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「リボーン、話があるんだ」
「なんだ、ツナ。今日は山本達と遊びに行ったんじゃなかったのか?早かったな」
今ではすっかり見慣れてしまった黒衣のヒットマンが持つ愛銃。
その手入れを欠かさない赤ん坊の彼を見ながら、綱吉はある決意を胸に対峙した。
出会ったのは中学1年生の時だった。
幼稚園、小学校と学年が上がっても自分のダメぶりは治らず。
並盛中学校に入学してからもそんな性格は変わらないと思っていた。
勉強も運動もできず、ダメツナというあだ名を受け入れて卑屈になっていた。
自分の人生なんてちっぽけで、何もかも諦めていた。
それなのに。
イタリアから家庭教師だと名乗る、黒衣の赤ん坊がやって来た。
その日から綱吉の周囲の環境が大幅に変わった。
自分を最強の殺し屋だと称する赤ん坊は何もかも無茶苦茶なのに、実はファミリーの事を一番に考えていてくれた。
誰よりもボンゴレを愛し、その小さな肩には未来の10代目ファミリーの全てが圧し掛かっていたはずだ。
それでも彼は不敵に笑う。
どんな危機でも頭脳をフル回転させ、その確固たる実力で敵を闇に沈めていく。
彼が綱吉を死ぬ気にして自信を持たせ、仲間を、愛する家族を与えてくれた。
いつも『マフィアになんかならない』と叫んでいた綱吉も。
知らないうちに、大事なモノを抱えさせられていた。
獄寺のお陰で何とか留年を免れた綱吉が高校3年生に進級した際。
自分がもうそれらを手放せないことを知りながら、黒衣の家庭教師は『捨ててもいいぞ』と言った。
逃げられないよう、いつの間にか捨てられないモノで雁字搦めにした張本人のくせに。
それが、この家庭教師による最終宣告だった。
覚悟を決めなければ、と思っていた矢先だったから。
綱吉はその将来を世界最強の家庭教師であるリボーンに預けたのだった。
I wish 1
時間は少し遡る。
学生最後の正月が終わった。
いや、新年を迎えたばかりなので終わったという表現は正しくないだろう。
それでも来年からはきっとイタリアという異国で迎えることになるであろう覚悟を綱吉はしていた。
昨年から続くように忙しなかった1月が終わりを迎え、すでに2月に入っていた。
綱吉の中学からの親友である山本武。
彼は野球のため隣町にある甲子園常連校の高校に入学していた。
中学生の頃から野球が全てだった山本。
そんな彼を「マフィアごっこ」と称したまま、ずっと突き放せないで巻き込んでしまっていた。
自分と関わらなければ、失わなかったもの、知らずに済んだことが沢山あっただろう。
それでも山本は何でもないことのように笑ってくれるから。
綱吉はそれだけで安心していた。
彼がいれば、自分も普通の世界の戻れる、とその天真爛漫な考えに救われていた。
山本には野球があった。
家族だって、友達だって、仲間だって。
山本は多くの人に囲まれて、充実した日々を送っていた。
ダメツナと嗤われていた自分とは違う。
何も持たない綱吉とは違い、山本は最初から多くのモノを持っていた。
そんな彼が「ごっこ」遊びでないと気付き、いつも笑顔で曖昧にされていた彼の考えについて話してくれたのは中学3年生の夏だった。
『ツナ、小僧。いつかオレもイタリアに行く。でも高校だけは野球に専念させてほしいんだ。後悔しないように全力で野球がしたい』
本当に驚いた。
綱吉自身ですらまだマフィアのボスになる覚悟はあやふやで。
行くとしても高校卒業後だろう、とまだまだ先の話じゃないかと高を括っていた。
誰よりもマフィアについて理解していないと思っていた山本が、そこまでの覚悟を持って将来を考えていたなんて。
『よく言ったな、山本。思いっきり甲子園で暴れてこいよ』
綱吉が言葉を失う中で、リボーンだけがいつも通り悠然とその場に佇んでいた。
山本ですら幾分緊張していたようだが、そんなリボーンの言葉にいつも通り微笑むと彼を抱き上げた。
黒衣のヒットマンを赤ん坊扱いするのは今も昔も山本だけだ。
