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ボンゴレと関わることで、どれだけの痛みを抱え込ませてしまっただろうか。
太陽のように暖かく、陽だまりのような笑顔をした優しい彼の内側を。
どれだけ自分たちはかき乱し、壊してしまったのだろうか。
綱吉を立派な十代目にするために訪れた学校で出会った山本武。
リボーンは外れたことがない自分の直感で『コイツだ』と思った。
ファミリーにとって有益で必要だと判断した。
その直感を信じているからこうしてボンゴレに関わらせたことに後悔はしていない。
それでも唯一の誤算は自分が山本に惚れてしまったことだろう。
手放したくなかった。誰かのモノになるのを考えるのも嫌だった。
欲しくて、欲しくて。
呪われたこの身で、何かを、自分のために欲する日が来るなんて。
これは罰か。
望み、離さなかった報いか。
「・・・山本」
部屋の真ん中で立ったまま、動かないその背中に声をかける。
夕日が刻一刻と沈んでいく。
窓からはグラデーションを描いて広がる夕焼けが見えていた。
オレンジ色の夕日が山本を照らし、その姿は逆光だ。
しかし、リボーンには彼の様子が簡単に想像できた。
部屋に充満する、血の匂い。
山本武は今日、初めてその手で人を殺めたから。
そんな背中をリボーンは忘れぬため。
じっと目に焼き付けた。
箱舟
『初任務の日取りはもう聞いたか?』
『おう!来週、獄寺と笹川兄とオレが行くんだってさ』
『そうか。俺は一緒に行けねぇがお前らなら大丈夫だろう』
『はは、どうだろうなー。けど、死ぬつもりはねぇよ』
朗らかに笑う山本の顔は、学生の頃と変わらない。
ボンゴレ本部にやって来て約半年。
習慣や言葉を学び、実力や連携を磨いてきた。
そろそろいいだろう、と判断したのはリボーンだ。
日本にいる頃から綱吉や守護者たちを鍛え、育ててきた。
付き合いも長いというものだ。
イタリアに来る前、綱吉の就任式は1年後と取り決められた。
9代目の体調が芳しくなかったので猶予は少ない。
彼らには1年しかないのだと脅し、死ぬ気で環境になれるように命じた。
幼い頃からマフィアの世界にいた獄寺すらボンゴレの幹部は重責に違いない。
山本に至っては理解しているのか、リボーンにすら分からなかった。
それでもボンゴレの歴史、銃器や捕縛の扱い、外交など。
半年かかって綱吉や守護者たちに教えた。
そして、家光らと協議した結果。
ついに彼らを戦場に送る日が決まったのだった。
山本の執務室は南向きの角部屋だ。
最近、観葉植物にハマっているという彼の部屋は緑が多い。
日当たりが良く、簡素なその空間をリボーンは気にいっていた。
しかし、そんな普段の様子を忘れるほど部屋は静かで、冷たかった。
「山本、いつまでそうしている?」
今日はリボーンも9代目の護衛という別任務で本部を離れていた。
滞りなく済ませて戻った時には綱吉が獄寺からの報告書を読んでいる最中だった。
今回の任務は敵対マフィアの麻薬密売ルートを潰すこと。
取引が確実にある日を狙い、殲滅することでボンゴレの恐ろしさを示すのだ。
本拠地を叩けばいいという意見もあったが、綱吉はゼロに出来ないなら少しでも死人を減らしたいと主張した。
それが通って今回の作戦となったのだ。
極めて危険だが、それぞれ20人の部下を持ち、守護者が3人となれば簡単な仕事だった。
『殺せ』という命令ではない。
それでも『刃向かう者には死を』というこの世界。
報告書によると、相手側に生き残った者はいなかったらしい。
ボンゴレ側は軽傷の者が5名という事だった。
守護者たちに怪我はなし、という欄を見てリボーンは静かに胸を撫で下ろした。
会ってはいないが部屋に戻っているはずだという綱吉の言葉に従い、山本を追って彼の執務室へ。
小さな体で慣れた風にドアを開け、薄暗い室内に訝しんだ。
まず目に飛び込んで来たのは真っ直ぐに伸びた背中。
野球を辞めて剣術に精を出した山本は無駄な筋肉が削げた。
守護者の中でも笹川と並んで体力があり、常にトレーニングを欠かさない。
戦闘において流れるような動きをする山本は美しかった。
そんな彼が、血まみれのスーツのまま佇んでいる、
リボーンはあえて足音を立てながら、ゆっくりと彼の正面へ。
呼吸をしているのかも怪しいほど彼の様子は異常だった。
嫌な、予感がした。
「山本、俺だ。分かるか?」
瞼を閉じたまま動かない顔から生気は感じられない。
