「リボーン、じゃあ行ってきます!飯できてるから食べてくれよ!」

「・・・あぁ。気をつけて行ってこいよ、山本」



覚醒しない頭で部屋からリビングに行くと、山本が玄関から出て行くところだった。
朝練に向かうため野球のバッドを背負った姿は元気ハツラツという風だ。
今月から甲子園への出場をかけた夏の地方大会が始まるらしい。
時刻はまだ朝の6時を回った頃。
しかも彼は2人分の朝食と自分用の弁当を作っている。
部活に明け暮れる体で何時に起きているのか、リボーンは知らない。


「まったく・・・できすぎにも程がある。なぁ、剛」


父親の死からまだ2ヶ月も経っていない。
それなのに、山本は今日も笑っている。
まるで初めから父親などいなかったように。
今までずっとリボーンと生活してきたかのように。
そんな態度に違和感があるというのに。
太陽のような彼の笑顔。
それを曇らせたくなくて、リボーンはいつも言葉を飲み込んだ。

今日もまた。
リボーンは溜め息をつき、会社に行く支度を始めるのだった。







雨のち晴れ 2








共同生活は実にスムーズだった。
いや、リボーンは多少自分のペースを崩してでも山本が今まで通り生活できるように支えようと思っていた。
しかし彼はこちらが拍子抜けするほど器用に何事もこなした。
朝食も弁当も昔から自分で作っているからと言って譲らず、毎朝リボーンの分も用意してくれた。
夕飯にしても、出前や弁当でいいと言っているにも関わらず、お世話になっているからと部活帰りの体で自炊する。
仕事で帰宅が21時頃になる自分に合わせ、風呂も沸かしておいてくれる。
何度、何もしなくていいのだと言っても彼は平気だからと笑う。


まだ高校生のくせに。

野球が大好きな子供なのに。


それにも関わらず、彼の笑みはどこか大人びている。
彼の心がどうなっているのか、リボーンには全く分からなかった。
そして一緒に住んでいるにも拘らず、仕事を抱えたリボーンと部活に励む山本では時間が合わなくて。
ゆっくりと話をする機会を持てずにいた.




「ちょ、ちょっとリボーン!俺の話聞いてた?」

「あ?新メニューの価格設定と宣伝についてだろ。それぐらいお前1人で片付けろ」


ビル最上階にある社長室で綱吉と書類に目を通していた。
綱吉はつい昨年若くして社長に就任し、リボーンは先代から彼の補佐を仰せつかった。
昔から彼の家庭教師をしていたので嫌になるほど互いのことを理解している。


「俺1人で決めたらお前が怒るくせに。もう、山本が心配なのは分かるけど仕事してよ」

「うるせぇぞ、ダメツナ」


ジロリと睨みつけると綱吉は休憩しようと言って、打ち合わせを終了させた。
山本の事を考えていたのは事実なので無言で了承を示す。
目の前の男も少年の頃から知っているが、随分小生意気に育ったものだ。
綱吉は父親である先代の家光が何の説明もなく隠居し、世界旅行に出てしまったため。
平社員から急遽社長になることが決まった男だ。
リボーンは家光の頃から仕え、その信頼は絶大だったが初めはやはり苦労した。
仕事内容はともかく日本の食べ物や風習といった民族の壁がリボーンを襲った。
どこか閉鎖的な日本はリボーンの肌には合わず、精神だけが蝕まれていった。

そんな時に出会ったのが、家光の親友である山本剛だった。




山本にもまだ具体的な話をしていない。
しかし、リボーンは確かに救われた。
あの豪快で懐の深い男の本質によって。



「山本とはうまくいってないの?」


綱吉も剛には昔から世話になっていた身だ。
彼は1人息子を随分愛していたので何度も話を聞いている。
会ったことはないらしいがその成長をまるで弟を可愛がるように楽しみにしていた。
そんな中で飛び込んできた突然の訃報。慌て、悲しんだのはお互い様だ。
そして何より息子である山本の事を気にかけた。

誰にも譲る気がなかったので勝手に彼の援助を決め、あまりの手早さに綱吉は呆れていた。
それからも綱吉はずっと山本の事を気にしている。



「ぁあ?うまくいくも何も・・・いきすぎだ」


初めて山本がリボーンのマンションに越してきてから、彼はすぐその生活に馴染んだように思う。
リボーンが知る限り山本の世界の中心は常に野球だ。
普段の生活は野球で回り、食事も睡眠も野球をするために行われているのではないかと思うほどだ。
朝練や夕練はもちろん、土日は試合に自主練にと忙しい。
それでも楽しそうに見えるのは彼の才能だろうか。
父親を亡くしたばかりとは感じさせない能天気な笑み。
あの通夜で見た酷い笑顔の方がまだ分かりやすかったのではないだろうか。
お互い多忙のためゆっくりしたことはないが、山本はいつもリボーンの帰りを起きて待っていてくれた。
そしてリボーンが風呂に入っている間に食事の用意をし、それから寝るために部屋に戻っていく。
食事の用意ぐらいできるから先に寝ていろ、と何度言っても聞かないので諦めた。
居候をしているからと気に遣っているのだろう。

あまりに律儀に待っているので、いつからか帰宅する時間を山本にメールするようになっていた。
寝ていていいぞ、と連絡するものの相変わらず彼は自分の世話を焼くために起きている日々。




