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『山本を、自由にしてあげて欲しい』
あのダメダメだった綱吉からそんな言葉が聞けるなんて。
リボーンは教え子の成長を喜ぶべきか。
勝手に山本に別離を告げた彼を怒るべきか、すぐに判断出来なかった。
山本の通った高校の卒業式が終わり、受験の心配がない綱吉や獄寺と共にイタリアへ行くことが決まっていた。
すでに先にイタリアに向かった笹川了平とビアンキ、フウ太らがイタリアの空港に来ることになっている。
雲雀はイタリアと日本を行き来しており、やって来るかは気分次第だろう。
リボーンは山本の手を離せずにいた。
高校に入り、名門の野球部に入部した山本は土日もないほど忙しく。
全国各地から強者が集まり、熾烈なレギュラー争いが行われているのだから。
空いた時間も自主練にあてる、そんな生活だった。
並盛中学に在籍時、いつでも会えた距離は崩壊し、会えない日々が続いた。
たまに練習終りの山本を駅で待ち伏せ、一緒に家まで帰るそんな逢瀬。
限界まで練習に励む彼は家につくとフラフラしながら食事をし、風呂に入ってすぐ眠りに就いた。
本当にたまにリボーンはそんな彼の世話をやいたが、月に一度の満月の夜すら満足に過ごせなかった。
しかし、構わなかった。
リボーンは宣言通り野球に打ち込む山本の姿が神々しくさえあった。
山本は変わらず、少年のようなキラキラした瞳で甲子園に夢を馳せ、自分もそれを応援した。
甲子園優勝の夢はリボーンにとっても夢となり、レギュラーを勝ち取って試合に勝つたびに夢は「目標」に変わった。
同じものを見て、同じものを共有する、それだけで。
こんなにもリボーンの心は満たされた。
(相変わらず山本は、最強だ)
頭が上がらない。
リボーンが知らなかった、または忘れていた感情を彼は教えてくれる。
もう彼がいない世界など考えられなかった。
それでも綱吉は言う。
山本を開放しろと。
闇に飲み込まれる光を救おうと、綱吉は奔走している。
「いよいよ、来たか」
ずっと恐れながらも、覚悟して生きてきたはずだ。
その手を離す瞬間を。
判断は、山本に託されていた。
I wish 2
一週間はあっという間に過ぎた。
綱吉に一切関知しないと宣言したからには山本に会いに行く気は起きなかった。
山本からふいに送られてくる何気ないメールも、この7日間送られて来なかった。
いつも河原の花がきれいだったとか、ここのドーナツが美味かったなど写真付きで、彼は短いメールを送るのが好きらしかった。
それがないという事は、真剣に綱吉の言葉を受け止め、考えている証拠だろう。
そんな変化すらリボーンの心に影を落とす。
綱吉にも誰にも悟らせないが、リボーンはこの一週間ずっと落ち着きなく過ごすことになった。
国際便の正面入り口で待ち合わせをしていた。
空港は様々な人種、格好をした人間が行き交っている。
子供も大人も大きな荷物を持って楽しそうな笑みが零れていた。
そんな中、前を歩く綱吉は緊張しているようだった。
その隣で獄寺は心配げに様子を見守っている。
今回は一週間ほどの滞在予定で、移住ではない。
なので京子やハルの見送りも断っており、今は3人でゲートに向かっていた。
「ツナ、せっかく本部に行くんだ。そんな湿気たツラしてんじゃねぇぞ!」
「痛っっ!レオンで叩くなよ!俺は別に・・・っ」
レオンを蠅叩きに変化させ、綱吉の後頭部を思い切り叩く。
それに対する抗議を無視してリボーンは努めて無表情を装った。
隣で獄寺が蒼い顔をしているが、どうやらリボーンの不機嫌を感じ取っているらしい。
いつもより確実に口数が減っていた。
「・・・やっぱり、山本には野球が一番良く似合うよね」
綱吉の声が、騒がしい空港の中でも、よく響いた。
「10代目、本当にいいんですか?」
「うん、俺の気持ちは変わらない。山本にマフィアは似合わないよ」
リボーンの心に綱吉の言葉が突き刺さった。
山本と過ごした甘い日々を信じている。
