『なぁ、マジでお前はいいのか?』

さっきまで機嫌良くワインを飲んでいた獄寺が、急にそんな事を言い出した。



『ん?今までツナの話してたのに、なんでオレが出てくるんだ?』


もう酔ってんのかー?とケラケラ笑って見せる。
すると獄寺の眉間の皺がいつもより倍に増えた気がした。



(あー、こりゃあ怒鳴られるな)



酒の席ということで気が緩んでいた。
しまったと後悔してももう遅くて、山本は予想通り獄寺の怒りを買う羽目になったのだった。






Chemistryー繋がりー







数ヶ月前からボンゴレの領地で新種の薬が取引されるようになった。
綱吉の命によって獄寺のチームと合同で薬の出所を探り、ある麻薬密売組織をマークすることができた。
獄寺のチームが証拠を集めて組織の規模を把握し、山本のチームが部隊を編成して奇襲をかけ。
ついに昨夜、組織を壊滅することができたのだった。

今夜はその打ち上げ。
山本と獄寺は部下たちを率いて、ワインとイタリア家庭料理がウリである馴染みの店に来ていた。
今夜は貸し切り状態で男ばかりのドンチャン騒ぎが始まった。
元々、大勢で騒ぐのが好きな山本は部下たちと飲み比べやゲームにと最初から全力で付き合った。
それでも5時間を超すと酔いつぶれた奴を介抱する者や数人で集まって話をする者など分かれてくる。

山本は両脇に部下を従え、静かに飲んでいた獄寺を誘い出して店のカウンター席に2人で座った。
学生の頃からは考えられないが、今では獄寺と比較的よく酒を飲む仲だ。
時には綱吉や了平が混ざって朝まで飲み明かす。
酔った彼らを本部や家に送り届けるため、車を呼んで介抱するのはいつの間にか山本の役目になっていた。
どうやら山本は酒に強い方らしく、もちろん酔っているのだが、少し時間が経てば酔いが冷める体質だった。
父である剛からの遺伝か、胃の分解液が人より強いからなのかは分からないが。

いつの間にか仲間内から酒豪の称号を得ていたのは確かだ。
山本自身にその自覚はない。

なぜなら、最もよく酒を飲む仲であるリボーンがそれ以上に顔色を変えず平気でかなりの量を飲むからである。
自宅ではもっぱら焼酎か日本酒の山本。
ワイン好きだったリボーンもそれに釣られてよく飲むようになっていった。
最初は慣れない味とのど越しに戸惑っていたようだが、今では山本以上に好んで飲むようになったのだった。
リボーンに勝てるものを見つけるのは難しいと思うほど、彼は何でもそつ無くこなす。
そんな彼が身近にいる分、山本は周囲が言うほど自分が酒に強いとは思わなかった。


最もそんな事を言えば、隣で顔を赤くしてワインを飲んでいる獄寺から苦情が返って来る事が目に見えていた。


「なぁ、マジでお前はいいのか?」

「ん?今までツナの話してたのに、なんでオレが出てくるんだ?」


それまで上機嫌で綱吉の功績を語っていた獄寺が急に話題を転換してきた。
それにおどけて笑って見せたのだが、やはり獄寺は気に食わなかったらしい。


「10代目が素晴らしいなんて分かり切ってるだろうがっ!問題はお前だ、この体力バカ!!」


昔は何かあるたびに野球バカと怒鳴られていた。
野球を辞めてイタリアに来てからは剣術バカや体力バカなど用途が増えて山本は苦笑するしかない。
それでもこれは獄寺の一種のコミュニケーションだと昔から思っていたので今更気にすることはなかった。



(獄寺、明日も仕事らしいけど大丈夫かなー。結構酔い回ってるよなー)


「悪ぃ、悪ぃ」と謝罪しながら獄寺の様子を窺う。
付き合いも10年となれば、お互いの性格を熟知していた。



「問題って?オレ、何かしたっけ?」


数ヶ月も同じ案件を担当していた分、何かミスがあったのかと不安になる。
すると獄寺は違げぇよ、と首を振り些か声量を落として話し出した。



「前に、リボーンさんの愛人の話をした時あっただろ?その話だ」


部活に明け暮れた山本はすっかり日焼けしたまま成長したのだが、獄寺は生まれつき肌が白いままだ。
生粋のイタリア人であるリボーンも白いが、獄寺はもっと白くて時には不健康に見えると、自分で自分の体質を嫌っていた。
またアルコールが入ると、人一倍赤く変化するのも特徴的で、今夜も真っ赤だが意識はハッキリしているようである。