共に生活をする中で彼から愚痴も不満も聞いたことがない。
それが逆にリボーンの心を落ち着かなくさせる。

もっと気を抜いていいのに。
無理なんてしなくてもいいのに。

家族ではないけれど、リボーンは山本武が可愛かった。



何度か剛の寿司屋に食べに行き、そこでたまに手伝いをしている山本がずっと気になっていた。
直接話をした事はなかったが、彼が幼い頃から息子自慢に付き合わされていた身として。
本人を見てからは剛の気持ちが分かるほど可愛いと思っていた。

年相応の笑顔。
一生懸命で、父親を尊敬し、大切にしている孝行息子。
たまに怪我をしては心配したが、それも野球に熱中し過ぎるためだと剛は苦笑していた。

好きな事に夢中になる所も剛にそっくりで微笑ましかった。
きっと剛の次にその成長を楽しみにしてきたと言えるのではないだろうか。
リボーンにはこの親子が眩しかった。
剛の包容力も、山本のような真っ直ぐさも。
リボーンは何1つ持たずに生きてきたから。


それは憧憬に近かった。


今、山本の一番近くにいるのは自分なのに。
彼のことが分からない。
無邪気に見える笑顔の下に、何を隠しているのか。




「そろそろ俺も・・・本気になるぞ」


呟いたリボーンの声は綱吉には聞こえなかったようだ。
綱吉は休憩を終わらせ、改めて書類と向きあう。
今度こそ仕事に集中するため、リボーンは頭を切り替えて仕事に取り組んだのだった。






「チッ、まさかこんなに遅くなるなんてな」


今日は最後の仕事であった取引先との打ち合わせに綱吉と数人の社員らで向かった。
打ち合わせはすんなりと決まり、早まった帰宅時間にリボーンは山本にメールを送ったのだが。
急遽用意された取引先との接待。
相手の好意を無下にできない綱吉に付き合ってリボーンの酒の席につくこととなった。
マンションで待つ山本に連絡しようものの生憎充電が切れて連絡できず。
気になりつつも先に寝ているだろうと思い、あえて連絡は入れ直さなかった。
すでに手元の時計は日付を超えて深夜になっている。
部屋の鍵を取り出し、できるだけ静かに鍵を回した。





「ふぅ、ただい・・・ま?」


異変はすぐに気付いた。
深夜にもかかわらず煌煌とついたままの部屋の電気。
テレビも、扇風機もついたままだ。
キッチリと躾けられた山本がこんな消し忘れをするわけがない。
飲んで少し酔った頭がすぐ正常に回りだす。



「山本?」


寝てしまったことを考えて少し小さめに声を出した。
リビングにもキッチンにもその姿はなく、本人の部屋に向かう。



「・・・っ、山本!?」



見つけた。

それも、なぜかリボーンの部屋の前で倒れていたのだ。
思わず大声で駆け寄ると彼の呼吸は異常に荒かった。
高熱かと思いきや、体温は思ったより低下している。
右手が心臓のあたりを掴んでいたことからすぐに救急車を呼ぼうと携帯を取り出したのだが。
充電が切れたままの姿に、思わずそれを床に叩きつけた。





「・・・はぁ、は・・・ぁ・・リ、ボー・・・ン?」

「山本!!大丈夫か?しっかりしろ!!」


意識を取り戻したらしい山本に少し安心し、顔を覗き込むとその顔色は青白かった。


「チッ、すぐに救急車を呼んでやる。大人しくしていろっ」

充電しながら電話すればいいだろう、と立ち上がろうとしたが。
山本の弱々しい力でそれを阻まれ、仕方なく彼を見た。



「うっ・・はぁ・・は・・大、丈夫。すぐに・・・治る・・・ちょ、待ってく・・・れ」


無理に体を起こそうとする山本を抱き起こし、その背を支えた。
異常に冷えた身体。それでもなぜか額に尋常でない汗が滲んでいる。
リボーンは何も出来ない自分に苛立ちながら、彼の言葉信じて背中を擦った。


「はぁ・・っ、悪ぃ・・・水・・欲し・・っ・・」


幾分落ち着いてきたのを確認し、水を用意して山本に渡す。
それをゆっくりと飲む姿にリボーンは詰めていた息をようやく吐きだした。



「山本、移動するぞ」

「ん・・・?うわっ・・っ・・・はぁ・・ちょっ・・」


慌てた様子を気にせず、リボーンは一番近い自身の寝室のベッドに山本の体を横たえた。
廊下の床よりはこちらの方がマシだろう。



「はぁ、はぁ、あり・・がと・・・っ・・・はぁ・・」


どうやらいつもの笑みを浮かべようとしているのだろうが、顔の筋肉が強張りうまくいっていない。
そしてリボーンは誤魔化されてやれないほど、怒っていた。


「ゆっくりでいいが、話せ山本。いったい何がどうなったのか、全部だ」


困ったような顔を見て確信する。
このような症状が初めてではないことを。
どうして今まで何も言わなかったのだ。
今の山本の保護者は自分なのに。
誰よりも傍に居たいと思っているというのに。

リボーンは自分の感情に随分前から気付いていた。


今まで誰にも本気になったことがない想い。



山本武を愛していた。
剛への恩といいながら、本当には自分のモノにするために連れて来たのかも知れない。
思いが通じることはなくても、剛の分も傍で成長を見守りたいと思っていた。
擬似でもいい。保護者でも何でも。

彼と家族になってみたかった。


まだまだ遠慮している山本の態度は気に食わなかったが、生活が受け入れられたことが嬉しかった。
しかし、こんな命に関わるかもしれない事を隠されていた事実が悔しかった。



山本の真意は分からない。


この太陽のような笑顔が曇るわけを聞くまで、彼を離す気は一切なかった。


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2008/12/27

改 2009/09/12


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