけ他の女性を抱こうと何とも思わないのだ。
だって、そうだろう。
「リボーンは、すげぇオレに惚れてるから。そんなとこが好きで仕方ねぇんだ」
そこまで言うと、綱吉と獄寺が驚いた様子でこちらを見ていた。
いくら鈍いと言われる自分でも自覚するほど、今は惚気ているのだから。
珍しいと思っているに違いない。
「はは、アイツあんなに普段自分勝手で我が儘言うくせに。昔からオレの心配ばっかりして、すごいオレのこと甘やかすんだぜ?」
昔から変わらない。
ボンゴレ最強のヒットマンとして敵味方関係なく恐れられる彼は、山本がベッドからでなくても生活できるほど小まめに世話を焼く。
甘やかされて、大切にされていることなど今更だ。
最初は抗議していたが、そんな姿にも見慣れてしまって今では苦笑するしかない。
そして、時には自分のために必死になる顔を見せられれば何も言えなくなった。
まるで大事な宝物に触れるように扱われる。
幸せなんだ、と呟いて目を閉じた。
中学生の頃から愛を囁かれ続け、ようやく山本も素直に返せるようになってきた。
今も変わらず傍にいられることが幸せなのだ。
「・・・・全く、本当に2人には敵わないや」
もう好きにしてよ、という綱吉の声に目を開けると。
真っ赤にさせた顔を手で覆う綱吉と獄寺の姿があった。
(はは、ノロケすぎたかな)
ただ、綱吉から別れろと言われなくなったのでよかった。
大事な親友の頼みでもそれだけは聞けそうにないから。
そして何よりリボーンが許さないだろう。
長期任務に出かけたままの彼のことを思う。それだけで笑みが零れた。
そんな時。
「仕事もせず随分面白そうな話をしてるじゃねぇか。俺が敵の殺し屋ならお前ら全員即死だぞ」
「「「「――――――ッ!?」」」
一切気配を感じず、突然部屋に響いた声。
驚く暇もなく、気付くと山本は黒衣のヒットマンに後ろから抱き締められていた。
「よう、リボーン。さすがだなぁ、ビックリしたぜ」
突然現れた気配に動揺しながらも自分を抱きしめる男に話しかける。
執務室のドアが開いた音も全く聞こえなかったというのに現れたリボーン。
ふと見ると綱吉と獄寺はいまだに固まったままこちらを凝視していた。
「久しぶりだな、山本。調子はどうだ?」
「変わらないぜ?リボーンもお疲れ様」
背後からリボーンが髪や耳朶に唇を寄せて喋るので擽ったい。
それでも久し振りに感じる彼の温もりや声が気持ちよかった。
「随分可愛いことを言ってくれていたな。それに引き替え、別れさせるから任せろだったか、なぁダメツナ?」
山本の首筋から顔を上げてリボーンが綱吉に話しかけた。
どうやらずっと話を聞いていたようで、山本は自分の言葉も聞かれたのだと分かり居心地が悪かった。
「い、いつから聞いてたんだよ、お前はっっっ!!!」
どうやら綱吉も同じことを思ったらしい。
いまだに元家庭教師のリボーンが苦手らしく、蒼い顔をしてそう言った。
何だか震えているように見えるのは気のせいだろうか?
