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昔から誰かに対して興味を持つことが出来なかった。
ただ周りの空気を悪くするのが嫌で笑っていると自然に人が集まった。
自分が笑うと周囲が安心し、笑ってくれるから、それが楽だった。
友と呼べる人間は男女共にたくさんいたし、彼女だって何人も作った。
それでもなぜかいつも心は満たされなかった。
だが、仕方ないといつの間にか気付いてしまった。
自分は「そんな風」に生まれてきてしまったのだと、こんな自分を受け入れてしまったから。
ただ、小さな頃から父親に教えられた剣術とテレビで見て憧れた野球に対しては、全力で取り組むことができた。
それだけで満足だった。
それだけで・・・・・・・何も要らなかった。
本当の仲間も、親友も、ライバルも、恋人も。
山本武は、何も欲しがることなく、ずっと独りきりだった。
スナイパー 1
「うーん、思ったより広いな。どうすっかなぁ」
イタリアの地では聞き慣れない日本語。
それを操る山本武はれっきとした日本人だ。
山本が見上げているのは鬱蒼とした林を抜けて見えた豪邸。
恐れ多くもイタリアマフィアで最も格式高いボンゴレ本部。
しかし、山本にとってそんなことは関係なかった。
大事な事は今夜の標的がその建物の中にいるということだけ。
「まぁ何とかなるだろ。んじゃあ、行くか」
相棒である時雨金時を背負い、漆黒のスーツに身を染めた山本はゆっくりと通気口へ入っていった。
山本武は今、絶賛売出し中のフリーの殺し屋だった。
まだ新人で名前は売れていないが実力は徐々に認められてきている。
そんな彼に殺しの依頼が来たのは2週間前。
ボンゴレファミリー所属ボンゴレ最強のヒットマンを暗殺せよ、というものだった。
マフィアの世界にはまだ疎いところがある山本ですらその名前は聞いたことがあった。
きっと新人だからこそ捨て駒のつもりで依頼が来たのだろう。
だが、山本は死ぬつもりも負ける気もしなかった.。
山本が操るのは父親が生涯をかけて誇り、大事にしてきた時雨蒼燕流。
『完全無欠最強無敵』の殺人剣。
その力を山本は誰よりも信じて貫いてきた。
だから今夜の殺しもいつも通り、一撃必殺を狙って刀を振るうだけだ。
標的の部屋も依頼人によって調査済み。
今夜は月も出ていない格好の夜だ。
恐怖はない。体調も万全。いまだに監視の目を掻い潜り、見つからずに順調と来ている。
(・・・・・さぁ、殺るか)
標的の部屋の近くの通気口から廊下に飛び降りる。
長い廊下には赤い絨毯がひかれ、深夜だというのに明かりが煌煌とついていた。
監視カメラを確認し、映らないように素早く死角に移動する。
標的の部屋の入口まで約3メートル。
カメラに映らず部屋に突入することは容易い。
ここは本当にボンゴレファミリー本部なのかと疑うほど、警備体制は山本にとって甘かった。
(ボンゴレ最強のヒットマン・リボーンか、楽しみだな)
無意識に浮かんだ笑みに慌てて顔を引き締める。
今夜は何かいつもと違う。
初めて人を殺した時のようにザワザワと胸が騒ぐ。
それは不安か、期待か、山本には分からない。
音を一切断てず、時雨金時を取り出してドアに向かう。
足音も気配も、呼吸さえも殺して山本は一気に部屋の中へと斬り込んだ。
ガキィィィィィン、と部屋の中に耳障りな金属音が響く。
それから銃声が3発ほど続いて部屋は一旦静寂に包まれた。
「はは、アンタやるなぁ。その殺気だけで心臓止まりそうだぜ」
山本が部屋に入って標的を確認し、斬りかかったのは時間にするとほんの数秒。
完全にふいをついたと思ったのに、山本の攻撃は受け止められ代わりに反撃された。
至近距離で狙撃されたが、そこは持ち前の反射神経ですべて弾を真っ二つに斬り落とす。
想像を超えた実力に山本は思わず笑みを零した。
改めて目の前の標的を見ると長身痩躯で黒いスーツがよく似合う青年だった。
まだ硝煙が上げる拳銃を突き付けながら無表情にこちらを見ている。
