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父親の死に直面した時にすら出なかった涙が大量に流れた。
最後に涙を流したのはいつだっただろう。
遠い記憶、小2の頃に初めて野球の試合に出場し、負けた時。
試合と言っても公式なものではなく、昼休憩中に仲間と遊んだ時のことだ。
その頃から自分は負けず嫌いで、悔しくて涙を零した。
確か5年生の放ったボールが打てず、三振してしまったのだ。
今から思えば学年も経験の差もある彼に負けるのが当たり前なのに。
その敗北が悔しくて、山本は家に帰って父の顔を見ると泣き出してしまった。
いきなりの涙に父である剛が困っていた事を覚えている。
店を開けなければならない時間のギリギリまで話を聞いてくれた。
日中にも拘らず風呂に入り、泥に塗れた幼い身体を洗ってくれた。
『武、男は簡単に泣いちゃいけねぇ。悲しくても悔しくても歯を食いしばっていれば必ず良いことがやって来る』
山本の大好きな笑顔。大きな手も、逞しい広い背中も大好きだった。
『だからよ、泣くのは嬉しい時だけにしとけ。嬉しい涙は好きなだけ流せばいい。父ちゃんと約束できるか?』
『・・・ぅん、分かった』
幼いながらも父の言っている事は正しいと思った。
約束の指きりをして、いつもより早めに山本は布団に入った。
その次の朝から、山本は本格的に野球の練習を始めたのだった。
雨のち晴れ 5
(そうか、親父と『約束』したから)
どんなに悲しくても、ひとりになっても、涙は流れなかったのだ。
(でも、いいよな親父。オレ、今は嬉しいんだ)
止まる事がない涙は嬉しいからだ。
こんな何も持たない子供の自分に、家族になりたい、と言ってくれる人がいる。
口付けは急だったにもかかわらず、その触れ方はひどく優しかった。
『好きだ、山本。俺はお前が欲しい』
その真摯な言葉が信じられず、驚きで涙さえ止まった。
『・・・な、何、言ってんだよ・・・なんでオレなんか・・・』
しどろもどろになって上手く話せない。
目の前の彼は本気だと目を見れば伝わってくるのに。
これは本当に現実だろうか。
発作で意識を失った自分が見る、都合の良い夢なのではないかと警戒してしまう。
『俺に必ず帰ってきてほしいなら、お前が俺の帰る場所になればいい』
リボーンの言葉が胸に突き刺さった。
嬉しいのに。
なぜこんなにも切ないのだろう。
こんな感情、初めて知った。
『絶対に帰るという誓いだ。籍を入れて、本物の家族になればいい』
山本にとってリボーンは支援してくれる人だった。
父への恩を返すために援助を申し込んでくれた、イイ人。
決して恋愛感情を持っていたわけではない。
年は確かに離れているが、新しい父のように思ったこともない。
それとは逆に、いつか追い出されても仕方がないとさえ思っていた。
邪魔にならないように、負担にならないようにしようと。
家族だなんて、望みすぎだ。
リボーンに会わなければ野球も学校も辞めて、働くしかなかった。
住み慣れた家を追い出され、知らぬ土地で独り、生きていかなければならなかっただろう。
感謝してもしきれない。
ただ、リボーンという人物を知るたびに好ましく思った。
仕事で疲れているはずなのに、自分の話を聞いてくれる所も。
野球に対する気持ちを理解してくれる所も。
朝は苦手のようなのに、朝練に行く前は必ず起きてくれる所も。
大人の余裕で優しい目を向けてくれる所も。
山本にはくすぐったいほど、温かいものだった。
そんな彼にキスをされ、家族になりたいと言われるなんて。
嫌なわけがなかった。
『結婚するぞ。山本、愛している』
そんな言葉を言われるなんて考えた事もなかった。
父を失って山本には野球しか残らないと思っていたから。
また、止まっていた涙がボロボロと流れだした。
山本は確かに嬉しかった。
久しぶりに父がよくしていたような、心からの笑顔ができる気がした。
そんな気持ちを込めて、お礼を言ったのだが嗚咽に交じってリボーンには伝わらなかった。
『・・・・ありがと、リボーン』
さすがに二度目の言葉は恥ずかしくて。
山本は両腕を伸ばし、自分に覆い被さるリボーンの首に抱きついた。
リボーンはいつもオシャレで、細身の服がよく似合っている。
それでも彼は着痩せするらしい。抱きついた体にはしっかりとした筋肉を感じることができた。
鍛えてもあまり筋肉にならない山本には羨ましい。
こんなにも彼を感じることが嬉しいなんて。
(そうか、オレ、リボーンが好きなんだ)
やっと気付くことができた気持ち。
将来の事や学校の事を考えなければならない。
リボーンの気持ちも、もっと聞きたい。
それでも、山本には拒絶する気が一切湧かなかった。