彼の言葉の一言一句。
表情さえも漏らさずに、しっかりと覚えている。
山本がこの自分を裏切らないだろう、という自負と。
このまま来ず日本で光の中で生きてほしい、という願い。
いまだに答えは出ないまま、リボーンの心は人知れずかき乱されていた。
「よう、ツナ!よかったー、会えて。集合場所分からなくてさ、困ってたんだ」
「や、山本」
全員の目が山本に集まった。
ドラムバックを提げて携帯を持つ姿。誰かに連絡しようとしていたのだろうか。
リボーンの、心が震えた。
「よ、小僧!なんか久しぶりだなっ」
そう言って近づいてきた山本の肩にぴょんと飛び移る。
慣れた様子でそれを受け止め、帽子の上から頭を撫ぜる手の感触に、リボーンは固まったままの表情を崩した。
「お前が連絡してこなかったんじゃねぇか」
「うっ、ごめん。ゆっくり考えてたんだ。でもさ、小僧だって少しくらい連絡くれてもいいんじゃねぇの?」
避難の目を向けるのはお互い様。
久しぶりの体温を感じ合った。
「やま、もと・・・なんで、来たの・・・?」
綱吉に視線を移すと、彼は今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。
彼のそんな姿をゆっくりと一瞥し、山本はいつもの笑みを消した。
「ツナ・・・いや、ドン・ボンゴレ」
山本が綱吉の真正面に来ると右膝を折って跪いた。
それに驚く暇もなく彼は右腕で綱吉の手を掴み、その甲に己の唇を押しあてる。
「「山本!?」」
綱吉と獄寺が一斉に声を荒げた。
リボーンに至っては予想外の行動に言葉が出ない。
そんな中、山本だけが顔を上げてその体勢のまま、ゆっくりと唇を動かした。
「オレが貴方と、貴方のファミリーを護ります。オレの剣は、いつでもドン・ボンゴレのために捧げます」
それはまさに忠誠の誓い。
リボーンも遠い昔、似たような言葉を9代目に捧げた。
「ただ、この体も心も渡せません」
一瞬、横目で山本がこちらを見た気がした。
そんな一瞬の視線でも、リボーンには甘く、優しく、突き刺さる。
「オレの魂はもう、ここにいる小僧のモノです。ずっと傍にいるために、オレもイタリアに同行することを許して下さい」
山本はそう言って懺悔するように、頭を垂れた。
(・・・あぁ、なんと、なんという事だろう・・・!!)
呼吸を忘れるなんて、本当にあったのだとリボーンは働かない頭で思った。
「山本、顔上げてよ。何・・・?今の、どういうこと?」
綱吉がそう言うのも無理はない。2人の関係はずっと秘密だった。
知ったら何か小言を言いそうな彼が面倒臭く、あえて言うことではないだろうと黙っていたから。
今は混乱した頭の中、膝をついたままの山本に立つよう促して彼らは向き合った。
「ツナ、ずっと黙ってたんだけど。オレと小僧、付き合ってるのな」
そう言う山本の頬をそっと小さな手で撫でる。
すると、彼はこの赤ん坊の体を自分の胸の前で抱きしめてきた。
「・・・・・ぇぇぇぇえええええっ!?」
獄寺は絶句したまま固まり、綱吉は注目を浴びるにも拘らずその場で大絶叫した。
「うるせぇぞ、ダメツナ」
レオンを×(バツ)の形に変化させ、そのうるさい口を呼吸と共に抑え込む。
「んぅぅぅ!!んっ、んぅぅぅぅ!!」
いきなりで思うように呼吸ができないらしい。
焦った山本が心配するので指先一つでレオンに合図すると、定位置である帽子の縁にその体が戻って来た。
「・・っ、はぁ、何が、どうなって・・・リボーンと?」
「んー、なんでだろ?小僧に欲しいって言われて、オレも好きだったから・・・自然に?」
ちょこんと首を傾げる山本は愛らしい。彼らしい言い分に苦笑するしかなかった。
「や、山本っ!目ぇ覚まして!イタリアとか言う前に、もっとコイツから離れて!冷静になって!!」
「死にてぇようだな、ダメツナ」
さすがに空港で銃をぶっ放しては一大事になるので、その眉間に突き付けるのみにしてやった。
それでも今まで何度も経験している痛みを知っている綱吉は固まった。
