並盛中学の屋上。
卒業を間近に控えた山本は昼休憩に1人で佇んでいた。
やっと3月に入ったばかりだが、雪が降るのではないかと思うほど寒い。
そんな屋上には誰も来たくないようで、今では絶好の告白場所となっていた。
ほぼ毎日のように山本は女生徒から呼び出しを受けている。
ついさっきも後輩の子に気持ちを告げられ、丁重にお断りをしたところだ。


「また、泣かしちゃったな」


真剣に想いを告げてくれる彼女達。
しかし、それに応える気はなかった。
入学したばかりの頃、山本は人を好きになる感覚が分からなかった。
自分に寄せられる好意が特別なものであることに気付いていなかった。

すべて教えられたのだ。
自分勝手で自信家である最強のヒットマンによって。

心も体も明け渡した、恋人。(正確には彼の愛人の一人という立場だが)

山本は気にならなかった。
そんな関係になってようやく1年が過ぎた。
まだまだ慣れることのない、愛の交わり。
彼は言葉も態度もストレートだから、山本はいつも翻弄されるばかりだ。
そんな山本は女の子から寄せられる好意など気にもならないほど、大いに困っていた。
まもなくやって来る満月の夜の事を考え、山本は頭を抱えたのだった。





シーソーゲーム 1









その日、リボーンは久しぶりに屋上にやって来た。
真冬の間、綱吉達は寒さに負けて教室で弁当を食べていたから近づく必要がなかったのだ。

しかし今は違う。
リボーンがよく知る気配がいまだに屋上に留まったままだから。


「ちゃおっス、山本」

「よう、小僧。そんな恰好で寒くないか?」


フェンスに凭れて街並みを見ていた山本が振り向いた。
柔らかい笑みを浮かべながら、自分の肩を叩く。
それを確認しリボーンはいつも通り彼の肩の上に腰かけた。


「お前、すっかり冷えてるじゃねえか。頬っぺたが冷てぇぞ」


小さな手で彼の頬を撫ぜるとその冷たさに驚いた。



「んー、小僧の手はあったけぇな」

「どうせ告白でもされてたんだろ。終わったらすぐ教室に戻れ」


むやみに肩を冷やすな、と告げる。


「はは、小僧は何でもお見通しだな」


叱られた子犬のようにしゅんと落ち込んだ姿。
そんな子供っぽい様子にリボーンはバレないよう、こっそりと溜め息を吐きだした。
山本は来月、隣町にある甲子園常連校に入学する。
今月の下旬から、入学式前にも関わらず野球の練習に参加するらしい。
最後まで綱吉や獄寺と高校が離れることを気にしていたようだが。
山本は自分で悩んで、決断したのだ。
その意志を綱吉もリボーンも受け入れた。

そんな山本が今、多くの女生徒から告白を受けている事に、もちろん気付いていた。



「マフィアは女に優しくするもんだが、お前は俺のモンだからな」


誰にも渡す気はない。
手に入れてからどんなに時間が過ぎようとも、飽きることがない。
どこまでも貪欲になる自分をリボーンは分かっていた。


「はは、全部断ってるって。オレはずっと小僧のモンなのな」


笑いながらそう言う山本に満足する。
一見、何も変わらないように見える山本だが。
ここ数ヶ月、様子がおかしいことに気付いていた。


「山本、今月の満月は11日らしい。予定はどうだ?」


夏に野球部を引退してからも、山本は高校での野球のために自主練を欠かしたことがない。
後輩の指導と称して何度も部活の練習にも参加していた。
しかし、昨年よりは野球に関わる時間が減り、受験もない山本は比較的時間があると言ってよいだろう。
確認するまでもないかと思いきや、ここ最近ずっと満月での逢瀬を拒まれていた。
会うには会うのだが、山本の部屋で共に寝るだけ。行為はなかった。

きっと、今回も・・・。


「おう、大丈夫!少し早いけど卒業祝いに親父がちらし寿司作ってくれるんだ。俺の家で一緒に食おうぜ」


ニコニコと嬉しそうに笑う山本。
ここまで不自然な流れは何一つない。
しかし、ほんの少し眉間に皺が寄ったことをリボーンは見逃さなかった。




「山本、いつまでも俺を騙せると思うなよ」

「んー・・・何が、だ?」


別に身体を繋げることだけが目的ではない。
傍にいられるだけでも愛しい存在。
だが、その心に潜む不安や悩みを隠されている事が気に食わない。


「今年に入ってから何かと理由つけてお前の家で過ごしてるよな?」

「ん?そうか?」

「ホテルに連れ込みたい訳じゃねぇ。お前の家で過ごす時間も好きだ。でもな、急に変わったお前の態度の理由を聞かせろ」


斜め上にある山本の耳に唇を寄せてそう言うと。
山本は困ったような笑みを浮かべたまま口を閉ざした。
いつも暢気な山本だが、何でも自分の身の内に抱え込んでしまう傾向がある。
弱みを見せたくないのか、ただの甘え下手か。
人に頼ろうとしないのならば無理矢理でもこちらから引き出してやる。


「俺とのセックスが嫌になったか?それとも、やっぱり女の方がイイと思ったか?」

「・・・・・ッ、違う!」

「俺は呪われた身で、マフィアだからな。いくら能天気なお前でも怖くなったか?」

「違う!!」


酷な話をしている。
山本からいつもの笑みは消え、傷ついた眼をしていた。
すぐにでも抱き締めてしまいたい。
その心の闇を包み込んでやりたいのに。

この体では不可能。
こんな山本を傷つける方法でしか本心を引き出せない。



「小僧、違う!!そんな事一度だって思ったことない」

「じゃあ何でだ」

「オレが子供だから。どうしていいのか分からな・・・っ」


山本には似合わない悲痛な声。
それが嫌で無理やり自分の方を向かせ、山本の唇に自分の唇を押しあてた。
大丈夫だと安心させたかった。
いかに山本を愛しているか、この唇から伝わればいい。


「ゆっくり話を聞いてやる。だから、今月の満月は2人で過ごすぞ」


いつもの声で囁くと、少し肩の力を抜いた山本が頷いた。
それに満足してもう一度キスを送る。
するとちょうど昼休みの終了を告げる鐘が響いた。


「ほら、次は音楽だろ?遅刻するぞ」

「・・・おぅ。小僧も気をつけて帰れよ」


ゆっくりと、いつもの笑みを浮かべた山本。
まだ完全に闇が晴れたわけではないが、前進したと思いたい。
教室に戻る山本の背中を見送った。


来月やっと16歳になるという少年が、今までと少し態度を変えただけで、こんなにも余裕が無くなる。
彼より何十年も長い時間を生き、来るもの拒まず去る者追わずのスタンスだったこの最強の殺し屋が。
彼にはいつも予想外の言葉と、予想外の反応で、翻弄される。
追いかけられているようで、本当はこちらが繋ぎとめていようとあの手この手で必死なのだ。

だからこそ、愛しくて、大切で。

手放せない。

彼の今の悩みが、どんなものであったとしても。



「まったく、世話のかかる教え子だ」



言葉とは裏腹にリボーンの声は甘い。
次の満月の夜のことを考えて、リボーンはゆっくりと屋上を後にした。




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2009/01/12

改 2009/09/12

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