近くの机に飛び乗って視線を少しでも近づけた。
「・・・・こ、こぞう?」
パチリ、パチリと瞬きを繰り返す様子は幼子のようだ。
「山本、何してたんだ?」
今気付いたという彼の様子に無駄かと思ったが、聞かずにはいられなくて。
「んー、オレも帰って来たばっかりだ。小僧もお疲れ様」
山本達が帰還してから3時間以上経過しているはずなのに。
それだけの時間を、山本は1人でこの部屋にいたらしい。
己の姿に気付いているのだろうか。
報告書通り怪我をしている様子はない。
ならば、この全身に広がる血は返り血だろう。
一体、何人斬ればこんな風になるというのだ。
リボーンはじっと、その姿を眺めた。
「山本」
「もう、日が沈むな。小僧もう飯食った?」
名を呼ぶ声は伝わらない。
「山本」
「オレと何か食いに行くか?」
視線も合わない。
小さなこの体では、抱きしめてやる事も出来ない。
「何か食いたい物ある?小僧と時間が会うなんて久しぶりだよなぁ」
にこり、と嬉しそうに笑った山本の顔は本心だと思う。
それなのに、この違和感は何なのだ。
初めて会った頃と変わらぬ笑顔。
リボーンが愛しいと思う、その姿。
彼の心が、悲鳴を上げている。
「山本ッッ!!」
最近は声を荒げるなど滅多になかった。
喉が潰れてもいい。
どうか、山本に届けと、リボーンは祈る気持ちで彼を見上げた。
「ったくー、びっくりしたのな。ちゃんと聞こえてるって」
「聞こえてねぇだろ。今、自分がどんな姿をしてるのか分かってんのか?」
「ん?あぁ、ネクタイ締めるの嫌いって知ってるだろー?緩くてもほら、ちゃんと・・・っっ」
山本の広げた両手は真っ赤だった。
こんな姿で帰って来る筈がない。
手を洗ったにもかかわらず、汚れたスーツの血を触ったのだろう。
「・・・オレ、さっきまで任務だったんだ」
今思い出した、というように山本が苦笑する。
「人殺すってすげぇのな。一瞬なのに・・・感触だけが消えねぇ」
リボーンの武器は銃だ。
相手の命を奪う瞬間が手に残る事はない。
しかし、山本は刀。
相手の皮膚から肉、骨を切り裂き、器官の動きを止めることで命を絶つ。
「最初は気持ち悪かったのに、何人も斬るうちにその感触が当たり前になっちまった」
スクアーロも同じなんかな?とおどけた様に話す山本。
相変わらず、言葉と感情が一致しないヤツだ。
怖かったと正直になればいい。
もう嫌だ、と叫ぶのならば。
監禁してでもお前を傍に置いておくのに。
(・・・・・クソ、俺はこれが本心か)
こんなにも傷つき、汚れた山本。
スクアーロとの雨のリング戦で命がけの勝負にも関わらず、相手の命を優先して守った。
誰よりも優しくて、命の尊さを知っている男。
そんなお前に惹かれたのだ。
それなのに、死神である自分は彼を闇に引き摺り込むことしか出来ない。
どうか、どうか壊れないでくれ。
自分のエゴでしかない願いは伝わるだろうか。
「山本」
そう呟く。すると、急に青白い光に包まれた。
リボーンにはお馴染みの変化。
念のため綱吉に初任務の決行日を指定しておいてよかったと思う。
「あ、今夜は満月なのか」
日が完全に沈み、大きな窓の向こうに満月がのぼり始めていた。
山本の視線がリボーンに集まった。
傷ついたまま悲しい瞳をした山本はじっとリボーンの変化を眺めている。
そういえば彼の前で変化するのは今夜が初めてだろう。
急いで机の上から床に飛び降りた。
すると、徐々に変化が始まる。
赤ん坊の体から、成長を止めた28歳の体へ。
アルコバレーノの呪い。
自分が化け物だと思う、そんな瞬間だ。
痛みもなく、服も成長に合わせて変化する。
細胞だけでなく自分の体を取り巻く物質までも変化させる所が、呪いの凄いところだろう。
「初めて見たけど、小僧すげぇキレイなのな」
そんな血まみれの姿で、なんて台詞を吐くのだ。
満面の笑みを浮かべる山本から香る血の匂い。
赤ん坊の時は慣れたモノで何も感じなかったが成長したこの姿では違う。
リボーンの神経が刺激され、ひどく興奮を誘う香りだった。
「山本」
「・・・・ぅ・・・んっ」
成長したリボーンよりも少し背が低い山本。
顎を持ち上げて唇を奪うと、彼は眼を閉じてそれに応えた。
それは、鉄の味がした。
「っ、待てって・・風呂・・入ら、ね・・とっ」
「やっと気付いたか。お前はどこかのネジが欠如してる」
神経と感情が欠けている。
泣いてもいい。
叫んでもいい。