「うっ、ごめんって!でもお前が悪いんだぞ、山本に何てことさせてんだよ!」
自分が普通の赤ん坊でないと知っている綱吉は、山本がとんでもない人物に捕まったと嘆いている。
そんな反応が不愉快で本当に痛い目に合わせてやろうかと思ったが。
それを黙らせたのは山本本人だった。
「ツナがあの日、公園で言ってくれたこと確かに嬉しかった。でもさ、今のオレはツナ達の力になりたいし、小僧とだって一緒に居たい」
リボーンの体を抱きしめる腕に少し力が籠った。
彼の温もりが、心音が、リボーンの心を晴らしていく。
「確かに野球は好きだけど、イタリアでだってできるんだぜ?ツナ達がいないのに、オレだけ日本に残っても幸せになんてなれない」
山本が過酷な道を選ぼうとしていることなど、この場にいる全員が分かっていた。
それでも、口を挟ませない確固たる決意が山本の中にあった。
「オレが自分で選んだんだ。小僧の手を離さない。だから、オレも一緒に連れて行ってほしい、のな」
リボーンには十分だった。
あんなにも手放すことに脅え、恐れていた。
それでも山本は選んでくれた、この血に塗れた死神の手を。
「山本」
「ん?どーした、小僧?」
抱き締められたままだったので名前を呼ぶと、視線を合わせるために山本は下を向いた。
腕の中から少し伸びあがり、無防備なその頬にキスをする。
それはリボーンにとってただの挨拶より軽いものだったが、それだけで心が満たされた。
「・・・・っ、小僧!」
初めて人前で、しかも公共の場で行われた頬への口付けに山本の頬が赤くなる。
周囲の人間にとっては赤ん坊との微笑ましいワンシーンだが、関係を宣言したばかりなので綱吉と獄寺の視線が恥ずかしかったらしい。
「ツナ」
「な、なんだよ。本当にお前は無茶苦茶なんだからっ」
日本人にとってキスは額でも頬でも唇でも、照れるものらしいと知ったのは山本に出会ってから。
恋人同士としての触れ合いにまったく慣れない彼がとても可愛かった。
欲しくて、強引に手に入れた。
彼がいない日々など、色褪せて見えるほどリボーンを魅了して止まない。
「ツナ。俺は、あとで何があってもギャーギャー騒ぐんじゃねぇぞ、って言ったよな?」
それは2分の1の確立だったけれど。
綱吉を黙らせるには十分だった。
「もう、俺だけグルグル悩んで馬鹿みたいだ。早く言ってくれればよかったのに」
とりあえず納得することにしたらしい綱吉が、睨みつけるようにリボーンを見た。
それを軽く無視し、リボーンは山本の顔を見上げる。
「ごめん、でも、恥ずかしくってさ」
いまだに頬の赤みがとれない彼は大層可愛らしく。
リボーンは人知れず、その小さな体を駆け巡る歓喜を実感していた。
コイツは、俺のものだ。
誰にも渡さない。
そんな独占欲丸出しの台詞が、愛しさと共に心を締め付ける。
綱吉に忠誠を誓い、自分に愛を捧げてくれた山本。
何よりも大切に。
誰よりも幸せに。
この最強のヒットマンの腕の中、そうさせてやりたいとリボーンは心の中に刻み込んだ。
こうして手に入れ、イタリアに連れて行った後でさえも、後悔する日が来るかもしれない。
なぜ手離さなかったのか、己を責める日が来るかもしれない。
それでも、必要なのだ。
山本武という存在に囚われたのは自分なのだと。
リボーンは沸き上がる想いを止められなかった。
「お前は俺のモノだ。愛してるぞ、山本」
綱吉や獄寺の視線を感じながらも、その衝動を止めることが出来なかった。
リボーンはもう一度伸びあがり、今度はその熟れた赤い唇に己のモノを重ね合わせた。
チュッという濡れた音が全員の耳に届く。
「・・・・・・もう、好きにしてよ」
赤い顔のまま吐き出された、綱吉の了承の言葉に満足して。
5秒ほどたっぷりと固まって動かない山本の腕の中。
リボーンはひとり、声を出して笑った。
Fin
2009/01/13
改 2009/09/12
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