そんな扱いを許し、猫をかぶって接するリボーンの正体を知っている綱吉にとって、その光景は異様だけれど。
何年経っても変わらない2人の関係に慣れてきてしまっていた。
『マフィアのことなんて気にしないで。山本は好きなだけ日本で野球していいんだよ!』
本当はそう言いたかった。背中を押したかった。
それでも、それができずにただただ山本の言葉を黙殺してしまったのは。
綱吉が山本という存在を心から必要としていたからだ。
戦闘センスも抜群で、その実力はリボーンのお墨付き。
無邪気な笑顔と、根拠のない自信で『大丈夫だ』と言う。
それだけで言いようのない安堵と信頼が仲間内に広がり、綱吉は誰よりも彼に頼っている自覚があった。
山本に傍にいてほしい。
それでも、彼を闇の世界に引きずる覚悟を綱吉は持てずにいた。
それから3年。
山本は本当に甲子園に出場し、4番打者として優勝に大きく貢献した。
大会のホームラン記録を塗り変えた強打者の彼を世間はもちろん放っておかず。
夏が終わってからも山本は超有名人となり、その進路が注目された。
プロ野球に入団か、進学をして大学野球行きか。
そんな世間の目を気にせず、山本はどちらも選ばなかった。
中学3年生の時の決意を変えることなく、誰に何を言及されても理由を話さなかった。
学校側には留学すると言ったらしい。
高校が離れ、野球一色の山本は、住まいは変わらずとも殆んど会う機会がなくて。
やり取りはもっぱらメールか電話だった。
そんな山本も1月の末、私学故に綱吉達よりも一足早く高校の卒業式を迎えた。
ようやく落ち着いた今日、綱吉は山本と獄寺と3人で遊びに出かけたのだった。
獄寺は時折山本に突っかかるものの、昔のように一方的な言いがかりをする事は無くなった。
山本も獄寺も身長が伸び、顔つきもグッと大人っぽくなったように思う。
それとは逆に、身長が伸び悩み、あまり成長した気がしない綱吉だが。
相変わらずの2人の様子に変わることのない笑みを浮かべ、楽しむことができた。
日が沈み、それぞれが家に向かって歩いている最中、いつもの公園にやって来た。
それを機に綱吉は覚悟を決めて、重い口を開いた。
「山本、ちょっと話したいんだけど、いいかな?」
「ん?はは、今までだって話してたじゃん。どうかしたのか?」
山本も、一緒にいる獄寺も注目してこちらを見ている。
「ねえ、山本。すごく、すごく今更何だけど、聞いてほしい」
大切な親友。
別離を恐れ、甘えてしまっていた。
全ての原因は綱吉の心の弱さだった。
「山本はマフィアになっちゃダメだ。イタリアにも来ないで欲しい」
今まで何度も何度も飲み込んだ言葉。
山本が自分から言ってくれたら、楽なのに、と責任転嫁させた時期もあった。
目の前の2人が目を見開いて、綱吉を見ている。
「ちょ、ツナ?なんで、急にそんな事言うんだよ!?」
「そうですよ、10代目!こいつは野球バカですが、雨の守護者です。10代目の傍にいるべき人間なんです!」
本当に今更の話をしている自覚がある。
2人の困惑も手に取るように伝わって来た。
それでも、綱吉は引かない。
「本当はもっと早く伝えなくちゃダメだったんだ。俺が弱いから・・・・・。こんなにも遅くなっちゃった。ごめん。ごめんね、山本」
どれだけ頭を下げても、後悔しても、し足りない。
「ツナが謝ることなんて、何もないじゃねぇか」
冗談ではなく本気だと分かってくれたようで、それから2人は声を失った。
「山本の優しさに甘えてたんだ。でも、もう大丈夫だから。山本は他に自分の夢があったはずだろ?」
あのミルフィオーレとの戦いで知ることになった未来。
自分のこと、リボーンのこと、何もかも驚いたが、一番胸が痛かったのは山本のことだ。
顎に傷を負い、野球も辞めて刀を振るっていた大人の山本。
大事な人間を失い、それでも気丈に笑っていた親友の姿を綱吉は忘れられなかった。
それから。
『スクアーロの映ったビデオ見たんだけどさ、大リーグを目指すオレに勝負するたびその記録を送って来たらしいぜっ』