本心を隠してその心の傷を気付かせないように笑うなんて。
そうさせているのは、背負うべきその責があるのは。
リボーン自身だ。
アンバランスな内面をリボーンは誰よりも理解していた。
そんな彼が初めて人を殺した夜。
目の前にいる山本が平気なわけがない。
(・・・・・・あぁ、山本)
誰よりも綺麗に笑う少年。
陽だまりのような、優しさを持つ山本。
「愛してる」
言わずにはいられない。
「お前をこんな処まで連れて来ちまった。お前の心に消えることのない傷を負わせちまった」
お前が少しでも壊れずに済むのなら。
お前が少しでも変わらぬ笑みを浮かべられるのなら。
「だがな、心配するな。お前の犯した罪は俺が全て背負ってやる。罰なら俺がいくらでも受ける」
元々闇に生きるしか出来ない死神だ。
すでに多くの命を奪い、犠牲にして生きてきた身。
これ以上罪が増えても一緒だろう。
それならば、少しでもこの愛しい男を護りたい。
その綺麗な心を。
その綺麗な笑顔を。
「だから壊れるな。お前は、お前のままでいてくれ」
リボーンは細くも弾力がある山本の体を力の限り抱き締めた。
スーツの返り血さえも気にならない。
山本の受けたものならば、いくらでも引き受けよう。
いくらでも汚れてやる。
だからどうか。
この声が、お前に届きますように。
「っ、こぞう」
なぁ、なぁ、小僧
肩に山本の頭を押しつけてしまっていた。
聞こえた声はひどく不明瞭だったが、リボーンの耳は確かにその音を拾った。
「ごめん、オレ忘れてた。オレは・・・オレには小僧がいてくれたのに」
先程よりもしっかりした口調で山本は言う。
「初めてマフィアの仕事をして、人の命奪って、それでも生きてる自分が恐ろしくなって」
リボーンは静かに山本の声に耳を傾けた。
互いの体がどんなに血生臭くなろうとも。
触れ合っている所から穏やかな鼓動を感じる。
それだけで、まるで奇跡のようだ。
「この部屋に帰ってきたら、勝手に独りだと思っちまった。でも、違うよな」
顔を上げた山本と目が合った。
ずっと変わらなかった悲しげな瞳は消え、強い意志が宿った穢れ無き瞳。
この瞳だ。
リボーンの魂を騒がせ、離さない。
「小僧がいる。お前に愛してるって言われるだけで、すべて洗い流される気さえするんだ」
だから壊れずに呼吸ができる、と。
山本は微笑んで少し伸びあがり、ゆっくりと唇を重ねてきた。
もう、鉄の味はしないような気がした。
山本がこれからも犯し、傷つくことがあるだろう。
彼を選んだのは自分だ。
手を放してやれなかったことがリボーンの最大の罪だろう。
しかし、彼が壊れずにいてくれるのならば。
ずっと欲し続ける。
山本武は、もう、手離せない。
いくらでもお前の心を護ってやる。
お前がお前でいられるよう、お前の優しいその内側を。
いくらでも、愛を囁こう。
「風呂行くぞ。このまま抱いたらベッドが面倒なことになる」
積極的だった山本の舌を捕まえ、久しぶりの彼の咥内を味わう。
わき上がったままの熱は冷めることなく上昇するばかり。
リボーンはひどく抱いてしまいたい衝動を抑えるためにそう言った。
「・・・・ん、じゃあさ」
風呂場でヤろう?
珍しく山本もその気らしい。
命のやり取りの後でもあるし、男として当たり前の衝動だろう。
「すっかりエロく育っちまったな」
「ハハ、お前のせいだろ?」
「あぁ、俺好みだぞ。さすが山本だな」
そんな軽口を叩きながら、隣の部屋の簡易居住スペースへ。
大きなベッド、キッチン、シャワー室。
あまり調度品や日常雑貨に興味がない山本に代わって、リボーンが自分の居心地良く改造した場所。
まだ半人前の綱吉や守護者たちは皆、防衛のために本部で生活をしていた。
こうして任務をこなし、正式に就任した後にそれぞれが住まいを探すことになっている。
だが、狭くともここに山本がいるというだけで、リボーンのいる意味となる。
どれだけ時間が経とうとも。
血は洗い流せる。
病んだ心も。
きっと癒やせる。
「愛してるぞ、山本」
それが力になるというなら。
彼の内面を、精神を、心を護れるというのなら。
何度でも掬いあげてみせる。
それはまるで。
奇跡を起こした箱舟のように。
罪だらけのこんな道でも、真っ直ぐ。
リボーンと山本は逸る心のまま、互いを求め続けた。
Fin
2009/01/18
改 2009/09/12
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