「フン、まぁいい。今日これから俺と山本は明後日まで休暇だ。いいよな?」
自分の肩を抱くリボーンの腕に少し力がこもった。
ふと前を見ると目の前で綱吉と獄寺が蒼くなって脅えている。
そんな様子に首を傾げながら、それ以上にリボーンに伝えなければならないことがあった。
「リボーン、ごめん。オレ明後日はツナの護衛だから無理なんだ」
一緒に休みたいと言ってくれるのは嬉しいが仕事なのだ。
私情で綱吉に迷惑をかけるわけにはいかない。
リボーンもきっと分かってくれると思ったのだけれど。
「んん?腰が使い物にならないお前が護衛に行っても役立たねぇに決まってるだろ」
「・・・・ぁっ!?」
いきなりリボーンの舌が右耳に入ってきた。
全く予想していなかった濡れた感触に思わず声が上がる。
恥ずかしくて反射的に綱吉達を見ると、顔を赤くした2人と目が合った。
思わず視線を逸らすと、リボーンが舌打ちして拳銃を取り出したのが見えた。
「いや、大丈夫!別の人に頼むから山本はリボーンとゆっくりしなよ、ねぇ獄寺君!!」
銃口を向けられた綱吉が慌てたようにそう言った。
隣で固まったままの獄寺も同意するように大きく頷いた。
2人のその顔色はとてつもなく悪い。
「んー?じゃあ、お言葉に甘えるか。1ヶ月ぶりだしゆっくりできるのは嬉しいのな」
綱吉達の様子は気になったが、休みを貰えたことが嬉しくて。
ツナは優しいな、と背後にいるリボーンに笑いかけた。
彼もそれに満足気に微笑むと、山本の髪の毛を撫ぜてそっと身体を起こした。
「じゃあ行くぞ。明後日までベッドから出られないのは覚悟しとけよ。嫌って言うほど、惜しみなく愛してやるからな」
「はは、いつも離してくれねぇじゃん。お前こそ、いっぱいオレを感じてくれよ?」
漆黒の瞳を覗き込みながら満面の笑みを浮かべる。
それに満足したのかニヤリと笑ったリボーンが山本の手を握ると扉に向かって歩き出した。
掌から伝わるお互いの温度が心地良い。
久しぶりに感じるリボーンの気配に山本は胸が高鳴った。
「そうだ、ツナ。俺は山本に女どもの面倒見ろなんて一言も言ってねぇからな。コイツらが勝手に意気投合しやがったんだ」
俺だって面白くねぇに決まってるだろうが、と続いた不快そうな声。
(あぁ、また言ってるのな)
少し機嫌が悪くなったリボーンに苦笑する。
何度も言われた言葉だった。
そもそも愛人の人全員を知っているわけではない。
家に遊びにきた愛人の人と話が弾んで、その人繋がりでどんどん知り合いになっていっただけ。
いつの間にかリボーンが知らないうちにお茶会や買い物が定期的に行われて、仲良くなってしまったのだ。
やはり山本だけは異質だが、みんな深く詮索することもなく受け入れてくれる。
目に見えない連帯感が彼女達にはあった。
いつ死ぬか分からない、戻ってくるのか分からない男を待つ者として。
その寂しさや苦しさを共有し、それでも男の傍を望む彼女達は強い。
きっとリボーンには一生理解できないだろうと思う。
山本はまるで母親や姉を慕うような気持ちで彼女達と接している。
似た境遇である者としての共感か、戦場に赴ける男として彼女達に対する同情か。
気持ちの在りようは分からないけれど、リボーンとは違う意味で彼女達が大切なのだ。
そんな気持ちを察しているのかそうではないのか、分からないが。
リボーンは気に食わないらしい。
綱吉達はリボーンの言葉に顔を引き攣って言葉も出ないようだった。
そんな様子をひと睨みしてリボーンが再び歩き出す。
「ほら。山本、すぐに帰るぞ」
「おう、でも先にオレの執務室寄ってくれ。部下に伝えたいことあるからさ」
仕事の引き継ぎをしなければと伺いを立てるとリボーンもため息をついて了承してくれた。
「ツナ、獄寺、じゃあまたな!」
きっと休暇中はベッドから出してもらえない。
それでも、離さないというように自分を抱きしめる腕が愛しくて。
喜びを噛み締めながら綱吉達に挨拶をしてリボーンと共に部屋を出る。
バタンと背後で扉が閉まった音を聞きながら、山本は繋いだ手をそのままに歩きだした。
「・・・・・・・・・・あぁ、死ぬかと思った」
「・・・・・・・・・・・・・俺もです」
残された綱吉と獄寺は疲労が一気に押し寄せて、グッタリとソファーに凭れかかった。
テーブルに置かれたままのケーキ皿を見て溜め息が漏れる。
なんだかんだうまくやっているあのカップルに関わってはならない。
2人が深くそう心に刻みつけたことに、山本はもちろん気付くことなくリボーンとの休暇を満喫したのだった。
Fin.
2008/11/28
改2009/09/12
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