「何を暢気に笑ってやがる。テメェ、何者だ?」
「・・・あれ?日本語喋れるのか?」
お互い真剣と拳銃を構え、殺気を放ちながら隙を狙っている最中。
自分と対峙する人間は確かに黒髪に漆黒の瞳だが、一つ一つのパーツの作りが彫刻のように整っており日本人には見えない。
それでも流暢にこぼれた祖国の言葉に山本は反応してしまった。
「お前の質問に答える義理は無ぇ。お前はどっかのファミリーに雇われた殺し屋か?」
「はは、鋭いのなー。オレは山本武。アンタを殺しに来た男だ、よろしくな!」
なぜか目の前で銃を構える男の殺気を浴びることで血が騒いだ。
自分は今、この勝負を楽しんでいる。
そう認識すると持前の負けん気の強さが現れ、硬直状態から山本が先に動くことになった。
時雨蒼燕流の攻式を駆使して斬りかかり、部屋の本棚や窓ガラスが派手に壊れる。
それでも手応えはいまだに無い。
こんな人間は初めてだった。
「アンタすごく強ぇのな。オレ、すっげぇゾクゾクしてきたぜ」
ツーアウト満塁、サヨナラ勝ちができる絶好のチャンスにバッターボックスに立った時のようだ。
久しぶりの充実感。
昔の野球と違って命がけの勝負中にも拘らず、山本は微笑んだ。
「この状況で、いいカオするじゃねぇか」
斬りかかる山本に対して冷静にかわしてきた男が、右手に持った銃を一直線に構えてそう言った。
銃口の先は自分の心臓。きっと避けねば即死だろう。
山本はそんな己の死の危機さえも楽しんだ。
目の前の男に対し、強烈に関心を持つ。
それは、これまで山本が感じた事のない感覚だった。
自分に向けられた心地良いまでの殺気と確かな実力。
もっと、もっと、戦っていたい。
だが、そんな願いが叶わないことを悟る。
どうやら派手に暴れすぎたらしい。
騒ぎを聞きつけたのであろう何十人もの足音がこの部屋に向かって来ていた。
「アンタともっと殺りたかったなぁ。でも、オレも仕事終わらせたいのな」
「フン、ヒヨっこが言うじゃねぇか。気にいったぞ」
帽子の下はずっと無表情だったというのに、男は初めて小さく唇の端を上げて笑んだ。
それを合図に最後の攻撃とばかりに両者が動き、再び部屋は静寂に包まれる。
気づくと山本は床に転がっていた。
自分の腹部が猛烈に熱く、攻撃をくらってしまったに気付いた。
(あぁ、やっちまった)
最後に思ったのはそんな事。
あのゾクゾクとした勝負がもうできないと分かり、それだけが残念に思える。
死に対する恐怖も、心を遺す人物も今の山本にはいなかった。
腹部の痛みや熱のせいで意識が混濁していく。
「・・・最後の攻撃は俺もヤバかったな」
自分の真上で声が聞こえた。
先程まで自分が対峙していた標的だ。
「おい、山本武。さっきから俺の事をアンタ呼ばわりだったが、俺の名前は知ってるんだろう?」
仮にも殺しに来たくらいなんだからな、と何故か嬉しそうな声が聞こえた。
しかし、山本にはそんな声に反応する力はもう残っていない。
「・・・ぐぁ!!」
このまま暗い世界に飲み込まれるのだろうか、と思っていると。
無理やり髪の毛を引っ張り上げられ、顔だけ男の目の前に晒す羽目になった。
「俺の名はリボーン。これからお前を飼う男の名前だ、よろしく」
もう、目を開けていられない。
何かを言われたようだったが、意識が掠れゆく山本にはその言葉の意味を考える余裕はなかった。
あぁ、やっぱり独りだった。
日本を離れる際、イタリアという未知の異国で独り、死を迎えることを覚悟した。
それが思ったより早くやってきただけ。
(最後まで・・・・笑ってるよ、親父)
後悔するな、と言った父親の言いつけを守れることが嬉しくて。
山本は微笑さえ浮かべながら、ゆっくりと意識を手放した。
そんな男の様子を、リボーンはただじっと見つめていた。
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2008/12/03
改 2009/09/12
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