面白すぎるよな、と14歳の山本は無邪気に笑っていた。
それはアジトで聞いた何気ない一言だったけれど、綱吉はコメントできなかった。
今なら言える。今の自分ならできる。
山本を、明るい世界に返してやるのだ。
「夢、叶えて欲しいんだ。俺達の分も綺麗な世界で、たくさん笑って」
山本は表情を固めて綱吉の言葉を聞いている。
ずっと物言いたげだった獄寺も、その言葉にもう一度目を見開くと俯いてしまった。
「親友として言わせてほしい。どうか、何よりも、誰よりも、幸せになって」
暗い闇なんて似合わない。
多くの声援を受けて、真夏の甲子園で戦う山本をテレビで見ながら。
山本がいるべき世界を悟った。
「これを言葉にするのに、3年もかかっちゃった。本当にごめん。それでもこれは俺の本心で、心からの願いだから」
こういう言い方をすれば心優しい親友は聞き入れてくれると知っている。
誰よりも人に優しい彼だから。
人の好意を無駄にすることがない。
「一週間後、視察のために皆でイタリアに行くだろ?それまでに俺の言葉を考えて、答えを出して欲しい」
来なくても、誰にも何も言わせない。
そんな覚悟を山本に伝える。
「じゃあ、俺急いで帰らなくちゃ。今日は本当にありがとう。またね!」
決心が鈍らないよう、綱吉にとっての全速力で公園を飛び出した。
「10代目っ」という獄寺の声が聞こえたが、山本の声は何も聞こえなかった。
しかし振り返る余裕が綱吉にはなかった。
なぜなら、最も厄介な最強のヒットマンとの戦いが、幕を開こうとしていた。
そして話は冒頭に戻る。
「で、お前は俺にどうしろってんだ?」
公園でのやり取りを話し終え、リボーンがその口を開いた。
そろそろ長い付き合いで、表情の微妙な変化も分かるようになったと思っていたが。
今のリボーンからは一切の感情を読む事が出来なかった。
綱吉だけではなく、誰の目から見ても山本に対するリボーンの寵愛はすごかった。
それはビアンキが奇妙な対抗心を山本に向けるほどで。
何より、山本をボンゴレファミリーに加入させた張本人。
彼に内緒で山本を突き放したことを、責められると思った。
「山本を、自由にしてあげて欲しい」
「なぜそれを俺に言う?」
冷たくて、静かすぎる言葉。
それでも、綱吉は逃げない。
大切なものを守る強さを教えてくれたのは目に前の赤ん坊なのだから。
「お前の強引さは俺が一番知ってるから。ずっとファミリーのために動いてくれて感謝してる。でも、10代目ボスとして俺は山本に来てほしくない」
だから、リボーンも諦めてくれ、と綱吉は告げた。
無表情だったリボーンの片眉がピクリと動く。
高圧的な雰囲気が生まれ、綱吉の部屋の温度が明らかに低下した。
「・・・うぅ、な、なんだよ」
しばし無言で2人は動かない。
沈黙に耐えかねて綱吉が先に声をかけた。
すると。
「分かった。俺は一切関知しねぇからな。あとで何があってもギャーギャー騒ぐんじゃねぇぞ」
立ち上がり、いつものコーヒーカップを持って階段を下がっていった。
台所で不貞腐れるのであろう彼を思い、綱吉は苦笑する。
「はぁぁぁ、長い一日だった」
3年分の息を吐きだし、ようやく体から力を抜いた。
もう何も気にせず、自分のベッドの上に倒れ込んだ。
これまで山本と過ごした日々を思い出す。
友達と勉強すること、誕生日を祝うこと、同じ目的で努力することなど。
何から何まで、自分にとって初めての事を山本と体験した。
一緒に見た花火も、一緒に行った海も。
辛い時、心が折れそうな時にもらった言葉や勇気を。
綱吉は忘れない。
「どうか、幸せに」
好きな事をして、好きな人と日本で暮らしてほしい。
遠く離れる自分にとって、そんな山本の存在はきっと。
光明、そのものだろう。
一週間後の出立に心を馳せ、綱吉は瞼を閉じて、しばしその場に寝転んでいた。
2へ
2009/01/13
改 2009/09/12
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