ニコリ、と心からの笑みを浮かべることができた。
きっと父も許してくれるに違いない。
こんなにも嬉し涙を流せたのは、リボーンのお蔭なのだから。
そう思うと、無性に目の前の彼が愛しくて。
山本はしばらく、同じ体勢のままリボーンに抱きついていたのだった。
それからは本当に目まぐるしかった。
結婚と言われても高校卒業後かと思いきや、リボーンは次の日に婚姻届を持ってきた。
促されるまま記入し、それを見たリボーンは満足げに提出してしまった。
リボーンの教え子兼上司だという綱吉とも対面し、ささやかながら彼の会社が持つレストランでパーティーも開かれた。
山本に至っては恥ずかしくて結婚した事すら学校内には内緒なのだが・・・。
リボーンの行動力には驚かされてばかりだ。
それでも決して嫌ではない。
あれから、山本に発作は起きなかった。
発作を見られてから季節は変わり、夏を終えて秋になっていた。
リボーンはこれまで以上に小まめに帰宅時間を連絡し、変更がある時は綱吉を使ってでも必ず教えてくれた。
そして、今まで多忙を極めて生活時間が合わないリボーンだったが。
綱吉に言って引き受けていた仕事を少し減らしたらしい。
無理をして合わせてくれなくてもいい、といったのに。
『ツナの秘書に新しく入った獄寺という奴がいてな。使い物になってきたから出来そうなものを任せようと思う』
後輩の育成は大切な事なんだぞ、と真面目に言われれば反対する者はいなかったらしい。
獄寺に至っては光栄だと涙を流したらしいので、それを聞いた山本も何も言えなくなってしまった。
甘やかされて、大切にされていることにようやく最近気付いてきた。
それはとても恥ずかしくて、違う意味で山本の呼吸を奪うものだけれど。
「・・・幸せ、なのな」
父の言った通り、辛い事があった後には確かに良いことが待っていた。
「ん?何か言ったか、山本」
リビングのソファーに座ってテレビを見る山本の膝にはリボーンの頭が乗っていた。
彼はスキンシップを好むらしく、膝枕もお気に入りだ。
いまだに慣れない山本にはまだ照れが残っているけれど。
「んー、何でもない」
赤くなった顔を隠すようにあらぬ方を見たまま言うと。
リボーンにはバレバレらしく、意地悪な笑みを浮かべていた。
今まで殆んど持てなかった2人きりの休日。
山本は夏の甲子園に出場し、ベスト4進出という成績を収めた。
準決勝で敗れてしまったが、最高の仲間と悔いの残らない戦いができたから。
山本は満足したのだった。
テレビで注目を浴びた山本は密かにプロ野球球団からスカウトが来た。
担任からもいくつかの大学の野球部から推薦の話が来た事を教えられた。
また、なぜか自分を気に入ってくれているらしい綱吉から入社の話も来ていた。
将来はまだ決めていない。
しかし、プロになる気はなかった。
今はこうしてリボーンの傍にいることが心地良い。
「山本」
「ん?・・っ・・んっ!」
彼からの口付けはいまだに慣れない。
今まで山本が経験してきたものは全て子供騙しだというように。
熱くて感情を揺さぶられるキス。
山本はその瞬間が何よりも好きだった。
「んっ・・ちょ・・リボー・・ンっ!」
性急に唇を抉じ開けられ、ぬるりとした長くて熱い舌が入ってくる。
ゾワリと沸き起こる情欲。
若い山本はそれに抗う術を持ち合わせていなかった。
「山本」
「も、リボーン、まだ昼過ぎなの、なっ」
「知るか。俺はもう我慢できねぇ」
「・・・ふァんっ!」
伸びてきた細い指が、山本の来ていたトレーナーの中に侵入し。
すでにキスで尖っていた胸の飾りを直に撫でられた。
興奮した体はそれだけで欲に溺れそうになる。
昨日の晩も好き勝手に啼かされた。
今も外では太陽が照って、多くの人が休日の午後を満喫しているはずなのに。
「・・あっ、んっ、はぁ・・ぁ・・」
いつの間にかソファーに押し倒され、服を託し上げられていた。
彼の指や唇が、山本の好きな部分を容赦なく攻め立てる。
「もう力入んねぇだろ、諦めろ」
逃がしてくれる気などないらしい。
夕方になったら散歩がてら一緒にスーパーに行って、晩ご飯の買い物をしようと思っていたのに。
もう今日は家から出ることはできそうにない。
それでも求められる事が嬉しくて、受け入れてしまうのだ。
山本は抱かれながら、何度も何度も涙を流す。
嬉し涙は、止みそうにない。
父が言ったように、世の中決して悪いことばかりではなかった。
明けない夜はない。
止まない雨はないと、山本は信じ、生きていく。
結ばれた人と2人。
これからも。
雨は、あがっていた。
Fin.
2009/01/11
改 2009/09/12
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