言われた言葉に記憶を探った。
確かに半年ほど前に綱吉の執務室でリボーンの愛人の人たちと交流がある話をしたと思う。
引っ越してきた新しい愛人の人の買い物に付き合った姿を目撃されて、ファミリー内で噂になっていると教えられた時だ。
あの時は初めて綱吉にリボーンと別れろと言われ、訳が分からず取り乱してしまったが。
綱吉や獄寺が純粋に自分のことを心配してくれたのだと分かり、それをありがたく思いながら本心を話した。
珍しく惚気てみせると2人は絶句し、それからリボーンが現れたことによってその話は終了となった。
その後、特に何も言われなくなったので分かってもらえたと思っていたが獄寺は違ったようだ。




「はは、今でも仲良くしてもらってるぜ?みんな大人だしオレなんて完全に子供扱いなのな」



職業も年齢もバラバラなのに、黒衣のヒットマンを巡って彼女らは想いを共有している。
山本は異質ながら、そんな彼女らの強さを好ましく思って付き合いを続けていた。



「・・・・お前とリボーンさんの仲をとやかく言うつもりはねぇが、やっぱり気になるんだよ」



飲むものをワインからウイスキーに変え、獄寺はコップにある氷を睨みつけてそう言った。



「お前も知ってると思うが、俺の母親は愛人だったから不幸な死を迎えたんだ」


カラン、とコップの中の氷が音を鳴らす。
山本はゆっくりとした口調の獄寺の言葉に何も言わず、そっと耳を傾けた。




「お前は気にしない、っていうけどよ。そんな簡単に割り切れるモンか?」



ずっと、気にしていてくれたのだろうか。
母親の話は彼にとってどんなに時間をかけても消えることのない心の傷であるはず。
義理の姉であるビアンキとは、シャマルの介入と綱吉の執り成しによって和解しているが、簡単じゃないと言うのは自分の体験からだろう。
獄寺は素直じゃないが、根はすごく優しい男であることを山本は知っていた。



「べ、別にテメェの心配してるわけじゃねぇぞ!?お前がいつもアホ面してなきゃ10代目が心配なさるから・・・っ」


自分の沈黙をどのように取ったのか、慌ててそう言う獄寺は昔と変わらないと微笑ましく思う。


「ん!分かってるって。それでも、なんか嬉しかったのな」


気にしてもらえるというだけで人として幸せだろう。
こんなにも身近に、優しい気遣いを見せてくれる仲間がいるのだ。



「サンキューな、獄寺」


同じように飲んでいたウイスキーのグラスを彼の物と合わせて乾杯させてみる。



「・・・バーカ。そんな言葉聞きたくて言ったんじゃねぇよ」

「はは、それもそうだな」


一瞬照れくさそうにした獄寺だったが、どうやら誤魔化されてくれる気はないらしい。
山本はグラスの中身を飲み干す時間を使い、ゆっくりと自分の答えを探した。




「そりゃあ、全く気にしないかっていうと嘘になる。けどさ、悔しい程みんないい女<ヒト>なんだ」



才色兼備なだけでなく、芯が強くて温かな心を持っている。
花に譬えるならまさに白百合が相応しい。
キリスト教において白い百合の花は純潔の象徴として用いられ、聖母マリアの象徴ともされる。
そんな彼女らは山本にとって高貴な存在であり、守りたいモノだ。
彼女達のことを考え、山本の目は意識せずとも優しい色に変わっていった。



その変化を獄寺は横目でしっかりと見つめていた。





「・・・なんでそんな割り切れるか、分かんねぇって言ってんだろーが」



山本が獄寺の方を向くと、彼は相変わらず不機嫌そうだ。




「うーん、オレもよく分かんねぇけど。多分、リボーンが本命を作らねぇからじゃねーかな」



獄寺の様子に苦笑しながら、思考を巡らすと自然にそんな言葉が出てきた。
何となくそう思ったのだ。



「アイツ、特別なんて作らねぇようにしてるみたいだから。きっとみんな気付きながら、そんなリボーンのことを受け入れてるんじゃねぇかな」


すべては憶測でしかないけれど。
山本は彼女達の顔を思い浮かべながら言葉を紡いだ。



「リボーンが誰を愛しているかってことよりも、自分が一番リボーンを愛してるっていう自信が何より大事なんだ」



中学生の頃から傍で見ていたビアンキに匹敵するほど、彼女達は皆、熱烈にリボーンを愛している。
面を向かって言い合う事はないが、それだけは譲らないと思う。
リボーンはきっと近くて、一番遠い存在なのだ。
抱き合う事は出来る、それでも彼の心まで手に入れることが出来ないと理解してしまっている。
だからこそ彼女達はリボーンの傍にいることを許された存在なのではないだろうか。
山本だって何も変わらない。
真の意味でリボーンを捕まえておくことは不可能だと悟ってしまっていた。




「山本も・・・同じ気持ちなのか?」


感情を押し殺したような獄寺の声が耳に届く。



「うーん、男のオレと愛人さん達は全く同じってわけじゃねぇけど、気持ちは分かるのな」



男の自分を抱くくらいなのだ、人並みに愛されている自信はある。
あの傍若無人の彼を求める自分の気持ちも解っているつもりだ。
ただ、傍にいること。
今はそれだけで幸福で、自分の立場など二の次になってしまうから。




「オレは、アイツが安心して休息できる『場所』になれたら、それでいい」



まるで鳥が疲れを癒し、羽を休める『止まり木』であるかのように。
自分の隣が、彼にとって少しでも温かな場所になればいい。
そんな正直な気持ちを込めて、獄寺の顔を見ながらニッコリと微笑んだ。
虚を衝かれたように、獄寺が目を見開く。





「・・・・バーカ。だからお前は、バカなんだよ」




さっきから何度バカと言われたか分からない。
それでも悪意は感じないから、山本は獄寺の気持ちをただ受け止めた。



「ははは。ありがとな、獄寺」



どれだけ悪態をつかれても、綱吉ほどでなくても彼に大事にされていることを知っている。
結局は仲間に甘い獄寺の姿は10年経っても変わらない。
山本にとって大切な相方だ。
心配してくれたことへの感謝を込め、山本はそう言って笑った。




「            」


「ん?悪ぃ、獄寺。ちゃんと聞こえなかった」


ほとんど口の中で呟いたような獄寺の声。
聞きかえしても彼は言い直してくれなかった。
きっと聞かせなくてもいいと判断したのだろう。

気付けばすでに日付が変わる時間になっていた。
飲み足りないながら、山本は部下たちの様子を見てお開きの言葉を伝えた。
この後家に帰る者、本部に戻る者など半々という所だろう。
普段の打ち上げならば酔い潰れるまで飲む獄寺も、明日は重要な仕事が入っていることから量をうまく制限したようだ。
山本は運よく休みを貰えたので、あとは帰って寝るだけだった。




(やっぱり飲み足りねぇなー)



リボーンは任務であと3日は帰宅できないと電話で話したので、家に帰っても1人だと分かっているが。
台所には父から送ってもらった焼酎がたんまりある。
月でも見ながらのんびり飲むか、と心の中で結論を出した。


「山本、俺は本部に帰って寝る」

「了解。オレは歩いて帰るから他の奴らのこと頼むな」


会計を済まして解散してから大体の部下は家に帰ったが、本部に帰る者は獄寺のことを待っていた。
山本はその場で彼らを見送り、ゆっくり自宅に続く石畳の道を歩き始めたのだった。




「・・・・静かだなぁ」


風を感じながら歩く。
ぽつりぽつりと照明があるだけの暗い夜道であったが、常に神経を研ぎ澄ませていたのだけれど。
それすら緩めてしまいそうになるほど、周囲は人影もなく静かだった。







『リボーンさんの特別は、お前に決まってるじゃねぇか』





呟いた獄寺の声は不明瞭ながら確かに山本の耳に届いていた。
それでも聞こえなかったように聞き返したのは、自信の無さゆえだろう。
聞き間違いだったとしたら恥ずかしすぎる言葉。
それは憶測でしかないと言っても、獄寺からそう言われて山本は確かに嬉しかった。




「リボーンの特別か。考えたことなかったな」



自分と付き合う前から愛人がいることを知っていた。
彼にとって何より優先させるべきはボンゴレだと分かっていた。

多くを望んではいけないと無意識に思っていたような気がする。
昔から何かを望むのは苦手だった。
このままで、今のままで充分なのだ。





(うん、考えても仕方ねぇよな)



深く考えることが苦手な山本はそこで思考を停止させた。
意識はすでに頭上の夜空へと向かっている。
いつの間にか酔いはすっかり冷めていた。
気付けば自宅の部屋が遠目に見えてきた。


リボーンとの生活の証し。
2人の部屋が、山本の帰りを待っている。




「ただいま」



歩みを止めず、小さな声で呟いた。
返事がないと分かっているが、礼儀にうるさい父の教育が山本の中に確かに残っているのだ。

そんな自分にクスリと笑みが零れた。
リボーンが戻って来たら、満面の笑みを浮かべておかえりと伝えよう。
数日後に帰って来るだろう黒衣の男のことを考えながら、山本は足早に家に向かったのだった。




Fin
2009/02/09

改 2009/09/12

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